三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

和久井みちる『生活保護とあたし』3

2013年05月14日 | 

「生活保護を利用するのは恥だと思うのが、かつての美徳だった」と語る大学教授がいると、和久井みちる氏は『生活保護とあたし』に書いている。
私も「そこまでは落ちたくない」と耳にすることがあるし、私自身がそういったことを口にしたこともある。

生活保護を利用することが恥だとされ、生活保護利用者は恥の意識を持たされる。
布川事件の桜井昌司さんも「日本の命に対する過酷さ、生きる力の弱さや力のなさがまるで個人の責任のようにする社会って何なんだろうと。生活保護を削るなどと言っています、生活保護にいっさい縁のない人たちが」と語っている。(「フォーラム90」VOL.128)

和久井みちる氏は「生活保護制度の利用は恥だという間違った報道や流布は、利用者にとっても社会にとっても何のプラスも生みません。「面白おかしさ」を追求したバッシングの結末が生み出したものは、挫折、絶望、孤独、孤立といった陰りの部分ばかりです」と言う。

不正受給やギャンブルをしている生活保護利用者についての報道は繰り返し大げさになされるのに、普通の慎ましい暮らしは報道してもらえない。

それに対するマスコミの反応は「そんな地味でつまらないものは誰も見ないし、読まないし……」とのこと。
ということで、誤解が増幅される。

たとえば、ホームレスの中に糖尿病の人がいて、いい生活をしていると冷やかす政治家がいる。
片山さつき参議院議員に次の文章を読んでほしい。

「ホームレス状態の人や、生活が困窮している人たちが食べているものは、とにかく空腹を紛らわすことが第一なので、ご飯や麺類の炭水化物が多いのです。
たとえば、おにぎり、パン、麺類、チェーン店のどんぶり物などです。魚や野菜をバランスよく摂れるような、望ましい食生活は到底できません。(略)
いいものを食べているからではなく、極端に偏った食生活の現れなのです」

渡辺靖『アメリカン・デモクラシーの逆説』にも、「大量生産されたものを安く買ったり、出来合いのファーストフードやインスタント食品で済ませたりすることで、低所得層や貧困地域で肥満傾向が見られることが指摘されている」とある。
贅沢しているわけではないのである。

こうした感情的な生活保護批判の一番大きな要因は「自分が苦しいこと」だと、和久井みちる氏は書いている。
「後がなく、緊張した暮らしの中で、自分より弱いものに対して向けられる攻撃、憂さ晴らし、吐き出しがバッシングです」
弱者が自分より弱い者を叩くという構造である。

上杉聰『これで納得!部落の歴史』にも同じことが書かれてある。
「人はなぜ差別するのでしょうか。それは、人から「尊敬」(尊重)を得たいからです。よく他人の悪口ばっかり話している人がいますね。いったいそれで何を言いたいのかといえば、「私はあの人とは違うよ」と言いたいわけです。つまり、他を差別することで、自分は尊敬される者だと、言外に訴えているのです」

学校では成績で差別され、会社での待遇の差は仕事の評価で決まる。
尊敬されたいのなら、よい成績をとり、実績を上げる努力をするしかない。
「しかし、安易な解決方法があります。自分を向上させるのではなくて、誰かを見下し、他を差別して、自分が「尊重されたい」という願望の代償、慰めを求めることです。差別とは、「まちがった方法でする、尊重への欲望の実現」なのです。尊重・尊敬されたいという願望は根源的で、かつ強いですから、こうして「差別したい」という欲求も、当然消えることはありません」
それにしても、東京大学卒、元大蔵官僚の片山さつき氏はどうして生活保護バッシングに血眼になるんだろうか。

生活保護利用者へのバッシングは何を生むか。

和久井みちる氏は「バッシングは、就労しようとする先の企業にも生活保護利用者への偏見を植え付け、働く場所から生活保護利用者をさらに排除させていきます。
その結果、就労の努力や社会に出ていこうと頑張った人ほど強い挫折感を抱くことになり、追い込まれていくのです」と言う。

和久井みちる氏はある自治体の非常勤職員に応募したがダメ。

生活保護の人は早く働いて経済的な自立をしろと言われているのに、いざ働こうとすると門前払い。
働けるのに働かない人がいるのは事実だが、働きたいのに働けない人もいる。
生活保護を受けている人が職探しをしても、なかなか仕事が見つからないのが現実である。

(追記)
「情けは人のためならず」ということわざがあります。
人に親切にすれば、めぐりめぐって自分にいい報いが返ってくるという意味です。
ところが、情けをかけることはその人のためにならないんだ、というふうに間違って解釈している人が多いそうです。
生活保護についても、そういう考えの人が少なくないと思いますが、それは間違い。
「情けは人のためならず」です。



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4 コメント

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Unknown (Unknown)
2015-06-19 20:33:51
この和久井って人も何かおかしい
この本読んで違和感
税金で生活を保証してもらえる事が当然だって

多少は恥の概念を持たないとそこから這い上がろうとか そうならないように将来の事を考えて貯蓄するとかの計画性が起きないのにね
保護費は 何も卑屈になって恵んでもらうものではないけれど ふんぞり返って当然だといわんばかりにもらう物でもない
コメントありがとうございます (円)
2015-06-29 13:34:09
生活保護がもらえなければ、住む家がなく、食べるものがなく、路頭に迷う人は少なくありません。
最低限の生活保障は当然だと私も思います。
とはいえ、仕事をする気がない生活保護受給者がいることは事実です。
税金でお世話になっている立場から、税金を払う立場になる、そのための生活保護であってほしいですね。
Unknown (Unknown)
2017-03-18 01:23:28
民主主義のもとに成り立っている資本主義制度なので、もらって当然というスタンスやめてもらっていいいですか?時給900円で生きている母子世帯もいます。競争社会なので、応募=採用ではないですよ。あまえるのもいい加減にしろ!
コメントありがとうございます (円)
2017-03-19 10:03:21
ちょっとよく分からないのですが、「民主主義のもとに成り立っている資本主義制度なので、もらって当然というスタンスやめてもらっていいいですか?」というのはどういう意味ですかね。
前半と後半がどうつながるんでしょうか。

競争社会だから、落ちこぼれる人がいるのは仕方ないということですか。
時給900円だと、1日8時間で7200円、月に25日として18万円。
母子家庭には援助は不要、我慢しろということでしょうか。

母子家庭への支援は充実すべきです。
そして、働くことのできない人にも手を差し伸べるべきです。

NHKの貧困女子高生の報道にバッシングがありました。
非難、攻撃ではなく、理解、寛容さを。
http://diamond.jp/articles/-/104452?page=2

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