二言瓦版

「復讐は神に所属する。」 「旧約聖書」


暇つぶしの記事、名言、珍言、コラムの批判。
株式の名言など。

立派だな。

2017年12月03日 19時45分14秒 | ニ言瓦版
立派だ。
いいお母さんだ。




「[女優 三倉佳奈さん](上)産後3か月でドラマ復帰 東京―大阪を子連れで7往復


 双子の姉・茉奈まなさんとともに、NHK連続テレビ小説「ふたりっ子」(1996年)に出演したのは10歳のときでした。それから約20年がたち、あの名子役も今では2児の母。3歳の長女と1歳の長男の子育てをしながら、ドラマなどで活躍しています。そのバイタリティーと笑顔は、いったいどこから来るのでしょうか? (聞き手・梅崎正直、撮影・高梨義之)

仕事と育児に懸命 体調変化に気付かず

――2016年の春にご長男を出産されました。お子さんが2人になって、忙しさも倍増ですね。


 子どもが1人だったときと比べ、やらなきゃいけないことが多くて、自分の時間が足りなくなったのは確かですね。役者の仕事って準備が必要で、台本を眺めて、分析して、覚えていく作業をしなければいけない。2人を育てながらだと、なかなかその時間を確保できなくて、セリフを覚えるのには苦労しています。

 とくに出産直後はバタバタして大変だったんですけど、昔から体力に自信があったので、産後3か月の頃には、仕事に復帰していました。

 大阪で撮影する単発ドラマだったのですが、生後3か月の息子を抱っこして新幹線にのり、気づいたら東京―大阪を7度も往復してましたね(笑)。ただ、大阪には私の母親と夫の両親がいるので、子どもを預けて撮影に行くこともあり、すごく助けてもらいました。

――おじいちゃん、おばあちゃんは、かわいい孫に会えてうれしかったでしょうね。佳奈さん自身は大変だったんじゃないですか?

 それが、夏になって、暑さと疲れでダウンしてしまいました。「子どもを誰に預けようか」「どうやって仕事を乗り切ればいいか」「スケジュールは……」と、そんなことで頭がいっぱいで、自分が無理をしていることに気づかなかったんですね。一気に疲れが出て、気分もどーんと落ち込み、ぐったりしてしまいました。今は、反省しています。

――がんばり過ぎたんですね。その後の体調は大丈夫ですか?

 その年の秋からは、仕事量を抑えて、バランスをとるようにしました。それに、娘がだんだんお姉ちゃんらしくなって、家ではよく助けてくれるようになったんですよ。

「赤ちゃん返り」から「小さな教育ママ」へ成長した娘

――娘さんが助けてくれると、ママは心強いですね。

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 弟が生まれた直後は、むしろ娘のほうに手がかかっていました。おしゃべりできるのに、ただ泣いて甘えたり、「抱っこ、抱っこ!」とわがままを言ったり、いままでできていたことができなくなったり。今思えば、赤ちゃん返りですよね。弟を突いて意地悪したこともありました。自分を構ってほしいときでも、私の関心がつい弟のほうに向いてしまうので、「こっち見てよ、ママ」ということだったんでしょう。それがわかるので、時には「好きだよ――」と言って、ギュッと娘を抱きしめたりしていました。

 最近はすっかりお姉ちゃんになって、私よりも、息子のことをよくわかっているみたいです。ご飯の時も「今は食べたくないんだよ」「お茶が欲しいんじゃない?」って、息子の気持ちを私に通訳してくれます。まだ小さく切ったパンしか与えていなかった息子が、私が持っているパンを欲しがったことがあります。それを見た娘が、「大きいパンをちぎって食べたいんだよ」と言うので、息子にパンを渡したら、本当に自分でちぎって食べ始めました。言葉のやりとりはまだできなかったのに、何でわかるんでしょう。そんなことがよくあるので、不思議です。

