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世代交代は北朝鮮を変えるか

2013-07-31 01:20:42 | 韓国・北朝鮮
 「ロシアの声(The Voice of Russia)」の日本語サイトを時々見ている。

 「ロシアの声」は海外放送を専門とするロシア国営ラジオ局。旧ソ連時代に対外宣伝を行っていたモスクワ放送の後身である。現在、世界160か国、38言語で放送を行っているとしている。
 そのサイトも当然政治的な面では政府見解を超えるものではないが、内容は単なる政府公報的なものにとどまらず新聞で言うところの三面記事的なものや娯楽的な話題も多い。ロシア人のものの見方を考える上で興味深いものがある。

 その「ロシアの声」でアンドレイ・ラニコフの「私見」である「北朝鮮に若き指導者たちの時代が来る」という7月24日付の記事を読んだ。

 このアンドレイ・ラニコフは北朝鮮の政治・社会史を専門にしているロシア人学者だが、旧ソ連時代の1984~1985年に金日成総合大学に留学した経歴をもつ。その後レニングラード国立大学院で博士号を取得し、オーストラリア国立大学を経て、2004年からソウルの国民大学で教鞭をとっているという。雑誌や新聞などにもコラムや記事が多数掲載されているという。
 近年、『民衆の北朝鮮―知られざる日常生活』(花伝社、2009)、『スターリンから金日成へ―北朝鮮国家の形成 1945-1960年』(法政大学出版局、2011)の2著が邦訳されている(「アンドレイ・ランコフ」と表記されている)。もっと以前の著書、『平壌の我慢強い庶民たち―CIS(旧ソ連)大学教授の"平壌生活体験記"』(三一書房、1992)は昔読んだ(こちらでは「アンドレ ランコフ」と表記)。
(余談だが、検索していたら、彼の著者名についてこんな記事を書いている方がおられた。「連鎖する誤記」)

 さて、ラニコフの記事「北朝鮮に若き指導者たちの時代が来る」は、北朝鮮の金正恩第一書記の妹、金汝貞(キム・ヨジョン、26歳)が北朝鮮国防委員会の「行事部門」トップに就任したという報道を受けて書かれたものである。

 ラニコフは、これは根拠に基づいておらず、誤報の可能性もあると指摘しながらも、「私見では、妹氏の就任は事実である。そして、これは来たるべき変革の兆候であると言える」として、次のように述べる。

既に多くの人が忘れている事実を摘示しよう。2011年12月、金王朝の第2代・金正日氏が亡くなった時点で、正恩氏は後継者指名を受けてはいなかった。公式的には、最高指導部のメンバーの一人に過ぎなかった。それも2010年に政治の舞台に登場したばかりの、年齢から言っても最も若いメンバーに過ぎなかった。しかし北朝鮮エリート層は堅い結束を示し、何らの反目・抗争もなしに、正恩氏を最高指導者に推挽した。しかし新指導者には弱点が残された。側近集団がいないのである。〔中略〕2011年12月、金正恩氏は国家元首になるのだが、国家統治にあたっては、父親の側近たちに拠るほかなかった。

彼が父親から受け継いだ最高幹部たちは、皆自分より30歳から40歳、年長であった。これほどの歳の開きは、一般的に言って、様々な問題を引き起こすだろうが、ことにこの国は、確固たる年齢ヒエラルキーをもって聞こえる、あの儒教の国なのである。加えて父親世代の側近たちは、年齢相応に物の見方も異なっている。仕方ないことだ、正恩氏には他に選択肢がなかった。しかし彼らとの仕事は正恩氏にとって楽ではないだろう。それは想像に難くない。

若き指導者が、年齢から言っても人生経験から言っても自分に近い人々を中心とした、新たな指導者グループを形成するだろうということは、当初から明らかに見込まれていた。一年そこらでは済まない事業であろうが、しかしその輪郭は、既に見え始めている。金正恩時代の典型的な最高幹部というものを描出してみるとすれば、その年齢は30歳から35歳、留学経験を持ち、あるいは頻繁に外国を訪れており、正恩氏の子ども時代からの知己、ということになるだろう。

階層流動性の少ない北朝鮮社会の特質に鑑みれば、上述のような特性を備えた人物は、結局、前政権からのエリート層の子弟に限られるだろう。第一に、金家の構成員そのものを登用するという可能性がある。第二に、金日成時代から北朝鮮を統治していた十数家族が候補者のプールとなるだろう。

北朝鮮で「ペクトゥサン(白頭山)の血統」を引くものとして知られる、これらエリート層のみが、外国に遊学するチャンスを、また幼少時の正恩氏と知り合うチャンスをもっていたのである。

