九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

無関係のように見えることを書くのは   文科系

2012年08月31日 | その他
 以下は、この1月15日のエントリーの再現です。僕のどうしても分かって欲しいここにおける立場の記述であって、何度でも主張したいことなので、書きます。


【  改めて、「僕が政治論以外も書くわけ」   文科系

 表記のことを、改めてまとめてみたい。随筆、サッカー評論などなど一見関係ないようなことを僕はなぜここに書いてきたか。ここが始まった6年前からしばらくはかなり気にしていたことだが、最近はあまりこれを書いたことがなかったと思いついて。

 僕がまだ若い頃から、こんなことが当時の大学で当たり前であった左翼の世界の常識のように広く語られていた。「外では『民主的な夫』、家での実質は関白亭主。そんなのがごろごろ」。そういう男たちの政治論に接する機会があると、正直どこか斜めに構えてこれを聞いていたものだ。どんな偉い左翼人士に対しても。レーニンの著作にたびたび出てくるこういった内容の言葉も、そんなわけでなぜか身に染みて受け取れたものだった。
「どんな有力な反動政治家の気の利いた名演説や、そういう反動政治方針よりも、恐るべきものは人々の生活習慣である」
 こういう僕の身についた感覚から僕の左翼隣人、いや人間一般を観る目も、いつしかこうなっていた。その人の言葉を聞いていてもそれをそのままには信じず、実は、言葉をも参考にしつつその人の実生活がどうかといつも観察していた。誤解されては困るが、これは人間不信というのではなくって、自分をも含んだ以下のような人間認識と言ってよい。人は一般に自分自身を知っているわけではなくって、自分の行為と言葉が知らずに自分にとって重大な矛盾をはらんでいることなどはいっぱいあるものだ、と。こういう人間観は実は、哲学をちょっとでもまじめに学んだことがある者の宿命でもあろう。哲学史では、自覚が最も難しくって大切なことだと語ってきたのだから。ソクラテスの「汝自身を知れ」、近代以降でもデカルトの「私は、思う(疑う)。そういう私も含めてすべてを疑う私こそ、まず第一に存在すると言えるものだ」などは、みなこれと同じことを述べているものだ。

 さて、だとしたら政治論だけやっていても何か広く本質的なことを語っているなんてことはないだろう。そんなのはリアリティーに欠けて、ナンセンスな政治論ということもあるし、「非現実的話」「非現実的世界」もはなはだしいことさえもあるわけである。それでこうなる。生活も語ってほしい。その人の最も生活らしい生活と言える、好きなこと、文化活動なんかも知りたい。どういう人がその論を語っているかということもなければ、説得力不十分なのではないか、などなどと。もちろん、何を書いてもそれが文章である限りは嘘も書けるのだけれど、その人の実際や自覚のにおいのしない政治論だけの話よりはまだはるかにましだろうし、随筆なんかでもリアリティーのない文章は結構馬脚が顕れているものだと、などなど、そういうことである。
 やがて、こんな風にも考えるようになった。幸せな活動が自分自身に実質希薄な人が人を幸せにするなんて?とか、人の困難を除くことだけが幸せと語っているに等しい人の言葉なんて?とか。そういう人を見ると今の僕は、まずこう言いたくなる。人の困難を除くよりもまず、自分、人生にはこれだけ楽しいこともあると子孫に実際に示して見せてみろよ、と。

 なお、以上は政治論だけをやっているのだと、人生の一断面の話だけしているという自覚がある論じ方ならばそれはそれでよく、五月蠅いことは言わない。だが、当時の左翼政治論壇では、こんなことさえ語られたのである。「歴史進歩の方向に沿って進むのが、人間のあるべき道である」と。つまり、政治と哲学が結びついていたのだ。それどころか、戦前から政治が文学や哲学や政治学、そういう学者たちの上位に君臨していたと言える現象のなんと多かったことか。
 そんなわけで僕は、当時では当たり前であった大学自治会には近づいたことがなかった。そして、左翼になってからもこの「政治優位哲学」には常に距離を置いていたものだった。これはなぜか僕の宿痾のようなものになっていた。

 なお、こういう「公的な場所」に「私的な文章」を載せるなんて?という感覚も日本には非常に多いはずだ。こういう「公私の峻別」がまた、日本の公的なもののリアリティーをなくしてはいなかったか。公的発言に私的な事を入れると、まるで何か邪な意図があるに違いないとでも言うような。逆に日本ではもっともっとこんな事が必要なのだろう。政治をもっと私的な事に引きつけて、随筆風に語ること。正真正銘の公私混同はいけないが、私の実際に裏付けられないような公(の言葉)は日本という国においてはそのままでは、こういったものと同等扱いされることも多いはずだ。自分の子供をエリートにするためだけに高給をもらっているに等しい文科省官僚の公的発言、「貴男が男女平等を語っているの?」と連れ合いに冷笑される亭主。

 ややこしい内容を、舌足らずに書いたなと、自分でも隔靴掻痒。最近のここをお読み頂いている皆様にはどうか、意のある所をお酌み取り頂きたい。なお僕の文章はブログも同人誌随筆も、ほぼすべて連れ合いや同居に等しい娘にもしょっちゅう読んでもらっている。例えば、ハーちゃん随筆などは、彼らとの対話、共同生活の場所にもなっている。】
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8月15日の新聞社説      大西五郎

2012年08月30日 | Weblog
領有権問題や原発問題に集中した8月15日の新聞社説
日経「いつか来た道にならぬよう」、産経「憲法改正を」
                            JCJ 大西 五郎

