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東電の情報の小出しが対策を後手後手にしていないか?  らくせき

2011年03月31日 | Weblog
これは印象批評ですが、東電は原発事故の情報を小出しにしているのでは?

原発事故の当事者である東電が、第一次情報を持っているから、
ある意味で、情報操作はしやすい。

しかし、それによって政府の対策は後手後手になっているのでは?
レベル4と言っていが、ヨーロッパではレベル5。
レベル5と言っているが、実態はレベル6。
これは東電の情報が遅れている。
あるいは、遅れて公表されている可能性を感じさせる。

情報が小出しにされ、政府の対応が遅れれば、遅れるほど、
国民の被害は大きくなる恐れが高い。

東電の対応を感じさせるのが、記者会見の一問一答です。
少し古くて、長いですが、朝日新聞から引用します。

      

記者会見

28日未明  東電の原子力設備管理部の課長。

――この状態で「健全性を保てている」と言えるんですか?

 「健全性が保てている」という言葉がどうか分かりませんけども、
少なくとも水がタービン側に出ているんだろうということが
分析結果から予想できるわけで、それをもって……

――燃料から溶けた水が圧力容器から漏れ出して、
さらに、原子炉建屋の外にまで出ている状態という認識は間違ってますか?

 タービンで発見されてますので、そうですね。

――これをもって「健全性が保てている」と言うのは欺瞞のように聞こえる。

 「大きく壊れていない」という言い方ですね。
まだ圧力を保っている状態ですので、
完全に大気と一緒になってしまっている状態ではないということです。
度合いですよね。チェルノブイリ(1986年に事故を起こした旧ソ連の原発)のように
完全に破裂して外に全部出てしまう状態にはならないという意味合いですね。

 ――「完全に」ではない。

 まだある程度の障壁になっている。

 黒田課長は、声音を下げて、記者と一緒に考えるように質問への答えを出していく。
「この人は本当のことを言っているんだな」という納得感が会見場に広がるが、
それは、話の内容の深刻さと裏腹である。

同日夕刻   副社長

 ――きょうの未明の会見でお話があったんですが、
圧力容器に関して、「下のほうに穴があいている可能性が高い、
下のほうの穴から放射性物質を含んだ水が出ていると考えるのがふつうである」
というお話がありました。

 私、そういうこと申し上げたことはございません。

――副社長から伺ったのではなく、きょうの未明の会見で(原子力設備管理部の課長が言った話で)す。

 いろいろな可能性が考えられるということは申し上げているかもしれませんが、
それを断定的に判断したということではないと思います。

――「そう考えるのが普通である」というお話がございました。
で、そういう状況で、今のところ東電さんとしては圧力容器の状態について
健全性が保てているというお考えを示してこられていますが、そういう認識が正しいのか。

 原子炉の中の状況について、非常に限られたデータで状態を判断してきておりまして、
したがいまして、明確に申し上げるのは困難を伴う状況ですが、
全体としてみると、これまでのいろいろなパラメーター(水位や圧力の計測数値)の
変化を見ますと、大きな変化が起きたということはない、と思っております。
原子炉の中の水が格納容器の中に出てきている可能性は考えなければなりませんが、
いまおっしゃったような、ある特定の部位で破損しているということを
我々として判断しているということはございません。

           

副社長は決して嘘は言っていません。
しかし、事態は悪化していないという印象を与えようとしています。

今回の東電の対応は、国民のことを第一に考えているとは思えない。
もちろん東電は、そんなことは承知している。

東電の情報小出しの目的は?
事故を小さくみせて組織を防衛しようというものでは?

情報小出し作戦は官僚の常套手段。
(民主党政権に対して官僚が採ったやり方。)
東電は情報を使って、政府をコントロールし、
組織へのダメージを小さくしようとしている、と邪推したくなる。

これは、戦争中の陸軍や海軍の縄張り争いを思い起こさせる。
自分に不利な情報は公開せず、いたづらに損害をおおきくしていった。
この時も最前線の兵士が数多く犠牲になり、
非戦闘員である国民もより大きな犠牲を払った。

その反省にたって、民主主義国家を国民は歓迎した。
情報公開は、民主主義の原則。
(ヨーロッパの機関から日本の民主主義度が低く
評価されている原因のひとつが情報公開の度合い。)

情報公開が国民の安全に直結していることを東電は肝に銘じて欲しい。





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「落第! 再要望」ということ  文科系

2011年03月31日 | 歴史・戦争責任・戦争体験など
 僕の一昨日のエントリーに対してざくろさんから応えにならないものがずらずらと返ってきました。それで僕の立場をコメントでこう表明しておきましたので、エントリとして、ご紹介しておきます。


【 例によって、落第! 再要望。 (文科系)
2011-03-31 10:42:24
さし当たってまず、前置き的な回答いくつかと、ざくろさんの再質問の不備に対する要望だけを書きます。

 まず、またまた僕の回答に答えずに言いたいことだけ再質問を重ねると、怠惰でもあり、安易でもあるやり方をしている。そもそも僕は貴方の質問に答えたのですよ。それに対して丁寧に回答しなければ失礼というものでしょう。僕の回答の始めにこう前置きしたように、貴方もよろしく。
『以下、『 』は、ざくろさんの質問。その一つ一つにお答えを書く。願わくばざくろさんも、こういう明確な形式でお願いしたい。こちらが質問することには答えずに、「関連事項?」ということで答と関係ないこと中心に、言いたいことをざらざらと羅列するというのではなくて。』

「文科系氏の頑張りよりもむしろ(コメント数を増やしている)私の努力によるものでしょう(苦笑)」
 これはこの通りでして、僕も否定なんかしてませんでしょう? 貴方に都合の悪い文章を無視するんじゃ、フェアじゃない。僕がわざわざ、コメントでこう明記させていただいたのだから。かくのごとく、僕は公平なもんです。
『貴方が書いて下さるとますますここのアクセスが増えるようだ。僕も熱心に応答しますから、あなたもしっかり書いて下さい。ハッキリと僕の言い分を一つづつ明示して、明確な答を手短かにと、僕のようなやり方でね。』
 というわけで、今回もまた、有り難うございました。

 さて、ということで、僕の1,3,4への回答、言及がありません。その割に、他人の抽象的な歴史結論命題が多すぎます。こんなものと言ってはトインビーには失礼だが、歴史的立場や歴史的結果論など、視点によってどうとでも言えるのだから、不要です。「これだけでは」何の証明にもならないと、こういうのを僕がここで何回も拒絶してきたことは先刻ご承知のはずだ。嫌がらせですか? それとも史実説明を省くための、さぼり? それとも「虎の威を借る狐」よろしく、虚仮威し?
 
