My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、技術経営まで。

スマートフォン戦争の勝敗はついたのか

2012-05-12 23:58:06 | 2. イノベーション・技術経営

もう一週間も前のことになるが、今回のゴールデンウィークは、いろいろなニュースが流れてきた。特に一番印象的だったのは、夜中に私のTwitterに飛び込んできたCNETのこちらのニュース。分かっていたこととはいえ、今更グラフでちゃんと見せられると結構ショックだった。

Apple, Samsung put hammerlock on smartphone profits−CNET (2012/5/4)

携帯電話市場における「プロフィットプール」つまりその業界の企業が出している利益全体を、誰がどのように分け合っているのか。Asymco社が算出した結果、2011年第四四半期において、アップルが全体の73%、サムスンが26%、台湾のHTCが1%を取っているという報告がされたという。

そのニュースに掲載されていた、2007年からの業界のプロフィットプールのシェア変遷を描いたグラフがこちらである。
このプロフィットプールは、携帯電話業界全体なので、スマートフォンだけではない。特に2007年のころ、最大の利益を誇っていたNokiaは、スマートフォンではなく、主に新興国などで発売していたシンプルな携帯電話で業界全体の6割もの利益を得ていたのだろう。それがいまや殆ど利益を得られず、利益を出しているのはApple、Samsung。過去からの推移を見ると、その方向は固定化しつつある。

図中のSEはSony Ericsson、RIMはResearch In Motionつまりブラックベリー、SamがSamsung。後は会社名のまま。 


Credit: Asymco;  Through: CNET

このグラフから明らかに言えることが4つある。

1. もはやスマートフォンだけが勝ち組であり、スマートフォンにうまく移行できなかった携帯電話の王者は全て負け組に

旧来の携帯電話の王者であり、2007年には業界の6割の利益を享受していたNokiaの影は、2011年にはもはや無い。通話とメール機能を絞り、シンプルで安く使いやすいNokiaの携帯は、いまだに新興国におけるシェアはそれなりに大きいが、Android携帯などの攻勢に会い、かつての利益率を保てなくなってしまったのだろう。

私がMITに留学していた2009年頃、周辺でNokiaでアルバイトをしていた学生が結構いた。当時のNokiaは、Appleによるスマートフォン攻勢を迎え撃つために、独自のスマートフォン向けのOSを開発したり、マイクロソフトと共同開発しようとしたり、色々と模索しており、そのOSの開発や経営戦略策定のためにMITの学生がたくさん雇われていたようだ。しかし、この「独自OS」戦略は結局うまくいかず、Nokiaはヒットするスマートフォンの機種を出せずに終わってしまった。スマートフォンは、使えるアプリがどれだけリリースされるかなど、ネットワーク効果が重要であり、Winner takes Allの世界だ。デファクトを取れないOSはまったく普及せず、結局開発費だけがかさむ結果となってしまったのだろう。

2. スマートフォンにおけるAndroid v.s. Appleの戦いは、Appleの勝ち

次にいえるのが、勝ち組であるスマートフォンの中でも、明らかな勝ち組はAndroid陣営ではなく、Appleである、ということだ。上のグラフの中では、Androidによるスマートフォンを出しているのが、HTC、LG、Sony Ericsson、Samsungであるが、これら4社を合わせた利益は徐々に下がってきており3割に満たず、Appleが業界利益の7割を占めているほどに増加している。Appleの一人勝ちとなってしまった。

何故Android陣営は利益率が低いのか?主に考えられる理由は二つでは無いだろうか。

ひとつはただでさえAppleより価格が取れない中で、Android陣営内での差別化が難しいため価格競争が進んでいること。Android携帯は、ただでさえAppleのiPhoneに比べて価格を落として販売している。そのうえ、同じAndroidを使っている以上は、使えるアプリも同じなので、差別化が難しい。形状とか、色々違いはあるだろうが、価格に転嫁できるほどの差別化要素にはならない。その結果価格競争に陥っているのではないか、ということだ。

もうひとつはAndroidを利用するための開発費がかなりかさんでいるのではないか、ということ。MITには、GoogleでAndroidを開発していた人から、携帯電話会社でAndroidの開発をしていた人まで大量にいたが、彼らによると、GoogleがリリースしたAndroidは、そのままでは使い物にならず、各携帯電話会社がかなりの開発費をかけて、普通に携帯電話に使えるように開発を進め、その結果各社が開発費を相当負担することになったという。某携帯電話会社のAndroid開発部隊にいたMITの友人は、その企業が先んじてAndroidの応用開発を始めて、相当の開発費を使ってしまったのに、リリースが遅れたので赤字を生んだと話していた。GoogleのAndroid部隊にいたMITの友人は「Androidは無料だというが、あれはGoogleの宣伝であって、実際にはベースと鍵になるソフトの断片しかリリースできていない。実際の製品にするには企業が相当の開発費を使わなければ使い物にならないから「無料」では無いんだよ」と話していた。開発費は当然AppleがiPhoneを開発する際にもかかるだろうが、Android陣営は各社がそれぞれに開発費をかけているという無駄が生じている分、全体として損をしている可能性があるだろう。

3. Android陣営の中で唯一利益を出しているのはSamsungだけ

もうひとつ面白いのが、利益があまり出ていないAndroid陣営のうち、圧倒的に利益を出しているのはSamsungだけだということだ。LGやソニーエリクソン、そしてこのグラフに載っていないその他の日本や台湾の携帯電話会社が利益を出せずにいるのに対し、Samsungだけが大きな利益を出している。やはりGalaxy携帯などAndroid陣営の中で先んじてブランドを構築することに成功したため、それなりの価格プレミアムとシェアが取れていることが大きいのだろう。トップダウン組織ならではの、最初にどーんと先行技術に投資して、いち早く先端技術を提供することでシェアを取り、プレミアムを確保して利益率を取るというサムスンのやり方は、携帯電話業界でも成功しているといえるだろう。

4. 携帯電話業界において、旧来の携帯からスマートフォンに移行して利益を出し続けているのはSamsungだけ。ゲームのルールの変更にさっさと気がついて投資戦略や自社の体制を変えられたのが鍵。

最後に、旧来の携帯電話時代からずっと利益を出し続けているのはSamsungだけであるということにも注目しておきたい。いわゆる「イノベーションのジレンマ」とは少し異なるが、必要となる技術が変わり、勝つためのモデルが異なってきた場合に、新しい技術に移行して勝ち続けるというのは簡単なことではない。通常勝ち組企業は、自社が勝ち続けることが出来た仕組みに固執し、新しく必要になるモデルに移行できずに負けてしまうことが多い。たとえばNokiaの場合は、独自の安いOSに基づく垂直統合の構造で、安価な携帯電話を作り、ボリュームゾーン中心に大量に売ってきたのが旧来の携帯電話での勝ちモデルだったが、Appleに対抗して遅れて独自OSに取り掛かったのが負けた理由かもしれない。彼らがSamsungと同様、Androidを活用してボリュームゾーン向けのスマートフォンに早急に移行できていれば、Samsung並みには利益率を維持できた可能性もあるだろう。

一方Samsungは、ゲームのルールが変わってきたのを早急に察知して、Galaxy携帯のようなものをいち早く出すなど、新しい体制に移行できている。これが技術が変わっても利益を出し続けていられる理由だろう。

携帯電話業界のように、技術が次々に進歩する世界では、勝つためのモデルが変わってくることは多い。そして、もともとの勝ち組だった企業が、自社のモデルに固執して、新しい技術で負け組となってしまうことが頻繁に起こる業界だ。携帯電話というものを開発し、1G携帯では王者だったモトローラが、2G, 3G携帯でNokiaに負けていったように。現在のスマートフォンでは、完全に勝ち組となったAppleであるが、ポスト・スマートフォンでは、心して変化に対応していかなければ、負け組となってしまう可能性は高いだろう。特に、垂直統合によって強みを発揮している企業は、一般的には業界の変化には弱いこともあり、Appleは注意して業界動向を注視し、変化に投資していく必要があるだろう。

(Special Thanks to @linsbar, @Kelangdbn, @muta33 and @mghinditweklar for additional Twitter discussion)

(追記)「市場シェアで見ればAndroidの方が高いはずでおかしい」という声をTwitter等で頂きますが、市場シェアが高くても利益率が高いとは限りません。寧ろ、Android陣営は利益率を犠牲にして、市場シェアを取っているという言い方も出来るかもしれません。

(参考)市場において、製品の「ドミナント・デザイン」(市場でこの製品はこの形状、形とみんなが認めるデザイン)が決まってくると、市場に残れる企業数が減っていく、というのがUtterback先生の研究。理由は、ドミナント・デザインが決まるとWinner takes Allの様相が強まるので、利益が出る企業数が限られるようになるから。私もMITにいたとき実証研究をやったんだけど、たとえば液晶テレビの場合は以下。ドミナント・デザインが決まったと思われる2005年以降、Exitする企業が増えて、市場にいる企業数が減っていった。スマートフォンにおいても、これと同様のことがもう起こり始めているといえるだろう。

その他、Utterback先生の本ではあらゆる業界において検証がされているので紹介しておく。

Mastering the Dynamics of Innovation
Harvard Business School Pr

この本の日本語版は絶版になってるので、英語版を紹介しておく

このアイテムの詳細を見る

Comments (5) |  Trackback (1) | 

グーグルとフェースブックの「情報共産主義」

2012-05-02 21:30:17 | 2. イノベーション・技術経営

1. クラウドに入れた私の情報をGoogleが勝手にいじってもいいの?−何故Googleは「公開」したいのか

Googleが新たに始めた個人クラウドストレージサービスGoogle Driveの利用規約が、アップロードした情報のGoogleによる利用を可能とすると謳っていることがひとしきりTwitterで話題になっていた。

How far do Google Drive's terms go in 'owning' your files? - ZD.net

この記事(英語)にあるように、同じクラウドストレージの競合に当たる、DropboxやMicrosoftのSkyDriveの利用規約には、「ストレージにアップロードしたあなたのファイルやコンテンツはあなたのものです」と明示してあるのに対し、Google Driveでは「ストレージにファイルやコンテンツをアップロードすることで、あなたはGoogleがそれを使用したり、変更したり、公開したり・・する権利をGoogleに与えることになります」と書いてあるのが問題になっているということだ。この記事に出ている、実際のGoogleの規約を引用して訳してみよう。

Google Drive ←全文はこちら

Your Content in our Services: When you upload or otherwise submit content to our Services, you give Google (and those we work with) a worldwide licence to use, host, store, reproduce, modify, create derivative works (such as those resulting from translations, adaptations or other changes that we make so that your content works better with our Services), communicate, publish, publicly perform, publicly display and distribute such content.

The rights that you grant in this licence are for the limited purpose of operating, promoting and improving our Services, and to develop new ones. This licence continues even if you stop using our Services (for example, for a business listing that you have added to Google Maps).”

私たちのサービスにおけるあなたのコンテンツ:あなたが私たちのサービスにコンテンツをアップロードしたり入れたりすることで、あなたはGoogle(および私たちと一緒に働いている企業)に、それらのコンテンツを利用したり、ホストしたり、ためたり、複製したり、変更したり、派生するコンテンツ(翻訳などあなたがサービスを利用するために便利になるようなもの)を生成したり、コミュニケートしたり、公開したり、公開で操作をしたり、そのようなコンテンツがあることを公開したり、頒布したりする権利を与えることになります。

あなたが認める権利は、私たちのサービスを運営、宣伝、または向上する、そして新しいサービスを開発するという限られた目的のためのものになります。このライセンスはあなたがサービスの利用をやめたとしても継続することとします(たとえばGoogle Mapに加えられたビジネス情報など)

おそらくGoogleが考えていることは、持っている英語文書などをGoogle Driveなどに突っ込むと、自動的に日本語などに翻訳し、別ファイル名で保存しておいてくれるなんてサービスかもしれない。あるいは、保存した名刺の住所録などの情報をGoogle Map上に載せてくれる(もちろん自分しか見れない)という程度かもしれない。最初は多くの人が抵抗するけれど、実際に使ってみたら「結構便利」、といういつものGoogleのパターンかもしれないのだ。たとえば、自分の検索履歴が次回の検索に生かされるGoogleのサービスも、最初は「え、検索履歴情報なんてGoogleにあげちゃうの?」とドキドキしたかもしれないが、使い始めると(過去の検索履歴を同僚や友人に見せるヘマをしない限り)個人情報が外に漏れることも無く、便利だということに気づいた人が大勢だった。

Googleはクラウドに入れた私の情報を「所有する」と言っているわけではない。Googleは勝手に、複製して改変したり、公開したりするだけであり、所有権は私にある、と言っている。しかし、それでは「私が所有している」ということには実質的にならないのではないか?という素朴な疑問を持つ。情報は、複製したり、秘匿性が失われることで、価値が下がる可能性があるからだ。

対するDropboxやマイクロソフトのSkyDriveが、ストレージに入れた情報は「あなたのものだ」ということを強調するのは、まだ「クラウドサービス」という概念に不安を覚える人が多くいるからだ。ITの世界にどっぷりつかっているひとには、ばかげていると思えるかもしれないが、自分の持っている自分の情報を自分で「所有」していたい、と感覚的に思う人は多い。自分のPCに保存しておかないと不安、という人はまだまだたくさんいる。だからこそ、利用規約の中で散々「あなたのものは、あなたのものです。われわれは一切所有権を主張しません」と強調しているのである。クラウドサービスを本当に裾野まで普及させようと思うなら、こういう「感覚」を大切にするのが大事だと思う。Googleには悪意はなく、ただちょっと先走りすぎちゃったのかもしれないけれど、だとしたらこういう「感覚」への思いやりがちょっと足りなかったかもしれない。

それにしても、一番気になるのは、「公開する」「そのようなコンテンツがあることを公開する」という部分だ。もちろん許可なく公開することは無いんだろうが、いつの間にか「公開してもよい」にチェックを入れたり、「I Agree」していたりするんじゃないかとひやひやしてしまう。個人クラウドに入れた情報を、Googleは「公開する」ことにこだわっているようにどうしても見える。

2. 情報を公開し、みなで共有することで、世界は良くなるのか−それって私有財産制の否定?

何故、Googleは情報を公開し、共有することにこだわるのだろうか?
Google創始者の一人であるセルゲイ・ブリンが、GIZMODEのインタビューで次のように答えている。

"I am more worried than I have been in the past. It's scary... There's a lot to be lost. For example, all the information in apps – that data is not crawlable by web crawlers. You can't search it."

私は前よりもずっと心配している、正直恐ろしい・・・ 沢山のものが失われてしまう。例えば、全ての情報は今アプリの中にある。データはWeb上をうろうろしても出てこなくなってしまう。検索できなくなってしまうと。

Sergey Brin: Web Freedom Faces Its Greatest Threat Ever−GIZMODE(2012/4/16)
(セルゲイ・ブリン:Web上の自由は、今かつて無い脅威に直面している: Thanks to @daisuke_kawada さん)

昔、インターネットが出来たばかりの2000年ごろは、情報がさまざまなところに溢れていた。溢れすぎて、混沌としてしまったところに出てきたのが、Yahoo!のようなリスティングサービスや、Googleのような検索サービスだった。こうして、混沌は収まった。

ところが、今度は人々が情報を隔離して所有し、外から見えないようにしてしまったのだ。例えば、新聞や雑誌社が、自社のコンテンツをGoogleで検索できない紙のコンテンツからウェブ上に移行して、公開してくれるようになったのに、Webアプリが便利になったおかげで、記事を有料化して囲い込む流れが起き、Googleで検索しても表示することができなくなってしまった。アメリカの新聞であるウォールストリートジャーナルは、長いこと無料のコンテンツを出していたが、iPadやWebでの有料配信をきっかけに、どんどん無料で見られる記事を減らしていった。その結果ウォールストリートジャーナルのオンライン購読者は増え、同社の利益は向上したが、これらの情報はGoogleで検索して読む、ということが出来なくなってしまっている。

あるいはAppleのiPhoneやiPadの普及で、さまざまなコンテンツがアプリを通じて提供されることで、Googleではその内容が検索不可能になってしまった。すなわち、人々が情報を所有し、囲い込むようになったことで、Googleで便利に検索できる領域がどんどん減ってしまっているのである。

ビジネス的にセルゲイの発言を解釈すれば、検索の元締めとして利益を得ているGoogleにとって、自社が検索できない情報が増えてしまえば、Googleの検索サービスの価値は毀損するから、その流れに反対するのは当然だろう。もし仮に、そんな金儲けはGoogleにとってどうでもよくって、単純に「世界をよりよくする」という精神から発言していると考えれば、人々が情報を囲い込むことにより「世界中の情報に誰もがアクセスできる」という時代は終わり、もとの紙の世界と同じになってしまう。それではまた不便な世界に逆戻りではないか!と言いたいのかもしれない。

これは、私有財産制の登場に似ているかもしれない。
かつて狩猟採集民が、野生の動物を狩り、魚を獲り、落ちている木の実を採集して生活していたように、初期のインターネット民は、野生の情報を狩り、文章を獲り、落ちている画像を採集して生活していた。端末さえあれば、お金が無くても、最先端の人と同様の情報を得ることが出来るようにしたのだ。(その端末すら、Googleは価格破壊を起こしたのだ。いまや新興国のミドルクラスでもスマートフォンが使えるようになってきているのは、Androidの普及によるところも大きいだろう)Googleはこのように情報にアクセスするコストを下げ、アクセスしやすくすることにより、どんな環境に育った人々も、下克上する可能性を高めてきたといえる。

ところが人々は土地を所有して、農耕をすることを覚えた。そうすることで、毎年安定した収穫を得られるようになった。農耕技術が進み、土地を囲い込むことで収益を得られるようになるほど、土地は「みんなのもの」ではなく、それぞれの人が所有に収まっていった。奴隷制が生じ、人々の身分は固定化した。こうして「私有財産制」が始まった。

情報の世界も同様だ。Webアプリの技術が進化し、新聞や雑誌や書籍を紙で読むよりも、ネット上やiPadのような端末にダウンロードして読むほうが便利になった。そうなることで、紙の時代よりも逆に堅固なセキュリティのなかに、情報が閉じ込められてしまったのだ。(例えばGoogleが全ての本をスキャンして、検索可能にする、なんてことがより難しくなってしまった。紙の本なんて、セキュリティゼロだったのだから!) こうして私企業や人々が情報を囲い込むことで、安定した収益を得られることを、企業や個人が知ってしまったからである。こうして、情報は、「みんなのもの」ではなくなろうとしているのだ。

3. だとしたらそれって「情報共産主義」?