 今年の敗戦記念日の8月15日を前に、韓国の李明博大統領が竹島に上陸し、「独島は
韓国の領土だ」と宣言し、天皇が訪韓するなら独立運動で犠牲になった人に謝罪することが
条件がと述べたり、香港の活動家が尖閣諸島の魚釣島に上陸し、中国の領土だとアピールする
行動を行なったこともあって、8月15日の新聞社説は、朝日、毎日、読売がこの問題を
取り上げました。これまでの政府の領有権主張が弱かったと批判し、世界へ向けての発信を
強めよと提起していました。
読売はそれに加えて、韓国内でナショナリズム的主張が強まっているが、従軍慰安婦問題で
1993年の河野談話が国の関与を認めたような表現になっていることが問題で、これを
見直すべきだと述べています。
 日経は世界を見ると、経済の停滞による主要国の権益争いが激しさをましている。
国内では二大政党の不毛な争いが続く。こうした状況は戦前に似ていなくのない。
いつか来た道にならないためにも歴史に学ぶ姿勢を大事にすべきだ。そして最近は若い
研究者が「昭和天皇の戦争責任」などのタブーにとらわれない議論がでてきて研究の幅が
広がったと評価しています。
 それに比べて産経の右翼的な主張が目立ちました。日本固有の領土に周辺国が挑発と
野望を顕わにしているのは、日本はなすすべがないと侮られている。国家としてやるべき
ことをやっていなかったからと断じています。国としてなすべきことをやっていないことの
象徴が海外の遺骨収集が進んでいないことだ。問題の根幹にはGHQの指令もあって文部省が
小中学校として神社仏閣の訪問を禁じたことがある。これでは英霊への敬意が育たず、
英霊が守ろうとした家族や郷土、さらには祖国の大切さを語り継ぐ努力も忘れさられた。
国家に向き合おうとしない戦後日本の国のあり様を速やかに改めなければならないと言います。
そして声高に叫ばれている原発ゼロ、オスプレイ配備反対は一体何をもたらすのか、
国家的視点はあるのか。原発ゼロは電力供給の不安定化と電気料金高騰による経済の
失速を招く。オスプレイは尖閣諸島の守りを強める。当たり前の国になるのを妨げている
のが現行憲法だとして、非常事態への備えの欠落や諸国民の公正と信義に自国の安全を
委ねては国家は成り立たない、と憲法改正を訴えています。
 中日は今年の終戦記念日は戦争と原発に向き合う8月になったとして、首相官邸前の
反原発デモが拡大しつつある。原発ゼロの選択はわれわれの価値観と生活スタイルを
根元から変えることを意味するが、その勇気と気概、覚悟があるかと問いかけます。
原発に関する世論調査では、原発ゼロを求める声は、街頭に繰り出しているような勢いがなく、
日本経済のために原発推進が少なくない。しかし、経済以上に忘れてはならないたいせつな
ものがあるとして、倫理や規範、人の道を挙げます。作家の村上春樹さんがカタルーニャ
國際賞の受賞演説で原発事故に触れ「原発を許した我々は被害者であると同時に加害者である。
そのことを厳しく見つめ直さないと同じ失敗を繰り返す」と述べました。急速な経済発展の
途上で「効率」という安易な基準に流され大事な道筋を見失った。核爆弾を投下された
国民として技術と叡智を結集、原発に代わるエネルギーを国家レベルで追求、開発する。
それを日本の戦後の歩みの中心命題に据えるべきだったというのです、と指摘しています。
原発が放射性廃棄物を垂れ流していることを考えれば、脱原発こそが未来世代に対する
倫理であり、人の道だと思えるのと、脱原発をはっきりと提唱して、産経の主張と対峙
していました。

[朝日]グローバル化と歴史問題
  竹島や尖閣列島をめぐって一見浪高い東アジアだが、日中韓は経済的に深く結びつき、
多くの観光客が互いを行き来している。韓流ドラマが日本のテレビで放送されない日は
ないし、日本製アニメや大衆文化は中韓に浸透している。お互いに安定した関係を必要
としている。
 ところが、歴史や領土となるととたんにいがみ合う。それを加速させているのがグローバル化の
進展だ。ヒトやカネが国境を越えて行き交う時代には、競争の激化や格差の拡大を前に、
一国単位の政冶は限界がある。手詰まりになった政治家たちが、人々の不満の矛先を「外」に
向けようとす。国境を低くするはずのグローバル化の進展が、ナショナリズムを刺激する
逆説である。 歴史は一方が正しく一方が間違っているという二元論ではとらえきれない。
大事なことは、基本的な事実認識を共有しながら、相互理解を深めることである。歴史
認識を近づけることは容易ではない。それでも未来を共に築こうとする者たちは、過去
にも共同で向かい合わねばならない。

[毎日]体験をどう語り継ぐか
  幸運にも戦後の日本は一度も戦争を経験することなくアジア一の経済立国として
生きることができた。憲法9条と日米安保条約の組み合わせがそれを可能にした、といえる。
だが、ここにきて日本の安全保障環境に変化が起きている。まずは中国の台頭である。
資源、領土をめぐる海洋進出は東アジア地域での軍事的緊張を高めている。一方で、唯一の
超大国であった米国は戦争疲れと経済不振により相対的にパワーを低下zさせている。
これに加え、北方領土、竹島、尖閣諸島、という三つの難題が一気に顕在化した。いずれも
歴史的、国際法的には日本固有の領土であるというものの、困難な課題である。
まずは、この間の政治1年交代の首相を6年間続けてきた。政権の対外的信任、政策の
継続性の面でとてもまともな外交ができるような状態ではなく、そこを付け込まれた公算が
大きい。安定的な政権を作り、日米安保体制を基軸にした当面の対応策を早急に練り直さ
なければならない。
あの戦争が私たち国民を存亡の機に陥れたが、他方アジア諸国に多大な損害と苦痛を与えた
歴史も風化させてはならない。私たちが忘れても相手は語り継いでいくだろう。領土を
めぐる緊張関係の底流には、その歴史認識が大きく横たわっている。自虐史観ではない、
バランスある成熟した議論を作り上げたい。

[読売]「史実」の國際理解を広げたい 日本の発信・説得力が問われる
  韓国の李明博大統領が終戦の日に照準を合わせたかのように竹島への訪問を強行した。
従軍慰安婦問題にも言及した。日本の植民地支配を受けた韓国には根強い「反日感情」
がある。そこに訴えた大衆迎合主義ともいえよう。良好に見える日韓関係も、政冶に
歴史認識問題が絡むと、一気に崩れる脆弱さをはらんでいる。
 ロシアとの関係でも、同様の問題が浮上している。昨年11月メドージェフ氏が大統領
として、さらに今年7月にも首相として国後島を訪れている。ロシアは先の大戦の結果
として北方領土を領有し、しかも独自に開発を進めていることを内外にアピールしたい
のだろう。このままでは北方領土の「ロシア化」が進のは避けられない。
  韓国やロシアの主張する「歴史」が世界に拡散しつつある。日本政府はもっと危機感を
持って対処すべきである。
  慰安婦問題がここまで広がっている根底には、1993年の河野官房長官談話の存在が
ある。日本の官憲が組織的、強制的に女性を慰安婦にしたかのような記述があり、誤解を広めることになった。
しかし、こうした事実を裏付ける資料的な根拠はみつからなかった。「日本軍によって
拉致され、慰安婦にされた」と宣伝されても、この談話の存在のため、日本政府が有効な
反論ができないことは極めて問題である。
 日本政府は、竹島、北方領土、そして慰安婦など歴史の事実関係を、国内はもとより、
広く海外にも説明すべきだ。

