直木賞受賞を目指す人へー小説家への道ー

直木賞について情報収集。受賞小説家・小説本・選考委員など多角的に解説。小説界で最高峰の文学賞受賞を目指す

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第6回 直木賞受賞作品「ジョン万次郎漂流記」井伏鱒二

2007年01月16日 | 直木賞受賞作品第一回から
第6回 直木賞受賞作品「ジョン万次郎漂流記」井伏鱒二


 (第5回直木賞は該当作品なし。)


 
 1898~1993

 おおかなり長生きされたようですね。 

  
 今回独自で資料さがしをしてみて思ったのは、

ちょっと信憑性にかけることです(笑)



 本人が機動戦士ガンダムのファンだったらしい。

 本当でしょうか?


 ならアムロ派かシャア派かどちらだったのでしょうかね。

 


 あと、早稲田大学文学部を中退した直接的な理由に


当時の男性教授からのセクハラにあったのだとか!


 セクハラがいやで学校を休学し、そしてしばらくして復学届けを

出したところその教授からの強い反対があって退学してしまったと。



 嘘でしょうね。たぶんこれ(笑)


 本当だったらその教授を逆に訴えて辞めさせることだって

できたはずだもん。ねえ?



 えっとかなり話がずれてしまいましたけれども

もともと地元でも有名な地主の家で生まれたそうで、

中学時代は絵描きを目指していたそうです。



 クリエイティブな仕事をやりたいという思いがもともとあったの

ですね。


 絵描きは断念して早稲田大学に入ってからは小説家を目指すように

なったようです。


 そこで運命的な出会いをはたします。

 青木南八との出会いです。


 もっとも青木は彼が大学を中退する年に亡くなってしまうのです。


 井伏は青木という存在を愛弟子だった太宰治の死と同等に

扱うほど、彼の死がショックだったようです。



 学業でも創作活動でも助けられることが多かった青木について

彼は後年、作品の「鯉」と「山椒魚」に彼のことを出すのです。



 
 大切な人との死が一度は自分をどん底まで突き落とし、そして

そこから高みへと導いてゆく。そんな好例のひとつです。



 それからは会社の入退社をくりかえし、佐藤春夫のもとに師事し


今の井伏文学を築き上げました。



 とにかく井伏作で有名なのが「黒い雨」ですよね。


 原爆被爆者について書かれたこの作品は戦争文学の最高傑作という

声が多いのです。






 







 


 
 
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第四回直木賞受賞「人生の阿呆」

2006年12月22日 | 直木賞受賞作品第一回から
    \   \   │  │   /    /
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
  第四回  直木賞受賞作品    

  木々高太郎   「人生の阿呆
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
      /   /   │  │    \   





 人生の阿呆……なかなか強烈なメッセージが込められた

小説タイトルです(*´∀`*)


 現在ではめずらしいものでもなんでもない

ミステリー小説ですが、

当時はかなり異端なカテゴリー分野で

木々先生がはじめてミステリー小説で

直木賞を受賞してからというもの

ふたたびその分野で評価されるような

作品が現れるのを待つにはかなりの時間

を必要としたほどです。



 「探偵小説芸術論」を提唱したという木々先生

ですが、大学医学部出のエリートでした。



 秀才で当時の日本で屈指の筆力をもっていた

先生には

周囲を頷かせるのに十分すぎるほどの

説得力があったことでしょう。



 【選考委員】
  大佛 次郎

  菊池 寛     芥川賞・直木賞の創設者です。

          貞操問答と真珠夫人を読んだことが

          ありますが、内容も素晴らしかった

          ですが、あくの強い文体がココロに

          残りました。
 
          一時は菊池先生の文体を真似ようと

          真剣に思ったほどです。
   
          菊池寛全集その他

  久米 正雄    芥川賞の選考委員も務める

  小島 政二郎   芥川賞の選考委員も務める


  佐佐木 茂索   芥川賞の選考委員も務める


  白井 喬二

  三上 於菟吉

  吉川 英治    歴史小説を描かせたら右に出るものはいない。

           大先生でございます。

          吉川英治賞という彼の名を用いた文学賞があるほど

          ですね。

  
          先生が書いた「三国志」を読んだことがあります。

          素晴らしかったです。
    

 
 直木賞候補作の一覧です。
 

角田喜久雄 『妖棋伝』


 獅子文六 「金色青春譜」


 今野賢三 『黎明に戦ふ』 昭和11年10月・春秋社刊


 濱本 浩 「鉱毒」






 タイトルをさっとみただけの第一印象では

パロディーっぽい小説を想像させなくもありま

せんが、実際は硬派な推理系小説なのですね。


 


 直木賞を受賞するまでに書いてきた

作品の年号順一覧です。

 

昭和9年──

「網膜脈視症」(『新青年』昭和9年11月号)

昭和10年──

「死固」   (『新青年』昭和10年1月号)

「睡り人形」 (『新青年』昭和10年2月号)

「妄想の原理」(『新青年』昭和10年3月号)

「迷走神経」 (『改造』昭和10年3月号)

「青色鞏膜」 (『新青年』昭和10年4月号)

『睡り人形』 (昭和10年4月・春秋社刊)/「網膜脈視症」「死固」「睡り人形」

「ねむり妻」 「妄想の原理」「迷走神経」「ポストの中の手紙」「青色鞏膜」

「就眠儀式」 (『ぷろふいる』昭和10年6月号)

「死体室の怪」(『オール讀物』昭和10年7月号)

