九条バトル !! (憲法問題のみならず、人間的なテーマならなんでも大歓迎!!)

憲法論議はいよいよ本番に。自由な掲示板です。憲法問題以外でも、人間的な話題なら何でも大歓迎。是非ひと言 !!!

誕生日プレゼント       まもる

2009年01月31日 | 小説・随筆・詩歌など
 六十代になって誕生日は嬉しくない。まだ、この一年生き延びたという感慨がある歳ではない。
 勤めていた頃は共働きということもあって、たがいの健闘を祝福したこともあったものだが、退職してからは「あなた、お誕生日ですよね。」言われても曖昧に返事をして済ますことが多くなった。
 ところが、昨夜、三十半ばを超えた息子が帰るなり、九条のブログの書き込みをしていた私の部屋にのっそり入ってきて、花束らしき物をくれた。
 「一日早いスけど、誕生日ですよね。」言われた私は、一瞬戸惑って「あっどうも。」と言った。
 見てみると白を基調にした花をうまく配置したた地味だが品のある花束であった。
 しばらく眺めてから妻に花瓶に入れてもらおうとキッチンに行った。
 妻は驚いて「へーあなたにねえ・・・」と言う。
 妻は誕生日毎に花束をもらっていて楽しみにもしている。
 花瓶に移しているとところに息子が顔を出して、「その花束・・平和という花束だそうス。」と言って出て行った。
 私は部屋に花瓶を置いて、改めて眺めた。

 しばらく考えてから、パソコンに保存していたパレスチナ空爆の写真を背景に花束の写真を数枚撮った。
 そして、六十六歳でもらった花束と一緒に写したパレスチナの子供は終生忘れないだろうと思った。
 
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ケータイ禁止   落石

2009年01月31日 | Weblog
最近、小中学生にケータイを持たせない。
学校に持ちこませない。
という規制が行われるようになってきました。

これには賛否両論ありようですが、
当の子供たちには評判はよくないみたいですね。

日本のケータイはもう一人一台の時代だとか。

インターネットに接続できるケータイは
たしかにトラブルに巻き込まれやすい。
でも、禁止ですむのか?
高校生のアルバイト禁止やオートバイ禁止と
同じ様な規制では、問題は解決しないかも。

どうしたら良いのでしょうね?



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随筆 「同好の士」の楽しさ  文科系

2009年01月30日 | Weblog
このブログの去年5月5日に「初老3人のギター遊び飲み会」のことを書いた。3月にギター教室の発表会があって、その日の打ち上げ会で初めて出会った男3人が持ったものだ。その時、「これからは、春夏秋冬と1回ずつやろう!」と意気軒昂となった。それからこの1月25日まで、夏秋冬と確かに1回ずつ持ってきたのである。ただし、最初の3人のうち、マサちゃんが事情があって2回目から抜けている。その事情もここに書いた。12月19日「新しい友の話」がそれだ。このようにこの3人のつきあいは別に続いているということである。

さて、夏には女性が1人加わった。秋にはもう1人の女性が加わった。そして、今回は最初の2人プラス、最初の女性プラス、新しい男性1人の他に、先生ご一家(ご夫妻、小学生、幼児)が加わった。今後常連5人は見込まれて大盛会という見通しである。音楽の同好の士の会合はとても良いし、発展性もあると分かった。

それぞれが励んできた独奏曲はどんどん出てくるし、2~3人の合奏あり、伴奏名手がいるので歌までが飛び出す。そして今回は、先生の模範演奏3曲も。それがどうも、それぞれの生徒達の好みに会わせた選曲らしい。僕が大好きなタレガの「マリエタ」。のぶりんさんが修行中の「アルハンブラ宮殿の思い出」(タレガ作曲)。そして、ソルのメヌエットがあったが、あれはきんちゃん(女性)に関わりのある曲だろうと思う。いろんなワインやお酒が持ち込まれるし、飲食に合わせてそれぞれの歓談もあって、本当に楽しい。