[日経]「いつか来た道」にならぬように
  世界を見ると、経済の停滞による主要国の権益争いがはげしさを増している。国内
では二大政党の不毛な争いが続く。こうした状況は戦前に似ていなくもない。いつか来た
道にならないためにも、歴史に学ぶ姿勢を大事にすべきだ。戦地を経験した人のほとんどは
90歳を超えた。広島では被爆者の平均年齢は78歳だ。証言の聞き取りや整理、新たな語り部の
育成に国を挙げて取り組む必要がある。
  平成も四半世紀近くになり、若い現代史研究者には昭和の記憶のない人も出てきた。
歴史の風化を危惧するが、「昭和天皇の戦争責任」などのタブーにとらわれない議論が
出てきて、研究の幅が広がった面もある。
小説「東京プリズン」(赤坂真理)も歴史問題から目を背けがちな私たちに意外な視点
を与える。
 中韓との関係に配慮し、首相の靖国神社参拝は2007年以降見送られている。妥当な判断
だが、そのままでよいわけではない。2月まで日本遺族会会長だった自民党の古賀誠元
幹事長は「すべての人がわだかまりなく参拝できる環境づくろ」としてA級戦犯の分祀
を提唱する。
  「東京裁判は戦勝国による報復」としつつも「当時の指導者の判断で約300万人の
日本国民がなくなった事実は重い」との考えからだ。分祀ですべてが解決するわけでは
ないが、英霊を安んじる一つの道かもしれない。
[産経]英霊に顔向けできるか 平和と繁栄を守る「強い国家」を
  日本固有の領土に対し、周辺国は挑発と野望を日増しにあらわにしている。日本は
なすすべもないと見ているからだ。戦後の国の体たらくを象徴的に物語るのは遺骨収集
問題である。
  ニューギニアでは12万7600人がなくなったが、現地に残された遺骨は8万人を数える。
それだけではない。外地などで戦死した邦人の半数近い114万人の遺骨がいまだに放置
されている。国家として帰還のための基本計画を法制化すべきだ。
  問題の根幹には、戦後日本が遺骨収集や慰霊に目を向けようとしなかったことがある。
旧文部省はGHQの指令を踏まえ、小中学校による神社仏閣への訪問を禁止した。児童・
生徒が戦没者慰霊から遠ざけられてきた。これでは遺骨収集や英霊への関心と敬意が育つ
はずがない。英霊が守ろうとした家族や郷土、さらには祖国の大切さを語り継ぐ努力も
忘れ去られたのではないか。
  だからこそ、国家に向き合おうとしない戦後日本の国のあり様を速やかに改めねば
ならない。声高に叫ばれている原発ゼロ、オスプレイ配備反対についても一体何をもたらす
のか、国家的視点はあるのか。前者は電力供給の不安定化と電気料金高騰による経済の
失速を招く。オスプレイは尖閣諸島の守りを強める。
  当たり前の国になるのを妨げているのが現行憲法だ。非常事態への備えの欠落や諸
国民の公正と信義に自国の安全を委ねては国家は成り立たない。周辺国も国家力の弱さ
につけこんでくる。本紙の「国民の憲法」起草委員会は、来年に向けて新たな憲法の要綱
づくりを進めている。平和と繁栄を守り抜く強い国家づくりが核心部分だ。国民の心を一つにして
国を立て直したい。

[中日]未来世代への責任がある 戦争と原発に向き合う
  毎週金曜夜に恒例となった首相官邸前の反原発デモは、ロンドン五輪の晩も、消費
税増税法案成立の夜も数万人の人を集めて、収束どころか拡大の気配です。政府の全国
十一市でのエネルギー政策意見聴取会でも原発ゼロが七割で「即廃炉」意見も多数でした。
  2030年の原発比率をどうするのか。原発ゼロの選択は、われわれの価値観と生活ス
タイルを根元から変えることをも意味します。その勇気と気概、覚悟があるか、試され
ようとしています。
  原発に関する世論調査では奇妙な傾向に気づきます。新聞やテレビの調査では、原発
ゼロを求める声は街頭に繰り出しているような勢いがなく、日本経済のために原発推進
が少なくないことです。
  しかし経済以上に忘れてはならない大切なものがあります。倫理や規範、あるいは
人の道です。作家村上春樹さんは、昨年の六月、スペイン・バルセロナのカタルーニャ
國際賞授賞式のスピーチで、福島原発事故をめぐって「原発を許した我々は被害者であると
同時に加害者。そのことを厳しく見つめなおさないと同じ失敗を繰り返す」と語りました。
  村上さんの悔恨は、急速な経済発展途上で、「効率」という安易な基準に流され、
大事な道筋を見失ってしまったことでした。核爆弾を投下された国民として技術と叡智
を結集、原発に代わるエネルギーを国家レベルで追求、開発する。それを日本の戦後の
歩みの中心に据えるべきだった。世界に貢献できる機会になったはずだったというのです。
  人知が及ばない時空、利便や快適な生活のために危険な放射性廃棄物を垂れ流して
いるとすれば、脱原発こそが、われわれの未来世代に対する倫理であり、人の道だと思えるのです。
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新聞の片隅に載ったニュースから(46)    大西五郎

2012年08月29日 | Weblog
新聞の片隅に載ったニュースから(46)

    入れ墨調査拒否 大阪市6人戒告(2012.8.28中日新聞夕刊)

 大阪市の橋下徹市長が市職員を対象に業務命令として実施した入れ墨の有無を尋ねる
調査で回答に応じなかったとして、市は二十八日、計六人を戒告の懲戒処分にしたと発表した。
 六人は三十~五十七歳で、建設局二人、病院局、交通局、西区役所、西淀川区役所各一人。
回答拒否者は入れ墨があるとみなし、実際に入れ墨があると回答した百十四人と同様に、
市民に接する機会が少ない部署へ異動など人事配置上の措置をする。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 

 同日の朝日新聞夕刊によりますと、「処分を受けた6人のうち1人は市役所で会見し、
『強制的に回答させる調査は問題』などと主張し、提訴する意向を表明した。残る5人の
うち3人も提訴する方針。」「剣持英樹・市人事課長は、処分理由について『人事配置上の
配慮をするために必要な調査にもかかわらず、期限をすぎても回答しなかった』と説明。
6人については『入れ墨がある者に準じた人事は配置上の措置を行なう』とし、市民に
接しない部署への配置転換を検討するとした。市の処分を受け、会見した職員は『調査は
職員を萎縮させ、権力的な管理統制の強化を図るのが目的で、必要性や合理性はない』
などと訴えた。」

 毎日新聞によりますと、(懲戒処分された)「6人中3人が所属する労働組合『なかま
ユニオン大阪市職員支部』は、『入れ墨が職務に支障をきたすなら個別に指導すれば済むことで、
一律の調査をする必要はない』と主張。3人は入れ墨をしていないといい、人事委員会
への不服申し立てや処分取り消しを求めて提訴する方針。交通局職員も処分取り消しを
求めて提訴する。」ということです。
(中日新聞の見出しには「処分職員は提訴へ」とありましたが、記事は削られたのでしょうか)

 またまた橋下氏の市職員への敵対的、強圧的対処です。橋下市長は先月、「労使関係に
関する条例」を市議会に提出、成立。「労働組合活動に関する便宜供与は行わない」と
しました。大阪市教組はこれまで毎年9月に教育公務員特例法に基づき教職員のスキル
アップを目的に市立学校の教室を無料で借りて教育研究集会を行ってきましたが、今年の
会場予定校の西九条小学校校長が「学校使用願は労使条例に基づき不許可にする」と文書で
通告しました。(8月15日朝日)
 また、大阪市は外勤からの帰庁途中に10分ほど喫茶店に立ち寄って休憩した市税事務所
職員に「職務専念義務違反」だとして職員4人に減給や戒告の処分を行いました。