Googleが「公開」にこだわるのは、このようにして「私有財産」化し、持たざるものが簡単に手に入れるのが難しくなった情報を、再度「みんなのもの」に戻そうとしているからではないか、と私は思っている。同じことが、フェースブックにも言える。フェースブックは、個人の持つ情報を、出来るだけ公開することで、世界をよりよくしようとしているという。自分たちが収益を上げていることですら、より良いサービスを提供することで、世界を良くしていくためだと、ザッカーバーグ氏は述べている。

マーク・ザッカーバーグの投資家向け公開状―「私たちは金もうけのためにサービスを作っているのではなく、よいサービスを作るために収益を上げている」−TechCrunch(2012/2/14)

ザッカーバーグ氏は、お金儲けをして、貯めたり使ったりすることには興味は無いのだろう。「収益を上げるのは、次世代のR&D投資を行うためで、それによって世界を良くしていくためだ」と本気で言っているのかもしれない。かつて、レーニンや毛沢東がそうであったように、自分の身は粉にしても、人々の情報を公開して、より良い世界を作ろうとしているのかもしれない。

この考え方は共産主義に近い考え方に思えるので、私は「情報共産主義」と名付けることにした。(Thanks to @tamai_1961 さん)かつて、共産主義国家でその思想が始まったときに、私有財産は全て没収された。没収されることで、世界が本当によくなっていくのであれば、喜んで財産を投じるという人も多かっただろう。しかし、結果は本当にそうなっただろうか?

「情報共産主義」をGoogleやFacebookが掲げるとしたら、私たちが問われているのは、そういった人たちに、全ての情報(財産)を任せることで、世界をよりよくすることに使ってもらうかどうか?ということだ。私たちは、その人たちをどれだけ信用できるのだろうか?

例えば、彼らがもしIPO(上場)したらどうなるだろうか?株主は、資本主義の中で、当然「儲けること」を是と考えるだろう。実際、Googleは上場しており、儲けることも彼らの役目のひとつだ。実際に、世の中の全ての情報が公開され、共有され、「みんなのもの」になったときに、一番儲かるのは、検索サービスにおいて最大のシェアを占めているGoogleである。公開された情報を、人々が探すために、全ての富がGoogleに流れ込んでくるのだ。それでも、Googleは本当に「Not Evil」といえるのだろうか?

あるいは、ザッカーバーグ氏は信用できたとしても、その彼を継ぐであろう次の社長はどうだろうか?ザッカーバーグ氏自身は、毛沢東の若い頃のように、農民と一緒に苦労して土地を耕し、既得権益者から奪った情報を公開し、読みやすくすることで、人々に便利な情報を与えているのかもしれない。でも後継者は全てが毛沢東やレーニンの若い頃のような苦労を実践するのだろうか。単純に、GoogleやFaceBookという新たな既得権益者を生んだだけではないだろうか?

このように考えていくと、人々の理想だった共産主義が、ソ連や多くの国で崩壊したのと同じような危険性を、GoogleやFacebookが掲げる「情報共産主義」にも感じるのである。結局のところ、GoogleもFacebookも自社の利益を最大化したい私企業であり、創業者がどんなに世界を変えようとしていたとしても、結局のところ、私たちの情報を取得することで、より大きな広告収入などを得ようとするだけに終わってしまう可能性が高いのではないか、と思っている。歴史がそれを示しているように思うのだ。

Comments (5) |  Trackback (0) | 

正義が勝つとは限らないことを教えるブロードウェイ・ミュージカル

2012-04-30 10:18:17 | 5. アメリカ経済・文化論

昨日、久しぶりに水谷豊主演のテレビドラマ「相棒」を見て、思い出したことがあったので書いておく。私は普段テレビドラマは余り見ないのだけど、「相棒」だけはプロットも俳優も非常に面白いのでたまに見たりしている。ただ、実際の社会ではこんなに気持ちよく、正義が通るとは限らないよね、と思ったりして、そうすると思い出すのが、アメリカのブロードウェイ・ミュージカルの「WICKED(ウィキッド) 」だ。

WICKEDは、「オズの魔法使い」のパラレルワールドという設定で作られた作品で、オズの魔法使いの中に出てくる「西の悪い魔女(エルファバ)」と「南の善い魔女グリンダ」が実は親友だったという設定で、彼女たちのアメリカらしいキャンパスライフから、その後運命が分かれていくまでを描いている。2003年の初公開以来、世界各国でロングラン公演しているらしい。私は2007年の日本での公開直後にミュージカル好きの友人と見に行ったのだけど、内容が強烈でいまだによく覚えている。

Wicked-poster.jpg(Wikipediaより転載)

(ネタバレ注意)魔女の才能は誰よりも優れ、正義感が強く、優秀で自己主張の強い女性である、エルファバ。彼女は、魔女の国の中で動物たちが人権を失われていく状況に反対し、一人で巨悪と戦おうとしたため、国民の敵である「悪い魔女」のレッテルを貼られて死んでいく。その一方で、ブロンドで美貌の人気者で、人気を得る方法を人一倍わきまえているグリンダは、親友として彼女に手を差し伸べながらも、組織の人として残ることを選び、国民に「南の善い魔女」として称えられる、という内容である。かなり超訳だけど。

日本でも劇団四季が完全翻訳版を演じているので、見に行ったことがある人もいるかもしれないけれど、ブロードウェイではこのミュージカルはティーンの女の子が主に見に行くミュージカルで、女の子に大人気なんだそうだ。たしかに、劇中に出てくるグリンダの美しい衣装や靴、恋愛事情、かっこいい男子が周りにいる大学なんて、アメリカの女の子の憧れのキャンパスライフそのもので、ティーンに人気があるというのはよくわかる。そして、エルファバとグリンダのお互いに全く異なる価値観を受け入れあう女子的友情も、「赤毛のアン」のアンとダイアナ然り、ティーン女子が好きなところだろう。しかし、そのティーンの女の子の憧れのグリンダちゃんが、倫理観や道徳観ではなく、「世の中は、正義が勝つとは限らない。長いものに巻かれ、組織のお作法を守って生きていくほうが、最終的には人々に慕われて社会的には成功するのよ」なんていう真実を教えてしまっていいんだろうか、といつも思うのである。

大学の女子寮で同室になった、美貌で人気者のブロンド女子のグリンダと、賢くて才能があるが肌が緑色のエルファバは、最初はお互いの価値観が合わずにいがみ合う。が、ふとしたことをきっかけに仲良くなり、親友になる。そしてグリンダがエルファバに、どうやったら(自分みたいな)「人気者」になれるのかを教えるという場面がある。グリンダの名ナンバー「POPULAR」だ。

人気者になるためには、どういった格好や身だしなみをしなくてはならないか、どういう仲間と付き合うべきか、男子に話すときはどういう言葉遣いをするべきかというのを細かくエルファバに指導していく、という歌。グリンダのコミカルなソプラノが生きるこのポップなナンバーの最後で、グリンダはこんな内容のことを歌う。(Lilac訳)

著名な国のリーダーや優れたコミュニケーターたち、彼らが頭脳や知識を持っていたですって?笑わせないでよ。
彼らは人気者だったの。ねえ、これは全部人気があるか無いかの問題なのよ
才能じゃないの、あなたが周りにどう見られているかが全てなの
だから、人気者になることはしっかりとやらなきゃならないのよ!私みたいに!

「そんなのくだらないわ」と言って最後まで親友の助言を受け入れなかったエルファバ。彼女は自分を高く評価していた「オズの魔法使い」という名の権力が、自らの権力を維持するために、動物たちから権利を剥奪し、自分の魔力をも利用しようとしていたことを知る。そして、自分の信じる正義のために巨大な権力と戦うことを選び、その結果「悪い魔女」のレッテルを貼られ、国民にも糾弾され、魔女狩りにあい、死を迎える。彼女は、社会的には抹殺されても、愛する男性フィエロに愛されながら、死をいとわず、正義を盾に悪と戦うことを選んだのだ。

ただその結果、国民の記憶には、エルファバは悪の象徴として、グリンダは善の象徴として残る、ということをティーンの女子たちはどのように捕らえるのだろう、と不思議に思う。エルファバのように、権力に逆らって、社会的に抹殺されてしまったとしても、愛する男性の永遠の愛を勝ち得て、自分の信じる正義のために最後まで戦うのを善しとするのだろうか。一方グリンダのように、間違った組織の権力と戦うことが出来ない、美しい靴や衣装が大好きで、周囲からの人気があるだけの普通の女の子が、戦う親友の死を乗り越えて大人になり、最後には社会的に成功し、人々の記憶に「善い魔女」として刻まれるのを善しとするのだろうか(でも彼女には何が残った?) 。ブロードウェイでWICKEDを見てるティーンの女の子たちに一度感想を聞いてみたい。

個人的には、エルファバのような才能と正義感を持った女性が、グリンダのようにうまく生きる術を持ちながら、最後には見事うまいことやって巨悪を滅ぼしてほしいと思うのだけれど、現実の世の中では、そんな簡単に正義が勝ってしまったりしないことを、ティーンに教えるアメリカのミュージカルってすごいなぁと思うのであった。

超解釈過ぎて、ウィキッドが好きな人が読むと「そんなの違う!」と思うかたもいらっしゃるかもしれないので、そのお詫びとして宣伝、というわけではないけれど、興味を持った人は一度見に行ってみるといいかもしれません。ミュージカルとして年齢を超えて誰もが楽しめる内容だと思うので。劇団四季のウィキッドの予告編を発見したので置いておきます。

(追記) ちなみにWICKEDを私のように解釈する人はアメリカ人にも多くいるようで、権力を保持するためにエルファバを悪に仕立てるオズの魔法使いをアメリカの国家に例え、湾岸戦争からイラク戦争にいたるまでの批判に使うひともいるようです。

Comments (6) |  Trackback (0) | 

都市化する世界−私が今年考えたいテーマ(後編1)

2012-04-29 16:03:56 | 4. マクロ経済学

さてさて、先週の「私が今年考えたいテーマ」の続き。なんか長くなりそうな気がするので、後編を二つに分けて後編1と後編2にしようと思います。最初は、私がずっと長いこと興味がある都市化。去年も「GDP世界一の都市・東京」という記事を書いたりしていたが、将来は世界の人口のほとんどが都市に住むようになることを考えると、効率化した、ちゃんとした都市を作っていかないと大変なことになるだろうな・・・という直感があって、都市というものに非常に興味があるのだ。

1. 都市化する世界

水、食料、エネルギーに並んで、世界的に注目されている分野として「都市化」がある。今後数十年の間に、世界の人口がどんどん都市に流入して行き、世界の多くの人が都市で生活するようになるという現象だ。特に、アジアの新興国を中心に人口密度の高い都市が増えていくため、環境問題とか、水やエネルギーが不足する問題が起こりやすくなるだろう。だからそれを防止する策を講じなければ、ということで国連や各国政府が「スマートシティ」などのプロジェクトに積極的に取り組んでいる。

こういう予想に基づいて、国連ではWorld Urbanization Prospectsという報告書を二年に一度出している。
このページから、各国の都市部と田舎(農村部など)に住んでいる人口を出して遊べるようになっている。
この予測に基づくと、2050年までに、世界人口の7割が都市に住むようになる
(注:国連データでは人口50万人以上の都市圏を都市と定義している)

2. 何故「都市化」するのか−中国、インド、アフリカにも「サラリーマン(注)」比率が増加するから(笑)。ちゃんと書くなら第二次、第三次産業にシフトすると人口集積が必要になるから

何故、今後人口が都市に集中するのか?それは今後は新興国を中心に経済成長し、それらの国で重要な産業が第二次、第三次産業へとシフトしていくからだ。工業などの第二次産業や、サービス業などの第三次産業は、資本や労働力が集積することで価値が生まれるため、人口が集積する場所−都市で発達するようになる。今までは農業などの第一次産業が中心で、人々が農村や漁村に住んで経済活動をしていた新興国において、工業やサービス業が経済の主体となることで、人々が都市に流入するようになるのである。これが世界で都市化が進む理由である。

いまいち感覚がわからない人は、日本の歴史を紐解いてみると良いかもしれない。
同じページで、項目にUrbanとRuralの二つを選び、地域で日本を選ぶと、日本が経済の発達に伴ってどのように都市化してきたかがよくわかる。

日本で戦後に工業化が大きく進み始め、池田勇人首相などが「国民所得倍増計画」を掲げていた1950年代、1960年代は都市化が最も進んだ頃であるのがわかる。京浜工業地帯(東京、川崎市など)、阪神工業地帯、中京工業地帯(愛知、三重)などといった四大工業地帯や、その他の工業地域といわれる場所に鉄鋼や化学など重化学工業のプラントや機械、電子などの中小企業が集積し始め、農村部から職を求めてたくさんの人口が流入してきた。その後、1970年代にはサービス業の就業比率も徐々に高くなり、いわゆる「サラリーマン」と呼ばれる人たちが増えて、東京や大阪、名古屋といった都市部に人口が流入し続ける。そして2010年には日本の7割の人口が都市部に集積するに至っている。

これと同じようなことが今後は、中国、ベトナムやインドネシアなどの東南アジア、そして東欧、ブラジル、アルゼンチンなどの南米諸国、そしてインドやバングラデッシュ、アフリカ諸国という順で、次々と起こっていくわけである。現在は農村部に多く人が住んでいるような国々でも、工場労働者、そして「サラリーマン」(注:サービス業の就労者をそのように呼ぶのであれば、ということ。別にサービス業で起業してる人も多いかもしれないが)が増え、多くの人が都市部に住むようになる。このようにして2050年には、世界人口90億人のうち7割もの人口が都市に住むようになるわけだ。

2050年にはインドに「サラリーマン」や「OL」が増えたり、アフリカで「工業労働者」がほとんどになって、みんなが都市に住んでる、というのはまだまだ想像できないかもしれない。でも、実際に中国などではそういうことが起こりつつあるわけだ。都市と農村で戸籍を分けている中国は、農村部から「農工」と呼ばれる、都市の戸籍が無い人々が職を求めて、大量に都市に流入している。この人たちは暫くは労働者として生活しているわけだが、何とか子供を教育にありつけさせ、工業労働するよりも高い給与を保証されるサービス業に勤められるように仕立てる。そうして都市で大企業とかに勤めて、サービス業に従事する人口が増加する。こういったことは、徐々にインドやアフリカ諸国でも起こっていくようになるだろうと考えられる。

さらに興味がある人は、Gapminderなどのツールを使って、産業別人口割合と都市化が密接に相関していることを確認してみると良いかも。

3. 新興国各国はどのような都市化をするのだろうか?−国によって異なる都市の発達形態

そんなわけで、これから経済成長をする新興国各国は、次々に都市化が進むようになる。そうすると、ちゃんと都市計画を考えて、都市を作っていく必要があるのだが、各国がどんな形で都市化を進めていくのかっていうのは結構面白いテーマである。

(余談だけど、日本の大学では「都市開発学科」みたいな学科が大人気だった時期があったけど、最近は大手ゼネコン就職不人気で、人気が落ちているということを聞いたことがある。世界全体では、都市開発がどんどん重要になるんだから、日本人の学生もこういう勉強をして、世界に羽ばたいていけばよいのに、と思う。今後は日本で勉強した後、中国やインドのディベロッパーに就職するというのもひとつの手では無いだろうか?)