 さて、1の言い掛かりは撤回されるのか否か。3もまず僕が書いたこと自身に対して、全面的に答えて下さい。4は、あなた、こういう18世紀以降の流れを否定されるわけ?人間は平等という感じ方、理念が、つまり民主主義が、18世紀から営々と積み上げられてきたものであって、急に20世紀後半に実現し始めたものではないということを。このことに、世界の全てを巻き込んだ第1次世界大戦とその反省も大いに影響したということを。
 また特に、9カ国条約に対する言及がありません。これは、この討論の文脈では極めて重大なものと考えていますから、これら一連の処理が19世紀に存在したかどうかも含めて、しっかり答えて下さい。

 回答があったらおもむろに、それへの言及を成し、次ぎに「虚仮威し」への言及もいたしましょう。】
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統一地方選で、反原発・脱原発の民意を示そう!(紅林進さんのメールから)

2011年03月30日 | Weblog
★原発見直しは緊急課題です。我われの民意を統一地方選挙に示しましょう。
 同意見のメール仲間・紅さんのメールを紹介します。
                             ネット虫
===================================
統一地方選で、反原発・脱原発の民意を示そう!(紅林進)

福島第一原発の大事故は原発の危険性を深刻な形で現実のものとした。
原発は、現在の技術では安全性を担保できず、そもそも稼働させるべき
ものではなく、この大事故を契機に原発を停止し、原発に依存しない、
自然エネルギーなどを活用した脱原発の道に進むべきである。

ドイツでは、福島原発の事故を受けて、3月26日、ベルリンやハンブルク
などドイツ国内の4都市で26日、約25万人の反原発デモが行われ、
3月27日にドイツ南西部2州で行われた州議会選挙では「脱原発」を
掲げる「緑の党」が躍進し、保守のキリスト教民主党(CDU)が58年間、
州政権を維持してきたバーデン・ビュルテンベルク州では、「緑の党」
の州政権が誕生した。

フランスでも同じく27日に全国一斉に行われた県議選では、社会党
や環境政策重視のヨーロッパ・エコロジー党、共産党など左派系政党の
合計得票率は49%を超え、サルコジ政権与党の民主運動連合(UMP)
などの右派系政党の約35%を大きく上回った。

それに対して福島原発事故の脅威を目の前にしている日本では、
3月27日に東京・銀座で行われた反原発デモでは、約1200人の
参加であった。それでも日本の近年における反原発デモの中では
参加者の集まった方である。しかし福島から遠く離れたドイツで
25万人が反原発デモに参加したことと比べると、きわめてわずかな
参加者と言わざるを得ない。

これだけの大事故を起こした東電に対しても、少数の若者たちが
連日の抗議行動を行っているものの、東電に対する大規模な抗議
行動は行われていない。マスコミの東電に対する責任追及も極めて
不十分である。

大活断層の上に立つ、浜岡原発(静岡県)が遠からず必ず起こると
いわれる東海地震で大事故(そうなれば放射能は偏西風に乗って、
東京など首都圏を直撃すると言われる)を起こす可能性が指摘され
ながら、稼働停止の要求を拒否し続ける中部電力に対して、その
稼働の即時停止を迫ることも急務である。


日本経団連の米倉弘昌会長は3月16日、東京都内で記者団に対し、
福島第一原発の事故について「千年に一度の津波に耐えているのは
素晴らしいこと。原子力行政はもっと胸を張るべきだ」と述べ、国と
東京電力を擁護した。また「原子力行政が曲がり角に来ているとは
思っていない」とも発言した。とんでもない発言である。危険な原発を
推進してきた責任を反省するどころか、今後も原発推進を続けると宣言
しているのである。

ドイツでは、原発の稼働を続けようとしてきたメルケル首相が、選挙対策
とは言え、福島原発の事故を受けて、ドイツ国内で稼働する17基の原発
のうち、稼働期間の長い7基について、少なくとも3ヶ月間の暫定的な稼働
停止を打ち出した。ここでも日本とドイツの対応の違いが残念である。

共同通信社が3月26、27両日に実施した全国電話世論調査によると、
東日本大震災に伴う福島原発事故への政府対応を「評価していない」
とする回答が58・2%に達し、「評価している」の39・3%を大きく上回った
とのことだが、一方で今後の原発の在り方では「減らしていくべきだ」と
「直ちに廃止」の合計が46・7%。「増設」と「現状維持」を合わせた
46・5%と拮抗(きっこう)しているとのことだが、このような事態になっても
「現状維持」やさらには「増設」まで主張する人々が合わせて半数近く
いることも驚きだが、このような大事故を起こしても「安全」の発言を
繰り返し、原発推進派のコメンテーターを使って「解説」なるものを
流し続けるテレビ局などの日本のマスコミの責任も大きいと思う。

おりしも日本では被災地を除いて統一地方選挙が実施される。
ドイツで福島原発の大事故を受けて「緑の党」が躍進したように、
この統一地方選挙で、反原発、脱原発の民意を示さねば、将来に
大きな禍根を残す。ここで、反原発・脱原発の民意を示せねば、
日本経団連の米倉弘昌会長のような原発推進派の思うつぼである。

東京でも都知事選が戦われているが、「地震は天罰」発言をして、
被災者を愚弄した石原慎太郎は、福島の被災地に乗り込んで、
原発の必要性を訴えたとのこと。

石原氏は今回の福島第一原発の事故について「私は原発推進論者」
として「資源のない日本で原発を閉ざしてしまったら日本の経済は成り
立たない。10メートルの津波やマグニチュード9など誰も想像できな
かった。原発を冷静にとらえるべき」と述べた。(3月26日付『福島民報』)
http://www.minpo.jp/view.php?pageId=4147&blockId=9812223&newsMode=article

我々国民ははっきり選挙で原発拒否、脱原発の意思を示そう!