 橋下市長は公務員と公務員の組合を敵視し、まるで専制君主のように振舞って、市職員を
家来のように扱い、絶対服従を強制しています。そういう橋下氏を「実行力がある」と
評価する人もいますが、マスコミは橋下氏の行政手法や政冶を民主主義に照らしてどう
なのかを厳しく評価し、報道する責任があります。
                                       大西 五郎
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新聞の片隅に載ったニュースから(45)    大西五郎

2012年08月29日 | Weblog
新聞の片隅に載ったニュースから(45)

  「河野談話」の見直し提起も 国家公安委員長(2012.8.28毎日新聞)

 野田佳彦首相は27日の参院予算委員会で韓国の李明博大統領が竹島に上陸した背景に
旧日本軍の従軍慰安婦問題に対する日本政府の対応への不満があったとの見方について、
「そんなことを理由に上陸したのなら、おかしな話だ」と不快感を示した。首相は
慰安婦問題で「心からのおわびと反省」を表明した93年の河野洋平官房長官談話に関し、
「わが政府としても踏襲する」と述べた。ただ、松原仁国家公安委員長は河野談話について
「政府が発見した資料には軍や官憲による強制連行を直接示す記述は見当たらなかったことも
踏まえ、閣僚間で議論すべきだと提案することを考えたい」と述べ、見直しの提起を
検討する考えを示した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――   
 首相が「河野談話を踏襲する」と言っているのに、閣僚が「見直しを提起」するのは、
閣内不一致の謗りを免れません。
松原氏は「閣僚は靖国神社へ参拝しない」という野田首相の指示があるのに、8月15日に
「私的参拝」と称して、みんなで靖国神社を参拝する国会議員の会の一員として参拝しました。
野田内閣が公式参拝を行なわないのは、靖国神社にA級戦犯が合祀されており、かつて
日本の侵略を受けたと抗議している国の反発に配慮してのことです。松原氏は南京大虐殺も
なかったと主張しています。

 大阪維新の会の橋下代表(大阪市長)も21日に、竹島問題の背景に「従軍慰安婦という
大きな課題が根っこにある」と指摘した上で、「強制連行に確証がない。河野談話に
問題があったんだんならあったとはっきりいわなければいけない」と述べています。(8月22日朝日新聞)

 従軍慰安婦に対する強制連行を否定し、靖国神社を英霊を祀るところ(だから首相が
公式参拝すべきだ)と主張する人たちは、かつての戦争をあれは欧米の植民地支配から
アジアを解放するためだったと主張する共通した歴史観を持ち、アジアの国々に多大な
損害を与えたとする意見を「自虐史観」と非難している人たちです。

 竹島問題や尖閣諸島の魚釣島に香港の活動家が上陸した問題では、韓国や中国での
ナショナリズムの高まりがその背景として指摘されていますが、それに対抗して日本の
国内でも嫌韓、嫌中を煽る変な愛国心が横行してほしくないと思っています。
 それぞれの島の領有権問題は一方的に片方の国が「わが国固有の領土だ」とだけ主張
するのでは解決しません。國際司法裁判所に判断を仰ぐのも一つの手段ですし、両国が
歴史的な資料などを出し合いながら、かつて歴史教科書問題で日中の専門家が一つのテーブルに
着いて資料(証拠)を基に研究しあい、一部に不合意を残しながらも一定の共通理解を
作りだしたように、話合いによる解決を見出してほしいと思います。
それこそが憲法九条を持っている国がとるべき道です。
                                       大西 五郎
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                    今日の 『朝日新聞』 と 『中日新聞』     只今

2012年08月29日 | Weblog
                  エネルギー政策に関する国民の意見について、
             古川検証座長は、「多くの国民が原発のない社会を望んでいる」と総括。
                             ↓
                    これに対して、産経・読売・日経などは 
          「強い意見の人が引っ張るので、比率は偏る可能性が高い」(田中愛治・早大教授)
                    という意見を大々的に伝えました。
          たしかにパブリックコメントは、小生も本欄で「意見を!」と呼びかけたように、
          偏りがみられるだろうと思い、さすが知る人ぞ知る田中教授と思いました。
                             ↓
          しかしこの田中意見に対しては、小林(阪大教授)委員の次のような反論もみられました。
              「この各種調査から浮かぶのは政府に対する国民の怒りで、
               こうした声を情緒的といって考慮しないのは、危険です」
                             ↓ 
                     そして一日を経た今日(29日)の新聞論調。
         ●『朝日新聞』
                   「原発ゼロ議論へ 実現には課題多い」
              との見出しつけ、結果として、原子力ムラの援護射撃に乗り出しました。
                                            
                       ゼロをめざすと、先ずは
           《使用済み燃料を再利用する核燃料サイクルをどうするか、も問われる》
            というのです。廃棄物処理は、ゼロにしてもしなくともしなくてはならない!
       
           《原発が動かないと、火力発電の燃料費が増え、電気料金にしわよせがくる》
            というのですが、どんな値段k燃料費を購入しているかをはじめ、論破されています。
          
           そして、細野大臣の《廃炉作業に必要な人材確保が難しい》との言質を紹介していますが、
           どんな炉もいずれにかは廃炉。いずれにしても人材供給は急務の課題。 

        ●『中日新聞』
                   一面トップは、「大飯稼働なしでも余力」
              二面は、「〈脱原発〉骨抜き懸念」  「政府姿勢あいまい」
   
   
    
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ザックジャパン(43)香川真司1,2戦を観て  文科系

2012年08月28日 | スポーツ
 1,2戦の先発メンバーをみるといろんな事が分かる。何よりも興味深いのは4-2-3-1の前4人で2戦とも先発が香川だけということだ。さらに、香川がかわった時間は2戦目の残り22分間だけである。ボランチ・クレバリーとDF3人は2戦とも先発だが、あと1人の2戦先発組バレンシアは、サイドバックにも使われている。つまり、他の前3人は香川との相性を確かめる目的で取っ替え引っ替えという使い方ということだろう。第1戦がナニ、ウェルベック、ルーニー。第2戦が、バレンシア、ヤング、ファンペルシー。
 香川の調子だが、第2戦は1戦よりも明らかに悪かった。特に第2戦前半は他の選手がドリブルなどでボールを持ちすぎたから、組織サッカーにならず、香川の良さが生きなかったと観た。ヤングやバレンシアは今後難しいのではないか。それでいてファギーは第2戦後のテレビ談話で香川をこう評しているからである。
『いいプレーヤーだ。いつも動いていて、効率的なサッカーをする。ボールも無駄にしない』
 こうして、余程調子を崩さない限り、香川の先発はドルトムント入団時のように決まったも同然だと思う。とても頭の良い選手だということだろう。ファギーが新たに取り入れようとしているパスサッカーでは「いつも動いていて、効率的なサッカーをする。ボールも無駄にしない」とほめる香川の特徴は、他の選手よりもずばぬけている。「高速で走りながら止める、蹴る、動くの技術」で、「モノが違う」とファギーも観ているということだ。