例えば、日本とアメリカは同じ先進国だけど、まったく都市化の様相が異なる。以前書いた「GDP世界一の都市・東京」から、国別1位の都市のGDP比率を引用してみる。このときは人口ではなく、GDPを議論の対象にしてたので、GDP比較なのだが、東京都市圏(人口3700万人)が国のGDPの3分の1を占める日本に対し、NY都市圏(人口約2100万人)はアメリカのGDPの10%に過ぎない。中国は上述のようにそもそもまだ農村部の人口やGDP比率が高いということもあるが、最も大きな都市である上海が国全体のGDPに占める割合はたったの4%だ。

では、第一位の都市が低い米国では都市化の割合が低いのかというとそうではない。下の図を見ればわかるように、なんと85%以上の人口が人口50万人以上の都市圏に住んでいる。

つまり日本やイギリス、フランスというのは、少ない数の大都市が経済を牽引しているモデルであるのに対して、米国は、都市は多いものの、小都市が国中に分散しているモデルと考えられる。実際どうなっているかというと、

1. 2100万人のニューヨーク経済圏
2. 1700万人ののロサンゼルス経済圏
3. 1000万人のシカゴ経済圏
4-7. 700万人規模のワシントン経済圏、フィラデルフィア経済圏、ボストン経済圏、サンフランシスコ経済圏
8-10. 600万人規模のダラス経済圏、ヒューストン経済圏、マイアミ経済圏

といったように、東京ほどには大きくないが、数百万人の人口を抱える都市圏(または都市的集積地域:Agglomeration)が、国中にばらばらと広がっているのだ。
(参照:http://www.citypopulation.de/world/Agglomerations.html

更に、ヨーロッパというのは、人口を1000万人を超える都市圏はロンドンとパリ以外に存在しない、というまたまた不思議な都市の発展をしている。例えばドイツ随一の経済都市であるフランクフルトですら都市圏としては200万人程度、ベルリンも400万人程度、と一つ一つがアメリカより更に小さい。こういう小さい都市がたくさんあるのがヨーロッパの多くの国における都市の発達の特徴だろう。

というわけで、先進国をざっと3種類に分けるとこうなる

巨大都市経済圏一極集中型(例:日本、韓国、イギリス) 東京、ソウル、ロンドンなど、人口3000万人とかに達する巨大な都市圏が国内に3-4個、または1個とかしかなく、そこに都市人口のほとんどが集中しているモデル。日本だと東京、大阪、名古屋、福岡の4極。こういうところは、経済の効率性は高い一方、その一極が地震や洪水などの天災に襲われると国全体がかなりのダメージを受ける。

大規模都市経済圏が多数分散型(例:アメリカ) ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、ワシントン・・・といった形で人口が500-1000万人規模の都市圏が大量に国中に分散しているモデル。経済効率性は一極集中型よりも劣るが、地域ごとのさまざまな形の経済発展が可能、という意味では理想的。また地震等の天災リスクにも強い。

小規模都市経済圏が多数分散型(例:ドイツ、イタリアなど多くのヨーロッパ諸国):人口500万人を超える都市圏は無し。それより小さい都市圏が国内に大量に分散しているモデル。経済効率性は非常に劣ってしまうが、地域ごとのさまざまな経済発展が可能だし、天災リスクに強い。

4.新興国は今後どんな都市の発達をするかを考えるのは、これらを市場にしたい日本企業にも重要

国土が広い中国が、今後どんな発展をするかだが、なんといっても人口が10億人と多いので、1の日本と2のアメリカを掛け合わせたようなモデルになる可能性が高いだろう。つまり、人口が2000万人を超える東京やNYのような都市圏が、上海、広州、北京以外にもバラバラと十箇所くらい生じたりする、というイメージ。そう考えると、今後中国では、東京のような人口密度の高い都市を、国内で10箇所も運営していかなくてはならないということで結構大変である。ゴミや水、電気の問題など、東京やソウルと同様、常に悩まされることになるだろうし、それが10箇所以上も生じるって言うんだから、大変である。相当計画的に都市を作っていくことが求められるだろう。

同時に、アメリカ同様、都市間の物流とかがすごく大きな量になっていくだろう。アメリカにおいて、さまざまな商品の物流費が占める割合は日本とかに比べると圧倒的に大きいのだが、これはアメリカが上記のような都市の発達をした国土の広い国だからだ。都市間の物流網を効率的につくることが重要になるだろう。米国の轍を踏まないよう、鉄道や道路の発達と、省に分けずに国家で投資するメンテナンス体制が重要になると思う。

インターネットとか携帯電話の通信なども、通信網が張り巡らされた日本の形ではなく、米国と似たハブ&スポーク的な進展になるだろう。そうすると技術的にもそういう通信形態を選ぶことになるよね。

それから、都市間の人間の移動は、新幹線などの高速鉄道より、航空機が主流になっていく可能性は高いんじゃないだろうか。国土が狭いし、たくさんの人口が東京とか限られた都市に集中している日本では高速鉄道が効率的だったが、都市どおしが米国のように離れる可能性が高い中国では、飛行機のほうが早いだろう。中国も沿岸部は日本のように都市が切れない感じになるので、高速鉄道も発達するだろうが、今後内陸部がバラバラと発展し米国のような都市の散らばり方をするなら、内陸部に向かっての交通の中心は航空機になるのではないか、と思う。
もっとも、これは中国が国家的に高速鉄道を産業として発達させたいか、航空機を発達させたいかというのにもよるので、一概には言えないが。
(アフリカのような国は航空機のほうが効率的な都市分散をするので、中国がアフリカを狙うのであれば、航空機を発展させる可能性も高いかもしれない・・・?)

ちなみにインドなどもムンバイ、デリーなどだけでなく、チェンマイとかたくさんの都市部が今後わさわさと出現し、中国と似たような経緯をたどるだろうから、同じような問題に悩まされる可能性はある。 

一方で、ホーチミン(サイゴン)とハノイの二極に人口が集中するベトナム、バンコク一極に集中するタイなどは、日本やイギリスと同様、巨大都市経済圏んが少数生じる可能性が高い。こういうところはこういうところで大変だ。国中のほとんどの経済が1つとか、2個の都市に集中してしまうので、地震や洪水のリスクは高い。現に、昨年秋は、バンコクが洪水に襲われて、大変だったばかりだ。

新興国では今後間違えなく都市化が進展する。そのときに、どのように都市が発達していくのかというのを考えることは、その国にどのようなインフラが必要になり、どのような産業を発達させる必要があるか、ということを考えるのに非常に重要になるだろう。これは、新興国を市場として、グローバル化を果たしたい日本企業にとっても重要な思考実験ではないだろうか。

Comments (5) |  Trackback (0) | 

今年私が考えたいテーマ(中編)−「大航海時代」と「大公開時代」

2012-04-22 23:55:35 | 7. その他ビジネス・社会

ご無沙汰しています。前の記事(今年私が考えたいテーマ前編)を書いてから3ヶ月も経ってしまい、「今年は毎週書きます!」と言ったのをすぐに破ってしまう私ってひどいなぁ、と自分でも思っていました。待っていた皆様、ほんとにごめんなさい。でも、日本は4月が新年度の始まりということもあり(その割にはもう3週間もたっているけど)、もう一度チャンスが与えられたものと思い、後編を完結してしまおうと思います。

前回は、昨年書いた記事にリンクして書いたのですが、今回は改めて、自分の中で今年考えたいテーマを書いていこうと思います。

1. Going Global: 日本企業のグローバル化が大きく進展する「大航海時代」

昨年5月に、「グローバル化」は今、質的に大きく変容している(2011/05/20) という記事を書いた。グローバル化という言葉は昔からある言葉だが、その意味が今大きく変わってるということを書いたものだ。今年2012年は、日本企業にとってその変化が本格化し、その結果今までにはない人材が求められるようになり、組織も大きな変革を求められる年だと思っている。

先進国から新興国へ:グローバル化という言葉は1990年代から使われているけれど、その頃のグローバル化は、どちらかというとアメリカやヨーロッパなどの先進国に打って出ることだった。ところが、今のグローバル化は、経済成長が著しいBRICや東南アジア、中東、南米、そしてアフリカといった新興国へと出て行くことを指すことが多い。2011年は日本企業がたくさんの欧米企業を買収した年でもあったけど、これらも欧米市場を獲得するというより、成長する新興国市場に足がかりを持つ企業を買収するケースが多かった。

新興国市場に軸足が移ることで一番大きく変わるのは、先進国の論理では物事が進まなくなるということだ。GEのCEOであるジェフ・イメルト氏があらゆるところで書いているように「新興国は、先進国より進んだ技術を、先進国の5割のスペックと15%のコストで求める」のである。新興国は遅れた枯れた技術を求めてるのではなく、最新鋭のものを求めている。先進国にはある電気・水・電話・インターネット・道路などのインフラが、新興国ではまったく整っておらず、それを前提とした製品やサービスが必要となる。一方、先進国の人々が使ってる不必要なスペックは必要ない。それを削って提供できる破壊的な安い価格を求める。このように、日本から同じ先進国であるアメリカやヨーロッパに進出するのとは、まったく異なるスキルが必要とされるのである。

組織のグローバル化が進む:その結果、何が起こるかというと、日本企業においても、「組織のグローバル化」が進むと私は思っている。具体的には、今まで先進国に進出したり、中国や東南アジアにちょろっと出て行くくらいなら、日本人が主導していっても何とかなったのだが、今後はそうならなくなる。一方でこれらの新興国では、経済成長の結果、次々と優秀で安い人材が輩出されている。中国、東南アジア、中東、南米といった現地の優秀な人材を活用しなければ、企業が競争力を保てなくなって来ているわけである。その結果、組織に日本人以外の人々が増え、日本企業はこれらの人々を幹部として活用できるような組織に変革しなくてはならなくなってきているし、日本人の社員も変革を迫られている。つまり、今までのように日本人が海外に赴いて販売や生産をグローバル化するだけでなく、組織そのものがグローバル化する必要が出てくるということだ。今年2012年は、それが本格化する年だろうと私は思っている。

ではどういう風に日本の組織やそこで働く人々が変わっていかなくてはならないのか?このあたりのことは、このブログでもこれからもっと詳しく議論していきたいと思っているし、今度出版する私の本の中でも詳しく書いたのでそれについてもブログで一部書こうと思う。(余りネタバレすると出版社の人に怒られちゃうと思うけど(笑))
ちなみに本はMBA卒業前から少しずつ書き溜めたネタを基に書いた書き下ろしで、2年近くかかってようやく書き上げました。
日本経済が再度成長の軌道に乗るための方法は、既存産業の企業のグローバル化と、新たに経済の軸になるような新しい産業の立ち上げをベンチャー中心で行いGoogleみたいな大企業に育てることで、産業として大きくすることの二つしかないと思っている私にとっての、解のひとつを、ようやく整理してみました。

2. Going Public: 実名「大公開時代」はやってくるのか

ジェフ・ジャービスが書いた「パブリック−開かれたネットの価値を最大化せよ」は面白かった。この本を読んで、ああ確かに時代は、普通の人も実名でネットでいろいろオープンにしながら好きなことを書ける時代に変わってきているのかもしれない、と思った。

パブリック―開かれたネットの価値を最大化せよ
クリエーター情報なし
NHK出版

私がこのブログで「ネット実名は強者の論理。まじめに論じる匿名のメリット」(2010/05/10)を書いたのはちょうど2年前だった。「ネット上で実名で意見を書くべき」という「ネット実名論」が、実名で語る識者を中心に起こっていたのに対し、いやいやそんなのは実名で書くのがメリットになる(本が売れるとか、講演に呼ばれるとか)人の論理であって、組織の人である普通の会社員にとって、ネットで実名なんて無理デス、という趣旨の記事だった。そういう普通の会社員でも、会社名などの個人情報を隠しつつ、一人の信頼できる人格であるということを示すためにある程度の整合性を持たせた「半匿名」が解になるのでは、と解いた。

2年経って、その流れが少しずつ変わってきているように思う。もっとも、日本では会社がツイッターやフェースブックなどのSNSを会社名入りで使うことを禁止しているところはいまだに多いし、個人のほうも実名でネット上で何かをやって、自分が属する組織に迷惑をかけてしまったら・・・と思うのが大多数である状況は変わってない。しかし、若い世代を中心に、実名で発信するのが当然という人たちが増えてきたり、TwitterやFacebookがたくさんの人たちに使われるようになってきて、状況は変わってきたように思う。それに、日本ではまだかもしれないけれど、実名の個人が、個人的なことなどが暴露された場合に、「それとその人の会社は別でしょ」「その人のプロとして仕事が出来るかは別でしょ」と取り合わないケースが海外中心に増えてきている。その結果、これらの実名メディアを活用するメリットのほうが、デメリットよりも大きくなってきており、会社のような組織も、人々が実名で発信するのを止めることは出来なくなってくるように思えるのである。

たとえば、フェースブックを使って、ずっと連絡が取れなかった中学校や高校のときの友人と連絡が取れた、という人は結構いるのではないだろうか。それもこれも、実名でやっていて、出身高校や大学の名前なんかも曝していて、場合によっては写真なども公開しているから出来たケースが多いのではないだろうか。これは実名で、ある程度個人情報を曝しているから得られたメリットの典型だ。あるいは、ツイッターやブログなどで自分の悩みを書いたところ、それに対する解決策をたくさん提示されたという人もいるかもしれない。

とはいえ、「全ての人は実名になるべき」という論理は、私は頂けないと思っている。匿名でやりたい人、半匿名でやりたい人はそのメリットとデメリットを考えて選ぶことが可能であるべきだ。上記のようなメリットよりも、実名を公開することのリスクやデメリットのほうが大きいという人は常にいるだろう。そういうことではなく、多くの普通の人にとって、今までは匿名や半匿名という手段をとらざるを得なかったのが、今後は実名で発信することも、余り心理的障壁が無く選べるようになるし、かつてよりメリットが大きくなっている、というのが「大公開時代」の特徴なんだと思う。

まあ余りパブリックにしすぎて「大後悔時代」にならないようにしてください(うわー)、ってオヤジギャグで〆てみたりして・・。

さて、字数が結構行ってしまったので、わたしが今年注目したいと思っている残りのテーマ、3. 都市論と4.水と食料とエネルギーについては次回に回そうかと思います。今度こそはちゃんと書きますから!来週はGWだし。

Comments (6) |  Trackback (0) | 

今年私が考えたいテーマ−2011年の記事を振り返って (前編)

2012-01-16 01:05:32 | 7. その他ビジネス・社会

皆様、大変遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年は、出来るだけ頻繁にブログを書いていきたいと思います、と書いた矢先に年始から仕事が忙しくなったり、風邪をひいたりして、更新が遅れましたが、徐々に挽回していきますので、どうぞよろしくお願いします。それから、今年は私やこのブログにとっても飛躍となり、また読者の皆様にとっての楽しみになるかもしれないことを、いくつか仕掛けていく予定です。こちらも、このブログでも紹介しようと思いますので、楽しみにしていてください。

今年最初の記事は、昨年書いた記事の中で話題になったものを振り返って、2012年に暖めるべきテーマを考える、というのをやってみたいと思う。振り返ってみると、私は昨年中35本の記事を書き、そのうちTwitterやはてなブックマークで紹介されてアクセス数が集中し、話題になったり、色んなところで議論を呼んだ記事は20本余りありました。一部は普遍的に言える事や私個人の経験に基づくもので、今でも私の考えが変わっていないものもあれば、色んなコメントを頂いたり、震災やその他事件が原因で、考えが変わったものもあります。その辺りを書きながら、考えをまとめていこうと思います。

 

■ 人生や生き方に関する記事

私が人生の進路変更をした本当の理由 (2011/01/09)

昨年一番最初に書いたこの記事は、私が個人的なことである決断をして、振り返らないで前に進むと決めたのがきっかけで、書いたものだった。それまで四ヶ月ほど、悩みに悩んで、漸く決められたことだった。以前私が学者を辞めて、今の仕事に就いたときもそのくらい悩んだので、そのときの経験を書いた。書いてみたら、本当に大きな反響があって、驚いた。私と同じように、人生の中で迷いがあり、悩んでいる人はたくさんいるのだと実感した。