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東電のカネに汚染した東大

2011年03月30日 | Weblog
★札幌のメール仲間の前田さんからこんなメールがとどきました。
 最近の原発報道を見ていてわたしも彼に同感です。紹介します。   ネット虫
===================================

東電のカネに汚染した東大送信日時: 2011年03月29日(火)

> 原発関連でTVに出てくる御用学者は極めて多いようです。原子力資料情報室な
ど原発の危険性を科学的に解説し、納得できる情報を流してくれるところの方は、
なかなか出演できません。なぜか。
> 次のことを確認すると、これが要因のすべてではないものの、なるほどともい
えます。
>
> つまり、東電による東大への莫大な寄付、また、放送局と電力会社トップや原
発推進団体役員と関係があることから、御用学者が跋扈するのもさもありなんと
いうところでしょうか。
>
> 「東電のカネに汚染した東大に騙されるな!」(Insight Now!)
> http://www.insightnow.jp/article/6430
>
> 放送局と電力会社トップや原発推進団体役員と関係
>  http://twitpic.com/4d4v3f/full
>
>

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ざくろさんのご質問にお応えする  文科系

2011年03月29日 | 歴史・戦争責任・戦争体験など

 この間ざくろさんから寄せられたいくつかの質問がここで物議を醸しているようだから、新たにエントリーを起こしてお答えしておきたい。以下、『 』は、ざくろさんの質問。その一つ一つにお答えを書く。願わくばざくろさんも、こういう明確な形式でお願いしたい。こちらが質問することには答えずに、「関連事項?」ということで答と関係ないこと中心に、言いたいことをざらざらと羅列するというのではなくて。

1 『このブログには「かえる」派の人はいてはいけないんですか?
「まもる」派の人達は「話し合いが何より大切」といいながら、話し合いは苦手で異論を認めないという人も少なくないようですね。』

 カエル派がここに居て、当然よろしい。いけないと語った人は今までは、ここにいませんでした。まして、今回の睦子さんのように、カエル派に対して一言「品がないから、サヨウナラ」なんて人は居なかったはず。睦子さんって、貴方のサクラじゃないの? それどころか、カエル派の方々こそ、それぞれ長い論争の末に回答不能となって逃げていった人ばかりでした。そんな人が数人いらっしゃったが、貴方は逃げられないように期待します。ざくろさんはそんな論争を何も読んでおられないらしい。よって改めて、言われたことにまとめて反論しなければならないだろう。

2 『文科系氏は駄目でしょう。朝鮮有事も台湾有事も起こり得ない(ヨンピョン――えーっと、漢字で書くと延平島砲撃事件でしたっけ?――が発言の一ヶ月後くらいにありましたね)、日本を攻めてくる国などどこにある!?なんて無責任な言動では、もし仮に氏が今より二十歳ほど若い有力政治家で首相候補だったとしても票は集まらず信任は得られないでしょう。』
 まず、「朝鮮有事があり、台湾有事があるのだから日本へ攻めてくる国もある」ということを証明して下さい。これに関わって僕が過去にこう書いた文章もお読みの筈だが、これへのお答えもない。
「冷戦時代と違って、中国もロシアも資本主義に組み込まれた現在、世界第二の経済大国日本を攻めるということは、自らの経済、国民生活も含めて世界経済をがたがたにすることだろう。そんなことを大々的に敢行する国があるとは到底考えられない」
「クェート侵略を敢行したフセイン・イラクに湾岸戦争が開始されて以来起こったことは、侵略がいかに高く付くかという常識を世界中に生んだことだろう。首領様も、正面からの戦争等出来るわけはないではないか。そんなことをしたら、首領様ご一統がフセイン一家と同じ目に遭うことが目に見えているのだから」

3 『「(少なくとも)アジアにおける欧米列強の植民地開放のために、(日本が)戦う以外、ほかにどのようなみちがあったのか」をスパッと答えていただけると有難いのですが……。』
 明治維新直後の征韓論出兵騒動や江華島事件などなどの1870年代からおよそ40年かかって日本が朝鮮半島を併合したのも、「アジアにおける欧米列強の植民地解放のため」であるのか? この40年間に独立国であった朝鮮抑圧への反発を武力で抑えるべく、どれだけの方々を殺したことだろう。それもみんな「アジアにおける欧米列強の植民地解放のため」と貴方は言い張るのか。そもそも「朝鮮の人々のためにこそ40年かかって併合したのだ」という理屈を、朝鮮の人々が認めているとでも言われるのか? 

 次いで対米戦争であるが、これも「アジアにおける欧米列強の植民地解放のため」の戦争などでは全くない。
 日本は中国侵略戦争を継続するために、これを中止させようとするアメリカ・イギリス・オランダと開戦することになったのであって、中国侵略戦争の延長線上に対英米欄戦争が発生したのであり、中国との戦争と対英米欄戦争とを分離して、別個の戦争と考えることはできない。

4 『 十九世紀から二十世紀半ばまで継続中の欧米列強の植民地支配より、二十世紀に入ってからの(日本やドイツの)侵略行為を「格段に悪い」とする文科系氏の意見は非常にタチが悪いと思われます。』
 これについては3月6日に僕がこう書いていて、これに対する貴方の反論が何もないままである。その上で最近上のような事を書かれるとは、一体どういうことであるのか。読解力がないというならば仕方ないにしても、貴方のやり方はこのように、一般に、こちらの質問や答には言及せずに、ただいろんな質問や難癖を重ねるだけではないか。応答がないならばこれから僕は「応答してから質問せよ」と語るのを原則としたい。この文章のように、真面目にやるだけ馬鹿馬鹿しいのだから。
『 ざくろさんへのお答え (文科系) 2011-03-06 12:06:19
 奴隷がいた社会は、「人権感覚」そのものが現在とは全く違うだろうと考えています。だから、政治、外交など物事を見る目が、その原点からして違ってくるだろうとも。あなた方が「歴史を当時者の感覚で見よ」と語る時には、そういう「文脈」もあったはずと、僕は言いたいのですよ。19世紀は奴隷貿易廃止や解放宣言が出ていてもまだ、それだけのこと。そういう「生活習慣」の名残が根強く残っていた。それはアメリカの20世紀を見れば分かること。
 士農工商(非人)が、華族と士族以外にはやっとなくなり、職業や移住の自由が認められ始めた明治日本は、そういう「先進」世界の趨勢からかなり遠いところにいたと思います。武士による切り捨て御免はいつごろなくなったのだろうか、とにかく、一般の人の命はまだまだ軽かったろうと推察しています。個人が「家」に埋没させられた社会でもありましたしね。明治文学の最大テーマの一つが「近代的自我」であったというのも、人権が大問題だったことの証左と言えませんか。
 こういうことが背景になって、世界を巻き込んだ第一次世界大戦の反省以降から「人の命はみな尊い」「権利としての平等」「戦争の違法化」が急に進んだと見ています。と言っても「自由、平等、友愛」が大いに叫ばれ始めたのが18世紀ですから、一進一退の遅遅とした歩みでもあり、一つの国をとっても一直線に進むなどとは思っていませんし、今でもまだこれが生活習慣的な感覚にまで定着したとは言えないと見ていますが。』