さて、こんな当日の後に、のぶりんさんと交わしたメールをご紹介してみたい。まず、のぶりんさんからのメール。
【 昨日はいろいろと世話になったが本当に楽しい至福のひと時でした。確かに「同好の士」というのはいいですねー。
(先生)ご夫妻もリラックスして楽しまれているような雰囲気が、どんどん伝わってきた、又新加入のAkkyさんも最初は緊張されていたようだが、後半は楽しまれていたようでしたね。
「この場所にマサちゃんがいてくれたらなぁー」と願うのは、欲というものでしょうか? 】
僕の返事
【 ちょっとした出来事にも、意外と大きな意味があったと、出来事のだいぶ後になってしみじみ気づく。そんなことが人生にはけっこう多いものです。心当たりも多いんじゃないですか?
 じゃー、受け身で「気づかされる」だけじゃなく、先手を打ってやったらどうだろうかと、ふっと思ったのでした。去年3月15日のことでした。「ギターと、料理と、酒が揃ったら?」ということだったのでしょう。僕が、その全部が大好きだからです。
「ギター遊び」は08年3月27日、あのときに、下呂(「新しい友の話」に書いた男3人の旅です)やこの25日の光景が想像できたでしょうか? これの今後が想像できるでしょうか? 人間の気持ちに合わなければ、こんな発展はない。この発展は、音楽、ギター、「同好の士」そして、料理とお酒などなどが融合し合った「人をつなぐ力」なのでしょうね。まだまだ発展性があると思います。Akkyさんなどを見て、そう思いました。
日本にはパーティーというものがほぼなくなってしまった。先進国でこんな国はないですよ、多分。人の結びつきも、文化度も、その両者の結合も、地に落ちてしまった国なのでしょうね。その分、「野暮用」や「義理」に引き回されているのでしょう。人との関係が、「野暮」なだけとは? 人として生まれて、寂しいもんですよ。僕はなぜか、こんなことをいつも思っていました。いつかは!と 】
最新ののぶりんさんの返事
【 何時頃からかなぁー? 日本人が人との付き合いを疎ましいと思うようになったのは。昔は「向う三軒両隣」といって、お互いが何かと助け合ってきた良き習慣があったのにね。戦後の教育がそうしたのか、日本の習慣、風習は野暮で時代遅れと言わんばかりに捨て去ってきたような気がする。まずは、自分ありきが先で、他人はどうでもよいという傾向の強い個人主義が花盛りで、とても残念だ。
確かに日本では「個人中心のパーティー」というのは殆ど見かけないし、自宅に客を呼ぶという習慣も少ない。この点は個人主義が強いと言われる西洋諸国とは大違い、文化の違いかな? 私は国内外の営業もやっていたのでこの点は良く理解できる。日本人は初対面の人との付き合いが全然ダメ、だから海外でパーティーに参加しても一人さびしく一人ぼっちでいるか、日本人同士で話している人が多い、勿論言葉の問題もあるとは思うが……。
こんな環境下の日本で我が「ギターお楽しみ会」は燦然と光り輝いている! 1年経った今でも続いている、そして益々心も含めて中身が濃くなってきている。確かに一年前には考えられなかったことだね 】
(以上のやりとりには、削った箇所もあります。)

なお、こういうメールのやりとりの中から、この2月10日には当初の「3人組」の飲食会が持てることになった。今度は中華料理屋さんでだ。大変うれしい。

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戦争と俳句       まもる

2009年01月29日 | 小説・随筆・詩歌など
私の俳句の師匠の「遅足さん」が、自らの俳句ブログ「575の会」に渡辺白泉という俳人の句について書いていました。
 戦争の迫りくる本質を言いきった優れた俳句について紹介しています。
 皆さんにもぜひ読んでもらいたいと転載させてもらいました。
*********************************************************************

戦争が廊下の奥に立っていた   渡辺白泉

NHKのなんだこりゃ俳句という番組の最高点の句です。
とても示唆に富んでいるので番組のなかのやりとりを紹介します。

☆  なんだこりゃ俳句というよりも、廊下の奥に立っていたのは、
なんだこりゃ?という俳句。
日本家屋、庭の見える廊下、取っ付きにはトイレが有るような家。
その我家の廊下の一番奥に得体の知れないモノが立っている。
それを何故、戦争と言ったのか?
これから戦争に向かう時代、戦争が迫っているような時代。
それまでは家の外にいたものが、我家の廊下にまで入ってきた。
ゲートルを巻いた足が見える。
怖くて前に進めない。うしろに戻ることも出来ない。
廊下の奥にいるものは、明日になると、
こっちへさらに近づいてくるかも知れない。
なにも言わずに立っている怖さ。

○ 戦前にもレジスタンス俳句はあったんだ。

○ 戦争とは、こうやって来るのか、という句。

◎  作者の話では、立っていたのは憲兵、
場所は公会堂のような広い場所だったということ。
憲兵を戦争という大きなものに拡大したというか、
抽象化したところがスゴイ。
憲兵じゃ小さくなってしまう。

○  たった4文字を変えただけで、こんなにスゴイ句に。

○ 人が来る時は玄関からコンニチワとかいって入ってくる。
それが、もう家のなかに勝手に入っていた。怖い句。

○  時代というものを詠んだメッセージ性のある句。

遅足の感想 俳句は読者がつくるものとも言いますが、
この句などは正に読者の読みがスゴイ。

昭和14年、渡辺白泉らの新興俳句作家は、「京大俳句」に
戦争を詠んだ句を発表。特高から監視される。
昭和15年、治安維持法違反で監獄へ。
俳句も自由に詠めない時代があった。
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イスラエルにネオ・ナチが   落石

2009年01月29日 | Weblog
オーストラリアのテレビ局が取材した
イスラエルのネオ・ナチの話をNHKでみました。

イスラエルにネオ・ナチがいるなんて!