 さて、あの大監督ファギーがこれほどまでに買う香川の、長所とは上記のようなものだが、もう少し具体的に観てみよう。「サッカー時評」別冊6号で、マンU公式プログラム記者がこんな見事な表現をしている。
【ドルトムントの超ハイテンポな試合を見てもわかる通り、彼は尋常ではないスピードを持っている。ブンデスリーガの屈強なDFたちを相手にしても、いとも簡単に裏を取っていた。
 そしてまた、そのスピードを生かしたなかで高い技術を発揮できる。最近イングランドのメディアはしばしば彼をアンドレア・イニエスタに例えるが、このスペイン代表のように中央の狭いスペースにスピードを落とすことなく侵入でき、かつ正確にボールを受けることが可能だ】
 以上の記述にちなんで僕が真っ先に思い出す場面が以下だ。

 2010年9月、ワールドカップ直後の新ジャパンによる強豪パラグァイ戦のことだ。南アワールドカップで日本が敗れたばかりのこのチームを鮮やかに切り裂いて見せた香川に、そして憲剛の恐るべきスルーパスに体が震えた。なんせ相手ディフェンダーはいつもブラジル、アルゼンチンとやっている連中であって、その4~5人を二人だけで突き崩した得点なのである。
 敵陣に3分の1ほど入った左寄りの香川が、中央あたりにいた憲剛に斜め前横パス。と同時に全速力で右前方敵密集の中へ突っ込んでいく。ちょっとためを作った憲剛は、密集を突き抜けかけた香川に振り向きざまの高速スルー。香川、全速力でワントラップから、シュート、得点。
「香川とはよく話し合っている。すると、二人だけであの人数が破れちゃうんですよね」
 これは、憲剛の言葉。全速力下での正確なトラップやパス。広い視野からくる速い状況判断。彼が自信を持っている日本人離れしたゴール前の冷静さも、全速力下のプレーが落ちついてできるところから来るのだと思った。こういう高速プレーは、メッシにも匹敵していくのではないだろうか。メッシのドリブルスピードは真似できないとしても。

 ドルトムントの名手、ある同僚が香川を評した言葉は広く知られている。
「まるで天使のようにプレーする」
 なんとも上手く表したものだ。おおむね飛ぶように速く、敵を前にした時などはボールと戯れるように、ふわり、ひらり、ふんわり。そんなやりかたで、172センチ63キロという童顔優男が、185大男たちに触れられもせず飛び回る様はまさに「天使」。スポーツの醍醐味のひとつだろう。が、サッカーでのこんなプレーは文字通り至難の技。何人もの敵味方の中で全速力で動きながら、全て瞬きの間、一瞬のプレーだから。
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        タガが外れたとしか思えない相手だけど     只今

2012年08月27日 | Weblog
   
 ●フクシマの子ども3人に1人は要注意という、これまで隠していた事実も認めざるを得ない状況になってきて
     政府は、原子力規制委員会人事案を明日(28日・火)の国会に懸ける模様、
     そんな緊急情報を得た女性グループは、各党の議運委員説得のため議員事務所を訪ね、
     急を聞いた市民有志は規制委員会準備室のある霞ヶ関で抗議の行動を続けました。
           これらの模様は、ネットのIWJ中継で見られます。

 ●この結果、原子力規制委員会委員の候補5人のうち3人は原発再稼働はもちろん新規建設まで容認という
  人事案は、ともかく明日の本会議にかかることはなくなったようです。
  しかし、国会の会期は9月8日まで。民主党は、人事案に反対する議員が相当数いるため党議拘束をかけ、
  なんとしても人事案を可決することを閣議決定。
  自民はその前に問責決議案を出す(出した)にもかかわらず、野田内閣提出の人事案には賛成する見込み。
 
  ★…………………………   しかし、これを阻止することは、まだ出来る。
          オカシイと思った普通の人間が、普通にできることを普通に積み重ねていけば、
                          まだ間に合う。
                        もしも、間に合わなくっても、
                          諦めない限り、
                      
                    この国の山河と子どもを守ることは出来る。 
  
   
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スティングリッツとクルーグマン   文科系

2012年08月26日 | 国際経済問題
 24日NHKが、標記二人の「世界経済再生への提言」という1時間番組をやった。深夜24時からBS1において。そこで語られたことはなんのことはない、22日のここに書いた「グローバル資本主義の一肯定論」でも焦点課題としてまとめ、いままでここの経済関連拙稿でも語ってきた分析と全く同じ方向が語られていた。ただこの二人は22日にまとめた武者俊司氏の展望論よりも遙かに深刻に現状を見ている。現世界経済困難の焦点が武者と同じこういう点にあると見ている点も同じであるその上でということだ。
『これは世界的に劇的に増大する供給力と需要創造の弱さのミスマッチだと思うのです』。

 先ず、リーマンショック以降の世界経済の深刻さ、展望のなさを、二人がそろって日本の住宅バブル破裂以降(失われた20年)よりもずっと深刻だと語っていた。この点を、スティングリッツはこう説明する。アメリカやヨーロッパの今よりも住宅バブル破裂以降の日本のほうが格差の幅が小さかったから、それだけ国内需要があったということだと。「スペインでは今、25歳以下で失業者が50%だ!」と力説したクルーグマンも、当時の日本よりも遙かに大きい財政出動と金融緩和が必要だと説くわけである。
 いずれにしても、両者が指摘する最大難問はこういうことだ。これだけ世界に格差があって、これだけ若者の失業率が高ければ、有効需要や景気回復など望むべくもなく、中国やインドでさえももう行き詰まり始めるだろうと。22日のここで見た武者俊司氏の楽観論は「中国などBRICs諸国が成長し続けている間はまだ大丈夫。しかしその後はえらく深刻かも?」というものであったが、そんな「楽観論」さえもう命運が尽きていると、両者は語っていることになる。
 さて何よりも、クリントン政権にも参加していた己の過去を振り返って、スティングリッツがこういう内容の一連のことをを語っているのが、印象的だった。「レーガノミックスから既に、間違っていた」「規制緩和も誤りだった」「そもそも、政治と経済が一体になって格差拡大悪循環を続けてきたことのどん詰まりが今なのだ」。
 マネタリズムとか「供給サイド経済学」とかが全く破綻してしまい、古くケインズ流の「有効需要創出」という発想に帰らなければならないと、そういうようにも読むことができるだろう。


 さて以上に関連して、というよりも以上の内容とまさにダブルので、ここのこんな古い拙稿を自分で読み直していました。以下を、今ここに参加されている皆さんにお一人でも、そして以下の一つでも、お読み願えれば幸いです。以上の問題が、今の世界のどんな対立、困難、深刻な課題などをも、それらを根底のところで左右するほどに重要なものと考えてきたということです。