 さて、上のような文脈を踏まえて改めて問いますが、18年の「ウィルソンの平和14箇条」、それに関連した20年の国際連盟設立、日本も含めた22年の9カ国条約、28年のパリ不戦条約などなどは、どういう目的で出来たのだと思われますか? こういうものが19世紀にありましたっけ? 
 こうして、世界を総力戦として巻き込んだ第一次世界大戦の反省から「人の命はみな尊い」「権利としての平等」「戦争の違法化」などと、18世紀以来芽生えた民主主義の歴史の流れが急に具体的に進み始めたんだと、僕は見ています。イエメン、アフガン、エジプト、ネパールなどの独立や、ギリシャやトルコの共和国化をそういう流れだと考えています。この流れから後には、第2次大戦以降の植民地解放もアメリカの有色人種差別解消などなどもさらに大々的に起こっていったのではなかったでしょうか。そもそも植民地がなくなったり、人種差別や有色人種殺人などが白人殺人と同様にいけないとなったのは、第二次大戦の後急になどということではありません。そんな時にヒトラーはユダヤ人皆殺しをやり、日本は南京虐殺をやったわけでした。南洋に無数の兵士を捨て、沖縄を丸ごと見捨てたというように国民の命も軽い国でしたから、まして他国の人にたいしてをや。


 最後に一言、
 ざくろさんは、このブログのアクセス数などを大変よく調べておられる。つまり、この種のサイトとしては珍しいここの人気を、大変気にしておられる。このことに勇気を得て、僕は今後もさらにここで頑張っていく所存です。ざくろさんに対して僕が頑張っているこの2日間、アクセス数と閲覧数はこんなに盛り上がっているんですよねー。やり甲斐ありますよ。27日、アクセス383人、閲覧1,548。28日、同、424人の2,016でした。
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想定内なれど、深刻・・・    らくせき

2011年03月29日 | Weblog
原発の事故、当初、フランスから援助の申し出があったそうですが、
東電は断ったそうです。
しかし、いまになって援助を要請したとか・・・・

いよいよ日本の独力では解決不能の事態になったようです。
想定内ですが、深刻です。

いまや日本は世界に放射能を放出する危険な状態になったと
考えられます。

           

「みなさんに申し上げます。“築城10年、落城1日”を心に刻んで下さい。
安全はある一瞬にして崩れることがあります。
そうならないため備えるのがわれわれの任務であり使命です。
特に災害に強い原子力発電所作りが最優先です」。

時は、2008年11月。
場所は、福島第一原子力発電所。
発言の主は、東京電力の清水正孝社長。
就任後最初に訪れた現場で、勤務者と幹部を全員集めて演説した時の言葉。

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事態は想定内ながら・・・悪化     らくせき

2011年03月28日 | Weblog
事態はレベル6でしょうね。
もう7寸前・・・・
公式発表の5ではないと思います。

友人は東京で地震に遭い、幼い孫3人を連れて
名古屋へ帰ってきました。

原子炉に近づけるようになって事態がダンダン
明らかになっているというのが実情でしょうね。

もちろん東電は一歩先に知っているんでしょうが・・・

すくなくともすぐに良くなる気配はありませんから
長期にどんな対策をとっていくのか?
老人や子供に、どういう援助をすべきか?

政府は、その方向性を示す時期では?
菅さんは、国民に覚悟を呼びかける時ではないでしょうか?

挙国という古い言葉がよみがえってきそう。







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小説 「母の『音楽』」(終回)  文科系

2011年03月27日 | 小説・随筆・詩歌など
 さて、一度は全てを放り出した母のこの三味線。最後の場面が実は、ずっと後に出てくる。過去の「憎さ百倍」はなんのその、可愛さが遙かに優った感じで。いや、この三味線が母を救ってくれたとさえ言いうるだろう。闘病生活五年の最後の年、九十二歳を過ぎた病床のことだ。大学ノートの介護日誌五年分が九冊まであるのだが、そこのやり取りから抜粋してみよう。周囲が書き綴り、伝え合った病状・生活日誌である。八十八歳に脳内出血で死にかけた後は、感覚性全失語症から字はもちろん書けず、彼女の口から意味のある言葉を聞き取ることもほとんど無理だったから、連れあいの提案で備えられたものだ。四人の子、孫から、看護師さんたちだけではなく、病室を訪れた母の親類縁者、知人までが書いてくれるようになったみんなの合作物である。先ず初めは、亡くなる前年の八月十七日。
『ラジカセを持って来た。カヨさんのおケイコ(三味線と謡曲)のテープといっしょに。そしたらラジカセを抱えるようにして聞いていた。それでもしばらくして見たら眠っていたけど、起きてテープの話をした時の反応は当然強かった。何か分かるらしい。多分、フシなのだろう。しばらく(一時間ぐらい)消していてまた、”三味線聞く?”と問うと、”ウン”と言うのでつけると、また例によって指を動かして聞いている。右手も左手も』
 同十八日『長兄のノブ一家九人が来たのは覚えていた。良かったね。今は三十分以上ラジカセを聞いている』
 同二十日『今日はよく話が分かる。一昨日、ノブの家族が来たのは覚えているし、ウチの健太と雅子も覚えている。(中略)なんというか表情もおだやかだ』
 音楽療法というのがあるが、明らかに母の態度、意識が上向き始めたのである。看護婦さんもそれを認めた記述をここにすぐ書いてくれたし、久しぶりにはるばる横浜から来られた弟のお連れ合いさんも、こんな言葉を書いてくれた。
 九月十五日『いろいろあって家が空けられず、本当に久し振りにお母さんに会いに来ました。№7のノートの記録より、十一ヶ月もの間ご無沙汰していたと分かりました。眠っていらっしゃる横で、声をかけて起こそうかどうしようかと思いつつ、ノートをゆっくり読ませていただきました。長唄(?)のテープをBGMに。
 テープが回って数分したころ、右手がよく動くようになり、時々左目を開いて、次にベッドにつかまっていた左手が、弦を押さえるような動きを始めました。魔法のようです』
 十月二日『新しいカセットを持ってきて”三味線のおさらい”。たちまち右手でバチを動かし、左手の指がひょこひょこと動き出した。(中略)何か顔もほころんでいるし、ヨカッタヨカッタ。 ”目を開けなさい”と言うとかならず、パチッと開けてくれて、やはり微笑んでいる』