どうもイスラエルにやってくるユダヤ人が
差別と抑圧に出あって、極端な行動に出る若者が
ネオ・ナチになっていくようです。

現在のイスラエルの行動を見ていると
さもありなん!?という気もします。

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日本国憲法の初心   落石

2009年01月28日 | Weblog
戦後の日本支配層の最重要課題は、
天皇制を守る(国体の護持)こと。
それを実現するために、戦争の放棄が付け加わった。

これは敗戦当時、天皇の戦争責任を問う国際世論のなかで
つくられた憲法だから。


さて、これをどう見るのか?
60年以上経ったから、変えようという考え方が生まれるのは
ある意味で当然。

一方、戦争はゴメン。9条を守ろうという立場も理解できる。

しかし両者ともに、なぜ、こういう順番になっているのか?
についての議論や認識が弱い気がします。

変えようという側は、戦争できるようにしたい。天皇制は護持。
9条派は、戦争はしない、しかし天皇制には反対。共和制のほうが良い。
と、それぞれ考えている。

60年前の初心は、どうだったのか?
やはり、その誕生について、充分な理解が必要では?
この初心は達成されたから改定?

憲法は天皇制を護持、戦争は放棄、と言っている。
現在、この考えに一番忠実なのは、平成天皇ではないでしょうか?

それぞれに自分に都合のよい部分を強調、都合の悪いところに
頬かむりの議論では、憲法が泣いているような気も。

それぞれの立場の人たちは、天皇のオオミゴコロを
どう考えているのでしょうかね?



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拉致問題はどうなった?

2009年01月28日 | 日朝・日韓問題・六ヶ国協議など
右も左も百年に一度と言うのが「枕ことば」
 総理からがそいつを隠れ蓑に何事もごまかし続けている。

 誤魔化し続け忘れたふりをしていると言えば「拉致問題」いや基本的には「日朝国交正常化交渉」の事である。国会で総理も青いリボンは付けていたが?

 政府も、政治家も、マスコミも、国民もすっかり「百年に一度に」しょげかえつてそんなことは忘却の彼方にあるようだ。

 そんな時、私のメール箱にmotoeiさんから下記のようなメールが届いた。拉致問題についていろいろ考えさせられる情報であり是非紹介したい。 (ネット虫)

****************************************************************** 

2009.1.24
  「 蓮池透さんのお話し」
                                         文京区民センター 午後6時45分より 主催アジア記者クラブ

<現状の打開の向けて>
1.麻生総理と中山恭子氏は金正日総書記に会うべきである。
2.横田夫妻はお孫さんに会うべきで、会うにあたって、横田夫妻はしっかりしているから心配する必要はない。
3.米国は米国民のことをやるのだから、米国に期待はできない。米国のように海兵隊を送ることなど、局地戦はできない。
4.経済制裁は1国だけでは効果が上がらない、効果が上がる方法を国が考えるべきである。
5.ピョンヤン宣言に反した行動については感情から行き過ぎがあったことを日本は認め謝り、話し合いを持つことである。
6.拉致問題の再討議、国交正常化、戦後補償問題をいっしょにやることは賛成である。

7.早く国交が正常化されていれば拉致問題が起こらなかった、とは言える。
8.遺骨の件で日本は偽物と断定したが、なぜ遺骨を返却しないのかはわかない。
9.被害者家族の意見・感情を理解することは大切だが、絶対ではない。大局的に見て政治的判断、前進する見解が出されることが望ましい。
10.拉致問題が解決しないことで今でも私は解放されていない。

女たちの戦争と平和資料館 文責 石垣

☆参考ネット
2004年1月共同通信企画「蓮池透・石丸次郎対談」http://nyt.trycomp.com/modules/news/print.php?storyid=1796

2007年「蓮池透講演」http://jnetmore.blog50.fc2.com/blog-entry-192.html

http://jnetmore.blog50.fc2.com/blog-entry-194.html

太田昌国氏による「蓮池透氏の各方面での発言の整理」2007年

http://www.jca.apc.org/gendai/20-21/2008/6nen.html

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拙稿の続きです  文科系

2009年01月27日 | 国際政治・時事問題(国連・紛争など)
直前の拙稿の続きですが。

これから、日本の政経、この現下の最大問題を目を皿のようにして見つめていきましょう。
「アメリカ国債を買い続けよ」という売国奴が誰なのかを? ただでさえ破綻会社の株券同様のものを世界有数に保持している日本。それなのにもっと買えと叫ぶ奴は、「自分の利己的利益のために国家財政破綻覚悟」という奴ということ。官僚も政治家も経済人についても、この点で誰がどう発言するかをきちんと記録、記憶しておこう。こんな奴こそ「消費税値上げ」を大声で語る奴なのだ。いや、「米国債を買え」と叫んでも、「後は野となれ山となれ」という奴かも知れない。
とにかくいずれにしても、自分の利己的利益のためという以外には何もない奴だということである。
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なぜ第一章が天皇で、第二章が戦争放棄なのか?  落石