実は、私は昨年の暮れにもまた、悩むことに出くわしたのだが、色々考えてまた決断し、今年から新しい一歩を踏み出すことが出来た。それは小さな変化で、周囲の誰にも気がつかないようなことなのだけど、私自身のものの見方は変わり、世界は違うように見えた。そして、何より前から達成したいと思っていたことを今年こそ本当に実現しようという大きなエネルギーが、自分の中に湧き上がるのを感じた。下の言葉は、この記事の最後の結びの言葉だけれど、今でも本当にそうだと思う。

人生の決断とは、それをした瞬間は迷いがあり、失ったものの大きさに戸惑い、間違った決断をしたのではないかと悩むものだ。
しかし、自分の決断に覚悟を決めて、ゴールに向かって強く歩き続ければ、得られるものは大きい。
そもそも決断とは、人生を推進するエネルギーを得るためのものなのだから。

人生には「選択と集中」が大事な瞬間がある (2011/03/08)

今思えば、この記事はちょうど震災の直前に書いたものだった。人生の中で「選択と集中」をすること。色んなものに手を広げすぎず、本当に欲しいものに集中して、自分の時間とエネルギーをかけること。そうしなければ、ほしいものを取れずに失ってしまうかもしれない、という内容だ。

震災から10ヶ月がたった今、自分の短い人生を思って、もっといろんなこと、やりたいことに自分のエネルギーをぶつけていきたい、と思う人は多いのではないか、という時代の流れを私は感じている。人生に「選択と集中」が大事な瞬間があることは変わらないが、今年はもっといろんなことにチャレンジする年だ、と思う人は多いかもしれないですね。

大人になっても夢を持っていいということ(2011/11/13)

私が色々あって、半年近くブログをお休みして、再開するときに書いたのがこのエントリだった。本当にたくさんの人に読んでいただいて、たくさんのコメントをいただき、大変ありがたかった。震災直後には、被害にあっていない多くの日本人も、気持ちが打ちひしがれていた人は多かったのではないだろうか。このエントリを書いた頃は震災から8ヵ月後が経っており、まさに「一回しかない人生、自分のやりたいことにエネルギーを注ごう」という気持ちになる人が多かったのかもしれない、と思う。

昨年は「絆」の年。家族を愛おしく思い、自分を支えてくれる周囲の人々に感謝する年だった。
今年は、その絆から解き放たれて、自分の夢を持ち、新たなチャレンジをしていく年なのかもしれないと思う。

 

■ 英語・ビジネススキル関連

実は、瞬間風速的にブログへのアクセス数が最も増えるのは、この手の「How to」記事が書かれたときであり、2011年を振り返る意味でも避けては通れない。こういう記事を私がたまに書くのは、自分でも英語その他勉強は日々続けてるので、自戒をこめてという場合が多いが、それだけで、これだけの量の記事を「書きたい」という力は私には生まれてこない。その背景にもっと「伝えたい」と思う何かがあるから、書く。

この手のHow to系記事を自分で振り返ってみると、その「伝えたい」ものというのは、「インターネットで教育格差を無くすことが出来るんだから、広げていきたい!」ということだったり、TwitterでRTを受けて「それは違う!」と心の底から思ったことであったり。いずれにせよ、日ごろから心の中にある思想が元になり、この手のHow to記事につながっている。今年も、何が世の中で流行っているかどうかに関わらず、私の中にある思想に基づいたうえで、少しは役に立つHow toも書いていきたいと思う。

英語をモノにしたい人のためのお薦めYoutube動画 (2011/05/07)

私が高校生の頃は、普通の高校生が実際に話される生きた英語に触れると言っても、オーディオブックとか、NHKの英語講座とか、米軍放送を聞く程度しかなかった。もちろん同級生には、NOVAでネイティブと話してる人もいたし、お父さんが朝CNN見てるのを一緒に観ているハイソな家の人もいたが。ところが、今はYoutubeがあるので、インターネットに接続さえ出来れば、誰でも、タダで、いくらでも世の中で話されている実際の英語に触れることが出来る。ネットのおかげで、教育の格差はなくなってきているのではないか、と私は思うし、格差社会が到来しているからこそ、若い人が掴める「チャンスの格差を無くす」方向に動いていきたいと思う。それは、今年私が貢献したいことの一つであるし、そのためにブログを書いたり、世の中に発信していきたいとも思っている。

小学校から大学教育まで学習できる授業動画サイト Khan Academy (2011/12/11)

この記事も同様で、インターネットに接続さえ出来れば、誰でもタダで、小学校から大学教育に匹敵する内容までを学習することが出来るサイトを紹介している。バングラデッシュからの移民で、MITとハーバードを卒業してヘッジファンドで働いていたというKhan氏が、家庭教師をきっかけに動画をアップしはじめたところ、思わぬ反響があったので、そのままNPOにしたというものだ。こういったサイトも、「チャンスの格差を無くす」のに大きな役に立つものの一つだと思う

英語力のためにフォローしたいビジネス英語ニュースTwitterアカウント8選 (2011/12/03)

Twitterでニュースを読んで面白いのは、メディアごとの記事の比較が容易になることだ。記事の比較が出来ると、それぞれのメディアを読むターゲット層や国民の違いが浮き彫りになるのが面白い。その違いを「感じる」感受性はグローバルに活躍する人の必須条件だと私は思っており、そういう力をつけるためにもTwitterでいくつもフォローしてみるというのは面白いと思う。

正しい日経新聞の読み方(新社会人へ)(2011/05/15)
補足:「正しい日経新聞の読み方」 (2011/05/18)

この記事は、私がTwitterで日経の記事の批判をしていると「だから日経を読むのは時間の無駄だ」などの大量のRTが主に若い層から送られてきて、問題意識を感じたので書いたものだった。ビジネスマンが毎日日経を読むのは、ピアニストが毎日音階練習をしたり、料理人が桂剥きを毎日やるのと同じ「基礎訓練」だと私は思っており、読むのが当然の上で、批判をしている。それを若い読者の人にわかって欲しかったので、多少説教くさいかもしれないこの記事を書いた。このブログのメインの読者は30代−50代の方だと見受けられるので、当たり前のことだったかもしれないし、この記事のあと暫く更新が途絶えていたので、ますます??という人が多かったのではないかと思うが、Twitterのおかげで10代、20代の読者も増えているので、敢えて書いたもの、というのが真相です。

ちなみに、2012年1月現在では、私は、WSJはiPadで読むのが非常に読みやすいユーザインターフェースなので、iPadで読んでいますが、日経電子版は相変わらず全部を読むには使いにくいので紙で読んでます。

 

■ グローバル化の進展と、人々のキャリアの変化(前半)

昨年は、グローバル化に関する記事を大量に書いた。日本企業にとっては、昨年はまさにグローバル化がこれまでよりずっと進んだり、話題になった年だったのではないだろうか。震災があっても、その流れは衰えるどころか、地震の多い日本に集中する地理的リスクを考慮したグローバル化を真剣に考える企業がますます増えたように思う。円高も、海外への生産移転や、M&Aを加速した。

企業のグローバル化の帰結として、一般の人々にはどのような変化があるのか。振り返って記事を読み直すと、グローバル化について昨年書いた記事の殆どが、グローバル化に伴って変わる人々のキャリアについての話だった。それが震災前から年が終わるまで一貫しており、自分でも驚いた。

日本でも転職を前提とした就職が当たり前となる時代 (2011/01/29)

企業の人材戦略がグローバル化し、新興国ですぐに幹部になれる人材を採用するようなことを始めると、日本でも同じことが求められるようになってくるだろう。新卒の学生には数箇所の部署を回らせてゆっくり育て、なんていう流暢な時代は無くなり、アメリカの企業と同様、若い人にも専門性が求められ、若くても実戦経験があることが重要になってくるだろう、と私は考えている。

今年に入って、この思いはますます強まっている。新聞を読んでいても、ユニクロやイオンなどの小売業が、新興国で3年くらい働いたら店長として機能するような幹部候補の採用を強化している。そうでないと、新興国で勝てる出店速度を維持できないからだ。製造業も、円高による生産拠点のグローバル化に伴い、新興国の工場ですぐにマネージャー等を勤められる、技術人材の採用に大きく力を入れている。こういった企業では、短期間で人を育てるのが当然のようになってくるだろう。いわゆる日本にある「外資系」企業のように若い人を早く活躍させ、早く成長させる、というのが普通になるだろう。そうすると、日本本社に勤めている日本人も変わっていかないと、この流れに置いていかれることになると思う。

グローバル化を前提としたキャリア設計 (2011/02/12)

オキュパイ・ウォールストリート運動を受けて、もう一度この記事やフリードマンの「フラット化する社会」を読むと、ますますグローバル化に伴う、業務のフラット化が進んでいると感じる。米国では、ソフトウェア開発だけでなく、会計士や弁護士などが行う業務の一部も切り分けてインドにアウトソースする動きがますます進んでいて、学卒の学歴があっても、JAVAなど汎用性のあるソフトウェア言語が出来ても、職を失うということが起こっており、ますますその傾向は高くなっている。それは6年前に既に「フラット化する世界」で指摘されている通りだ。同じことが、今後、日本企業にも起こる可能性を指摘したのがこのエントリだった。

そういう世の中になっても食っていけるようになるには二つの方法がある。一つはグローバルに活躍できる人材になること(別にリーダーになることは無い。グローバルな環境で仕事が出来ればよい)、もう一つは誰もが持っていないような専門性をいくつも身につけることである。

フラット化する世界 
[増補改訂版] (上)

トーマス フリードマン

日本経済新聞出版社

フラット化する世界 
[増補改訂版] (下)

トーマス フリードマン

日本経済新聞出版社

 

先日Twitterで、『もしマリー・アントワネットが生きていたら、オキュパイ・ウォールストリートの人たちに「そんなに海外の人に職を奪われて、国内に職が無いというなら、あなたも海外に出て働けばいいじゃない」と言ったかもしれない。』と書いたところ、大きな反響があった。フラット化によって国内で職を奪われた人々は、グローバルに働くようなスキルが無いから、職を失っているのである。もし簡単に「国内で職が無いなら、グローバルに働けばいい」なんて言ったら、「パンが無いならお菓子を食べればよいじゃない」と言ったとされる人と同じくらい、批判されるだろう。

でも、現代のマリー・アントワネットの主張は実は正しい。今は、米国でも日本でも、求められているホワイトカラーは、新興国含めた各国で、グローバルに活躍できる人材である。国内でソフトウェアを開発したり、税金の申告書を作るホワイトカラーではない。従って、グローバルに活躍できるスキルを身につけることは、今後日本にもやってくるだろうフラット化から、自身を守ることになると思う。

「グローバル化」は今、質的に大きく変容している (2011/05/20)

実は「グローバル化」という言葉が示す内容は、10年ほど前と比べて、大きく変わっている。一昔前は、アメリカやヨーロッパなど他の先進国に行くことがグローバル化だった。現在は、新興国市場の経済に占める割合が大きくなり、新興国に幅広く進出し、そこの人材を活用して広げることがグローバル化となってきた。もう一つの違いは、以前は海外販売比率の増加とか、生産拠点のグローバル化といった、販売、生産のレベルがグローバル化することを、グローバル化と呼んでいたが、今後は企業活動全体、そして組織全体がグローバル化する動きへ変わっている、と言うことを指摘した。

 

ここまで書いて、文字数が9900文字を超えてしまった。文字数リミットです。
「グローバル人材大国」「GDP世界一の都市」、「原発をやめてクリーンエネルギー」など、まだまだ議論を呼んだ記事が残っているのだが、次の記事で私が現在どう思っているかを書いていきます。

Comments (4) |  Trackback (1) | 

英語ニュースで波乱の2011年を振り返る

2011-12-31 15:46:17 | 7. その他ビジネス・社会

2011年も本日で終わりかと思うと感慨深い。2011年は地震があった日本にとってだけでなく、世界中にとって波乱の年だった。

東日本大震災では、津波と地震がたくさんの町を破壊し、多くの方が亡くなっただけでなく、たくさんの日本人の心に傷を残し、経済にも甚大な影響を与えたと思う。そして何より、取り返しのつかない原発事故を引き起こした。今までは、原発が枯渇する石油資源を救う安全なエネルギー源であると信じていた人も多かったのではないだろうか。しかし取り返しのつかないコストを孕む手段なのだということを知った。フクシマの一部の土地は、将来にわたって人が住めないところも出来てしまった。

一方、世界を見渡せば、チュニジア、エジプト、リビアでインターネットを発端とした民主化運動が起こり、長期独裁政権が次々と倒された。アラブの春。インターネットによって情報はフラットになると長いこと言われていたが、実際にはリアル世界の秩序を覆すほどには至らず、影響力が小さいか、既存メディア同様、既得権益者が一方的に情報を流すツールだった。本当にフラットになって、このような革命のきっかけになったのは、携帯電話や回線等のインフラが整い、タブレット端末やネット接続可能な携帯などのデバイスがそろい、フェースブックやTwitter、Youtubeなどのアプリケーションがそろったからだと思うと感慨深い。インターネットというメディアが政治を変えるためのプラットフォームとして、本当に根付き始めたのが2011年だったのだと思う。

ビン・ラディンが死に、ジョブズが死に、金正日が死んだ。ビン・ラディンの死は、10年前の同時多発テロの痛みを受けたアメリカ人にとっては避けて通れない報復儀礼だったのだろう。その裏にある政治的な駆け引きも含め、民主党になっても、やっていることが結局変わらないアメリカの国際政治の進め方を考えさせられることになった。

ジョブズの死は、圧倒的なユーザビリティによって、テクノロジーをより多くの人に渡すことの大切さを思い知らされた。デジタル・デバイドという言葉がある。これを生むひとつは貧富の差であるが、もうひとつはユーザビリティであった。Apple IIIにより、それまで技術オタクのものだったPCは一般の人々のものになり、iPadによって若い人たちのものだったテクノロジーは、赤ちゃんからおばあさん・おじいさんまで楽しめるものになった。そしてiPhoneの普及により、世界中の人たちが同じアプリを、同じデバイスを使えるようになった。彼の死後は誰がその役割を担うのか。でもジョブズの功績の意味合いを十分に分かっている天才たちが、おそらく受け継ぐのだろう。

ギリシャやイタリアが破綻しかけ、ユーロは一時は崩壊の危機に迫られた。2000年に開始してからヨーロッパ統合の象徴としてその領域を拡大してきたユーロは、10年もしないうちにその存在意義を問われることになった。ヨーロッパ国内では、移民の増加で一般の人々の職が奪われ、東の安い地域から安い製品が次々に流入したなど、この10年の変化の意義が問われた。メルケルやサルコジが強硬な態度を崩さないことによって、何とか政治的な安定が得られているような状況であった。11月の危機的な状況は何とか免れたものの、まだ来年もユーロの動きから目が離せなそうだ。

この1年で、世界の秩序の一部は大きく変わり、人々の心も大きく変わったのではないだろうか。世界でも波乱万丈だった2011年を振り返るニュースをいくつか紹介したい。日本語のものは余りいいものが無かったこともあり、英語のニュースソースからご紹介。

Reuter: Year in Review 2011
http://www.reuters.com/subjects/2011-year-in-review

ロイターが選んだ、世界を揺るがせた2011年のトップニュース25を、インタラクティブなメディアでご紹介。写真をクリックすると、それぞれ英語の解説が出る。日本からは、地震とオリンパスがノミネート。アラブの春、ビン・ラディンの死、金価格上昇、オキュパイ・ウォールストリート、ユーロ危機など、様々なニュース。そういえば、イギリスとブータンではロイヤル・ウェディングがあったんですよね。

Al Jazeera: Our Top Stories of 2011
http://www.aljazeera.com/indepth/spotlight/aljazeeratop102011/

Al Jazeera English

アルジャジーラはいわずと知れた、アラブ系の独立系メディアだ。どの国でもメディアはいろいろなしがらみがあり、そのしがらみに沿って報道するとマスゴミと化すわけであるが、アルジャジーラはそういったしがらみが無いこともあり、「え、そんなの報道されるの」というものまで映像で報道される。最近では、カダフィが殺害直前に連れ去られるところまで報道された。特に米系メディアでは偏向しがちなアラブ系、アメリカや中国等の国際関係などのニュースで真実を知りたい人向け。

2011年のトップストーリーは、アルジャジーラにとってはやはり、チュニジアやエジプトの革命であり、バーレーン、シリア、イエメンなどで続いた民主化運動だった。日本の津波、ノルウェーのテロ、アフリカの飢饉なども忘れずに報道されている

 

WSJ: Years in Photos 2011
http://graphicsweb.wsj.com/documents/YEARINPHOTOS11/Photos-of-the-Year-2011.php#o=0&q=&x=&y=&p=0

ウォール・ストリート・ジャーナルからは2011年に人気が高かった写真を解説付きで紹介している。1月から順に写真を振り返ると、本当にいろんなことがあったと実感する。