 丁度その晩秋のころ、僕は同人誌にこんな随筆を書いた。
【 ある交流 
 病院の夜の個室にもの音は稀だけれど、川音が間断なく聞こえてくる。二県にまたがる大川が窓の向こうにあるのだ。そしていつものように、僕の左手がベッドに寝た母の右手を軽く握っているのだけれど、そこでは母の指がトントンと動いている。
 死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかわづ天に聞こゆる
 誰の作だったか、高校の授業で覚えたこの歌を、このごろよく思い出す。
 左脳内出血が招いた三途の川から戻ってきて、五年近い。失語症の他はなんとか自立できたと皆で喜んだのも、今振り返ると束の間のこと。一年ちょっと前、思いもしなかった後遺症、喉の神経障害から食物が摂れず、人工栄養に切り替えるしかなくなった。食べさせようとして何度か嚥下性肺炎を起こしたその末のことだった。人工栄養になってからも、唾液が入り込んでたびたび肺炎をまねくという始末で、既に「寝たきり」が四ヶ月。お得意の「晴れ晴れとした微笑」も、ほとんど見られなくなった。
 九十二歳、もう起き上がるのは難しそうだ。言葉も文字もなくなったので記憶力はひどいが、いわゆる痴呆ではない。痴呆でないのは我々には幸いだが、本人にはどうなのだろうかと考えてしまうことも多い。
 せっせと通って、ベッドサイドに座り、いつも手を握り続ける。これは、東京から来る妹のしぐさを取り入れたものだが、「生きて欲しいよ」というボディランゲージのつもりだ。本を読んでいる今現在、母の指の応答は、「はいはい、ありがとう。今日はもうちょっと居てね」と受け取っておこう。表情も和らいでいるようだし。
 僕は中篇に近い小説九つを年一作ずつ同人誌に書いてきた。うち最初の作品を含めて四つは、母が主人公だ。もう十年近く母を、老いというものを、見つめ、描いてきたことになる。発病前は老いの観察記録のように、その後は病室の中やベッドの上も、時には四肢さえもさらけ出して。普通ならマナー違反と言われようが、親が子に教える最後のことを受け取ってきたつもりだ。そして、僕がこんなふうに描くのは、母の本望だとも信じている。
 看護士さんが入ってきて、仕事をしながらこんなことを言った。
「不思議ですねぇ。手と指だけがいつも動いてるんですよ。ベッドの柵を右手でよく握られてるんですが、その時もなんです。右側に麻痺がある方でしたよねー?」
《母にもまだできることがあった。僕らが通う限り、生きようとしてくれるのだろうか》 】

 母は、いろんな曲を思い出し思い出ししながら、最後に残った楽しみを自分で作っていたのではないだろうか。そう、一度はすべてを放り出した音楽が、一人では何も出来ず、普通の楽しみさえなくなった病床で恩返しをしてくれた。音楽って、音を楽しむって、まず、自分が出す音を自分が楽しむものだろう。末期が近づきつつあった母の病床で、教えてもらったことだ。

終わり 
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気象庁は風向き予報を出すべきでは?    らくせき

2011年03月27日 | Weblog
原発事故は一応安定させるのに数ヶ月。
最終的な解決に年単位の時間がかかるそうですが、
長期化が避けられないのなら
放射能の被害から身を守る情報として
花粉情報をさらにグレードアップさせた
風向き情報を提供すべきではないでしょうか?

放射能拡散(ホットスポット)のシミュレーションには、
東電からの原発の放射能漏れ状況が必要ですが、
政府はその情報を提供させ、
気象庁が、アメダスの風向きと降雨の予想を加えれば、
おおよそ、放射能の高くなる地域や時間帯とかは判るでしょう。

情報はあるのに、どこか欲求不満なのは
全体像が見えないからでしょうね・・・


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記者クラブ制度が悪く作用しているのか?   らくせき

2011年03月27日 | Weblog
サンデーモーニングである出演者が
外国が注視しているのに
日本政府の情報発信が上手く行っていないと指摘。

枝野さんの記者会見は日本のマスコミしか
聞けないのだろうか?
ここに外国の記者を入れれば済むことのようにも
思えるけれど・・・
情報カルテルになっているのだろうか?

       また、

原子力保安院が通経省の一組織というのも
今回の大事故についての情報伝達が
奥歯にものの挟まった感じになっている
遠因かも・・・

これが第三者の独立機関だったら(せめて環境省)
もう少し客観的な情報伝達が可能だったかも。

日本の民主主義の程度は案外低いと評価さていたのは
こうしたことだったのかも。



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教えて、核分裂は停止しているのか? 文科系

2011年03月26日 | 国内政治・時事問題
 誰か教えて欲しい。昨日、今日の新聞を素人目ながら詳しく読んでみると、どうしても標記のこの疑問が湧いてくる。1号機、3号機などで、本当に核分裂は停止しているのか? このことは今後予測される事態の深刻さへの最大の分岐点になるはずだから、どうしても焦点をここに合わせて推移を見守らざるを得ないと思い立った次第である。

 1号機は燃料棒が破損して原子炉の底へと崩れ落ち、1200度以上になっている事は確実なようだ。怖い燃料を使っている3号機も同じ事が起こり、原子炉圧力容器の構造材が溶け始めていることがほぼ確実なようだ。かと言って、これを防ぐために冷却を厳しくすれば、圧力が上がって炉心内放射能を開放せざるを得ないと言うではないか。としたら「前門の狼、後門の虎。他に火事からの逃げ場なし」? しかも、このような深刻な事実が、原子炉本体に人が近づくことができるようになるに従って次第に判明して来たというのも、僕には何か大変気味悪く感じられる。

 おかしな噂を流す積もりは毛頭ないが、以上のような蓋然性が高いのならば、何よりもそこに焦点を当てて早急に事実究明を図り、国民にも知らせ、長期的に自己防衛策を示し、図らせるようにしていかなければならないはずだ。そう主張する権利が全ての国民にあるはずだとも思うのだが、どうだろうか。
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小説 「母の『音楽』」  文科系

