三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

浜井浩一、芹沢一也『犯罪不安社会』3

2007年11月07日 | 厳罰化

 3章「地域防犯活動の行き着く先」 芹沢一也

「感情移入する対象が加害者から被害者に移り」、「犯罪者が社会の危険な敵となった時」、「身の回りで犯罪は多発してはいないのに、住民たちは「自分もいつ、こうした被害者になるかもしれない」という不安を抱き始めた」。
そして、「全国各地で無差別に子どもたちが襲われているかのようなイメージ」が一人歩きするようになった。
実際にはどうなのだろうか。

 小学生が殺害される事件(殺人未遂も含む)
1976年 100人、1982年 79人、2005年 27人

子どもが殺される事件は実は減少しているのである。
しかし、実感としては増えているとしか思えないし、不安を感じる人は多い。

「日本のどこかで子どもが殺されるような事件が発生すると、メディアの報道を介してそれが住民たちにさらなる不安を呼び起こす。その不安がセキュリティのさらなる強化を求め、コミュニティの再生を合言葉に住民たちを防犯活動へと駆り立てる。だが、そのような活動は安全や安心をもたらすものではまったくなく、逆に不審者への脅威に敏感になることでかえって不安を高めてしまう。そして、つねに燻り続けているこの不安の火種が、さらなる凶悪事件とともに燃え上がるのだ。
こうして社会は不安と治安の終わりなきスパイラルに巻き込まれる」

地域で子どもを守ろうという運動が盛んになっている。
地域安全活動を理論的に支えているのが、「犯行の背後に個人的な動機や境遇を読み込むことは、犯罪を防ぐために何の意味もないと主張」する環境犯罪学である。

たとえば、割れ窓理論。
 建物やビルの窓ガラスが割れているのを放置
  ↓
 割られる窓ガラスが増える
  ↓
 建物やビル全体が荒廃する
  ↓
 地域全体が荒れていく
  ↓
 犯罪が多発する
  ↓
 住民が逃げ出す
  ↓
 街が崩壊する

悪の芽を小さなうちから摘むことがもっとも効果的な防犯対策だという考えは、それなりに説得力があるような気もする。

しかしながら、環境犯罪学の旗を振っている小宮信夫はこう言っている。
「私たちが抱く不安は、必ずしも犯罪それ自体ではありません。駅の周囲に若い人たちがタムロしている。酔っぱらいが大声で歌いながら道を歩いている。あちこちに落書きがある。ゴミが散らかっている。あちこちの窓ガラスが割れている。空き家が放置されっぱなし。でも、それらを放置しておくと、やがて犯罪に繋がるのです」
これは脅しである。
おまけに本当に防犯上の効果があるかどうか実証されていないそうだ。


「住民たちが防犯活動に立ち上がり、セキュリティが地域社会を覆おうとする中、それでは人びとは安全と安心を手にすることができたのか」
「皮肉なことに現実に生み出されているのは地域の連帯どころか、子どもに声をかけたら不審者扱いされるという「相互不信社会」なのだ」
「人を見たら不審者と思え」というわけである。

では、不審者とは誰のことなのか。
不審者とは自分たちとは違う異質な人、たとえば失業者やホームレス、障害者、自閉症、外国人など社会的弱者、少数者が不審者なのである。

「医者から「自閉傾向がある」と診断された川崎市の男性Bさん(28)の家族は悩んでいる。
Bさんは子どもが好きで、道で見かけるとほほえんで見つめる。にこにこしながら独り言を言ったり、ぴょんぴょんはねたりすることもある。(略)
昨年12月の夜、近所の住人という男性4人が訪ねてきた。「見つめられた子どもたちが怖がっている。何とかできないか」」(「朝日新聞」2006年1月25日)
Bさんは長年、通っていた水泳教室を辞めさせられた。
近所で不審者騒ぎが頻発し、「みんなが怖がっている。辞めてほしい」と告げられたからだ。

「子どもの安全をスローガンにして相互不信社会が生まれつつあり、それが社会的な弱者を不審者として排除することにつながる」

「このように推進される防犯活動には、これで充分だという限界がない」
なぜなら、実態がない犯罪の増加、治安悪化ということから生じた不安だから、もともとないものをなくすことはできないのである。
地域社会が相互不信状況に陥っているため、かえって不安はますます肥大化するばかりである。

で思うのは、脅して、不安にさせて、うまいことをするのは悪徳商法の手口である。
では、誰がうまいことをするのか。

まずはセキュリティ産業だろう。
「06年度予算、子どもの安全に関する各省庁分の事業のみが大幅増となった」
文部科学省26億円、警察庁4億7000万円、法務省3億5000万円など。
学校に警備会社から警備員が配置され、塾や習い事の行き帰りの送迎ビジネス、GPS付き携帯電話など、安全ビジネスに文房具会社、情報システム会社、ランドセル販売会社が参入している。

地域安全マップという何ら効果がないどころか、かえってマイナスにしかならないものが全国の小学校で作られている。
旗振り役の小宮信夫など、犯罪不安を煽り立てる学者も人気者になっている。

そして、犯罪不安に陥りヒステリックになることは、国民の管理を強化したい国の思惑にはまることだと思う。
イジメによる自殺、学力低下などで脅し、不安にさせ、そして「教育基本法」を改正したのと同じパターンである。
北朝鮮やテロの脅威を強調し、そして戦争できる国へと憲法を改正しようという動きとも関連しているのではなかろうか。

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