ウォール・ストリート・ジャーナルのUS版には、日本の地震・津波特集のページがあり、今でも更新がある。最近は、福島での撤去作業や未だ解決しない義援金問題、野田内閣になって何が変わったかなど、米国から見た客観的な視点で、詳しい記事が載っており、英語の勉強以上に非常に参考になる。
http://online.wsj.com/public/page/earthquake-tsunami-japan.html

Comments (2) |  Trackback (0) | 

日本が「グローバル人材大国」を目指すべき理由

2011-12-30 14:20:17 | 1. グローバル化論

2011年は、日本企業のグローバル化が大きく話題になり、多くの人々に浸透した年だったと思う。

「グローバル採用」という言葉が何度も新聞紙面を飾った。新卒採用を、国外や留学生、海外大卒を中心としたグローバル採用に切り替えていくと宣言した、ユニクロなどの企業が話題になった。「グローバル人材育成」も、多くのビジネス雑誌で取り上げられた言葉の一つだった。海外事業で多国籍の人材を扱いながら活躍できるグローバル人材を今後どのように育成していくかは、今年の多くの企業が最も頭を悩ませた話題のひとつだっただろう。震災後は、海外企業のM&Aも加速した。実際、日本に工場の大半が固まっていたために、震災で稼動を落とさざるを得なかった企業は、地理的集中リスクの怖さを実感し、グローバル化の必要性を急に感じたところも多かったと思われる。円高による割安感もあり、日本企業による海外企業のM&Aは2011年に過去最大となったと報じられている。

今後、人口が減少すると考えられる日本では、多くの産業で市場成長が止まる。もし企業が成長し続けることを望むなら、日本国内でシェア争いをするよりも、成長市場である中国や東南アジア、南米などの新興国の売上を上げていくことが重要になる。そして、これらの国でシェアを取るためには、海外での生産や調達を行うことも、今までに増して重要になる。更には、人材すらも、日本以外の国から採用していくことになるだろう。東南アジアなど、国を挙げてグローバル人材の育成に力を入れている新興国は多い。これら新興国に事業展開するなら、日本人を駐在等で活用するよりも、ずっとコストが安く、現地の事情に詳しい、現地生まれのグローバル人材を採用する方が理にかなう。大企業に限らず、中小企業の多くにとっても、売上だけでなく、生産、そして人材や組織の面でも日本市場に偏らないグローバル化が、企業の成長と経営の安定のために必須となりつつある。

このように、成長を模索する日本企業の多くが、売上の多くを海外へ、生産や調達の多くを海外へ、更には社員の多くを海外採用へ・・と移行していくのは時間の問題と思われる。特に製造業は、輸出産業として日本の経常収支を支えているにもかかわらず、TPPやFTAの意思決定は遅くて邪魔ばかりされ、更には年金や医療等のコスト負担を次々に強いられる。ましてや円高に加え、自然災害のリスクまで出てきた。このように考えると、グローバル企業と呼ばれる日本企業の多くにとって、日本にとどまっている意味はあるのだろうか、とふと思ってしまう。実際、グローバルな日本企業の中には、日本以外の国に本社を移す、または第二支社を作ることを本気で検討している企業もあるだろう。企業の意思決定の面でも、人事や財務の面でも有利になると考えられるからだ。

「非国民だ」とののしる人もいるかもしれないが、グローバル企業にとって、市場成長が著しく、優秀な人材を輩出し、事業会社に優しい国や地域に事業の主軸を移していくことは自然なことになるだろう。10年前にハート、ネグリが「帝国」の中でいみじくも指摘したように、グローバル企業にとって国籍はもはや意味を持たなくなりつつあるのだから。そんな時代であっても、グローバル化する日本企業が日本にとどまる意味はあるだろうか。二つの意味で、日本に留まる意義はまだ残されているのではないか、と私は考えている。

ひとつは、現時点でのメリットだ。特に製造業が、現在日本をなかなか出て行けない理由のひとつは、日本は技術開発のインフラやネットワークが整っている「技術大国」であるということだ。イノベーションは、企業単体の努力だけでは起こらない。大学や研究機関が基礎研究を行い、技術に詳しい技術者や研究者が輩出され、中小企業やベンチャー企業が周辺の応用技術を提供し、共同開発などを行える様々な異分野の企業が存在し・・・といった具合に、技術のネットワークがあることが、技術や製品を開発しつづけるために非常に重要である。そして、特に機械産業や素材産業、電機産業といた分野では、日本には最高の技術のネットワークが蓄積されている。日本を離れて活動すると、これらの技術ネットワークを活用することも難しくなる。コマツ会長の坂根氏は、コマツを「日本国籍グローバル企業」として成長させる、そのために日本で技術者を育てると宣言しているが、コマツの建機を支える技術ネットワークは日本でしか得られないことを理由として上げている。

しかし、技術大国であることは現時点でのメリットに過ぎない。韓国や台湾、中国、そして追随する新興国が「技術大国」として成長し、技術ネットワークが育っていけば、徐々にメリットを失っていくだろう。日本に企業が集まる、残された理由は「人材」となる。企業のグローバル化を支える人材を日本から次々に輩出する「グローバル人材大国」になること、これがグローバル化する日本企業を日本にとどまらせる理由となるだろう。日本に来れば、グローバル化を進められる優秀な人材がたくさんいる、というようになること。グローバルな人材が育つ教育環境が日本に整っているから、近隣の新興国から世界で活躍したい優秀な人材が集まってくる。日本にいるだけで、これらの優秀なグローバル人材を採用できる、となること。そうなってくれば、日本に経営の中心をおきたい企業が自然と増えるだろう。日本が法人税を引き下げるなどより、ずっと効果的で、継続的な施策である。

米国には、売上の多くを米国以外の国で上げ、社員の多くが米国人ではないにもかかわらず、米国に本社を置き続けているグローバル企業が多く存在する。AppleやAmazonのような近年拡大したグローバル企業でもそうだ。これは米国が成長市場だからではなく、グローバルに活躍でき、将来は経営の中心を担える優秀な人材が米国に集まっており、次々と人材が出てくることである。Apple StoreやAmazon流通センターの人材は、それぞれの国の人材でよい。しかし彼らを統括し、各国で事業を展開する幹部人材は、米国に経営の中心を置いているほうが得られる。だから本社を米国に置き続ける。

日本企業がグローバル化することは避けられない。だから、日本が「グローバル人材大国」となって、グローバルに活躍できる優秀な人材を集め、輩出し、これらのグローバル企業を惹き続けること。これが、グローバル化を進める日本企業やそれ以外のグローバル企業の恩恵を、日本が受け続けるために唯一の施策になるのではないか、と最近つねづね思うのである。

2011年は日本企業が改めてグローバル化の必要性を認識し、採用や人材育成面でも動き始めた年になった。来年は、加速するグローバル化の動きを支え、日本という国を、日本発グローバル企業を惹き続ける「グローバル人材大国」にするための議論が始まる年になれば、と思う。

Comments (14) |  Trackback (0) | 

クリスマスに贈る世界のフラッシュモブ

2011-12-25 20:42:48 | 5. アメリカ経済・文化論

モスクワではクリスマスを前に大規模な反政府デモが繰り広げられる中、東京の渋谷では平和なデモが行われていたらしい。

「Xmasデートは恥だと思え!」カップルだらけの渋谷で"非モテ"がデモ-ニコニコニュース (2011/12/24)

15人の若者男性が、「リア充は爆発しろ!」「クリスマス商業主義に踊らされるな!」「モテないことは悪いことではない!」などとメガホンで主張して、渋谷を練り歩いていたそうだ。

主張がネタとして面白いから、きっと周囲で見ていた人たちはとても楽しかったに違いないし、彼らもそれをわかってネタとしてやっているのだろう。
いや、もしかしたら真面目な抗議だったのかもしれないが、全て含めてネタとしてやっているものと私は思っている。
(ただ人数がもう少し多ければよかったのに)

これとはちょっと違うかもしれないけれど、クリスマス前になると、街頭や空港など人の集まるところで、皆で「常識」や「規則」を覆すことをして、人を喜ばせたり楽しませたりする(そしてたぶん自分も楽しい)イベントが世界中で行われている。その辺にいる「普通」のはずの群集(mob)が、突如(flash)出てきて、何かを行うことから、Flash mobと呼ばれるのだけれど、ちょっと遅いけれど、クリスマスということで、皆様にお届け。

こちらの映像は、米国のミネソタ州のあるショッピングモールのフードコートで、去年のクリスマス前に行われたもの。

最初の40秒ぐらいは、ずっとただの雑踏なのだが、突然女性が歌い始めたのを合図にフードコートで座ってた一部の人たちが、皆突然歌い始める。実は、200名もの歌手がこのフードコートに集って行われたイベントなのだそうだ。周囲の多くの人たちは、普通の人たちなので、皆最初はびっくりしていたが、最後には拍手喝采となる。

 

こちらは、昨年のロサンゼルスの国際空港で、空港の職員が中心になって行われたもの。

アメリカンの職員?とおぼしき女性が、チェックインカウンターの上に突然立ち上がって、マライアのクリスマスの曲に合わせて踊り始める。それにあわせて他の航空会社の職員や、セキュリティの人たち、掃除のおじさんまでみんなで集まって踊り始める。曲が「マカレナ」とか「サタデーナイトフィーバー」など、アメリカ人なら誰でも知ってて踊れる曲なので(日本で言えばピンクレディみたいな感じか)、周りでチェックインを待ってるお客さんとかまで、みんなして踊り始める。最後にはサンタのご登場も。

日本の空港でやったら怒られるだろうなー。

 

大学でも。ミネソタ大学のミュージックスクールの学生たちが、同じ大学のビジネススクールに「攻めこんで」クリスマスプレゼント。まじめで勉強ばっかりして、ユーモアのセンスも乏しい(という印象が強い)ビジネススクールの学生たちを、からかってやろう、って感じなのかもしれないが、曲も踊りも完成度が高い。

 

Flash mobはクリスマスに限ったことではない。

世界で一番有名と思われるフラッシュモブは、2006年頃にNew Yorkの地下鉄で始まった「No Pants Subway Ride」かもしれない。これはズボンやスカートをはかずに、下はパンツ一丁で、みんなでニューヨークの地下鉄に乗るというもの。1月のニューヨークの一番寒い時期に毎年行われている。こちらは2011年のイベントの映像。

男も女もパンツ一丁。あるいは、地下鉄の中で突然ズボンやスカートを脱ぎだしてパンツ一丁になる。最初からパンツ一丁の人は、周囲の人に「どうしたの?」と聞かれたら「今日はズボンをはくのを忘れた」と答えるのが定番となっている。映像を見てると、子供を背負ったトランクス姿のお兄さんアリ、素敵なロングコートを着てるのに何故かパンティ一枚のキャリアウーマンあり、おへそまで出してる女子高生あり、元気にパンツ一枚のおじいさんありと、非常に楽しい。2011年は、ロンドンなど世界の48都市で同時開催がなされ(実は東京でも行われていたらしい)、3500名もの参加者がいたそうだ。

ニューヨークのアーティスト集団、Improv Everywhereが中心となって主催しているフラッシュモブで、彼らはこれ以外にもさまざまなフラッシュモブを仕掛けている。

2012年のNo Pants rideは1月8日。参加者はFacebookのページで募っているので、ご興味がある方は是非・・・→https://www.facebook.com/events/243316812362861/ 
ちなみにこれを始めた2006年には逮捕者が若干名出たようだが、ここのところはそういうことも無い様子・・・が自己責任でお願いします。

 

2009年にマイケル・ジャクソンが亡くなったときには、その追悼の意を込めて、世界中でマイケルの曲を踊るフラッシュモブが行われた。
こちらは、中でも比較的大規模な、ストックホルムで行われたフラッシュモブ。

 

こちらも、2009年に行われたフラッシュモブで、ロンドンのピカデリーで、突然100名の女性が服を脱ぎだし、黒のレオタードとハイヒールだけになって、みんなでビヨンセを踊りだすというもの。

 

こちらはアムステルダムの駅で行われた、サウンド・オブ・ミュージックのフラッシュモブ。T-mobileのCMに使われるために行われたものだったため、関わっているダンサーも非常にクオリティが高く、映像の完成度も高い。でも事前に予告されていなかったため、周囲の人は皆驚いて、喜んで、携帯電話でビデオや写真を撮ったりしている。周囲で見ているだけのはずの群集が、次々にダンスに加わって行き、普通の人たちが「えぇっ」て顔をしているのが面白い。(関係ないけど、世界中で人々が携帯電話で写真を取ってるのを見るたび、「これって日本が生み出した発明なんだよね」とか思う)T-mobileはこのCMが成功して味を占めたのか、その後もヨーロッパの色んな駅でフラッシュモブをやっている。

以上、一人でクリスマスを過ごすとしても、家族で過ごすとしても、見ていてなごむ、そして楽しい世界各地のフラッシュモブをお届けしました!

Comments (5) |  Trackback (0) | 

パイを増やす人とパイを分ける人

2011-12-23 16:39:24 | 8. 文化論&心理学

世の中には二種類の人がいる。「パイを増やす人」と「パイを分ける人」だ。 
「パイを増やす人」は、限られた資源しかない場合に、その資源全体を増やして一人ひとりの取り分を多くしようと発想する人だ。一方、「パイを分ける人」は今ある資源を前提として、分けることに集中してしまう人のことである。

例えば、孤島に飛行機が不時着し、100人の人が島に閉じ込められてしまったとしよう。しかし、飛行機に積まれていた非常食は100人分に満たない。ここで「パイを増やす人」は、まずどのように食料全体の量を増やそうか、という方向に考えを進める。島中を探して食べられるものが無いか、新たに食べ物を作り出すことは出来ないか、海に出て魚を取ってくることは出来ないかなど、新しいアイディアや外に出て行くことで量を増やし、足りない問題を解決しようと考える。一方、「パイを分ける人」はとりあえず今ある限られた非常食を、どう100人に分配するかということが気になってしまい、そちらを先に進めてしまう。誰に多く、誰に少なく渡すのか。それとも全員平等に分けるのか。

世の中にはどちらのタイプの人も絶対に必要である。「パイを増やす」ためには、イノベーションを起こしたり、他の場所に打って出るなど、それなりの気力や能力を必要とするが、これは全ての人に出来るわけではない。出来ない人たちにも、それなりに平等に資源が行き渡るようにするのが「パイを分ける人」たちの役目である。しかし、一般的には「パイを増やす人」が多い方が、社会や組織は前向きに、将来に向かって進むようになるし、「パイを分ける人」が多いと、人々は政治的になり、誰かを排除したりとする方向に行きがちである。

世の中にある多くの問題は「パイを増やす」ことで解決する場合が多い。にもかかわらず、「パイを分ける」方向ばかりに意識が向いてしまうと、全体として伸ばせる余地がたくさんあるのに、誰かを排除しながらの奪い合いになるような、つまらない結果を生む。世の中を前向きに、ポジティブにドライブしていくためには、「パイを増やす人」がたくさんいるのがとても重要なのだ。

人口が増えて食料生産が追いつかない場合、「パイを増やす人」は、イノベーションによって食糧生産を増やすことを考える。かつてのインドの「緑の革命」のように、農地の改良や品種改良、肥料等の使用といったイノベーションにより、全体の食糧生産を圧倒的に増加するような結果を生み出すことが出来る。それなのに、イノベーションを起こすことに投資せず、限られた食料をめぐって争いを起こすのは不幸なことだ。

あるいは、石油などの天然資源が枯渇していく今後、「パイを増やす人」は再生可能エネルギーや省エネの研究に力を入れるだろう。「パイを分ける人」に付き合って、資源をめぐる政治抗争や内戦を起こすのは不幸なことだ。

人口減で国内市場が伸び悩む日本国内で、「パイを増やす人」は競合他社とシェアを奪い合う不毛な戦いをせず、目を外に転じる。海外で大きく成長している市場はたくさんある。そこに出て行って、日本企業にとってのパイ全体を増やそう、と発想し、グローバル化する。現地企業から見れば「パイを取られる」ことになるが、技術移転などで、両者にWin-Winになるような解決策はいくらでもあると考える。

組織で「パイを分ける人」が幅を利かせるようになると、非常に不健全になる。人々は「パイを分ける人」から分け前を多くもらおうと、より政治的に動くようになり、他の人を排除したりするなど、後ろ向きになる。「パイを増やす人」になって、未知の市場を開拓したり、グローバルに事業を広げたりするのは、労力が必要でリスクを伴う。それよりも、リスクをとらずに偉くなれる「パイを分ける人」になったほうがよっぽど良いので、誰もリスクを取らなくなる。新しい企画が企業全体の売上を増やしているのに、その企画は本来うちの部署の縄張りだから勝手に取るな、と縄張り争いになるのは「パイを分ける人」の結果だ。縄張りを破らずに、全体の成長のために「パイを増やす」ように動ける、大志と器用さを併せ持つ人もいるが、その数は非常に限られている。結果として組織が硬直化し、イノベーションは起きず、成長が止まる。