2009年01月27日 | Weblog
日本国憲法は、前文のあと、
第一章で天皇、第二章で戦争放棄の順番になっている。


第一章 天皇

第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、
この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

第二条 皇位は、世襲のものであつて、
国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。

第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、
内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、
国政に関する権能を有しない。
2 天皇は、法律の定めるところにより、
その国事に関する行為を委任することができる。

第五条 皇室典範の定めるところにより、摂政を置くときは、
摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。
この場合には、前条第一項の規定を準用する。

第六条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。

第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、
左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに
  全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。

第八条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、
若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。

第二章 戦争の放棄

第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、
国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。


1条から8条までが天皇、章を改めて、9条で戦争放棄。
以下、国民の権利・義務などの規定に。

なぜ、こうした順番なのか?
大切なものから先に記すとすれば、天皇と戦争放棄は
日本国民の最重要事項ということになる。

これまで、9条を守る側も、改定したいとする側も、
この憲法の順番についての考え方を明らかにしたものは
耳にしたことがありません。

このことについて、是非、感想をお聞きしたいと思います。





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これから数年、日本政経の最大問題   文科系

2009年01月27日 | Weblog
国際政経問題専門家・田中宇(さかい)氏の本日付配信ニュースに、またも重大問題が載っている。ここ数年の日本、世界の最大問題になると思われるので、至急紹介したい。要は、こういうことだ。

「米国債を多く持ち過ぎている日本、中国、サウジアラビアは、この値が下がって大損しないようにするために、今後も米国債を買い支え続けねばならないのか」

さて、すると、どうなるか。
日本は、全てを犠牲にしてでも、そこに有り金をはたき続けることになる。アメリカはサブプライム処理が引き起こした国家赤字を何年も、何百兆円も垂れ流し続けるのに双子の赤字で金はないのだし、中国は米国債買いを止めるという姿勢を決めたらしいから、これらの動向は米国債の値を常に下げ続ける方向に働くのである。すると日本などが、値下げしないようにその都度買い支えることになる。トヨタなどアメリカを最大市場とする日本企業からも、この買い支えへの政治的圧力が日本政府に協力に加えられるだろう。なんせこの米国債、日本と中国で300兆円ほど持っているらしい。

すると、その先はどうなる。こんな結論?
「永遠の対米従属以外に生きる道がないとあきらめている日本の人は、こうした事態を「しかたがない」と思うのかもしれない」

さて、さわり部分の抜粋である。

【 米国のオバマ新大統領は、選挙前から就任時までの数々の演説で、自己犠牲のボランティア精神を持って米国の再建に当たろうと米国民に呼びかけてきたが、1月23日のウォールストリート・ジャーナル(WSJ)は「オバマは自国民だけでなく、中国や日本、サウジアラビアといった世界の債権国に対しどんどん巨額になる米国の財政赤字を埋めるための米国債の購入という、自己犠牲を行わねばならないと宣言すべきだった」と皮肉る記事を載せた。

 米国の金融経済難は今後何年か続き、毎年1兆ドル以上の財政赤字が出る状態になりそうだが、財政赤字の多くは米国内で消化できず、世界各地の債権国、中でも黒字額が大きい中国、日本、サウジアラビアなどが、巨額の米国債を買わざるを得ない。さもないと、米国債は債務不履行に陥り、債権国がすでに持っている米国債の価値が急落し、ドル崩壊(a run on the dollar)が起きて、債権国自身が困窮する。しかし債権国の方も、世界不況や原油安の影響で、以前のような経済的な余裕はない。しかし債権国が米国債を買わないと、世界は破綻する。債権国は、国内経済を立て直すための資金を減らしても米国債を買うという自己犠牲を行わねばならないと、オバマは宣言すべきだと、WSJは書いている。

 永遠の対米従属以外に生きる道がないとあきらめている日本の人は、こうした事態を「しかたがない」と思うのかもしれない。だがWSJはもっと現実的で「世界不況がひどくなるにつれ、外国政府が米国債を買い続けるのは、経済的・政治的に難しくなる」と書き、外国に無限に国債を買ってもらうのは無理だと言っている。中国はすでに米国債を買わない姿勢を打ち出しており、サウジアラビアでも米国から距離を置く発言を皇太子が発している。

 記事は「債権国は、米国債は(すでに事実上)元本保証がないことを容認せねばならない」とも書いている。最近、WSJやFT(フィナンシャル・タイムズ)といった経済専門紙が、今回のようにはっきりと米国債の破綻を予測する記事をたびたび載せるようになっている。米財政やドルの破綻は、やはり近いと思わざるを得ない。「世界最強の米国が財政破綻するはずがない」と考えるのは、もはや以前のイメージにとらわれた、非現実的な思い込みである。】