2011年03月26日 | 小説・随筆・詩歌など
 この年の十月、母は、僕の勧めによって心療内科の先生の所へ通い始めた。病名は、老化による軽症ウツ病。
 少し遅れて八十六歳の母が書いた「人生報告」とも言うべき文集に、こんな下りがある。女子高等師範学校同窓会の愛知支部発行「桜蔭(同窓会名です)」に収められた文章だが、二番目の古参生としてそこに書いた六枚ほどの原稿の一部だ。
【その後夫脳梗塞となり、左脚不自由に。つづいて心筋梗塞その他色々の老人病を併発し、十数回に及ぶ入退院をくりかえし、平成四年四月二十七日に亡くなりました。看病など何かと心身を使い果たしている間に、私も老人性鬱病という厄介な病名をつけられていました。好きな長唄・三味線も稽古不足のため中止し、日々無為の苦しい数年間を過ごしたものです。同居している次男夫婦も共働きですので、昼間は相変わらずの一人暮らしですが、二人が帰宅し、共にする夕食は楽しく、孤独を忘れることの出来るひとときです】
 僕もこの夕食は楽しかった。母も必ず二品ほど作ってくるので、連れ合いと二人競いあうようにして食卓にのせたものを三人で批評し合うといった夕食。僕の帰りが遅すぎて週に何回も持てなかったが、心が温かくなる思い出である。
さて、この頃はまだ、母の人生で三味線が持った意味を、僕はこんな程度に捉えていただけだった。
 最初に浮かび上がって来る映像はまず、こんなものである。三味線の発表会に出ていたときの、背中を丸めて大きなザブトンに小さく座った母の姿だった。
〈あれほど練習して、回りの人に四苦八苦でなんとかついていく。「生きなきゃー」って感じだなー。それにしてもそろそろ八十だ。いくつになっても「鑑賞」じゃ済まなくて、自分で「表現」して進歩を確かめていきたいという人なんだなー〉。
 また、このしばらく後には、
〈母さんのは「可愛さ余って、老いへの憎さ百倍」。三味線全てを放り出してしまったのは、舞台に出られなくなったショックからだ。随分苦しんだんだけど、俺の同居がもうちょっと早ければ辞めさせなかったのになー〉

 「あなたも、『生きなきゃー』の口で、「鑑賞よりも表現』の人ね。だから『可愛さ余って、憎さ百倍』は他人事じゃないわよ。どうせ直ぐに弾けなくなるんだから」
 〈お連れあいさんも、後になってそう言ってたな〉。腕や胸など汗まみれの体を休めながら今、そんなことを思い出している。
 「大聖堂」の例の難しい一カ所をかっきり五十回。正の字を打ちながら繰り返し終えたばかりだ。機械的な反復練習ではやっと、薬指上下につれて小指がほとんど動かなくなってきた。この厄介な癖の修正にあれこれと燃え始めて二週間、ようやく五五近くの速さになり、ちょっと先が見えたような気分になった頃のことだ。
 〈そういえば、俺も去年危機のようなことがあったなー。憎さ百倍にはならなかったのは、間違いなく母さんのお陰だ〉
去年のある舞台で立ち往生したときのことを思い出す。こんな調子だった。
 出だしの三段目ほどで止まってしまった。頭は真っ白で、次が思い出せない。仕方ないから、冒頭からまたやり直す。すると今度は、三ページ楽譜の二枚目終わりほどで止まってしまった。どれくらいだったか空白の時間があってから、思いついて目の前の楽譜を引き寄せ、間違い箇所を確認して、再開した。丁度練習で躓いたときのように。表情も態度も変えなかったはずだが、「冷や汗たらたら、心臓は早鐘」、もう大変な思いをした。好きで折を見ては二年以上も弾き続けてきた「ソルのエチュード作品六の十一番」。僕には難しすぎるが、いまならもう何とかなると思って臨んだのに。今までに指が震えてほとんど弾けていないということは何回かあったが、中断は初めてだった。それも二回も。そしてこの挫折の印象が、以降一週間ほどの間にどんどん大きくなっていった。僕の「老い」が膨らんでいくばかりだったのだ。
 そんな経験から間もなく、舞台で弾くことはもう諦めようと決めた。ところがこの決心、僕の練習態度に何の変化も与えなかったのである。それから間もなく手をつけたこの曲、「大聖堂」が毎日弾きたくなった。分散和音の中から最高音の清らかな旋律を響かせる第一楽章。荘重な和音連続を鳴り響かせる二楽章。そしてこの第三楽章は「最速アルペジオとスケールの中から、低音・高音の旋律、副旋律をメリハリつけて自由に鳴らせられれば、痛快・面白さこの上なし」といった趣き。気に入った曲だけを選んで先ず暗譜してから弾き込みレッスンに励む僕にとっては、なかでもことさら揺さぶられる曲。完成するまで一年でもやってやろうと、そのエネルギーは自分事ながらいぶかしいほどだった。

続く
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福島原発事故でどんな影響があるのか?   らくせき

2011年03月25日 | Weblog
大西五郎さんから、「柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会が
福島原発震災」をどう見るか――― 私たちの見解、というメールが送られてきました。
ちょっと長くて難しいのですが、一番、関心の高い項目を転載します。

                  


 福島第一原発では、2011 年3 月11 日の東北地方太平洋沖地震発生から
10 日以上を過ぎた今も、原子炉炉心の冷却が進まず、
この重大事故がどのように収束するのか予断を許さない深刻な事態が続いています。

1.福島原発では何が起こり、今どういう状態にあるのか(略)

2.放出され続けている放射能の危険性について

福島第一原発からの放射能(放射線物質)の放出が続いている。
原発敷地周辺で高濃度の汚染が観測されるとともに、
東日本の広い範囲にわたって原発事故に起因する放射能が観測された。
福島県や関東各県では農産物(牛乳やホウレン草)で
食品衛生法の暫定基準値を超える汚染が報告された(3 月21 日)。
また、原発サイト周辺の海水の汚染も確認され、海産物への影響も心配である。
放射能汚染のレベルをどのように考えるべきなのか、避難の行動をとるべきなのかどうか、
また農産物を食べてよいのかどうか。それらの問題について私たちの考えを述べたい。