金正恩氏は、大方、その統治の初期にあたって、より多く金ファミリーの構成員を登用するであろう。正恩氏には独立独歩の活動歴が浅い。であってみれば、彼がよく知り、かつ信頼する人々、すなわち自らの親類を多く用いるだろうことは、予測に難くない。畢竟するに、金汝貞氏の登用は、来るべき人事改革の先触れなのである。

おそらく、この人事改革は、大規模なものとなるだろう。3年から4年後には、政府の枢要なポストの多くを金ファミリーが占めるという状態になるだろう。一部の古参は政権に踏みとどまるであろうが、全体としては、若い世代の時代がはじまる。たとえば2017年という年に、どのような名前が最高指導部の名簿に連ねられているか、我々には予見できない。北朝鮮貴族たちの名は公にされていないからである。しかし、次のことは確実に言えよう。彼らは若い、新しい人々であり、彼らの行う政治もまた、新しいものとなるであろう、と。


 興味深い論考である。

 私はこの、金汝貞が国防委員会の「行事部門」トップに就任したという報道を知らなかった。
 検索してみると、確かにそうした報道があったようだが、出所はよくわからない。
 
 一方、韓国紙、朝鮮日報の日本語サイトには、「金正恩氏の妹、朝鮮労働党行事課長に起用か」という7月20日付の記事が掲載されている。

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党第1書記の妹、金汝貞(キム・ヨジョン)氏が、同党組織指導部行政課長を務めているとの情報が伝わってきた。米国の自由アジア放送(RFA)が19日、北朝鮮に詳しい消息筋の話を引用して報じた。

 この消息筋はRFAに対し「汝貞氏は、金正日(キム・ジョンイル)総書記の死去(2011年12月)以降、金正恩氏の出席する行事(1号行事)を自ら取りまとめているとの話が、1号行事に出席していた複数の幹部の口から聞かれた。労働党内部では『汝貞氏の目に留まらなければ金正恩氏にお仕えすることはできない』との話が広まっている」と話した。組織指導部は、党・政・軍に対する人事権・検閲権を持つ労働党の最高権力部署で「党の中の党」と呼ばれている。組織指導部行事課長は、金正恩氏の動線など1号行事に関するあらゆる事項を取り仕切るポジションで、通常は最高指導者の最側近が務める。


 記事中に1か所「行政課長」とあるのは「行事課長」の誤植か。

 国家機関である国防委員会と労働党の組織指導部は、共に最高レベルの機関であるとはいえ全く別物だが、そうした最高レベルの機関の「行事課長」クラスのポストに金汝貞が就任したという何らかのソースがあるのだろう。
 そして、金正日の妹金慶喜が最高指導部入りしたように、これからは金正恩による同世代の金ファミリーの登用が始まっていくとラニコフは考えているのだろう。

 しかし、果たしてラニコフが言うように、「3年から4年後には、政府の枢要なポストの多くを金ファミリーが占めるという状態になるだろう」か。
 そして、そのような彼らが「若い、新しい人々であ」るからといって、「彼らの行う政治もまた、新しいものとなるであろう」と言えるだろうか。
 私はどちらにも懐疑的である。

 まず前者についてだが、そもそも「金ファミリー」にはそれほど人材がいるのだろうか。
 金正日の妹金慶喜とその夫張成沢はなるほど「枢要なポスト」を占めている。そして今回報じられた金汝貞もそうなるのかもしれない。だが彼ら以外に、そのような「金ファミリー」はいるのだろうか。
 金正日体制の下で、金正日の異母弟である金平一や義弟金光燮は長期にわたってヨーロッパで大使を務め、今なお帰国して国内に枢要なポストを占めるには至っていない。
 金正恩体制の下でも、異母兄金正男は排除され、実兄である金正哲も表舞台には出ていない。
 現在党政治局員、最高人民会議常任副委員長を務める楊亨燮は金正恩の祖父金日成の従妹の夫である。金日成の別の従妹の夫である許ダム(1929-1991)は外相や党政治局員を務めた。金日成の母康盤石の一族には国家副主席や社会民主党委員長を務めた康良(1904-1983)、党中央委員や平壌市党書記を務めた康賢洙(2000年死亡)らがいる。金日成時代の末期から金正日時代の初期にかけて首相を務めた姜成山(1931-2007)も康氏と血縁関係があるとされる。
 こうした遠縁の者まで含めるのなら、「金ファミリー」の範囲は広がるが、果たしてそれは「ファミリー」の名に値するものなのだろうか。
 また、仮にそうした者を含めるにしても、現在その「枢要なポスト」の候補者の名は聞こえてこない。