(追加です)
上の「米国債をめぐる今後の見通し」で、僕がコメントしなかったもう一つの方向も、観ておきたいと思います。田中宇氏はそれをちゃんと書いているから。こういうふうにね。
【 WSJはもっと現実的で「世界不況がひどくなるにつれ、外国政府が米国債を買い続けるのは、経済的・政治的に難しくなる」と書き、外国に無限に国債を買ってもらうのは無理だと言っている。中国はすでに米国債を買わない姿勢を打ち出しており、サウジアラビアでも米国から距離を置く発言を皇太子が発している。
記事は「債権国は、米国債は(すでに事実上)元本保証がないことを容認せねばならない」とも書いている 】

米国債買いから中国が抜けて、サウジも抜けて、日本だけで買い支える? こんなことはとうてい出来ない相談だ。すると「米国債暴落」に。そして、国家も家庭も大赤字のアメリカは、アイスランドのような破綻国家に。そうなるとドルの価値もGMの株券のように暴落して、1ドル10円とか。するとトヨタももう、車の輸出すらできなくなる。
そんな米国債買取りはもう、今からやめておいたほうが絶対によい。だけど、前例踏襲で優柔不断な官僚も、それに導かれている与党も、到底できないように見えるよね。
するとどうなる。これらの付けが全て国民に回されていく。
さて、「だからこそ消費税!」、これが自民党の現在なのでしょうね。

もう、大変なことだ! この二つ以外の、別の想定がなにかあるかな?



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1 日で親族48 名を喪ったある一家の物語     ネット虫

2009年01月26日 | Weblog
★藤野⇒岡⇒寺尾⇒ネット虫と転送されたメールです。怒りなしには読めませんでした。日本のマスコミには遠い事なのでしょうか? (ネット虫)
********************************************************************:

1月19日付け英国のガーディアン紙に、「粉塵と死の只中で;戦争の恐怖を証言する一家族の物語」と題して、この一族を襲った悲劇が、より詳細かつ具体的に掲載されています。
http://www.guardian.co.uk/world/2009/jan/20/gaza-israel-samouni-family