――小さなお母さんですね。ママが2人いるみたい。

 そうですねえ。2人だけで遊ぶ時間も増えたので、その分、私は楽になりました。今は、なんとか弟に言葉を言わせようと頑張っています。「これは、ぎゅうにゅうだよ。『ぎゅう』でもいいし、『にゅう』でもいいよ」なんて。まるで教育ママですよね。

 娘と2人だけの時間も、できるだけ大事にしています。今、わが家では「女の子同士」というのが流行はやっているんです。息子が寝てしまった後、寝床で娘と手をつないで、「女の子同士だねえ」って。イチャイチャしながら、ガールズトークです。もう好きな男の子がいて、「恋バナ」も出るんですよ。

 これも私にとっては心が休まる時間。娘のおかげで、毎日元気でいられるのだと思います。」


兄弟、姉妹は、親が育てるのでなく、
兄弟、姉妹が、育てるのかもしれない。

姉と弟、兄と弟、兄と妹。


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老後、私生活

2017年12月03日 19時32分50秒 | ニ言瓦版
老後の対策。
人は、長生きすると、老後では、遅いかもしれない。


「経済アナリストの森永卓郎が、「老後破産しないために、今からできること」をテーマに語った。

森永卓郎が解説!「老後破産」しないために今からできること
森永卓郎
新聞やTVの見出しなどで、最近目にする『老後破産』という言葉。ニッポンは、少子高齢化がさけばれて久しいが、その影響をモロに受けるのが将来の「年金」! 受給は60才から65才に引き上げられさらに、受給額カットという話しも現実味をおびてきている。

「私の友達も年収が3分の1になったとか話を聞きますから。年金出るまでは働かないとな~なんて言ってました」と森永。

森永によると将来的に、年金支給額は確実に減っていく! 現在40代より下の世代は現行支給額が「4割カット」される可能性もある。年金の現行支給額は、平均的給与で40年勤務したサラリーマンの夫と専業主婦の夫婦の場合、2人で月額およそ22万円。それが4割カットとなると、夫婦で月額およそ13万円になってしまう!

年金4割カット時代になれば、老後破産する人が続出することは想像に難くない。森永は、そのために、十分な老後資金を蓄えるなど事前の準備が不可欠と考える。準備を怠ると、定年退職後もひたすら働くしか選択肢はなくなってしまう。

森永卓郎が解説!「老後破産」しないために今からできること
森永卓郎、那須恵理子、垣花正アナ
さらに、もっと恐ろしいシナリオが。年金の支給開始を繰り延べて70歳から支給開始という可能性もある。しかし、これが非常に怖い! 70歳まで年金がもらえないと10年間の空白期間ができてしまう!

垣花アナ)でも、このシナリオは現実的じゃないでしょ?

森永)わたしはそんなことはないと思います。というのも、来年の通常国会で、公務員の定年を年金支給時期に合わせるという法案が提出されるかもしれません。これを決めるのが公務員ですから。2018年の大きなテーマとなりそうです。

他人事ではない『老後破産』という言葉! ということで、森永に現役時代やっておくべき対策を伝授してもらった!

対策1 家賃なしの終の棲家の確保
都心への通勤時間に1時間半以上かかる郊外の物件が暴落状態。駅から離れた物件なら1,000万円前後で購入可能。預貯金で購入しておけば、毎月の固定費で一番大きい住居費がほとんどかからなくなる!


対策2 食費や光熱費、通信費などの生活の基礎代謝を下げる
買い物は、大学の近くの安いスーパーで! 安くて栄養価の高い食材を上手に使おう普段から安いコストで暮らせる習慣をつけておくことが大切!