どんな組織にも「パイを増やす人」と「パイを分ける人」はいる。そしてどちらも必要である。
そして必要悪の結果として、硬直化し、成長が止まった組織もたくさんあるだろう。
硬直した組織を前向きに、良い方向に変えていくためにやれることは三つしかない。

1) 自分自身は「パイを増やす人」となって、イノベーションや変革を起こす能力と意思を持ち合わせた人になること
2) 「パイを分ける人」の作った既存の縄張りや規則に一部従い、かわしつつ、不必要に「分ける人」を増やさないようにバランスを取ること
3) 余り世渡りはうまくないが「パイを増やす」能力がある後輩たちを守って育てていくこと・・・

前向きに行きたいですね。

 

Comments (47) |  Trackbacks (2) | 

小学校から大学教育まで英語で学習できる授業動画サイト Khan Academy

2011-12-11 13:21:46 | 6. 英語論・英語学習

今日は米国で最近話題のオンラインの教育動画サイト Khan Academy をご紹介します。留学が出来ない環境の人でも、無料で、英語で小学校の算数から大学教育レベルのファイナンス、化学、生物、歴史、美術、GMAT対策まで、ありとあらゆる分野の教育を受けることが出来る優れたサイトである。

こんなサイトが、留学したくても家庭の事情で出来なかった高校生や大学生のときにあったら良かったのに、と本当に思った。もちろん留学で得られるのは英語で勉強することだけではなく、実際に多国籍の人々と触れ合って文化の違いを学び、そこでリーダーシップをとったり何かを成し遂げる大変さを学ぶこともあるが、近づくことは出来る。しかも無料で。これからグローバルに働こう、なんて思ってる高校生は、数学、化学、生物、世界史など世界共通の教科については、日本語に加えて英語でも、こういうサイトを補助教材として使って勉強するのが良いと思う。私は大学4年生で初めて海外に出たときから、それまで自分が習ってきたことが日本語であるために、全て理解していても通じず、苦労したことか。今の私が高校生に戻れるなら、このサイトで勉強したと思う。

英語で教育を受けたいと思っている人、または留学を目指している人もその対策に非常に使えるサイトだと思う。ファイナンスや経済学だけなら、MBA1年目で習う内容すら、全てカバーされている。TOEFLやTOEICのリスニングで扱うような学術的内容が多いから、そのままリスニング対策にも使えそうだ。

Khan Academyには、オンラインのドリルや学習状況を把握するためのソフトウェアなどがあり、実際の学校教育で補助教材として使うことを目的とした、サポートツールもいろいろある。高校や大学における授業でこれらを補助教材として活用したい、教育者の皆様にも非常にお薦めだ。

まずはこちらをご覧ください。最近は日本でも話題のTEDにて、Khan Adademy主催者のSalmon Khanが講演した映像で、このサイトの概要を解説している。

 

 

日本語字幕がついているTEDの映像はこちら→サルマン・カーン「ビデオによる教育の再発明」

バングラデッシュからの移民でシングルマザーの母を持ち、MIT、ハーバードMBAを卒業したKhan氏。ボストンのヘッジファンドでアナリストをしていたときに、従兄弟たちに家庭教師をすることになり、その補助教材として作った動画をYoutubeにアップし始めたのがKhan Academyの出発点だという。いまや米国では36もの学校が、この教材を公式に授業に取り入れて使っている。米国中が注目する教育NPOであり、GoogleやBill Gates財団などから合計1650万ドル(約13億円)もの寄付を受けている。

Online Learning, Personalized - New York Times (2011/12/4)

黒い画面に、Khan氏がいろんな色のペンを使って、授業をする。英語は比較的聞き取りやすく、説明が明快で非常に分かりやすい。もともとKhan氏が家庭教師の補助教材として始めただけあって、「優しいお兄ちゃんが教えてくれてる」感じがまた良い。

Khan氏のバックグラウンドから、数学、化学、生物、物理、統計学、コンピュータサイエンスなどの理系分野、ファイナンス、経済学などが非常に充実している。加えて、SAT(米国のセンター試験的なもの)やGMAT(MBA受験者必須)の対策などもある。最近は、外部の専門家を雇って、美術史などの新たな分野を次々に増やしているようだ。

とりあえず、私が見ていていくつかお勧めの動画をご紹介。どの授業も面白くてお薦めなので、実際に自分でサイトを訪れて選んでほしい

Khan Academyのサイト: http://www.khanacademy.org/
Youtubeの専用サイト: http://www.youtube.com/user/khanacademy

追記:Khan Academyのホームページ上の動画では字幕をつけることが出来ます。動画の左下でSubtilteを選びます。ものによっては日本語字幕もあります。

Finance (ファイナンス理論)

Introduction to Present Value (現在価値入門)

ファイナンスで最初にやる概念である「現在価値」の解説。MBAのファイナンスで最初の日にやる授業と内容が同じだ。今日100ドルもらうのと、1年後に110ドルもらうのと、どっちがいい?というファイナンスの根本的な問いから解説が始まる。もしドルが不安定な通貨で、来年には価値を失ってしまうようなものなら、絶対に今日100ドルもらうほうが得だろう、とか、安定して年金が入る生活をしていて投資は全く興味ないし、という人は今日100ドルもらっても使い道がなく、1年後に110ドルもらうほうが得だ、と思うだろう。このように、その人が感じるリスクによって、現在価値というものは違ってしまうのだが、それを分かりやすく英語で解説してくれている

このIntroduction to Present Valueをパート4まで見ると、Discounted Cash Flow法という、企業価値を計算するときに使われる一般的な手法まで理解できるようになっている。

追記: 英語字幕のあるバージョンはこちら。動画左下でSubtitleを選べます。→http://www.khanacademy.org/video/introduction-to-present-value?playlist=Finance

Renting vs. Buying a Home (家を借りるのと買うのはどちらが得か)

世の中には、ローンを組んで家を買うほうが得だ、という人が多い。しかし、ファイナンス理論をやったことがある人は常にこういう。
「どんな場合でも、家は買うより借りるほうが得である」。
何故、借りるほうが得なのか、をファイナンスのリスクの考え方を活用しつつ分かりやすく解説する10分間のビデオ。

まあ、実際には家を買うのは、持ち家を持って安心したいとか、所有欲とか、そういうのにDriveされるわけで、ファイナンスの理論だけじゃ常に語れないんだけどね。

追記: 英語字幕のあるバージョンはこちら。動画左下でSubtitleを選べます。→http://www.khanacademy.org/video/renting-vs--buying-a-home?playlist=Finance

 

Current Economics (現代経済学)

Economics of Cupcake Factory (カップケーキ工場の経済学)

ミクロ経済学の基本的な概念を、カップケーキ工場のケースを使って理解するもの。3回コース。MBAのミクロ経済学の授業もこのくらいのレベルから始まる。もちろんMBAなどでは、授業中に学生が生の面白い事例を紹介したりして、それらについて考えるから面白くなるのであって、全然違うけれども、そこに至るまでのミクロ経済学の基礎を勉強するなら、この教材は最適だと思う。

追記: 英語字幕バージョンはこちら。動画左下でSubtitleを選べます。→http://www.khanacademy.org/video/economics-of-a-cupcake-factory?playlist=Current+Economics

Inflation and Deflation 3: Obama Stimulus Plan (インフレとデフレ3: オバマの経済高揚策)

2009年にオバマ大統領が就任した際に行われた、Stimulus Planはどのような効果をもたらすのかをマクロ経済学を活用して解説している

追記: 英語字幕バージョンはこちら。動画左下でSubtitleを選べます。→http://www.khanacademy.org/video/inflation---deflation-3--obama-stimulus-plan?playlist=Current+Economics

 

Venture Capital and Capital Market(ベンチャーキャピタルと資本市場)

Raising Money for Start-up(スタートアップのための資金調達)

こんなの、MBAでも履修しなければやらないだろう。米国でベンチャーをやりたいと思っている人たちのために、資金調達の仕方の基本を解説する。このシリーズには、IPOの仕方、ベンチャーキャピタルの投資の考え方、そして倒産の仕方まで解説がある。企業に興味がある人にはお薦め。

http://www.khanacademy.org/video/raising-money-for-a-startup?playlist=Venture+Capital+and+Capital+Markets

 

Biology (生物)

Parts of a Cell (細胞の組織)

たしか、私は高校の生物の最初の授業で、細胞の組織の名前をやったのを覚えている。教科書に、細胞の拡大図が載っていて、ゴルジ体とか、リボソームとか、何をやっているんだか良くわからない組織の名前を覚えさせられたものだ。

このビデオでは、細胞膜(Cellular Membrane)から始まり、細胞膜の中にDNAが出来て、その周りに核(Nucleus)が出来て・・・と生物の進化に合わせて説明してくれる。そして、DNAの周りに核があるのは真核生物(Eukariyotes)で、ないのは原核生物(Prokariyotes)だよ、と教えてくれる。ゴルジ体やリボソームなんかが、細胞の中でどんな役割を果たしてるのかも説明してくれる。こんな授業、高校一年のときに受けたかった。米国だと、大学1,2年レベル。約20分間の授業。

追記: 英語字幕が選べるバージョン。左下でSubtitleを選択→http://www.khanacademy.org/video/parts-of-a-cell?playlist=Biology

DNA

DNAの解説。DNAの化学的性質、どうやってたんぱく質に転写されるか、たんぱく質が作られることで遺伝子が発現することなどを約30分の授業でカバーしてしまう。米国でも日本でも大学3年くらいのレベルだと思われる。
これ見てると、日本語でチミン、シトシンなどと習ってたDNAの塩基が、米語ではダイミン、サイドジン、などと発音するのが正しいんだと分かり、ちょっとショック。

追記: 英語字幕が選べるバージョン。左下でSubtitleを選択→http://www.khanacademy.org/video/dna?playlist=Biology

 

Chemistry (化学)

Introduction to the Atom (原子入門)

化学の授業の最初にやる、原子とは何か、という話。そもそも原子とはどういうもので、どのような仕組みになっていて、どんな種類の原子があるのかを解説する授業。日本なら高校1年レベル、米国なら大学1年レベルでもやる。

追記: 英語字幕が選べるバージョン。左下でSubtitleを選択。何故か韓国語、中国語があるのに、日本語がない!→http://www.khanacademy.org/video/introduction-to-the-atom?playlist=Chemistry

 

Cosmology and Astronomy (宇宙論)

Big Bang Introduction (ビッグバン理論入門)

宇宙がひとつの特異点が不安定になり、爆発することで始まったという、ビッグバン理論の解説。数学出身のKhan氏だけあって、解説がやたら数学よりだ。Newtonみたいな科学雑誌のビジュアルから、ビッグバン理論に入った私から見ると、ああそういう解説の仕方もあるんだとちょっと感心したので紹介。

追記: 英語字幕が選べるバージョン。左下でSubtitleを選択。→ http://www.khanacademy.org/video/big-bang-introduction?playlist=Cosmology+and+Astronomy

Hubble Image of Galaxy(銀河のハッブル望遠鏡像)

おそらく、Khan氏がNASAのハッブル望遠鏡の像をみて、相当感動して作ったんじゃないかと思われる動画。写真の細かいところを拡大しても、たくさん銀河系があり、いったいこの宇宙にはどのくらい大量の銀河系が存在するんだろうと気が遠くなる。

追記: 英語字幕が選べるバージョン。左下でSubtitleを選択→http://www.khanacademy.org/video/hubble-image-of-galaxies?playlist=Cosmology+and+Astronomy

 

History (歴史)

US History Overview 1: Jamestown and Civil War(アメリカ史1:ジェームズタウンから南北戦争)

私は歴史が好きで、高校では理系なのに世界史も勉強していたほどだったが、海外に行くようになって、外人と歴史の話をしたくても、単語が分からないから話せない、というつらい思いをたくさんしてきた。前にも書いたが、エカテリーナ女帝とかエンリケ王子とかが普通に通じなくて悲しい思いをしたこともある。だから、米国に留学したときから、何とか歴史の授業を履修しようとしていて、結局いい授業がなくて出来なかったのだが、こういう教材があれば、別に授業を受ける必要もなさそうだ。非常に面白い。

追記: 英語字幕が選べるバージョン。左下でSubtitleを選択→http://www.khanacademy.org/video/us-history-overview-1--jamestown-to-the-civil-war?playlist=History

 

Khan Academyのビデオ教材は、2011年12月現在で2,700本もある。だから実際にサイトを訪れて、自分が興味のある授業を選んで勉強するのが非常に良いと思う。どなたかもTwitterでつぶやいてくださったが、あくまでも英語は、何か新しいことを勉強するための手段に過ぎない。手段として英語を活用しているうちに、本当に英語力というものがついてくるようになるものだと思う。

Comments (3) |  Trackbacks (2) | 

英語力のためにフォローしたい、ビジネス英語ニュースTwitterアカウント8選

2011-12-03 21:26:25 | 6. 英語論・英語学習

最近、仕事で英語のドキュメントを書くことが増え、英語力の落ちを痛感しているLilacです。2年間米国留学して、毎日あれだけの英語にさらされていても、やはり20代以降に覚えた言葉は、読んでいないと単語や表現をどんどん忘れるし、ワードチョイスの正しい感覚も薄れる。しかし忙しいビジネスマンだと、なかなか英語の文章を意識的に読む時間が取れないもの。そこで、最近は英語ニュースをTwitterでフォローし、仕事の合間などに面白そうなのを拾って読む、面白かったら簡単な日本語をつけてRTする、というのを開始した。今まで英字新聞を購読、iPadでエコノミスト購読、などいろいろやってたけど、Twitterでフォローして読むほうが断然面白くてはまっており、順調に英語ニュースを読む時間を取れているところ。おすすめです。

何故Twitterの方がはまるのか、というと、複数ソースから読みたいものを選んで読めるのが一番のメリットだと思う。英字新聞を購読したり、ネットのアプリでも、読めるのはその新聞の情報だけ。Twitterで複数をフォローしていれば、全体像も把握しつつ、いろいろなニュースソースから本当に読みたい記事を読める。それからオンラインのニュースサイトやiPad・iPhoneのアプリって、自分から開こうと思わないといちいち開かない。でもTwitterだと、PCでも携帯でもどこでもTwitterを開けばニュースが流れてくるので、自然と読むようになるしね。

というわけで、はがれかけている英語力を強化したい、と思ってる人のために、フォローをお勧めする英語ニュースアカウント8選。
私が経済・ビジネス系が好きなので、そちらに偏りがちだけど、参考にしてください。

米国系ビジネス紙

1. New York Times (@nytimes)

いわずと知れた米国の総合紙、New York TimesのTwitterアカウント。時差に関係なく一日中Tweetが流れてくる。一時間に2−5本のTweetで一日のTweet数は50−60。内容は米国の政治、経済、社会ニュースが満遍なく。nyti.ms/で始まる短縮リンクをクリックすると記事へ。

NYTimesのお勧めなのは、分からない単語を選択すると出てくる?マークをクリックすると、英英辞書のサイトをポップアップしてくれること。社会系ニュースだと結構難しい単語が出てくることもあるので、参考になる。

2. Wall Street Journal (@WSJ)

米国の代表的な経済紙、Wall Street JournalのTwitterアカウント。一日のTweet数は少なく、10−20くらい。もうすこしTweetしてくれれば良いのにと思うけれど、会員限定記事はTweetしない方針なのだと思う。内容は米国経済が中心。EconomistやFTと比べて、国際的な記事よりもやたら米国の国内企業の記事が多かったりなので、これ読んでると、米国って結構内向きなんだな、と思う。

余談だが、WSJはiPadで購読でき、その電子新聞の質がすばらしいので、iPad持ってる人は是非一度試してみてください。米国版、欧州版、Asia版の三種類から好きな紙面を選ぶことが出来、記事の内容や配置や優先順位がそれぞれ異なっているのが面白い。

3. USAToday(@USAToday)

かつては米国で最も購読者が多い新聞(それでも200万部とかなんだが)だが、最近はWSJに抜かされて全米2位になってるらしい一般大衆紙のTwitterアカウント。一日のTweet数は20くらいだろうか。日本で言うと読売新聞の位置づけに近いかも。NYTやWSJなどに比べて英単語や英文法が難しくないのだが、米国事情を知ってないと話題についていくのが難しいこともある。NYTやWSJにくらべ、スポーツや芸能の話題も満遍なくカバーしてるので、読む記事を選べるTwitterではもってこいな感じ。

4.Krugman's blog on NY Times (@Krugman_blog)