*******************************************************************
☆以下記事

ヒルミー・サムーニーは昨日、妻と5ヶ月になる息子とかつてともに過ごし
> た寝室の床にひざまづき、厚く降り積もった灰とガラスの破片のあいだを指
> でかき分けながら、ともに生きていた家族の形見を探していた。「指輪を見
> つけた。ほかにもまだ見つかるかもしれない」
>
> 妻のマハーと息子のムハンマドが殺されたのは、ガザに対する22日間におよ
> ぶイスラエルの戦争が2週目に入ったときだった。数十人の親族とともに家
> の近くに避難していたところにイスラエル軍による砲撃を受けたのだ。ガザ
> 市南部のゼイトゥーン地区で1月5日、月曜の朝、一家族の48名もの人間が
> 亡くなった。
>
> この戦争でガザの市民を襲ったもろもろの恐怖のなかで、おそらくサムー
> ニー家の運命はもっとも深刻なものであったかもしれない。サムーニー家は
> 農家で、親族たちがひとつ地域の隣近所に集まって、ブロックを積み上げた
> 簡素な家々に暮らしていた。
>
> この狭い地域で、10もの家々が破壊され、それらは昨日、砂のなかの瓦礫
> の山に変わり果てていた。ヒルミー・サムーニーの2階建ての家は、まだか
> ろうじて倒壊を免れている数少ない建物のひとつだ。とはいえ、巨大な戦車
> の砲弾が寝室の壁を貫いて、黒焦げになった壁には大きな穴が口を空けてい
> た。侵攻のあいだ、家はイスラエル兵に占拠された。兵士たちは家具を破壊
> し、そこらじゅうに射撃姿勢をとるための土嚢を積み上げた。
>
> 兵士たちは、独特な堆積物を置き土産に残していった;弾丸の包装、ヘブラ
> イ語が書かれた缶詰のピーナッツ、「高品質ボディ・ウォーマー」の入った
> ビニール袋、そして何十ものオリーブ色のゴミ袋。空の袋もあるが、満杯で
> 悪臭を放っているものもある。部隊の携帯便所だったのだ。
>
> だが、もっとも衝撃的なのが、1階の壁に彼らが書きなぐっていった落書き
> である。ヘブライ語もあるが、多くは稚拙な英語だ。「アラブ人は死ね」
> 「皆殺しだ」「和平ではなく戦争だ」・・・・・・そして、墓碑銘を思わせ
> る走り書きもあった「アラブ人1948-2009年」。
>
> ダビデの星もいくつかあった。その一つの傍らには「ガザ、俺たちはここに
> いるぞ」と書かれていた。
>
> ヒルミーの弟、サラーフ(30歳)も同じ建物の別の部屋に住んでいた。彼も
> また、ひっぱり出せるかぎりのものをひっぱり出していた。そのなかには、
> 彼の父がかつて発効してもらったイスラエルの労働許可証もあった。「彼ら
> は父に許可証を与え、それからイスラエルからやって来て、そして父を殺し
> た」とサラーフは言った。この攻撃で、彼は両親のタラールとラフマ、そし
> て2歳になる娘アッザを失った。
>
> この戦争のあいだ、イスラエルはジャーナリストがガザに入るのを禁じてい
> た。だが、昨日、瓦礫となった自宅の外でサラーフと彼の隣人たちが述べた
> ことは、攻撃のあと何日かのあいだに目撃者たちが述べたことを確証してい
> る。彼らの陳述によって、国連はゼイトゥーンにおける殺害をこの戦争の
> もっとも深刻な出来事の一つと表現し、赤十字もこれを「衝撃的な出来事」
> と呼んで、同団体としては珍しく、公的に非難したのだった。
>
> 10以上もの遺体が日曜、瓦礫の中から引き上げられ、さらに昨日、もう一体
> が引き上げられて、サムーニー家の死者の数は、ガザ緊急医療サービスの所
> 長、ムアーウィア・ハサネイン医師によれば、全部で48名になった。日
> 々、さらなる遺体が回収されており、3週間にわたるイスラエルの戦争によ
> る死者の数は今や1360名に達している。イスラエル側の死者は13名だ。
>
> 戦争中、イスラエルによる空からの攻撃が始まって1週間がたち、2回目の日
> 曜が訪れると、ガザの地上侵攻に先立って、大砲による激しい砲撃の波が
> 襲った。その晩、サラーフ・サムーニーは家族16名とともに、1階に避難し
> た。翌朝、1月4日日曜の朝までに、近所に住む親族たちがさらに避難して
> 来て、その数は50名近くになっていた。
>
> サラーフは言う、「彼らは2階に砲弾を発射し、2階が燃え始めました。私
> たちは救急車と消防車を呼びましたが、だれひとり、私たちのもとにたどり
> 着くことができませんでした」間もなくイスラエル兵の一団が近づいてき
> た。「彼らはやってくると扉を叩き、全員、家から出て行けと言いました」
> 彼らは舗装していない道を数メートル歩いて、ワーエル・サムーニーの大き
> な1階建ての家に入った。
>
> そこに彼らはその日、とどまった。一団は男、女、子どもあわせて100名
> あまり。食糧もなければ、水もほとんどなかった。彼らの家々の周りの野外
> ではパレスチナ人の戦闘員が作戦を展開していたのかもしれないが、目撃者
> たち全員がゆるぎなく主張しているところによれば、ワーエル・サムーニー
> の家に集まった者たちは全員、民間人であり、みな同じ一族の者たちだった。
>
> 月曜の朝、サラーフをはじめ男たち4人が煮炊きするための薪を持ってくる
> ため外に出た。「彼らは私たちに対して砲弾を直撃してきたのです」サラー
> フは言う。4人のうち2人が即死、あとの2人も怪我を負った。サラーフは
> 額と背中と両脚を砲弾の破片でやられた。彼によればその何秒後かにさらに
> 2発の砲弾が家を見舞い、そこにいた何十人もが殺された。
>
> サラーフと70人あまりもの人々の一団は家から逃げ出し、兵士たちに向
> かって、女子どもがいるのだと叫んだ。彼らは幹線道路に走り出て、1キロ
> ほど走り続け、ようやく救急車が彼らにたどり着いた。だが、ほかの者たち
> は取り残された。
>
> ワーエル・サムーニーの父、ファーリス(59歳)は、一団が避難していた
> 家の隣に住んでいた。トタンで葺いただけの1階建ての家だったため、彼の
> 家族も隣の家に避難していた。だが、彼は自宅にとどまった。撃たれるので
> はないかという恐怖で家を離れることができなかったのだ。しかし、火曜日
> に、生き残った者たちが彼に水を持って来てくれと叫んだ。彼は急いで短い
> 距離を走り、彼らに合流した。
>
> 「遺体が床に並んでいた。怪我人もいた。みな、互いに助け合っていた」と
> ファーリスは言う。ファーリスは死者のなかに妻のリズカ(50)、義理の
> 娘アナーン、そして孫のホダー(16)の姿を認める。
>
> 翌水曜の午後ようやく、生き延びた者たちは救出される。赤十字が到着し彼
> らを病院に搬送したのだ。イスラエル軍は、ゼイトゥーンで何が起きたか調
> 査中だという。部隊が住民に、一軒の家に集まれと命令したことはないと軍
> は繰り返し否定し、民間人を意図的に攻撃目標にしたこともないと言う。
>
> 一族のほかの者たちも別の形で、しかし、同じようにぞっとする運命に見舞
> われた。ファラジュ・サムーニー(22)はヒルミーとサラーフの家の隣に
> 家族とともに住んでいた。この家族も土曜の晩、激しい砲撃から避難するた
> め、18名ほどの一団で一つ部屋に身を寄せて、その夜を過ごした。日曜の
> 朝、イスラエル兵がやって来た。「家の持ち主は出てこいと彼らは叫びまし
> た。父が扉を開けて出て行くと、彼らはその場で父を撃ったのです」ファラ
> ジュは言った。
>
> 彼の父アティヤ(45歳)の体は、前のめりに地面に倒れた。兵士たちは部
> 屋のなかにむけてさらに発砲し、4歳になるファラジュの腹違いの弟アフマ
> ドとその母が殺された。アフマドが座っていた小さな部屋の壁には、昨日も
> 血の跡があった。
>
> 部隊は彼らに床に横たわるよう命令した。しかし、隣の部屋が燃え始め、苦
> い煙が立ち込めてきたので、彼らは、外に出してくれるよう叫び始めた。
> 「私たちは叫び続けました、赤ん坊も子どもたちも」ファラジュは言う。よ
> うやく兵士たちが彼らを外に出し、彼らは通りを走って、ワーエル・サムー
> ニーの家に集まっている人々の傍らを通り過ぎ、幹線道路に達し、事なきを
> 得た。
>
> ファラジュが戻ってきたときには、自宅は完全に破壊され、捻じ曲がった鉄
> 筋とコンクリートの山になっていた。屋外の小さなグリルの上に、日曜の朝
> 食に彼らが調理していた8つのナスが黒こげになって残っていた。彼が父の
> 遺体を埋葬することが出来たのはようやく日曜になってからだった。そのと
> き、最後の、あってはならないことが起こった。ガザの墓地は今や満杯で、
> イスラエルによる長期にわたる封鎖でコンクリートも欠乏しているため、彼
> は一族の古い墓をあばいて、ほかの遺体とともに父の遺体をそのなかに収め
> たのだった。
>
> 「どうして平和など望める? 彼らは民間人、子どもさえ殺しているという
> のに」ファラジュは言った。「今は停戦を支持する。わたしたちには何の力
> もない。停戦がなければ死者さえ葬れない」
>
> ガザの人間たちのなかには、自分たちがこの紛争に引きずり込まれたのは、
> この小さな領土を統治するイスラーム主義運動のせいだといって、私的にハ
> マースに対する怒りをうちあける者もいる。だが、それよりはるかに多い、
> 大多数の者たちがイスラエルに対する苦い怒りと、破壊と殺人を止めること
> ができなかったアラブ世界およびその他国際社会の無気力に対する憤懣につ
> いて語っている。
>
> 「みなに咎がある」イブラーヒーム・サムーニー(45)は言う。彼は、妻
> と息子4人をゼイトゥーンの殺戮で失った。「みなに私たちのことを見ても
> らわねば、そして、ここで何が起きたのかも。私たちは抵抗戦士ではない。
> ごく普通の人間だのに・・・」
>
> ********************
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「青・白」時代到来   落石

