三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、インチキ宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり、そしてそのことを日記にまとめてみたり。

浜井浩一、芹沢一也『犯罪不安社会』5

2007年11月13日 | 厳罰化

浜井浩一、芹沢一也『犯罪不安社会』を読んで感じたのは、治安悪化に対する不安は迷信に似ている、犯罪に対して過敏になりすぎてヒステリックになることはインチキ宗教にはまるのと同じだ、ということだ。

どういうことかというと、迷信とは自分が作り上げた思いにおびえているだけのことである。
実態があって恐いのではなく、自分で作り上げた妄想に自分でおびえているにすぎない。
たとえば、私は小さいころ、夜中に一人で便所に行くのが何となく恐くて、母について行ってもらっていた。
しかし、便所に何か恐ろしいものがいるわけではなく、私が作り上げた何かに自分で怖がっていたにすぎない。
まさに自縄自縛。
インチキ宗教はそこを利用する。
霊魂の祟りとか、そういったものを作り上げ、脅し、思うように操るのである。

犯罪不安社会も同じではないだろうか。
犯罪が増えている、子供たちが狙われている、治安が悪化しているという虚構がメディアによって流され、不安になっておびえる。
そこに追い打ちをかけるように、窓ガラスが割れているのを放置していたら犯罪が多発すると、学者が脅す。
そうなると、不安にかられた人々は行政が動くよう働きかけ、厳罰を求める。
そして、自分たちで地域を守らねばという熱意のあまり、自閉症や知的障害の人を不審者として排除する。

しかし、それで安心することはない。
なぜなら、もともと犯罪増加、治安悪化という実態はないのにおびえているわけだから、ないものをなくすわけにはいかない。
いくら防犯活動をやり、厳罰化が進もうとも、不安が解消されることはない。
逆に、何かすればするほどかえって不安は増すばかりである。

「不安と治安の終わりなきスパイラル」からいかにしたら脱することができるのか、その道をCAP(子どもへの暴力防止プログラム)が示しているように思う。
市場恵子さんのお話によると、CAPは1978年にアメリカで作られたプログラムである。

オハイオ州で、小学二年生の女の子が登校中にレイプされた事件があった。
地域はパニックに陥り、人々がとった態度は「子どもを守る」ということだった。
親は四六時中、子どもに付き添い、地域の人たちは監視を強化するようになった。
ところが、監視と保護を強めすぎると、子どもは無力化されてしまう。
つまり、子どもはおびえて自信を失い、子どもはおとなに守られる弱い存在だと思い込み、自分で何ができるか考えられなくなる。
そういう状況では不安感が高まるから、子どもたちの中には夜驚症・夜尿・チック・保健室へ行く子が増えるなどいろんな問題が生じた。
小学校の先生が「このままではいけない。何とかしなければ」と考え、子どもに「セルフ・ディフェンス・トレーニング(護身術)」を教えることを思いつかれたのが、CAPの始まりである。

不安を抱えてヒステリックになることは、かえってマイナスになることを知らなければならない。
浜井浩一は
「犯罪は正しく恐れ、その上で、効果的で副作用の少ない、人々の生活に優しい犯罪対策を考えるべきであろう」
と書いている。
犯罪を正しく恐れながら、社会の中でどう生きていくかを学んでいかなければいけないと思う。

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2 コメント

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信じるべきは・・・。 (ゆうこ)
2007-11-16 12:23:31
 犯罪を正しく恐れること、正に、そのとおりだと思います。信じるべきものを信じ、疑わねばならないものを疑って冷静に真実を知ろうとすること、が大切だと痛感します。拙HPの作業をしていまして、思わず、こみ上げてくるものがありました。光市事件犯行自体を知ってほしいと切望しました。

 何時の頃からか、幼い者へ教える内容が変化してきました(と、感じます)。キリスト教では「信・望・愛」と言いまして、信じる・希望する・愛する、を勧めますが、今の世の中は「知らない人について行ってはいけません」「不審者を見たら、通報してください」なんですね。疑心暗鬼が蔓延し、心が痩せていくように思います。
 TBさせて貰います。
コメントありがとうございます (円)
2007-11-16 17:35:38
私たちは、自分はよく分かっていると思っていて、本当は分かっていないことすら分かっていないものですよね。
光市事件に限らず、実は、ということは多いんだろうと思います。
何ごとでも、いたずらにおびえるのではなく、事実をきちんと知れば問題を解決する道も見つけることができるはずです。
ソクラテスじゃないけど、分かったつもりが一番困ったことなんでしょうね。

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