さらに、老後資金に不安があるという人は……

個人型確定拠出年金(iDeCo)
年利2%程度など一定の利回りで運用することも大事、特徴は、税制面のメリットが非常に大きい。60歳以上の人は加入できないというネックはあるが、59歳以下の世代の人には圧倒的に利用価値が高い。掛金の全額が所得控除の対象となる。所得税や住民税を軽減できる。例えば、年収500万円で所得税と住民税の税率がともに10%という人の場合、合わせた20%分が軽減されることになる。いわば「20%の利回り」を先取りできる金融商品。運用して得られる利益も非課税。年金として受け取る際は雑所得として公的年金等控除の対象になる。

積み立てNISA(少額投資非課税制度)
現行のNISAが年間120万円までの投資を5年間行なえるのに対して、同じ少額投資の非課税制度ながら積み立てNISAは年間40万円の投資を20年にわたって続けることができる。長期間かけて老後資金を作るための投資を優遇する制度。

最後に森永が一言、
「老後破産しないためには、せこい渋ちん! ケチ! は誉め言葉だと思いましょう!」




老後は、本当は、男性より、女性だろうな。
長生きと、年金は、どうか。
年の離れた男性と、結婚すると、楽かもしれない。
未亡人で、女性は、長生きが多い、子供いれば。

問題は、同年と、親がいると、介護地獄と、年金も、どうか。
夫婦で、年金は。

家賃は、高い。
固定資産も高い。

家の修繕も、大変な。
いろいろ、老後は、時代は、分からないことだ。

アリとキリギリス。それども、因幡の白兎のように、だまされる老後か。
人の見方、信用できる人を見つけることが、人生かもしれない。
老後、私生活。
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些細なことでも、凄い額

2017年12月03日 17時51分54秒 | ニ言瓦版
凄い、脱税。



「通信大手のソフトバンクが東京国税局から税務調査を受け、携帯電話の通信用アンテナの耐用年数の設定が短すぎるなどとして、およそ62億円の申告漏れを指摘されたことがわかりました。
申告漏れを指摘されたのは、ソフトバンクグループの通信事業会社「ソフトバンク」です。

関係者によりますと、ソフトバンクは携帯電話の通信用アンテナの耐用年数を30年に設定し、1年当たりの資産の目減り分を毎年の減価償却費として税務申告していたということです。

これについて、東京国税局から「耐用年数は40年とすべきで、減価償却費を過大に計上している」などとして、おととしまでの3年間におよそ62億円の申告漏れを指摘されたということです。

また、別の会社に委託した研究開発業務の費用およそ1億4000万円については、所得隠しに当たると判断され、重加算税を含めておよそ17億円を追徴課税されたということです。

ソフトバンクはすでに修正申告して全額を納付したということで、「税額を圧縮しようという意図はなく、計上時期に関する見解の相違から生じたもので、国税局と議論したうえで修正申告した」としています。」


アンテナの問題か。
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悲しくてやりきれない2

2017年12月03日 04時22分53秒 | ニ言瓦版
調べた。
悲しくてやりきれない



「悲しくてやりきれない

移動先: 案内、 検索
「悲しくてやりきれない」
ザ・フォーク・クルセダーズ の シングル
初出アルバム『紀元貳阡年』
B面
コブのない駱駝
リリース
1968年3月21日
ジャンル
J-POP
レーベル
キャピトル・レコード
作詞・作曲
作詞:サトウハチロー
作曲:加藤和彦


テンプレートを表示
「悲しくてやりきれない」(かなしくてやりきれない)は、ザ・フォーク・クルセダーズの2枚目のシングルの表題曲。1968年3月21日に東芝音楽工業 (キャピトル・レーベル) から発売。