新聞ではないけれど、ノーベル経済学賞受賞者で、いくつものベストセラーでも知られるKrugmanがNew York Times上で一日に1,2回更新しているブログのTwitterアカウント。一応NYTimesってことで御紹介。最新の経済ネタに対して、彼独特の非常に分かりやすい解説と彼個人の主張を織り交ぜており、非常に面白い。

#米国系では、Time (@Time) もFollowしても良いかもしれない。ただ開くと、広告の方が多い紙面が出てきたりして読みにくく、最初の頃フォローしていたのだが結局やめてしまった。

#WSJよりアクセス数が多いインターネット新聞、Huffingtonpost(@Huffingtonpost)は、本当にTLを英語だらけにしたいとか、米国文化にどっぷりつかりたいという人にはオススメ。ただし、一日のTweet数が200とかなので、その量の多さを覚悟すべき。私はTwitterを始めた頃フォローしてましたが、そのTweet数のあまりの多さにUnfollowしました・・・。記事は非常に良いのですが。

#ちなみにWashington Post (@washingtonpost)は同じく一日のTweet数が100を超える多さで多すぎるし、日によってばらばら、しかもすぐに読まないと記事へのリンクが消えてしまう特性があり、個人的にはあまりお勧めしない。

イギリス系ビジネス紙

5. Financial Times (@FT)

米国がWall Street Journalなら、イギリスはFinancial Timesが経済紙の代表。個人的にはFTのほうが扱う話題がグローバルで広範囲にわたるので面白い。同じ話題に対して、WSJとは異なる立場で書いていることが多く、両方読むと面白い。Tweetは一日に20くらい。会員登録しないと記事が全文読めないことがあるので、会員登録してから読む。

経済学や金融について前提とする基礎知識が、日経新聞よりも多いことも特徴。だから最初は難しいと思うかもしれない。

6. Economist(@TheEconomist)

イギリスの経済週刊誌。国際政治、経済のほかにも科学など広範な話題を取り上げる。売り上げの半分を北米が占めるだけあって、北米視点の記事も多く、また日本も含めてアジア各国も取り上げられることが多い。Tweet数は一日20くらい。

#イギリスだと、通信社のReutersがやはり外せないのでは、と言う声もあるかと思うので一応御紹介しておきます。
Reuters Top News (@reuters)

私も一応購読はしてますが、一日のTweet数は30−60。New York Timesよりは少な目。ただ、配信されるのがトップニュースだけで、かつリアルタイム性がない。これは彼らはそもそも新聞社にニュースを配信する通信社であってB2Bのビジネスが主だから、B2Cで読者に直接Twitterでニュースを配信すると言うことには熱心ではないからじゃないかと勝手に推察。英字系の新聞を上の量だけ読んでれば、必要ないかな、という気がしないでもない。

#あとTwitterによるとBBCが好きな方が多いようですが、政治、国際、経済系のニュースって意味では重要性を感じないため、私もFollowをやめており、今回は紹介しませんでした・・・。イギリス社会の状況を理解するって意味では面白いんだけどね。

その他

7. Der SPIEGEL 英語版 (@SPIEGEL_English)

最近、面白くて個人的に非常にはまってるのがこれ。ドイツを代表する雑誌DER SPIEGELの英語版。一日のTweet数は10くらい。

何が面白いかというと、上に挙げてきたような英字紙は、米国的な視点、またはグローバルな視点でものを語り、経済や国際の問題を取り上げているのに対し、SPIEGELは、ドイツの視点で、ドイツの問題を取り上げているということ。その視点が非常に日本人の感覚と似通ったことがあり、普通の英字誌よりも共感が持て、面白いと思うことが多い。ローカル紙を英語で読んでるわけだから、当然と言えば当然なのだが、新鮮な感じ。

たとえば最近だと、ユーロ崩壊の危険性に対して、ドイツ国民がどう捕らえているかを描いた記事が面白かった。ドイツの多くの一般市民は、ユーロが崩壊しても生活には特に支障がないだろうと考えていて、あまり興味がないのだと言う。現在、メルケル首相の支持率は6割近いのだが、これはメルケルがドイツ主導でのユーロ危機解決に大きなリーダーシップを発揮しているかのように国民には見えるから、という。国際的な見方と国内的な見方はこのように違うのだな、と言うところが面白い。また、ドイツではドイツマルクに戻ったらどうか、と言う議論も行われているが、日本と同じ技術輸出国であるドイツは、ドイツマルク高になると苦しいので、今のユーロの方が良いと思ってる人が経済界には多いなど、国際的な経済紙ではあまり論じられない話題であり、非常に新鮮。

Germans Remain Unflappable During Euro Crisis - Der SPIEGEL

米国的な視点、イギリス的な視点とはまた異なる見方が分かるニュースとして非常にお勧め。本当はフランスの経済紙Les Echos(レゼコー)なども読めれば面白いんだけど、Twitterの英語アカウントはまだない様子。残念。

8. Tech Crunch (@TechCrunch)

これだけビジネス系じゃないんだけど、技術系のニュースで、一個だけ選択せよ、と言われたら、迷わずTech Crunchを選ぶのでノミネート。Webサービス、携帯電話、通信業界、家電など、テクノロジー系のニュースを、企業の買収合併から新製品紹介、ちょっとした小ネタにいたるまでさまざまにカバー。一日のTweet数はNYTimes並みに多く、40−80件。

 

以上。英語ニュースを読む時間を増やし、習慣をつけるためのTwitterアカウント8つ、ご紹介してみました。今回は、新聞や雑誌など「読む」のが中心になるメディアを御紹介したんだけど、これ以外にも、CNNとかアルジャジーラとか、映像系でお勧めしたいところも他にもあります。
これ以外にも、お勧めな英語ニュースTwitterアカウントがあれば、是非コメント欄で教えてください。

私がTwitterでフォローしている英語ニュースは、私のアカウント @Lilaclogのリスト、Lilac-newsを参照。
それから、私が読んだ英字記事でお勧めのものは、私のアカウントから日本語の短い解説付きでRTするので、興味がある方は是非@Lilaclog もフォローしてみてくださいね。

過去の参考になるかもしれない記事

英語をモノにしたい人のためのお勧めYoutube動画。−My Life After MIT Sloan (2011/05/07)
エンジニア向けオススメ英語ブログ−My Life After MIT Sloan(2010/02/15)
留学を目指す人のためのTOEFL iBT攻略まとめ−My Life After MIT Sloan(2010/01/24)
英文を読むのが苦痛な人はまずは単語力を身につけよう−My Life After MIT Sloan(2010/01/15)

Comment (1) |  Trackback (1) | 

「グローバルネイティブ」たちがやってくる

2011-11-27 13:44:49 | 1. グローバル化論

前記事「最近の若者は内向きだ」仮説の誤謬−My Life After MIT Sloan では、最近の若者が「内向き」、つまり海外留学や海外赴任などの「お外」に出たがらないとマスコミなどが言っているのに対し、そんなのはデータの読み方からして誤り、という反論をした。それどころか私は「最近の若者の方がずっとグローバル化している」と考えている。もちろん世代内の二極化は進んでいるし、昔の人に比べるとハングリーさは減っているかもしれない。しかし「外向き」側にいる今の若者は、昔の「外向き」の若者に比べたら、圧倒的にグローバル化している。「内向き」側にいる若者だって、昔の「内向き」若者に比べたら、圧倒的な量のグローバルな情報にいつのまにか接し、慣れている。むしろそういう情報に接して、苦労しているからこそ「俺は海外は嫌だ」とか明確に意思表示ができる「内向き」層が出てきているかもしれない。

最近私は、物心ついたときから、グローバルな情報をリアルタイムで共有するのが当たり前で、ネットなどででグローバルに交流ができる環境にある世代、その結果、何の抵抗も感じずに最初から自然と世界に発信したり、活躍出来る人もいる世代を「グローバルネイティブ」と呼ぶことにしている。物心ついたときから、携帯電話やインターネットなどのITに触れて、何の抵抗もなく使える世代を「デジタルネイティブ」と呼ぶのをもじったわけである。グローバルネイティブは、帰国子女である必要はない。小さなころから、情報といえば世界中の話が耳に入ってくるのが当たり前、さらにはYoutubeやTwitterなども活用して、世界中の人々と情報をリアルタイムで共有するのが当たり前、という世代だ(たとえ日本語であっても。Google Translateなども使って)。そしてインターネットなど各種メディアを通じて世界に発信をしたり、SkypeやSNSで世界中の国の人たちと交流できる世代である。

どちらかといえば「内向き」という若者だって、上の世代に比べたら圧倒的な量のグローバルな量に日々接している。やはりインターネットの力は大きい。新聞なんか読まなくても、英語のWebニュースやそれを日本語に訳したものが毎日たくさん流れてくる。高い値段で衛星放送を契約しなくてもYoutubeや、最近流行のTEDなどで海外の映像を見ることも気軽に出来る。語学が分からなくても、誰かがすぐに訳してネットに流してくれたりするだろう。Facebook、TwitterなどグローバルなSNSプラットフォームが日本でメジャーになったことで、どこかの国で面白い画像や情報が出てくれば、数日のうちにグローバルに同じ情報が共有される。iPhoneやアンドロイドのアプリだって、いいものは一日のうちに世界中に浸透する。このように、今の若い世代は、50代、60代以上の人たちには考えられないほど、インターネットを通じて自然とグローバルな情報に接しているのである。

グローバル化してるのはインターネット上だけではない。たとえばスポーツ。今の50代、60代が若いころは日本のスポーツを見るのが普通だったと思うが、今の10代、20代にとっては物心ついたころからスポーツはグローバルだ。野球ならアメリカのメジャーリーガーの名前をたくさん知ってるし、バスケならアメリカNBA、サッカーならイギリスのプレミアリーグやスペインのリーガ・エスパニョーラを見ている若者も多いだろう。その結果、観客が選手のプレーにどう反応するのかを見て文化を知ったり、あるいはNBAでストライキが起こって、バスケのシーズンが始まらないなんてことがあるなど(スト、昨日漸く終わりましたね!)各国の社会問題を知ったりして、自然に各国への理解が深まるわけである。「自分は海外なんか出るつもりはない」と何故か固く決意しちゃってる10代の若者だって、これらの情報にいつのまにか、自然と接しているから、上の世代よりはよっぽどグローバル慣れしているわけである。

そして、グローバルネイティブ世代の「外向き」層は本当にすごい。今の10代、20代の「外向き」層には、帰国子女でもなんでもないのに、最初から世界を目指して発信したり、世界で活躍できる人たちがいるのだ。それこそきっと、何の抵抗も感じず、普通に日本でやるのと同じ感覚で、最初から世界にいけてしまうのだろう。これは私を含めて30代や、それ以上の世代の人たちには少し隔世の感があるのではないだろうか。

と、先日発表された、ワールド・エコノミック・フォーラムの今年の日本人若手リーダー30人のプロファイル(PDF)を見て思ったのだった。選ばれた30人は、全員が30歳以下の若手リーダーだが、全員がグローバルというわけではない。しかし中には、大学で留学した後に最初から海外で起業する人がいたり、海外でNPOを作ってみる大学生がいたり、震災後に最初から海外に向けて発信している高校生がいたりする。それぞれに、30代以上の世代にはあまり見られない、面白いことをやっている人が多くいる。

そう、この若い世代は、外向きになろうと思ったら、もう私たち30代以上の世代とは比較にならないほど、いくらでも外に行けるのだ。インターネットなどのメディアを使って、最初から世界に発信し、SNSやEメールで世界中の人とつながって、世界をまたにかけて活躍できる。ここに選ばれた30人以外にも、今の高校生や大学生で、最初から世界に発信したり、他の国で活躍したり、ということをやっている人はたくさんいるだろう。そういうグローバルが当たり前、という若者がたくさんいるのが、グローバルネイティブ世代なのだ。

上の世代は、現在グローバルに活躍している人でも、そこにいたるまでは苦労して、それなりの壁を越えてきた人が多いのではないか。英語ひとつとっても苦労して身につけ、また文化的違いにも慣れるのに苦労して、何とかグローバルの土台に上がってきた。もっとも、私も含めた今の30代前半の世代が、その上の世代よりグローバルな経験を若いうちにしているのは確かだ。たとえば私なんかも、留学先のMITで、日本人は出来ないと言われたティーチングアシスタントを二期務めたり、米国でインターンをやったりしたが、これらは昔の日本人MBAには珍しいことだったようだ。でも同じ30代前半のMBA生には、インターンのみならず、在米企業にそのまま就職したり、MBA全体の総長に就任したりする人もいた。その他、MBAに限らず海外で仕事をしている同世代もたくさんいる。そんな30代前半の私たちは「いやー、今の若手はほんとグローバルに活躍するね〜」と上の世代の先輩方に言われて育ってきた。そこに至るまでの努力だって、それなりに必死でやってきた結果だ。

しかし、今の10代、20代の「外向き」層は、そんなレベルじゃない。もっと若い時期から、もっとグローバルだ。最初から、当たり前にグローバルに行こうと思っているし、実際に行けてしまう。英語力ひとつとっても、今の10代、20代の「外向き」層は、私のような30代の「外向き」層よりはるかに能力が高いと、実際に接していて感じる。中学生、高校生などの最も好奇心旺盛で記憶力がある時期に、インターネットがあり、Youtubeがあり、Skypeで世界中の人と安く英会話できるサービスがある世代は、同じくらいの努力をしている人でもやはり違うのだと感じる。発信力も違う。私が30代になって、漸くBlogやTwitterで発信し始めているようなことを、彼らは20代のうちからやっている。しかも最初から世界に向けて。

あと20年たって、彼らのような日本人のグローバルネイティブたちが、40−50代になり、リーダー的な役割を果たすようになったら、世界における日本の位置は大きく変わるだろう、と思う。日本人から、グローバルなリーダーになる人は今より増えるだろうし、世界各国のリーダーと対等に戦えるようになるだろう。デジタルネイティブにしても、物心ついたときからインターネットや携帯電話に慣れ親しんだ子供たちが、製品やサービスを作る側にたったら、きっと世界が変わるだろう、といわれている。グローバルネイティブもそれと同じである。

これからの日本には、物心ついたときから、情報は世界中で共有され、世界に発信するのが当たり前だと思っているグローバルネイティブが、どんどん生まれてくるだろう。いや、最近の新興国のグローバル化のスピードを見ていたら、もっとグローバルネイティブが生まれてきてくれないと困るのだ。そういうグローバルネイティブたちが、社会の中でリーダー的な役割を果たすようになったら、日本は普通にもっとグローバル化し、世界における日本の位置づけもはるかに良くなるのではないか、と私は淡い期待を抱いている。その世代がリーダーになる間のつなぎとして、30代の私も出来るだけ頑張りたい。

Comments (10) |  Trackback (0) | 

「最近の若者は内向きだ」仮説の誤謬

2011-11-23 14:55:28 | 1. グローバル化論

最近の若者は、海外などに興味が無い「内向き」志向になっていると、ことあるごとに取り上げられるが、これは本当だろうか?もっとも私は学校などで定点観測をしているわけではないので、全体の傾向は分からないが、マスコミなどで「昔より若者が内向き」の根拠としていることには非常に違和感を感じる。二極化はしているが、感覚的にも論理的にも、今の20代、30代のほうが平均的にずっとグローバル化に柔軟に対応しているように思える。

マスコミでよく「昔より若者が内向き」の根拠として挙げられる次の三つ。

−最近の若者は安定就職を目指すから、留学などの冒険をしない
−日本から海外に留学する人が減っている
−最近の若者は、海外赴任をしたがらない

せっかくなので、一つ一つについて、私なりに誤謬を指摘してみようかと思う。

1)「最近の若者は安定就職を目指すから、留学などの冒険をしない」のではなく「企業の採用活動が余りに硬直化しているから、留学できない」

近年は大学生の就職活動が早期化しており、製薬業界やマスコミなど早い業界では大学三年生の10月ころから活動が始まるし、メーカーなどでも1月ころから応募が始まるところも多いらしい。だから「大学三年生など、留学に最も適した時期に留学すると、就職活動の時期に間に合うように帰ってこられないので、留学をしない」という学生が増えている、ということは以前から言われていた。これに対して、就職活動が留学などの機会を奪っているのは問題ということで、2011年の1月には、日本経団連で就職協定(倫理憲章)が見直しされ、4年生/修士2年生の4月1日を学生の選考の開始日と位置づけることになった。

日本経団連:新卒者の採用選考活動のあり方について(2011-01-12)

経団連で、このように学生の現実をよく見た意思決定が行われたのは流石と思う。残念ながらマスコミには、留学より就職活動を優先させる学生を批判したり、簡単に「内向き」と言ってしまう記事が今でも多い。例えば最近では、11月から始まった寺澤芳雄氏の「私の履歴書」では、最初の日にこんな文章があった。