08年7月26日「今後の世界経済情勢に関わって(1)」
08年7月29日「今後の世界経済情勢に関わって(2)」
08年10月1日「世界政経情勢の今をまとめてみると、『泥棒に追い銭』」
 もう一つ、ここで最初にサブプライム証券化商品問題を扱った面白い本の紹介エントリーがあります。投資会社モルガン・スタンレーの元社員が書いた「フィアスコ」という本です。「大破綻」とでも訳すのでしょうか。
07年1月21日「日本財界が2週間で7500万ドルをパクられた話」
 これらのエントリーの出し方はこうです。右欄外最下段のほうにある年月欄をスクロールして、求める年月をクリックする。すると、欄外最上段の方のカレンダ-がその年月分に替わっているはずだから、そのカレンダーの当該月日をクリックする。するとエントリー本欄がその日のエントリー全部に替わっているはずです。求めるものにスクロールして、お読み願えます。
      
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            品位の競争をしてほしい 韓国の新聞と日本の新聞    只今

2012年08月25日 | Weblog
     石原都知事と李明博大統領が仕掛けた妄動には付き合うまいと思っていたのですが、
        本ブログでお馴染みの『朝鮮日報』が24日(土)付で、こんな記事を掲載していたので紹介します。

●見出し「今上天皇、親韓派のイメージも」
 =サイパンを訪問した際、韓国人戦没者を慰霊する太平洋戦争韓国人犠牲者追悼平和塔を訪れた。
  また01年には、「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫という記録があり、韓国とのゆかりを感じている」
  と述べた。=
 
●見出し「在米韓国人らが、ハーケンクロイツと同じ旭日旗追放運動展開」
 =ドイツは過ちをざんげし、ハーケンクロイツ(逆かぎ十字)を追放した。
  しかし日本は自衛隊旗に採用し、ロンドン五輪の体操選手は旭日昇天旗をデザインしたユニホームを着た=  

     同日の『東亜日報』の記事
●見出し「〈韓日中の領土紛争、米国に飛び火する可能性〉と米有力紙が分析」
 =ニューヨーク・タイムスは、米国にも相当な脅威になりかねないと報道。(以下、その理由を述べる)
  一方、同紙は、北東アジア3国間の紛争地図に、『独島は韓国が支配しているが、日本は自分の領土だと主張し
  ている』と書いている。
  また、尖閣列島は『日本が支配しているが、中国と台湾が自分の領土だと主張している』と客観的に表記。
  
   
   ※(1)「韓中日」ではなく、「韓日中」という表記。
    (2) =昭和天皇は、敗戦を機に人間宣言した天皇だが、今上天皇は始めから〈人間〉として即位した天皇
       で、魚類学者としても活動し、28件の論文を発表している=
        という記事もある。 
     
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ザックジャパン(42) 日本スポーツ史上最大の偉業  文科系

2012年08月23日 | スポーツ

 香川真司がイングランド・マンチェスター・ユナイテッドにおけるその初出場を、開幕戦先発フル出場で、しかも本人の希望してやまなかったトップ下を終始務めるという形で成し遂げた。そのため、このチーム通常の陣形「4-4-2」を「4-5(2-3)-1」に変え、わざわざトップ下ポストを設けることまでが敢行された。最初のメンバー交代が左MFに代えてファンペルシーを入れたのだが、そこにワントップ選手ウエイン・ルーニーを下げてきて、そのトップにファンペルシー投入ということだった。こういう選手交代の全てがまた香川を中心に回されたゲームだったと言ってよい。イングランドリーグを代表する2人の攻撃型選手が香川の脇役になったわけだ。これは、間違いなく世界が毎日見張っている5大フットボールクラブに入るチームでの出来事だったから、世界のビッグニュースになった。
 日本フットボール史で辛うじてこれに匹敵するのは中田英寿のローマ優勝だろうが、これよりもはるかに大きなニュースであることは間違いない。野球史上ではヤンキース新4番・松井とかがあるが、フットボールと比べた場合には野球の世界的注目度は問題にならないほど小さい。ヨーロッパや南米、アフリカでも香川のことは大問題になっただろうが、ヤンキース新4番などはそれらの国々ではニュースにすらならなかったはずだ。世界の競技人口もチーム数も、フットボールは野球の10倍では到底済まないと思う。
 表題『日本スポーツ史上最大の偉業』についてはいろんな見方もあろうが、僕がこう題した理由は以上の通りである。ただしこの表題は、今この瞬間に於いてだけのこと。これが真に歴史的出来事だったと後世振り返られるか否かは、香川真司の今後数ヶ月のプレーにかかっている。

 さて、今年71歳にして、このチーム26年目の大監督ファーガソンはこうして、己の晩年最後のチーム再編成を香川真司に賭けたようだ。僕にはそう見える。この開幕戦と、ここまでの練習マッチなどを振り返っても、そうとしか思えない。ここまで香川中心できて外れたら今年は取り返しが付かなくなる可能性もあるからだ。それとも、この大改造が当たって、マンチェスターユナイテッドが08年のようにもう一度世界最強の名を馳せることになるのだろうか。ファーガソンは間違いなくそれを狙っているのだろう。マンチェスターユナイテッドのスタイルを時代に合わせて変えようとしているのだと思う。

 スペイン人がイングランドに来ると、おおむね大活躍できている。イングランドのパスサッカーが下手だということだろう。去年のイングランド優勝監督はイタリア人だが、彼らはイングランドをこう評する。フィジカルやスピードは豊だが、戦術やポジション取りがまだまだだと。香川真司がこういうイングランド、チームの弱点を変えてくれる選手だと、ファーガソンは見たのである。なんせ同じような弱点を抱えていたドイツを世界第2位の国へと激変させたのが、香川がこの2年間輝き続けたドルトムントなのだから。ドルトムントは、これも世界5大チームに入るかという老舗・バイエルンミュンヘンを押しのけてドイツ2連覇を遂げた最新型・最新鋭チームなのである。全員攻撃全員守備のパスサッカーから、スピードに乗った集団が流れるようにして得点していくチームだ。

 結論。名将ファギーは、最晩年にして最後のチーム大改造を目指して、香川真司と心中する覚悟なのではないか。あの大ファギーが香川にこれほどに惚れ抜いたって、途方もないことだと、サッカーファンならだれでも思うだろう。
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グローバル資本主義の一肯定論   文科系

2012年08月22日 | 国際経済問題

 以下は、岩波ブックレット「グローバル資本主義と日本の選択 富と貧困の拡大のなかで」に書かれた武者俊司氏の「日本の選択」論を箇条書き的に要約するものだ。埼玉大学大学院客員教授、大和証券、ドイツ証券を経て、武者リサーチ代表と紹介されている方である。経歴から見ても、世界経済の現状を基本的・肯定的に見る一つの考え方なのだと思う。この本は3人の「報告・討論二回り」で構成されており、お相手の1人橘木俊詔氏がこう評しているように。
『今のお二人の話をうかがって、金子(勝)先生は基本的に悲観派、武者先生は基本的に楽観派と解釈しました。私はその真ん中あたりでニュートラルな立場にいるのですが、あえて言えば、武者さんの話はやや楽観的過ぎるのではないかと指摘させていただきます』