2009年01月26日 | Weblog
大相撲はおもしろかった。
白鳳に負けた朝青龍、決定戦で
みごとに白鳳に勝った。

観客も朝青龍の応援が結構多い。
これで竜虎がそろい、しばらくは
大相撲人気が続きそう。

興味深かったのは、決定戦の前の両者の態度。
しきりに体を動かす朝青龍。
じっと目をつむって気を集中させる白鳳。

日本人好みの横綱は白鳳。
先制攻撃ではなく、専守防衛。
横綱相撲は専守防衛、相手の先制攻撃を受け止める。
そして反撃に転ずる。

専守防衛は横綱なんだ。

でも結果は先手必勝。

悩ましいね。

青に白、青天白日。
日の丸の赤が早くこの一角に食い込んでほしいな。





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就任後もイスラエルの犯罪を追及しないオバマ新大統領

2009年01月26日 | Weblog
★私たちの共通のメル友「どすのメッキーから送られてきた手紙を紹介します。
                         (ネット虫)

どすのメッキーです

 今日、やっと映画「チェ★28歳の革命」を観てきました。続編の「39
歳別れの手紙」とともにすぐに予約券を購入していたのですが、所用でなか
なかいけませんでした。以前、「モーター・サイクル・ダイアリーズ」のガ
エル・ガルシア・ベルナルも似てると思いましたが、今回のベニチオ・デ
ル・トロはまるで生き写しですね。緻密な取材によって、ゲバラの人間性、
農民への愛情、不正義に対峙する勇気、いかなるときも揺らがない原則性が
見事に浮き彫りにされていました。一生のうち、一度でも他人のために命を
投げ出せる人間さえほとんどいませんが、ゲバラは自らの意思でそれを二度
も行ったのです。わたしは、どんなに優れた人物でもカリスマ化するのは嫌
いなのですが、人間の生き方を百万語使ってだらだら話すより、子ども達や
若者にはゲバラの生き方を映画や本で知ってほしいといつも思っています。