最近、日本の若者は留学よりも就活を選ぶといわれる。というより就活に大変で、「留学どころではない」という。4年前にアメリカの母校ペンシルベニア大学を訪ね、久しぶりに目の輝いた東洋人の学生を多数見かけ、てっきり日本人かと思ったら、7割が中国人、3割が韓国人だった。彼らは間違いなくアメリカのビジネスマンと互角に渡り合うだろう。内向きの日本の若者とこの国の将来がやはり気になる。(2011/11/01 日本経済新聞「私の履歴書」

世界をまたに駆けて活躍し、苦労しながら米国での日本企業の地位を築いてきた寺澤氏から見れば、今の若者は物足りなく感じるのだろう。この感想自体はそんな寺澤氏の率直なものなのだと思う。しかし、今の若者が留学を断念して就職活動を行っているのは、留学より就職を優先しているとか「内向き」だからではなく、単に企業の人材採用が硬直化しているだけではないか。特に大企業と呼ばれる企業ほど、学生が飛び込みで採用してもらえるなんてことはありえない。留学したいと思っても、日本の大企業に就職しようと思ったら、時期を外すのは難しい、と感じる学生の気持ちが私は痛いほど分かる。そしてそれは半分以上正しいと思う。自分にも経験があるからだ。

かなり私事で恐縮だが、以前「私が人生の進路変更をした本当の理由−My Life After MIT Sloan」で書いたように、私は家庭の事情もろもろもあり、博士課程を中退して就職をしている。その際、最初は日本のメーカーへの就職を考えたので、各社の人事課に電話をし、自分の学歴を簡単に紹介した上で、博士課程中退で来年4月から就職をしたいが可能か、を問い合わせた。電話をした企業の多くで「通常の就職活動プロセスに乗らない形では採用しません」「修士卒業から1年経ってからの就職はちょっと難しいです。博士を卒業してください」などとお断りされた。予想はしていたものの、現実を思い知らされたときは結構凹んだものである。学歴の問題とは思えなかったし、電話での話し方が問題とも思えなかった。単純に採用プロセスに乗らない形での採用は、多くの日本の大企業では行わないためであると思われた。

結果として、そういう採用プロセスにこだわらない外資系の企業だけを受けて、その中のひとつに就職したのだった。蓋を開けてみたら、私の東大物理の同期のうち、10名程度が博士を中退して就職等したが、数名が国家公務員試験を受けて役人へ、数名が外資系とベンチャー企業への就職、残りは医学部や法化大学院の再入学だった。

恐らく、私や同期たちのように博士課程まで行ってから就職するなんていう冒険をする方が世間知らずだろう。東大を出ても、博士中退とか企業の採用時期と異なるタイミングで就職活動しようと考えたら、外資やベンチャー、または資格を取るしかないわけだから。今の若者はかつての若者よりも、ずっと世の中の道理が分かっていて、世渡りがうまいのではないか、と思う。それを「内向き」とだけ言い切って切り捨ててしまうのは無理がある。

むしろ硬直化しているのは企業の採用活動の方ではないか。もっとも硬直化された選考活動をうまく乗り切ること自体が、採用基準に合致している企業であれば、今のプロセスを変える必要は全く無い。銀行や製造業の一部など、大組織のなかで、組織力として皆が調和された動きが出来ることを重視する企業もあるだろう。

もし企業がそういう人材ではなく、ちょっと世間知らずでも、リスクを冒して変な生き方をしている学生を採用したいなら、採用コストはかかるかもしれないが、企業で柔軟な採用プロセスも同時に行うのが良いのではないか。学生のほうも安心して留学などの冒険が出来るし、結果として多様な人材を採用できるのではないかと思う。こういう企業が増えると、留学によるリスクは減るので、もう少し多くの学生が留学などの多様な冒険を考えるようになるかもしれない。今後「グローバル人材を採用したい」と考えているのであれば、なおのこと現在の人事の仕組みを変えてでも、柔軟なプロセスがより必要になってくるだろう。

 

ちなみに、実際に私が外資系の企業に入ってみたら、起業していて卒業が数年遅れたとか、留学で遅れたとか、ポスドクをしていた、という経歴で、非常に優秀な人がたくさんいた。日本企業の硬直化した採用プロセスでは、こういう面白い経歴を持つ優秀な人材は取りこぼしているのかもしれないと思った。

2) 「日本から留学生が減っている」は間違え。実は20年で4倍に増えている

米国への留学生はこの10年で4割減った、と言われている。データを見てもそれは事実であり、それだけを以って「留学生が減った」「最近の若者は内向きだ」とする人もいる。これに対して、ちょうど一年前の記事だが、この誤謬を非常に的確に指摘している記事があったので、紹介したい。

リクルートエージェント 「キャリアに関するデータの真相 その1」 (2010/11/18)

要するに、減ったのは米国への留学生だけであり、アジアも含む全世界に留学する学生の数は、20年間で4倍近くまで増えているということだ。これは留学先が米国一辺倒で無くなった結果、米国への留学生が減ったということに過ぎない。一方、経済発展が大きく注目されているアジア各国に留学する学生はうなぎのぼりで増えているのだ。

ちなみに、留学先が米国以外に分散する現象は、ヨーロッパの各国でも起きており、アジアや中南米などの経済発展が注目されているのは、日本においてだけではない。ましてや、世界の経済における米国の地位は年々落ちてきており、米国への留学に興味を持てない人が多くても当然ではないかと思える。

3) 「最近の若者は海外赴任をしたがらない」は、全員ではなく二極化が高まっている可能性

最後に海外赴任に関する意識調査から、最近の若者は海外赴任をしたがらないと言われている点について。データの元は、日本能率協会が毎年4月に行っている新入社員アンケートで海外赴任の希望を聞いているが、以前より海外勤務希望者が10%程度減っているとのこと。

このアンケートのソースが今手元に無いのだが、結果を見ると、「海外勤務をしたくない」と答える人が増えている一方で、「海外勤務を希望する」と回答する人も増えている。これは情報がグローバル化しているため、自分の希望をはっきりと持つようになったということであり、単純に二極化しているに過ぎないのではないか、と思う。

先日、日刊工業新聞で行ったアンケートでは、「若者のほうが年を行っている人より海外赴任を希望している」という調査結果が出ている。

いまどき職場百景 海外で働いてみたいと思いますか?−7割前向き 低い壁(日刊工業新聞(2011/11/01)

記事を読むと、30代以下で海外赴任希望が8割、40代、50代で7割、60代で6割という結果が出ている。記事には回答した理由も掲載されている。30代と若い人たちのほうが、家庭の事情など、自身を日本に縛る理由が少ないということである。そう考えると当然の結果のように思える。

このアンケートは、同じ世代の希望を経年で比較しているわけではないので、正確な世代間比較は難しいが、30代以下で8割が希望しているなら、間違っても「若者は内向き」とはいえないとも思える。

いずれにせよ、海外赴任に関する意識調査は、行う母集団によって、傾向が全く異なっていることが多く、私はひとつのアンケートの結果だけで、若者が内向きか、外向きかを論じるのは難しいと考えている。

 

以上。「最近の若者は内向きだ」と言われているが、非常に違和感を感じていたので、思うところを書いてみた。次の記事でも書こうと思うが、私はむしろ最近の若者のほうが、昔の若者よりもよっぽどグローバルな情報に敏感で、興味も高いのではないかな、と思っている。国が豊かになったので、若干ハングリーさは欠けてきたかもしれないし、二極化も進んでいるだろう。しかし、外向きの人は以前よりずっと外向きになっているし、多少内向きな人でも、昔の世代に比べたら、ずっとグローバル化に対する感度は高く、いざとなったら受容する準備もずっと整っていると感じている。

Comments (9) |  Trackback (1) | 

大人になっても夢を持ってよいということ

2011-11-13 17:58:13 | 8. 文化論&心理学

みなさま、ご無沙汰しております。
今年5月に最後のエントリをを書いて以来、半年間ずっと書いていなかったブログを久しぶりに再開することにしました。久しぶりに開いたら、いつのまにかFacebookやはてなブックマークとも連携できるようになって便利になっていて、ちょっと浦島な気分。

何故ずっと書いていなかったのか、と言われると、単に創作活動をする精神的余裕が無かったのだろうと思う。仕事も忙しかった。でも、今年1月のエントリ「私が人生の進路変更をした理由」で書いたとおり、「書く」という時間は、私にとって最も大切な時間で、精神的にも一番落ち着く時だ。特にブログは、書くことですぐに人とつながれるのが楽しく、やはり自分のホームベースだと感じている。だから少しでも書く方がよいとわかっていたが、ずっと書いてないと、「あ〜すごく面白いことを書かなきゃ〜」というプレッシャーがあってなかなか書けなかったりする。正直言うと。

でもそうすると、悪循環にはまって本当に書けなくなる。だから今日は、TPPがどうとか、異論反論が出るようなことは書かず、とりあえずさらっとした話題を書いてリハビリしてみようと思う。

さて。

多くの人は、小さいころ「将来はプロ野球選手になる」とか「歌手になる」とか「世界一周旅行をする」など、いろいろな夢を持っていたと思う。でも、大人になってから「私は絶対にXXになる」「XXをする」という夢や希望を常に持って生きている人って、果たしてどのくらいいるのだろうか。

大学生で就職活動をするころから現実的になり、または挫折を経験して、夢は持たなくなってくる。そして社会人になると、仕事や家庭、あるいは恋愛、単純に日常生活で忙しくなって、夢など持つ余裕が無くなってくる。そして、その日常生活を維持しつづけるために、お金を稼ぐために仕事をし、そのための生活をし、老後のためにに貯蓄する。その中では、おいしいものたべたい、とか、楽しいことしたい、といった小さな目標はかなうかもしれないが、本当に自分が人生の中でやりたいことって、後回しになってないだろうか。そのせいで、自分の中に小さな空虚感がないだろうか。

人生は一度しか生きられない。
自分が小さなころから本当にやりたかったことや夢を叶えないで生きるのは余りにもったいない気がする。

一度、自分が本当にやりたいことを一度思い描いてみたらどうだろうか。バカみたいと思うかもしれないけれど、子供のころの大それた夢をもう一度持って、それを目標として明確にし、それを達成するためにやるべきことを少しずつやってみてはどうだろうか。そうすると、毎日の生活が輝いてくるし、目標に向かって歩んでいると思うことで自分の人生が満たされてくる。

例えば「歌手になる」という夢を持っていた人は、その夢を思い出のタンスにしまって老後に取り出すのではもったいない。今から目指すなら、いつまでにどのような歌手になるのか、というのを、具体的に思い描いてみればよいと思う。そしてそれを達成するために、仕事や家庭の合間の時間を少しずつ、本当に歌手になるために使い、積極的に行動してみたらどうだろうか。

週に一度でもスタジオに通ってボイストレーニングをし、毎日少しずつでも発声練習をする。オーディションの情報を探し、一緒にバンドを組んでくれる人を探す。スタジオの先生や周囲の親しい友人には、自分の夢を話す。夢は目標として達成できるものだという思いを共有できる同士を見つける。自分の夢を周囲に言い続けるのは大切で、そうすると人の縁もあって不思議にチャンスが回ってくることがあるのだ。もちろん、誰もが2009年にイギリスの歌番組で突如大成功したイギリスの48歳のSusan Boyleのようにはなれないし、ならなくてよいのだが、自分として現実感のある夢を達成することは出来るのではないか。

あるいは「スペインに移住する」というのが夢であれば、スペイン語を勉強するのはもちろんのこと、スペインのどこに住むのか、どのような仕事が可能そうか、その仕事をやるために必要なスキルはどういうものか、を具体的に考えて、明確な目標を立てる。あるいは今の仕事から、スペインに近づく仕事に就くためにはどうするべきかを考える。そして情報収集や、語学やスキルを得るために日々の時間を使っていけばよいと思う。

夢をかなえるのは、仕事を引退した老後とか、子供が大きくなってから、と後回しにしている人が多いのではないか。もちろん、仕事や家庭で過ごす時間は楽しいし、小さな幸せもある。また、仕事も子供も責任を伴うものだから、自分の夢などは後回しにして、と責任感ある大人なら誰もが思うだろう。

もし、それで今の自分の生活が満たされているなら、無理に夢を持てとは私は思わない。もし、それだけで満たされていないのだとしたら、たった今から、夢を目標に変えて、自分の時間を少しでも使い始めることをはじめても良いのではないか、と私は思っている。

夢なんて、もう無いよ・・、と言う人へ。そんな人は、今の自分がやりたいことをどうでも良いことでもよいから書き出してみたらよいと思う。書いているうちに、少しずつ、自分の夢というのは固まってくるようになる。人間、大きな挫折を経験したり、大切な人をなくすなどの大事件があったりすると、自分の夢や希望なんて無くなってしまうものだ。でもそういうときこそ、逆に自分の小さなころからの夢に近づくチャンスかもしれない。

私が大学一年のときの同級生に、39歳で大学に再入学された方がいた。彼は昔から医者になりたいと言う気持ちはあったが、別の職業を結局選んだという。ところが30代後半になって大きな病気をされて長期入院し、会社を辞めた。そのときに、一度自分の人生は止まってしまったのだから、ここで医者になるという夢を叶えてみようかと思ったのだそうだ。今はもう医者としてのキャリアを歩み始めて、7,8年はたつのではないだろうか。

思い起こせば私もそうだった。
小さいころから「科学者になって、世の中の人々の考え方や生活が変わるような大きなインパクトのある研究をする」という大それた夢を持っていたけれど、夢破れて、かつその夢よりやりたいことを見つけてしまったため、今は別の分野で仕事をしている。でも、小さいころから一貫して思っているのは、私は人々に勇気を与えて、奮い立たせ、人を動かして、世の中に良いインパクトを与えることがしたいということだった。途中で、結婚して子供を産んでという人生を歩む選択肢もあるかもしれない、と考えてみたり、まあ色々と迷いはあった(でも結局やめた)自分の中で色々なやりたいことの優先順位をつけてみると、日本企業のグローバル化をどんどん成し遂げるとか、物書きとしてたくさんの人の心を動かす、という方が自分の小さいころからの夢に近いということに気がついた。だからそれを目標とし、次は35歳までに何を達成しようかと、具体的な目標を設定することにした。こうすることで、どんなに忙しさに忙殺されていても、自分の芯を失わず、わくわくしながら日々をすごすことが出来る。

こうして、小さいころの心のタンスにずっとしまわれていた、「夢」と言う名の洋服に、現在の自分らしいアレンジを入れて「目標」として仕立て直すと、もう一度着始めることが出来る。そうすることで、小さいころからの自分の人生が、一貫したメロディとして突如、流れ出すようになるのだ。

また、描く夢のいくつかは今の自分の仕事や家庭に結び付けて考えても良い。私の場合、日本企業の組織のグローバル化を何件も成し遂げる、という夢は現在の私の仕事の中で達成できることだ。こういう目標があると、仕事そのものに張り合いが出て、とても楽しくなる。

こういうのを一度書き出してみると、結構楽しくなって、いくらでも出てくる。しかしそこで満足してはダメで、XX歳までに達成する、という目標を立てたら、次にその目標を達成するためにすべきことを明確化する。これが日々の目標になり、あとは大きな夢を達成するために、自分の毎日の時間を使っていく。

大人になって、現実を知るにつれ、「夢」など無くなっていくことが多いだろう。そっと心のタンスにしまって、もう着なくなってしまっている人が殆どじゃないだろうか。ステキな服だから、本当は着たいのに、そんな若いときの服、恥ずかしくて着れないと思っているかもしれない。それで老後にそっと取り出して、目立たないように着てみようとか思ってはいないだろうか。タンスにしまってある若いころの「夢」も、現実感を与えて仕立て直すことで、今でも十分に着られるものがたくさんある。恥ずかしがらずに取り出して、現実的に仕立て直してみたら、日々の生活が「ただ生活するだけ」のものではなくなり、張りのある日々をすごせるのではないかと思う。

私は「どんな夢も、今から目指すには遅くない」なんて非現実的なことは言わない。フィールズ賞を取るとか、世界的なサッカー選手になるとか、ファッションモデルになるとか、歳をとってからでは無理な夢もあるだろう。だけど、それらの「夢」も素材はそのままに、仕立て直すことで、今からでも追い求められるものは結構あるのではないだろうか。大人になって「夢を持つ」なんてバカバカしい、なんて思わずに、一度考えてみたらどうだろう。

参考:
人生には「選択と集中」が大事な瞬間がある −My Life After MIT Sloan (2011/03/08)
私が人生の進路変更をした本当の理由−My Life After MIT Sloan (2011/01/08)

Comments (42) |  Trackbacks (3) |