①先ず、グローバル資本主義とは何かを、武者はこう語る。
『国家が経済の主体としての役割を終えて、世界が一つの帝国と言っていいようなフレームワークのもとでほぼ統一されたことを意味します。そしてその帝国に存在するロジックがあらゆる経済活動にとって最も優勢的な力になっている、ということ』
『このグローバル分業の成立と、その背後にあるグローバル金融の成立が、言ってみれば今日の世界経済の最も基本的な特徴だと思います』

②そういうグローバル資本主義の展望に関わってはまた、結論的に言えば、こう語られている。
『新興国の処方と展望は容易です。先進国並みの生活水準を目指しさえすればよい。しかし先進国は未知の成長を創り出していかなければなりません。先進国における、より豊かな生活水準と生活スタイルの追求、それをサポートする産業と雇用の創造、それは人類にとっての大きな挑戦といえます』
これはつまり、こういうことだ。ブリクス諸国のようなところは日本の60年代と同じで、農村から都市への労働力移転と世界の資本、技術との流入によって、どんどん豊かになっている真っ最中である。対して先進国は、どうするのか。金融と世界への投資、本社機能などが中心になって、その金がサービス業などに流れることははっきりしているのだが、そのほかにどんな産業と雇用が可能なのかが難しいと語っているわけだ。

③なお、日本資本主義の特有の『退廃色』なるものが4つ語られている。第一に、経済の名目成長率がこの20年ほぼゼロという希有な先進国だと。欧米が2倍、中国が7倍、韓国が3倍になったのに、何をしていたのかという非難である。これ以外で、「グローバリゼーションの内在化に完全に失敗した」先進国とも表現され、これに関連して「格差と貧困の発生」も指摘する。ただし日本の格差問題はこのような説明になる。各国のCEO報酬が初任給の何倍かという数字を上げて、日本はせいぜい10~30倍だが、アメリカは300~400倍、ドイツでも100倍なのだから、日本の格差問題とは格差ではなくって実は、経済成長がなかったという20年間の経済停滞問題そのものなのであると。

④さて、以上のような橘木俊詔氏評するところの「やや楽観的過ぎる」世界経済分析には、現実的大問題、解決を迫られる大課題といったものはないのか。②の「先進国の産業と雇用」や、③に見た先進国では日本だけに著しい経済停滞よりも遙かに大きな世界的大問題が存在するとして、このように語られていると言える。
『この世界同時不況の背景には、世界的不均衡があったと思います』『これは世界的に劇的に増大する供給力と需要創造の弱さのミスマッチだと思うのです』。僕にとってこの言葉は驚いたことに、マルクスやケインズが格闘してきた資本主義そのものの根本的矛盾の規定とほぼ同じ表現なのである。因みに、武者はこんなことさえ語っている。『お金は増えて非常に豊かになったけれども、それを一体どこに投資して次の拡大を期待していけばいいのか』『供給力の劇的な増大が、逆に世界経済を悲劇に導く可能性もないとは言えません』
 ただし、ともあれこれは武者にとってはまだまだ先の問題なのであって、10年は先の話。ブリクスなど新興諸国国民の生活が先進国並みになるまでの当面は基本的に大丈夫だと語られているのである。よって目下の問題はまー、上にあげた先進国問題と、中でも特に日本だけに著しい20年の停滞問題ということだ。ただし僕はこう思う。当面の先進国問題も、日本固有の20年の停滞も、その根っこは『供給力の劇的な増大が、逆に世界経済を悲劇に導』いたものではなかったのか。リーマンショック自身も同じ性格のものだったと武者が語っているところを見ると、武者も言うように『グローバルガバナンスが必要になってきます』ということは今でも既に明らかだろう。が彼は、「これが見えてこない」と語っているのだ。こうして武者の理論はむしろ、悲観論と言うべきではないのか、などと僕は考えていた。
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中央日報より      らくせき

2012年08月21日 | Weblog
中央日報が、日本の対応を報道しています。

独島(日本名・竹島)と関連し、日本政府は21日に関連閣僚会議を開き、
韓国に対する対抗措置を拡大していくことにした。

日本政府はすでに各省庁の局長級幹部を先週緊急招集し、「韓国に対する
“報復メニュー”を20日までに報告せよ」と指示を出した状態だ。
日本が特定の国に対する報復措置を閣僚会議まで開いて決めるのは極めて異例だ。

朝日新聞は18日、「李明博(イ・ミョンバク)大統領の竹島上陸い始まった
日韓両国の摩擦は、日本側が対抗手段を次々と繰り出す展開となった」と報道した。
日本政府は現在韓国国債の買い入れ方針を撤回することを検討していると
伝えられた。

韓日中3カ国はフィリピン・マニラで開かれた財務担当相・中央銀行総裁会議で、「3カ国が相互に国債買い入れに乗り出し、事前に情報を交換する」という
共同宣言文に署名した。
当時韓国の金融当局は「相互国債投資合意は外貨流動性を強化し通貨危機の
防御幕になるもの」と期待した。
現在日本は中国国債の買い入れには乗り出しているが韓国国債買い入れに対しては
その時期を調整してきた。

これに先立ち安住淳財務相は18日、現在700億ドル規模である両国間の
通貨スワップを昨年10月の規模拡大前の130億ドルに戻すことを
検討していると明らかにした。


いや、強硬策ですね。中国に対する態度とは180度違うみたい。
強きをくじき、弱気を助ける、ということわざは日本政府の辞書には
ないようです。

戦後の対応が未熟だったというか、戦前と意識がかわっていないというのかな?
両首脳が言った、新時代への戦略的共存、って、こんなモノだったのでしょうか?
お金のことしか眼中に無い共存かも・・・

子供みたいな異見ですが、やはり理を通さないと。
謝るべきは謝ってから。ドイツみたいに。





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ザックジャパン(41) 香川、開幕先発フル出場  文科系

2012年08月21日 | スポーツ

 21日未明4時、イングランドリーグ・マンチェスターユナイテッドの対エバートン戦を観るべく、例のごとくスポーツバー・グランスラムに予約しておいて、通って行った。お目当ての香川真司は、ファンペルシーを押しのけて先発出場である。これを確信していたからこそ、3時起きで出向いていけたのだった。こんなニュースもあったことだし。

 サンスポサイトに興味ある記事があった。時節柄気の利いたこんな記事は、嬉しい。
『MF香川が世界最高峰リーグで、先発デビューを飾ることが濃厚になった。「ファーガソン監督は、ファンペルシーとシンジを月曜日にデビューさせる考えを持っている」。20日のエバートン戦の出場をクラブの公式サイトが伝えた。
(中略)
 19日付英各紙も軒並み香川の先発を報じた。ガーディアン紙は1トップにファンペルシー、トップ下にルーニーを置き、左MFに香川が入るシステムを予想。テレグラフ紙は4-4-2の左MFと予想した。「トップ下で勝負したい」という本人の希望とは異なるが、マンUデビュー戦での先発は、ポルトガル代表FWのC・ロナウドすら果たせなかった快挙だ』

