三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

櫻井義秀『霊と金 スピリチュアル・ビジネスの構造』5

2012年09月09日 | あやしい教え・考え

インチキ宗教にだまされているとしても、本人がそれでいいと思っているのなら、はたの者があれこれ言うべきじゃないという意見がある。
たとえば、サラ金から借金をして某宗教に何百万円かの寄付をした人がいて、本人が「某宗教に救われた」と言っているのだからそれでいいのか。
北朝鮮でもそうで、国民が苦しい生活を強いられていても、幸せと思っているのならそれでいいのか。
だまされていることを教えてやるべきか、本人の好きにさせるべきか。

櫻井義秀『霊と金』にそのことについて書かれてあった。
「このような問題点に対して、「ヒーリング・サロンで効用があったと納得している顧客もいる以上、神世界を違法なヒーリング商法をなす団体とみなすことはできないのではないか」という現在の顧客や、一般読者の方もおられるかもしれない。(略)「当事者が納得しているのならばいいではないか」という論法は根強い。(略)
副作用を訴える患者が続出する薬を使い続ける医師や製薬会社、或いは中毒症状を訴える市民が出るような食品を販売し続ける会社が社会的に許容されるだろうか。「治った」という人がいれば、治らずに症状を悪化させた人がいてもそれで良しとされるだろうか」

客観的に見て明らかに問題があるのに、マインド・コントロールによっておかしいとは思わなくなることがある。
マインド・コントロールとは、相手のビリーフ・システム(信念体系)を変容させることで、相手を自分の意のままに動かすことである。
本人がだまされているという自覚がなく、それで満足しているのは信念体系がマインド・コントロールによって十分に変容しているからである。

マインド・コントロールが解けて、それでも「かまわない」というのであれば、本人の自由かもしれない。
だけど、そういう人はいないんじゃないか。
統一教会の被害者が「青春を返せ裁判」を提訴したように、普通は腹が立つし、だまされる人がいなくなるよう行動すると思う。

マインド・コントロールとは違うかもしれないが、『霊と金』に、強烈な心理的圧力をかけずにソフトなお願いだけで、どのようにして献金させることができるのか、ということについて書かれてある。

統一教会の信者たちは統一教会特有の用語と論理を共有しており、一つの言語に一つの感情、一つの言い回しに一つの論理が自動的に連結するようになる。

だから、救済のキーになる言葉を語ることで献金させることができるそうだ。
「統一教会の論理だけで回る生活が長期に及んだ一般信者や、祝福家庭を形成した家族は、統一教会の思考の枠から抜け出すことをおそれ、自縄自縛の状態が継続するのである」

山本直樹『ビリーバーズ』というマンガはオウム真理教などをモデルにしているが、ある団体の3人の会話は他では通用しない、内輪だけの言葉の羅列である。
連合赤軍に山本直樹氏は触れているが、連合赤軍事件の手記を見ても、「共産主義化」とか意味不明の言葉を大切にしている。

すぴこん(スピマ)でのスピリチュアル・ビジネスを信じる人がいるのは不思議だが、これも統一教会やオウム真理教、連合赤軍などと同じことで、スピリチュアル業界でしか通用しない言葉、論理にずっぽりとはまっているために、おかしいとは思えなくなっている。

そのことがスピリチュアルに批判的な意見に耳をふさがせ、スピリチュアルの仲間から離れることができなくさせているのではないかと思う。

櫻井義秀氏は20人以上の元統一教会信者に聞き取り調査を行っている。

「彼らが比較的明確に回想できるのは、入信前後から統一教会員として自覚を深めるまでの期間と、宗教活動に疑問を抱き脱会して、その後社会復帰するまでの期間である」
統一教会にはまり込んでいる時は、自分で考える余地もなければ、その必要もないから、その間の記憶が曖昧になるらしい。
「もっと言えば、被害を受けた人達の記憶ですらこのように曖昧になっているのだから、加害の側にあって霊能師の役割を演じて何十人、何百人相手に因縁の話を説いてきた統一教会信徒の記憶も実に曖昧なものである」
加害者もマインドコントロールされているわけで、被害者だと思う。
となると、誰の責任になるのでしょう。