 そして後者の「彼らの行う政治もまた、新しいものとなるであろう」についてだが、しかし私は覚えている。
 金日成時代の末期に、後継者金正日について、実は西側の事情を知っている「改革開放派」なのだが、金日成世代の老幹部に阻まれてそれが実行できないのだ、金日成の死後北朝鮮は変化するとの観測があったことを。
 金日成の死後、金日成世代の老幹部は死亡し、あるいは引退することにより、ある程度の世代交代は進んだ。金日成が務めていた国家主席は空席となり、「最高軍事指導機関であり、全般的国防管理機関である」(1998年改正時の北朝鮮憲法)にすぎない国防委員会の委員長が事実上の最高指導者となり、「先軍政治」が進められ党の機能は低下するといった変化はあった。
 しかし、金ファミリーへの個人崇拝やウリ式社会主義、恐怖政治といった体制の本質には全く変化がなかった。

 人はいずれ死ぬ。あるいは老衰のため引退する。だから世代交代は進むだろう。
 こんにちでもまだ金日成時代に登用された金永南、崔永林、金国泰、金己男、崔泰福、楊亨燮といった老幹部が序列の上位を占めている。しかし、これは金正日時代にも見られたスタイルで、老幹部を上位に立てることにより円滑な権力の移行を図っているのだろう。老幹部にはさほど実権はなく、もっと下の世代が握っているのだろう。
 しかし、その世代によって、北朝鮮において新しい政治が生まれると期待できるのだろうか。
 20年近くに及んだ金正日時代の結果を考えると、私は否定的にならざるを得ない。

 ラニコフは「たとえば2017年という年に、どのような名前が最高指導部の名簿に連ねられているか、我々には予見できない。北朝鮮貴族たちの名は公にされていないからである」というが、私は予見できるような気がする。
 たしかに彼の言う北朝鮮貴族たち――「金ファミリー」及び金日成時代から北朝鮮を統治していた十数家族――の情報は限られている。しかし、今からわずか5年後の2017年では、彼らの多くは未だ最高指導部入りはしないのではないか。
 先に挙げた、序列上位を占めている金永南、崔永林、金国泰、金己男、崔泰福、楊亨燮といった老幹部は、死亡か老衰による引退、あるいは何らかのアクシデントによる粛清がない限り、その地位は安泰だろう。そして彼らの序列の中に、何人かの軍の最高幹部が加わるだろう(軍の最高幹部の異動は金正恩政権になってから目まぐるしいので人物は特定しがたい)。金慶喜、張成沢、崔龍海といった現在金正恩を支える最高実力者がそれに続くだろう。さらに党政治局員候補や閣僚、軍幹部が続くだろう。金汝貞は、「行事課長」クラスのポストは得ているかもしれないが、国防委員会の委員や、党の政治局や書記局、中央軍事委員会の委員には加わることはできないだろう。他の金正恩と同世代の「金ファミリー」についても同様だろう。
 これまでの北朝鮮の最高指導部の動きを考えると、私にはこのように予測するのが自然だと思える。
 一方で、こうはなってほしくないという思いもあるが。

 1994年の金日成の死に際して、これで北朝鮮の体制は崩壊するとの観測が少なからずあった。
 それは、数年前の東欧諸国における共産党政権の崩壊、そして1991年のソ連解体の経験からすれば、もっともな見方だった。
 だが、国民は「苦難の行軍」に苦しんだが、北朝鮮の体制は崩壊しなかった。

 その後、金正日が死ねば、もう体制は保たないとの観測もあった。しかしそれも外れた。

 どうも、東欧諸国やロシアと違って、共産党政権による支配は朝鮮という国によほどマッチしているらしい。
 いや、本来の共産党政権――資本主義を廃絶し、党の指導する計画経済の下でユートピアを目指す――の理念は既に失われている以上、国民も国家の将来も顧みない、単なる王朝による独裁がと言うべきか。
 百数十年前、かの国もそうした王朝に支配されていたと聞く。

 金正日の死に際して、私は、アルバニアの例を引いて、金正恩、あるいはその後見人がラミズ・アリアの役割を果たさないものかと期待した。
 だがそんな期待はもうない。あの国はそういうふうには変わらないのだろう。

 朝鮮においても、数百年のスパンで王朝の交代はあった。
 もはやそうしたスパンでかの国を見るべきなのではないかと思う。
 付き合わざるを得ない隣国としては、疲れる話だが。
ジャンル:
海外
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1 コメント

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コメント削除 (深沢明人)
2013-07-31 22:32:58
記事の内容と無関係な宣伝目的のコメントがありましたので、削除しました。
当ブログにおいてはご遠慮ください。

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