解説[編集]
2枚目のシングル曲として予定されていた「イムジン河」が発売自粛となったため、それに代わる曲として制作された。加藤和彦が「イムジン河」のコードを反対からつなげて作ったとされる[1]。当時パシフィック音楽出版(現フジパシフィック音楽出版)会長だった石田達郎から「イムジン河」に代わる新曲を急遽作曲するよう強要され、会長室に3時間缶詰にされたときに作ったものである[2] 。加藤曰く「最初はいろいろとウイスキーだとかを物色していたが、残りわずかという時間になって、そろそろつくらにゃ、という気持ちで譜面に向かった。「イムジン河」のメロディを逆に辿っているうちに、新たなメロディがひらめいた、実質的には15分ほどでできた」としている。
ただし、「「イムジン河」のコードを反対からつなげて作った」という点に関して加藤本人は否定している[2]。これに関してはTV番組[3] で、加藤本人が「某放送局の社長室みないなところに、ギターだけ渡され、3時間で作曲を依頼され、部屋に鍵をかけられて軟禁状態だった(笑)。アイデアも湧かず1時間が過ぎ、とりあえず、イムジン河のメロディーを譜面に書き、音符を逆に辿ってみたところ、モチーフが出てきて、ギターで10分間ほどで作曲した。」と、語っている。
さらに「その出来立ての曲を持って、
そのままサトウハチロー宅へタクシーで向かった。本人とは初対面だったが、とくに曲の打合せはしなかった。
1週間ほどで詞が自宅へ送られてきた。歌詞を見ると『悲しくてやりきれない』…。
こんな詞で、いいんだろうかと思ったが、歌ってみると、曲に語句がぴたっと合っていて驚いた」と告白している。
B面の「コブのない駱駝」は後に作詞家としても大成する北山修の初の作詞曲である。
また、ビートルズの影響を受けた加藤がわざわざシタールをスタジオに持ち込み演奏、イントロでその音が聞ける。」


歌には、秘話あるのか。
いろいろ、ドラマみたいな、物語のある歌である。
だから、名曲になるのかもしれない。

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亡くなったのか。1

2017年12月03日 03時47分12秒 | ニ言瓦版
亡くなったのか。



「悲しくてやりきれない」などのヒット曲で知られるフォークグループ「ザ・フォーク・クルセダーズ」の元メンバーで、歌手のはしだのりひこさんが2日未明、京都市内の病院で亡くなりました。72歳でした。
はしだのりひこさんは昭和20年に京都市で生まれ、同志社大学の学生だった昭和42年に「帰ってきたヨッパライ」のヒットで注目を集めていたフォークグループのザ・フォーク・クルセダーズに加入しました。

加入後には、「悲しくてやりきれない」などのヒット曲を生み、人気グループのメンバーとして名をあげました。グループの解散後は「はしだのりひことクライマックス」などを結成し、昭和46年に発売した「花嫁」は、夜汽車に乗ってお嫁に行く女性の気持ちを軽快なギターの音色に乗せて歌い、70年代を代表するフォークソングの1つとされています。

関係者によりますと、はしださんは10年ほど前から体調を崩し、近年は主だった音楽活動はしていませんでしたが、ことし4月には、京都市で行われた音楽イベントに車いすで参加し、出演者らとともに歌を披露したということです。その後も体調は回復せず、2日未明、入院していた京都市内の病院で亡くなったということです。」

名曲が、あった。

ご冥福を祈ります。


https://www.youtube.com/watch?v=RNMg1duOMCg

イムジン河
https://www.youtube.com/watch?v=1-eJDL3zLCQ
花嫁
https://www.youtube.com/watch?v=m_CFnreaOes

嫁ぐ日
https://www.youtube.com/watch?v=vtTe3IBX7hs
番組を思い出す。

フォーククルセダース 悲しくてやりきれない
https://www.youtube.com/watch?v=xcgQM-NGqns
https://www.youtube.com/watch?v=XelkLDGMpGw
残る、引き継がれる歌
https://www.youtube.com/watch?v=C8IYZkoWodE
https://www.youtube.com/watch?v=VftX7xhae8I

アニメ In This Corner of the World Trailer
この世界の片隅で、砲手は夢を見る
https://www.youtube.com/watch?v=-jBe-uHhlNs

声が、ある。
https://www.youtube.com/watch?v=mLCSM9lQo9s


人の人生は、富、地位ではなく、
作品だろうな。
残る歌、歌っていた曲、歌手。
それが、伝染するのか、継続して、歌われる、
別の作品になって行く。
「悲しくてやりきれない」は、フォーククルセダース。
詩で、終わっていたかもしれない。

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