放射性物質の放出量について東京電力は何らの発表を行っておらず、
そのことが放射能汚染の全容を把握することを困難にしている。
また観測モニタの測定値についての報告も不十分である。
各都県の測定値と、それにもとづいた拡散シミュレーションも発表されていない。
このような状況が、汚染についての適確な判断を下すことを困難にしている。

私たちが汚染状況を判断し、行動するに当たって、外部被曝と内部被曝とを
明確に区別して考察することも不可欠である。
原発サイト内あるいは上空での放射線量には、
露出した燃料棒からの直接的な放射線量の寄与も大きいと考えられるが、
原発近隣を含め、そこから離れた地域での放射線被曝は、
大気中に放出された放射性物質からのものである。
これらは外部から放射線をあびせるだけでなく、体内に取り込まれて内部被曝を起こす。
体内に取り込まれた粒子から放出されるアルファ線やベータ線は飛程が短く
(アルファ線では40μm程度)その粒子からのごく近くの組織を集中的に破壊するので、
がん発生率が大きくなる。
そのような効果を考慮すると、被爆線量規制値はICRP報告より厳しく評価すべきだ
という見解も出されている。

・原発サイトにおける被曝労働
 原発サイトでは、敷地内のモニタや上空で100mSv/h を超す高い放射線量が観測され、作業も度々中断されている。
原子炉を安定化させ危機を回避するための作業は、緊急に行わなければならないが、
作業員(東京電力と下請け企業の社員、消防隊員、自衛隊員等)の
被曝労働は極力避けねばならない。
厚生労働省は被曝線量限度値(法定限度)を100mSv から250mSv に引き上げた。
これが、作業における被曝線量を過小評価することや、
被爆労働の強制につながるものであってはならない。

・周辺30km圏での退避の必要性
 原子力安全委員会の定めた防災指針の規準
(予測線量50mSv 以上で退避、10mSv 以上で屋内退避)を適用するに当って、
どのような予測にもとづいて現在の退避範囲
(福島第一原発から20km 圏内は圏外への退避、30km圏内は屋内退避)が
設定されたのかが不明確である。
事態を過小評価している危険が大きい。
特に、30km圏内の屋内退避を強いられている方々には、
救援物資が滞る(運送業者が立入りを望まない)という事態が生じており、
一刻もはやく圏外退避を決めるべきことを政府に求める。

・周辺80km圏内からの退避について
 アメリカ政府は、福島第一原発周辺80km(50 マイル)圏内からの自国民の退避を決め、
多くの国々も同様の措置をとっている。
この判断は一定の根拠にもとづいておこなわれたものであると考えられるので、
その地域に居住する日本人にも何らかの危険が生じうると考えるべきではないか。
実際に圏外に退避できるかどうかは、生活環境や、周りの人びととのつながり、
退避先の有無など条件はさまざまであろう。
しかしながら、妊婦(胎児)・幼児・青少年など被曝の影響が大きく現れる人びとは、
優先して退避させるべきである。

・首都圏など200km圏内での対応
 首都圏など200km圏内でも、1μSv/hに達する放射線量が観測されている。
この放射線量を1 年間(8760時間)浴び続けると8.76mSv となり、
公衆被曝の法定限度1mSv/年を超える。
日本人が浴びるとされる自然放射量1.2mSv/年と同程度であるとされるが、
内部被曝が加わることを考えると、この線量を被曝し続けて安全だとは言えない。
問題は、事態がどのような期間ののち収束に向かうのかである。
原発サイトで何が起こるか、放射能の放出量がどう変化するか、
注意深く監視していく必要がある。

・農作物などへの影響
 福島県内の牛乳、茨城県など関東各県の野菜(ホウレン草など)に
食品衛生法の暫定基準を超える放射能汚染が検出され始めた。
食の安全が脅かされつつある。
また、原子力災害対策特別措置法の規定にもとづいて出荷停止措置が発動され、
生産農家は農産物の廃棄を余儀なくされている。
このような事態を招いた政府や東京電力などには、しかるべき補償を行う責任がある。
この状態がいつまで続くのか、場合によっては東日本各地の農業生産が
大打撃を受けようとしている。
このような被害を最小限に抑えるためにも、これ以上の放射能放出の防止と、
原子炉および燃料プールの冷却機能回復が急務である。

3.柏崎刈羽原発被災の経験は生かされなかった(略)

4.柏崎刈羽原発の今後についての要求(略)

詳細は、柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会のHPをご覧ください。



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朝鮮日報より    らくせき

2011年03月25日 | Weblog
放射能漏れの深刻な状況が続く福島第一原子力発電所の事故現場では、
自衛隊や消防隊員のほか、残骸の除去作業などを行う数百人の作業員がいる。
米ウォールストリート・ジャーナルは24日付に
「原子炉戦闘の裏側、作業員部隊」と題する記事を掲載し、
現場作業員らの待遇について紹介した。

 同紙によると、東京電力をはじめ事故現場に作業員を派遣している企業は、
作業員らに対して従来の傷害保険、疾病保険以外に特別な手当は支給していないという。
東京電力の下請け作業を手掛ける東海塗装で原子炉の特殊コーティング作業を行っている
タダ・ケンジさん(29)は「怖い」と正直に打ち明けながらも「誰かがやらないと」と語った。
放射線にさらされながら作業を行うタダさんの給与は月20万円ほどで、
これは日本の平均給与(29万1000円)に比べかなり安い。
作業員を派遣している東海塗装の専務は「国が危機的状況にある中、
この任務を金のためにやっている人などいない」と語る。

 事故処理に当たっている作業員は、タダさんのように工業高校出身者が多く、
決して高学歴とは言えない。
彼らに特別な技術があるとすれば、放射能にさらされる危険な環境での作業に慣れているという点だろう。


きのうの事故で、被爆したのは協力会社の人でしたよね。

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小説 「母の『音楽』」  文科系

2011年03月25日 | 小説・随筆・詩歌など
 今回は、自分自身の小説を送ります。ちょっと長いので、3回に分けて。

 僕は若いころからずっと文芸文など書いたことがなくって、老後への準備の1つとして現役時代の15年ほど前から同人誌活動なるものに関わってきました。今は売れない昔のプロが主宰する名も無い同人誌です。その間、僕の作品の半数は、8年前に亡くなった母がモデルです。この作品の中の文章を借りれば、こんな意図を持ってのことでした。文中にもあるように、これは7年前の随筆の文章を、この小説に使ったものなのですが。
『僕は中篇に近い小説九つを年一作ずつ同人誌に書いてきた。うち最初の作品を含めて四つは、母が主人公だ。もう十年近く母を、老いというものを、見つめ、描いてきたことになる。発病前は老いの観察記録のように、その後は病室の中やベッドの上も、時には四肢さえもさらけ出して。普通ならマナー違反と言われようが、親が子に教える最後のことを受け取ってきたつもりだ。そして、僕がこんなふうに描くのは、母の本望だとも信じている。』