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8 コメント

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理障 (となりのみよちゃん)
2012-09-10 14:13:20
今日は朝から芝刈り三昧。まいってます。芝なんて一軒一軒の家の問題、どうでもいい、と言う方いらっしゃいます。でも庭付き集合住宅では、そうはいきません。ゴミをたくさん庭にためたら、ゴミ屋敷で問題になりますでしょ。それと同じで、ある程度の常識があるんです。以前伸び放題のお宅がありました。蛇が出てきて、お隣さんのお子さん、噛んでしまったんです。本人がそれで良いと思っていても、はたの方が気づいた時に「なんとかした方がよろしいのでは?」と言ってあげないと、思いもよらない方法にベクトルが。

仏や祖の悟りの境地を、俗世を超えた玄妙な世界と考え、観念的に求める時、人はその観念に縛られ、本当は日常の中にこそある悟りを見失ってしまう、そういう自己観念の障害を、理障と言うらしいですね。理障をあの手この手で教えて、お金儲けしている宗教たくさんありますね。
現実を生きる (円)
2012-09-11 18:26:08
本人の損失にとどまらず、第三者にも迷惑をかけることがあれば、「いいじゃないの、幸せならば」とは言えない、ということですね。

仏教というと、山にこもってとか考えがちですが、生きているこの現実とか、日常生活が問題で、でもそれはしんどいことなので、夢を与えてくれる宗教のほうが人気があるわけです。
東北アジア (となりのみよちゃん)
2012-09-11 22:49:34
だいたいにおいては、この地域は、唯一神と言う観念より、多神の観念ですよね。
いろんなところに神仏が。神仏を自由に取捨選択できる環境ですから、たとえば、お受験のときには、そういうところに、厄年のときは、そういうところに行く。その程度でも、案外ご利益あるかもしれません。願いがかなわなかったら、違うところに行けばいいだけですし。お賽銭なんて、インチキ宗教に比べたら、お安いものです。縁談祈願だって5円でいいんですもの。
先祖崇拝・霊信仰 (円)
2012-09-12 18:25:21
インチキ宗教といっても独自性があるわけではありません。
言ってることは伝統宗教と同じことです。
先祖の霊が迷っているとか、前世の罪でとか。
だまされる金額の多少によって、評判がよかったり、逮捕されたりするわけです。
だまされてるかも、ダレかに。 (となりのみよちゃん)
2012-09-12 19:54:08
近所の賢いぼっちゃんは、班長さんなのです。よく気が利くお子さんで、人望もあるようなので、児童会長に立候補しないの?と聞いてみたんです。そしたら「班長との兼任は絶対無理です」とはっきりと。班長もきちんと仕事をすると、けっこう、忙しいそうです。しっかりした考えをお持ちで、頼もしくなりました。
解ったぞ (てるてるぼうず)
2012-09-12 21:49:43
『解ったぞ』と、思ったら全然解ってないんですよね。

『これは正しいことだ』と、思ったら、それは正しくない。
『正しいことを広めるのは善だ』と、思ったら、それは善ではない。
ただのマインドコントロール。

こんなもの押し付けられるのは迷惑なんですけど、押し付けられる方もなんとなく、そう思ってしまうのでしょう。

子供のときから仏の教えを聞いておくことが大事なんでしょうね。

『何が善であり何が悪であるのか、そのどちらも私はまったく知らない』と親鸞聖人も仰っています。

凡夫の上に馬鹿が十も二十もつく私なんか善悪が解るはずがない。

正しいことや善悪の自分の判断が間違っていないと思える人は、ある意味、幸せなんでしょうね。

で、結局、誰の責任なのか・・・うーん、解りません。
間違いをやり直せたら (円)
2012-09-14 16:36:51
>となりのみよちゃんさん
新聞では維新の会の記事が大きいですが、維新の会批判じみた記事もちょくちょく見かけます。
ブログで取り上げようかと思うのですが、バカらしい気もします。
橋下=維新の会を砂糖だと思ってむらがる蟻どもの浅ましさ。
橋下=維新の会を救世主だと思って喝采する愚かさ。
ため息です。

>てるてるぼうずさん
信知とは「知る」というより「思い知る」ですね。
愚かさを思い知らされる。
仏の教えを聞いても、それを握りしめてしまいますよね。
落とし穴はたくさんあって、落とし穴から出たつもりが別の落とし穴だったりして。
ため息です (となりのみよちゃん)
2012-09-14 17:17:56
ため息です。

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