『20日のエバートン戦の出場をクラブの公式サイトが伝えた』とは、それなりの重さはあることと思いたかった。もっともマンチェスターユナイテッド・ファーガソン監督は、バルセロナとの直近練習マッチ後(0対0でPK負け)にこう語っていた。
『後半はじめにシンジが入ったときが、最もチームの流れがよかった』。
 また、ザックジャパンにおける香川が左MFであることは当然知っていよう。つまり、イタリア流にプラスしたバルサ流パスサッカーにおけるある種の左MFであることは折り込み済みのはすだ。ただ、左外に張っていよと命じる度合いがザックのように多いのかどうか、そこに興味が湧いてくる。左サイドバックが長友のようによく上がるのかどうか、それによって中へ入る度合いが変わってくるのだし、トップ下であるルーニーとの絡みも違ってくる。もっともルーニーも香川も既に、お互いをこう認め合った間柄だ。
「必要なら下へも下りていきボールを繋いでチームの流れを作るし、自分の得点と同様にアシストも厭わない選手」
 「シンジが入った時は、僕の得点も増えそうだ」とは、ウエイン・ルーニーの言葉だ。同僚名手たちの声も含めたこれらのニュース全てが、ヒデがローマに行ったときのように興味津々なこのごろだ。

 さてさて、以上はこのゲームの事前に書いたもの。ゲーム自身の香川は上の予測通り先発フル出場だった。クリスチアーノロナウドですら、このマンチェスターでなしえなかった偉業であり、昨年の得点王・ファンペルシー先発をさえも押しのけた香川なのだった。監督ファギーの香川への信頼がどれほど厚いものかが分かるというものだ。それを証明するかのように、香川本日のプレーは見事なもの。何よりも全く違和感なく球離れのよいチームに溶け込んでいた。特に、ウェイン・ルーニーとの再三のゴール前パス交換は、特に球離れに優れていて、長年の相棒同士に見えたもの。あわやアシストかと言うプレーも、3~4回あったのではないか。
 このゲームでもって、香川のレギュラー定着は決まった。そう断言できる。
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現代世界と戦争  文科系

2012年08月20日 | 国際政治・時事問題(国連・紛争など)

 現代世界先進国などのどんな為政者も、好んで戦争を起こしたいと考えるような人はまずいないと、僕は観ている。第一次世界大戦以降の「戦争違法化」の流れや、その背景となった「人間(の命)は同じように大切なものだ」という考え方の広がりが、そうさせたと観てきた。がしかし、それでも戦争は起こっているし、近年ますます起こりやすくなっていると、心配している。文字通り1国の命運がかかったような利害関係が世界にどんどん生まれ来たっていると思うからだ。それも、世界が一種の過渡期にあるということで、この利害関係も国や人の死活を分けるような形で、どんどん厳しくなっている。

 世界の国や人々に、貧困・格差問題がこのうえなく深刻になっている。そこへ持ってきて、誰もが認める「百年に一度の世界大恐慌状態」。ドル世界支配、アメリカの世界支配体制が弱くなっていることと、そのアメリカに強大な産軍複合体が存続し続けていること。何しろ、他の諸国全ての軍隊を併せたよりも遙かに強力な軍隊を持った国が斜陽になりつつあるのだ。アフガニスタン戦争も、イラク戦争も、相次ぐ北アフリカ諸国家の内戦?による崩壊も、このアメリカの斜陽化と無関係ではあるまい。さらには、日米中など国際金融資本と、工業資本や諸国家との対立。ギリシャ、スペイン、イタリアの国家「崩壊」とユーロの不安定化も、かってなかったような深刻さを示している。他方これらにとって代わったような、中国やロシアなど国内民主主義に問題を抱えた国の急激な台頭も世界の不安材料になっていると思う。

 アフガニスタン戦争が今なお泥沼になっていることを忘れまいと思う。イラク戦争が嘘の理由に有志国を巻き込むことができたからこそ始まったことも、よーく覚えていたい。なんせ開戦当時の最高権力者・ブッシュ大統領さえが「嘘とは知らなかった」と最近応えたのである。この告白の方は本当のことであると推論するから、イラク戦争の経過を少しでも振り返ったことのある人々は、先を思うとゾッとするはずだ。ちなみにその後のリビアの状況などは、イラク戦争の流れとそっくりではないか。

リーマンショックで大儲けして世界に名を馳せた金融トレーダーがこんなことを語る時代である。「個人としては恐慌は嫌だが、トレーダーとしては、僕だけが大儲けできる千載一遇のチャンスとして恐慌を待望している。僕はこれから、国債空売りかドルで大勝負だ」。この伝で言えば内心こんな思いのやからも多いのではないか。「個人としては戦争は嫌だが、この国についてだけは僕だけが大儲けできる千載一遇のチャンスとして、待望し続けてきた」。そして、待望しているだけならまだしも、長期間かけてこれを画策、策動するやからさえ出てくるのではないか。北アフリカの「内戦?」では、少数の策動者や、私兵まがいの人々の存在も指摘されてきた。
 国家の国際金融資本を規制する力が弱くなった世界は、本当に恐ろしいと思う。
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生活保護支給の合理化が始まった!         あんころもち

2012年08月19日 | Weblog
 話題が変わってすみませんがちょっと重要だと思うものですから。
 
 片山さつきが芸人の母親の生活保護受給に付き、2chの罵詈雑言やネガティヴ・キャンペーンにに後押しされて、その縮小を国会で主張しし、小宮山厚労相がその再検討を答弁した事がらが密やかに実現されようとしています。
 ようするに「生活保護の効率化」の名目のもと「生活保護の現物支給」の第一弾として「家賃を自治体が払う」ことが検討されているのです。
 これが進行するとどういう事態になるかというと、極端なことを言うと「食事も三食現物支給」ということになります。

 これらが何を意味するかはお分かりになりますね。
 ようするに、「必要な物は支給してやる、その代わりお前たちに(衣食住など生活スタイルを選択する)自由はない!」ということです。
 つまり、ゾーエー(生物としての生)は許してやるが、ビオス(活動する人間としての生)は許さないということで、福祉が管理の徹底化としての人びとの飼育につながるという点で、フーコーやアガンベンのいう「生政治」が実現されようとしているのです。

 こうした「福祉社会」の管理化は、もちろん生活保護についてとどまることなく、私たちの生そのものへの支配の問題として拡張するものと思われます。
 ようするに、「生かしてやろう」ただし「国民国家の成員として従順である限りだ」ということです。

 それらは当然、「福祉と連動した一体改革」にも含まれている問題です。
 「福祉国家」という言葉の上辺ではなく、その内実に関しても真剣に考えるべきだと思います。
 「福祉国家」という名の「家畜国家」も決してSFや笑い話ではないのです。
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