母の『音楽』

 ギターレッスンに苦心惨憺のある日、ふっと気付いた。
〈左手指がここで、他の箇所に比べて、どういうか、なんか、ばたばたしている。この小指が上がりすぎ、時に伸び切るようになるのは、どうしたことか?この癖から全体が遅くなるらしい。反復練習にはもう慣れてるが、これを直さんとどうしようもないぞ〉
 二月から七ヶ月も、毎日のように弾き続けている曲が、どうしてもできあがっていかない。南米のギター弾き・バリオスの「大聖堂」、その第三楽章。ここの速さが、ことのほか骨なのである。「もう限界なのかなー」、定年後に先生なる者につき始めて七年足らずの老いの身には、そんなことも頭をよぎる。六連十六分音符が三頁連なるこの楽章をせめて六十の速さにしたいのだけれど、四十五が限界。あれこれ観察し、試行錯誤しているうちに、やっと分かってきたことだった。
 ある一カ所が特に、何度弾いても上手くいかない。六連十六分音符がたった二つ並んだだけの一小節なのに。周囲と比べてちっとも難しそうにも見えず、なんの変哲もない箇所だ。そんな所を、何日かは意を決して五十回繰り返してみたりして、もう千回以上は優にやったろうというようなある日に、やっと気付いたのだ。
 さて、恥ずかしいことだがここまで来て、習い初めのころ先生に言われたことを思い出した。
「左手指は、一本ずつが他から分離して動くようにならなければいけません」
 左手小指が薬指に連動するらしい。薬指を指板から上げるときに特に、小指がぴくっと大きく跳ね上がる。よって、薬指の後に小指で押さえねばならない時などに、どうしても演奏が一瞬遅れる。この癖が原因で指のすべてが固くなっている。今までの曲ではなんとかこれをごまかせたが、今回の速すぎる箇所ではとうとうぼろが出たと、そういうことだろう。
 だけどこの曲、七ヶ月でこんな出来。人前で弾ける程度に完成するのだろうか。舞台で弾くことはもうないのだが、その程度にはしたい。去年からホームコンサートのようなもの以外は出ないと決めて、それまでやっていた舞台を全てパスしてきた。それでもこれだけ熱中できるのだ。それは、九十三歳で死んだ母の身近にいて、種々多くのことを教えられたからだと、いま振り返ることができる。父の最晩年を夫婦二組で同居し、次に父が亡くなった後は三人で過ごし、母の脳内出血以降はその介護の五年間を通して。

 職業婦人の走りであった明治生まれの母は、退職後に三味線を再開して二十年近く続けたが、七十八歳できれいさっぱり、すべてを投げ出してしまった。それまで出ていた教室の発表会に出なくなっただけではない。同時に「キネヤなんとか」さんの教室そのものも止めてしまった。それどころか、それからは弾いているのを見たこともない。死後に彼女の日記を見て改めて知ったのだが、このあと一度でも、三味線を弾いたことさえないはずだ。 母はそのころ、同い年の父の心臓病につきあって、疲れ切っていた。七十三歳を最初に、八十二歳で亡くなるまで、脳梗塞、心筋梗塞を都合四回も起こした父なのだ。彼の晩年二年間は次男である僕らが同居したのだが、「同居が遅すぎた」と何度後悔したことだったか。

 同一敷地内に新築の家を廊下で繋げたという「同居」二ヶ月ほどの初夏のことだ。珍しく明るいうちに帰って二階ベランダの窓際から庭に目をやると、ブロック塀の一角に母が見える。「水をまいている」と思ったのだが、どうも違うようだ。両手で持っているのがバケツでも、ジョーロでもない。父が愛用していた高価な徳利ではないか。〈父さんに怒鳴られるよ!〉、一瞬そう思ったが、今の父にはもうそんな気力も関心もないとすぐに思い直した。そういう徳利からお猪口ならぬ地面に注いでいるのは、水なのか酒なのか。間もなくとことこと歩き出して、僕に近い南東の角に来た。そして、僕のお気に入りのガクアジサイの近くで、同じようなことをやっている。そして、夕食時。その日父は確か、入院していて家にいなかったはずだ。
「さっき、庭で何やってたの?」
そのころ何となく黙りがちな日々が多かった母だが、一瞬僕の目を見てからちょっと顔を伏せたあと、ことさらにさらりとした感じで、応えた。 
「うん。庭の四隅にお酒を上げてたの。まー御神酒ということ。ここの家を建てたとき、地鎮祭をしてなかったのを思い出してね」
「ふーん。かーさんが縁起かつぐなんて、珍しいね。何か悪いことでもあったの?」
「うん、ちょっとね」
 そう、僕らが同居するまでの母は悪いことづくめだった。父の看病や、病院がよい。三味線は一年ほど前に止めていたし、大好きな友人たちとの旅行などもしなくなっていた。昔風賢夫人は、こういうときには物見遊山などは控えるものらしい。そんなこんなの鬱屈からなのか、物忘れも酷くなっていた。家のヤカンや鍋などを焦がしてしまい、庭に捨てられたものがいくつかあったし、当時使用中でも、地金の色を表している物がほとんど無かった。
 さらに、僕らとの同居によってもまた、別の「悪いこと」が生まれていたようだ。
 僕の脳裏に死後も含めてだんだん形作られていった母の心境を簡単に言えば、こういうことになろうか。まず、病気の、気むずかしい父を一人で抱え、自らの八十の老いを向こうに回して歯を食いしばって暮らしてきた。次いで、僕らと同居してからの心境は、こう。壮年期にある僕らの「若さ」に打ちのめされ始めたらしい。なんせ、自慢のようなことは口にしなかったが、子どもの僕とも競争したいような人。「私のどこが八十に見えるね。言ってごらんなさいよ!」。なにか僕が注意したときにこんな返答さえ返したこともあった。そんな心境も含めてすべてが、今にして痛いほど分かるような気がするのである。思い出すと胸が痛いとは、こういうことだろう。

続く
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