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 隠岐西郷港の別れの写真を観てしまった

2017-05-15 21:20:25 | 隠岐しげさ節 
 また今年も隠岐しげさ節全国大会も無事終わった。 私が投げかけた隠岐への誘いに乗ってくださった民謡仲間は、今となっては隠岐の常連となっていた。 私はというともう丸2年間行っていない。 私が初めて、じろうさんに連れられ隠岐へ渡った時、そこで一人の男前を紹介していただいた。 私より年は上に見えた。 その方の口数は少ない人だったがハートが厚かった。 私は多くを語ったこともなかったが、その方を心から気に入り慕った。 隠岐へ行く度にその方の三味線を聴いたり、一言、二言、話しかけても、いつも笑顔で気さくに応えてくださる優しい方でした。

私は今回も隠岐しげさ節全国大会に参加できなかったのだが、常連組になられた仲間が西郷港での別れのシーンの写真を見せてくれた。 そこには私の尊敬する方が手を振っていた。 私は胸が詰まった  この日本が広いといえども、心の底から尊敬できる人って何名いますか 私は、そんなに多くいませんよ。 もちろん、その方との付き合いがあまりナイってのも原因だとも思う。 人は人のことを実は、あまり深く知らない方が良いのかもしれないなんて思ったりもする。 だから、好きな人のことは深く調べる必要などない。 自分の中で大切に尊敬していればいいことだと私は考えている。

隠岐の島というところは、必ず別れなければならない。 例えば、広島と大阪であれば、本州ということで繋がっている感があり、いつでも気軽にお金と時間さえ作れれば会いに行けるような気もするが・・ 隠岐は、ちょいと違う。 隠岐での別れは特別だ。 極端なことを言うと、その別れが最後になるかもしれない。 私は、仲間の西郷港の別れのシーンの写真を観た時に涙が出てしまった。 毎年、行われる送り迎えの、恒例のシーンではあるのだが・・ 隠岐へ長い間、行っていない私には、少し重かったかもしれない。 嬉しいんだけれども辛い気もした。

そういえば、じろうさんが僕を始めて隠岐へ連れてってくれた時、金峰荘(きんぶそう)という旅館に一緒に泊まった。 その宿には、女将さんとご主人がおられて、そのご主人は、隠岐しげさ節全国大会を心から愛していた。 おじさんのスタイルは、私と全く同じで、いつもいつもビデオカメラを構えては、大会を撮影していたのだった。 数年前、風の噂で、おじさんが亡くなられたことを私は知った。 あの、隠岐しげさ節を愛して止まなかったおじさんが天に行ったなんて。 私は今でも信じられない。 そして、まだ仏壇に行き手も合わしていない。

手を合わすと、もう会えないということを認めるような気持ちになっていた。 おじさんの姿がない時、私は金峰荘に泊まり、中級三味線の部門にて優勝できた。 おじさんが生きていてくれたなら、どんなに笑顔で喜んでくれただろうと思うと胸が詰まる。 この金峰荘は、女将さんも隠岐民謡をたしなんでいるので、お部屋でも座敷でもロビーでも、三味線を弾いても怒られない。 私は、それがすごく嬉しかった。 じろうさんや赤坂さんと、よくお部屋で隠岐しげさ節セッションを楽しんだものだった。 隠岐には私の大切な思い出がいっぱい今でも生きているのです。

それにしても亀谷さんが中級三味線の部門で見事に入賞され驚いた。 入賞なんて、隠岐では、そう出来るものではない。 それは地元勢が強いからなのです。 地元の競技者は、小さなころから隠岐しげさ節を聴いて生きています。 更には、隠岐民謡の名人や優れた先生方が、わんさかいるので、習うには格好の場所なのです。 そんな中、入賞の8名に入ろうとすると、半端な練習では入れないのです。 亀谷さんがどれだけ努力をされたのかは、入賞という2文字で十分にわかりました。 心からおめでとうと伝えたいです。

そして、今年の上級唄部門では、隠岐の島出身の吉田さんが日本一になられたと聴きました。 誠におめでとうございます。 吉田さんには、一度だけ話かけたことがありました。 私は初めて隠岐へ行った頃からずっと上級でしたが、私にとっては天の雲のような存在でしたが、彼女は私に対して立ててくださって、私はえらく感動したことを懐かしく思い出しました。 私は心の中で沸き起こる感動があったのです。 やっぱり人の上を行く人とは、人を心から大切に出来る人なんだって確信をしたのでした。

私は吉田さんを心から尊敬したのでした。 素晴らしい方でした。 だから嬉しいです。 また、いつの日か再会できるチャンスもございましょう。 また一人、日本一になり、競技者としてサヨナラになりましたね。 素晴らしい。 私はというと、そんな技術も努力も出来ませんので、一生、隠岐しげさ節を弾き語って、年を重ねて楽しんでゆけたらなって思っております。 あと、尺八で、じろうさんのような隠岐しげさ節を吹けるように頑張って練習を重ねたいですね。 じろうさんとは、6月に東京で再会できる予定です。

彼が、どんなに変わっているのか!? 私にはわかりません。 私も変わっているのか!? はたまた、そのままなのか!? それは、じろうさんの心でしかわからないですものね。 とにかく、私はじろうさんや高見さんと会えるのです。 その運命に心から感謝したいです。 私がもし、民謡を行っていなかったならば・・ そのお二人とも会えなかったことでしょう。 ナシ先輩とも・・ 亀谷さんとも・・ たくさん素敵な民謡人と会えるので、やっぱり民謡って楽しいですよね。 それに全国大会が、もしもなかったなら!? 誰も他県に向いて旅費を払って行きませんものね。 ならば出会いも縁も生まれず楽しさが半減してしまうでしょうね。

大会を運営してくださる方々や、スタッフの皆さんの努力があってこそ、そのような素晴らしき出会い、別れが行われるわけです。 それと楽しいことばかりだけじゃー民謡はダメだと思うのです。 隠岐での辛い別れ・・ その思いがわからない人が、隠岐しげさ節を心を込めて唄ったつもりでも、聴く側の心には響きませんものね。 私は少なくとも隠岐の写真を観て泣ける男だから良かったのかも 会いたい人が隠岐にいる 頑張っている人が隠岐にいる その人と会えるまで頑張って練習を重ねておきたい。 私は、その思いをこれからも、隠岐しげさ節人生に注いでゆくのでございます。 本日もご拝読、誠にありがとうございました 

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