「完全不在証明」(『文芸』昭和10年8月号)

「精神盲」(『婦人画報』昭和10年9月号)

「医学生と首」(『週刊朝日』昭和10年10月特別号)

「幽霊水兵」(『新青年』昭和10年10月号、11月号)



 とまあこのようにかなりおどろおどろしい小説タイトルが

ズラリと並んでおりまして (; ̄◇ ̄)


 医学系の勉強が高じて、人体の神秘・不思議さに

異常なまでに関心を示しているように思われますね。

 
 


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第3回直木賞受賞作品 第3回直木賞受賞作品『天正女合戦』と『武道伝来記』

2006年12月12日 | Weblog

 第3回直木賞受賞作品『天正女合戦』と『武道伝来記』  海音寺潮五郎  
 ペンネームは中学教師だった自分の身分を隠すために 使われたそうです。  
 学校の先生が小説を世に出すなどということは 絶対に赦されない時代だったんですね。
 まあ現代でも本業をおろそかにして小説のことばかり 考えているような先生が
いつまでも籍を置いておけるほど 甘くないはずですが。  
 「サラダ記念日」の俵万智先生も、結局は作家一本に 絞っているようですし。   
 史伝文学を書き続けた作家としてその功績を称えられ 直木賞受賞にいたったようです。
 史伝文学とは、歴史小説としての物語性をそなえつつも フィクションの部分を
排除して、あくまで実際の歴史にあった ことをリアルに描く文学です。  
 歴史的事件や人物について理解を深めようとすることを 軽く考える風潮に
疑問を感じた 潮五郎先生は、史伝文学を書くことこそ自分の使命と考え
何作も名作を世に出しつづけました。
 彼の信念と作品が、世の中の歴史小説に対する再評価を 呼ぶと、
彼につづいて史伝文学を記す大勢の作家を生み出すにいたりました。 
 直木賞選考委員になった彼は世間一般の価値観にとらわれない
選考基準を貫き続けたことでも知られています。  
 ひとつのエピソードとして彼は司馬遼太郎を高く評価したものの、
その一方で同じく大作家の池波正太郎をけなしつづけたことでも
有名だったそうです。
===================== 
 本日のまとめ
 史伝文学の人気が薄れ時代遅れの文学といわれて いた時代に
「本当に価値のあるものを伝えたい」と いう確固たる意志で社会に
再認知させたというのは 大ヒット小説を生み出す要因に充分なりえますけれど、
それを今の時代で実行させることは非常に 困難でしょうかね。
 ただ、そうした意識を持ち続けること、 「本当に価値がある小説」
を書くことは どんな時代にも世の人々から支持をうける 理由に
なりえるでしょう。   本当に価値がある小説を書く。  やっぱりこれですね!!

 

 

                  おしまい。また次回。

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第2回直木賞受賞作品「吉野朝太平記」第一巻・第二巻。鷲尾雨工

2006年12月02日 | Weblog
 第2回直木賞受賞作品「吉野朝太平記」第一巻・第二巻。


 作家は、鷲尾雨工。


 
 エピソードこぼれ話:大学卒業後に直木三十五と出版社を設立したものの

           あの関東大震災の打撃によって倒産してしまった。


            そんな鷲尾雨工と直木三十五なのでうが当時から

           反りがあまり合わなかったらしい。



            それは、会社が倒産するという苦い経験によって
 
           仲が悪くなってしまったのかそのあたりは不明なの

           ですけれども。



          その鷲尾氏が直木賞を受賞したというのは不思議な感じ

           
           ですけど、選考に携わった直木賞創設者の菊池寛氏が


           作品の出来の良さからプッシュしたらしいです。


            
   
   
            それから保険の外交員などを務めるなどして

           生活費にしていたそうです。

           「地震にそなえて保険いかがでしょうか?」みたいな?
             
          
            そのような苦しい生活条件の中ペンネームを雨工に

           変え制作した「吉野朝太平記」が直木賞に!!
           
     

               ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

      現代でも、歴史上の出来事を小説にした「時代小説」は

     書き手が非常に少ないので結構ねらい目らしいですよ。


       えっぼく?ぼくは歴史はちょっと苦手なもので(笑)


                     おしまい。また次回。

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第一回直木賞作品 「鶴八鶴次郎」ほか。川口松太郎

2006年11月27日 | Weblog
 直木賞受賞第一回作品
 
  「鶴八鶴次郎」 川口  松太郎


   選考委員   菊池  寛     ー芥川賞・直木賞創設者
          吉川  英治    ー歴史小説の大家
          久米  正雄
          小島  政二郎
          大佛  次郎
          佐々木 茂索
          白井  喬二
          三上  於菟吉
 



  
  受賞は作者35才のとき。

  東京浅草で生まれ、女優を妻にもち、3男1女にめぐまれる。

    息子で俳優の川口浩さんは、あの有名な川口浩探検隊^^
 
    代表作の「愛染かつら」も有名。


  主な受賞歴は、第11回の菊池寛賞

         第3回の吉川英治文学賞「しぐれ茶屋おりく」

         1973年に文化功労者に認定。


  
 


  直木賞を受賞した作品は、作者が生まれ育った明治時代を書いたもの。

*************************************************************
 
 
  この辺の年代の作品については、現代の作品に反映させることが可能な

部分は皆無。文化・風俗・思想全く別世界。機会があれば読んでみよう。





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歴代芥川賞受賞作品で、文学界の歴史の流れを知る。



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