世の中は面白くもあるし、怖くもある

あれもこれも、言っておかねば、言っておこう、そんな気分になりました。お読み頂ければ、嬉しい限りです。

国家主義者なのでしょう、平川氏が「さかしらを感じる」今上天皇の「お言葉」とは?

2017-04-20 | 国家主義は嫌いです
「偏った役割解釈」とまで断言して「さかしら」を覚えるという、「能動性」を示す部分を、今上天皇の「お言葉」の中から、抜き書きしておきます。

「・・・私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、・・・天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。・・・ほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。・・・」

天皇の立場からすれば、謙虚にして丁寧な「お言葉」である、と思います。敗戦で命を危うくされ、天皇制度の崩壊寸前にまで突き進めた戦前の国体思想の推進者からの難を、現在の憲法をも拠り所として克服する努力をし、「国民への威圧」要素を払拭しての天皇像を打ち立てた観のある、今上天皇の有様が、良い文章で綴られていると思います。それだけに、この「お言葉」に「さかしら」を覚えるという、居ても不思議ではなく、前々から居ることは承知していているとは云え、そのような「国民」の方々には違和感を覚えています。ましてやその「国民」が、「万世一系の世襲の天皇」「民族の永世の象徴」と、天皇/皇室を崇めているらしい日本会議のオピニオンリーダーであり、天皇の命を危うくした国体論者の流れを引きずっている人々なのですから、尚更です。考えてみれば、「さかしら」を「感じる」と云う「正直な心情」も、理解できないことではありません。彼らにとっての天皇/皇室とは、敬語乱発言葉での表現とは違って、「そんなもの」だと気付き、考え直せば、納得的でもあります。

天皇の「お言葉」全文は、宮内庁の以下のサイトを参照。
http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12#41

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