 世界は、オバマ新大統領の「チェンジ」の方向性も確かめないまま、それ
ぞれが自分に都合のいい夢を期待して酔っている様に見えます。そんな中、
ゲバラが求め、達成した本当の「変革」を知ってほしい、そう願っています。


 200万人もの前で行われた20日のオバマ新大統領就任式の演説は、世
界中に配信されました。しかし、彼は、就任後直ちに中東和平問題に取り組
むと明言していながら、現在世界の関心が集まっているガザ危機に関する具
体的な方針はまったく語られず、中東諸国からは、「オバマは最近テレビを
見ていないのか」と失望の声もあがりました。

 就任式から一夜明けた21日、彼は最初の仕事のひとつとして、エジプト
のムバラク大統領、イスラエルのオルメルト首相、ヨルダンのアブドラ国
王、およびパレスチナ自治政府のアッバス議長に電話をかけ、「停戦」を支
持することを表明したうえで、「ハマスの再軍備を防ぐ効果的な密輸防止体
制の構築と、ガザのパレスチナ人のための復興事業を進めるためパレスチナ
当局と協力関係を促進する努力への決意」を表明しました。

 驚くべきことに、彼は、ハマスの武装解除を要求しながら、イスラエルの
戦争犯罪や、人権侵害行為の再発防止には言及していないのです。(「停
戦」後のハマスの勝利宣言も、あまりに無責任だと感じましたが…)

 わたしは、アメリカで市民がブッシュ政権の誤りを明らかにし、政策の転
換を国民大多数の意思につくりあげた努力、そして、史上初の黒人大統領誕
生の歴史的意義をいささかも軽視するものではありません。しかし、彼が黒
人であることによって、彼の大統領としての評価にあまりにもバイアスがか
かりすぎていると思わざるを得ません。

 イラクからの撤退、グアンタナモ収用所の閉鎖に着手したことは評価でき
ますが、彼は就任演説の中で、アメリカのこれまでの干渉政策、覇権主義を
反省しているわけでもないし、弱者救済の一義的責任が政府にあることを認
めたわけではありません。ブッシュはやり過ぎだった、と言っているに過ぎ
ないのです。

 アメリカ中が熱狂に包まれている中、シンディ・シーハンが、「マルチ
ン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の日」(アメリカの国民祝日、今年は
1月19日)を前に、Dandelion Salad(「たんぽぽサラダ」の意)という
メディアに寄稿して気を吐いています。キング牧師への尊敬を述べた後、オ
バマ氏について触れた箇所をご紹介します。

************************************************************

 最後に、わたしは、キング牧師の遺志を思い泣きました。彼は1964年
「公民権」法が制定されてから「40年」以内に、アメリカは世界じゅうで
黒人が要職に就くのを見るだろう、と希望を込め語りましたが、わたしは、
オバマに、キング牧師の非暴力という遺産の継承も、構造的変革も期待する
ことができません。

 私は、白人以外の人が大統領に選出される時期が来たと思っていました
し、黒人社会が彼の勝利に沸く気持ちも分かります。それでも、オバマは、
キング牧師の遺産を実行するのではなく、むしろそれを裏切って反対のこと
をしようとしているのは間違いありません。

 彼は、閣僚に軍国主義者や白人指導者層ばかり起用して、黒人はほとんど
起用しませんでした。ウォール街を救うため彼が1兆ドルもの支援を決めた
ことからも、彼が自分自身と、銀行の道具にされた貧しい人々を裏切ったこ
とが分かります。

オバマがいかに戦争に献身的かは、「わたしは戦争自体否定しない。愚かな
戦争に反対するだけだ」という、彼が披露した発言だけでなく、彼の行動で
も同じく明らかです。イラクから「戦闘部隊」を引き上げると約束している
一方で、彼はアフガニスタンには劇的な軍の増派や、約10万人規模の軍備
増強を明言しています。オバマは、ガザに閉じ込められた人々に対するイス
ラエルの「自衛」権にも理解を示しています。

 わたしは、マルチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の日に国中でパ
レードを行う国が、必要な兵隊を確保するため、貧しい地域に軍が戦車とリ
クルーターを送り込んでいるという報告を、国中から聞きました。10万人
もの部隊をいったいどこから調達すると思いますか?戦争で大もうけする銀
行家や民主党員は、彼らの子どもや孫にオバマの戦争で喜んで戦うよう説得
しはじめるのでしょうか?

 さらに、シンディは20日別の場所で、「オバマが忌々しく偽ものの『対
テロ戦争』を本気で終わらせる積りなら、イラクとアフガン両方から軍を引
き上げ、パトリオット法を廃案にし、ブッシュ元大統領とチェイニー元副大
統領を逮捕して起訴するべきです。もしオバマが戦争屋ではなかったら、私
は頭を丸めてオバマ支持者に謝罪すると約束します」とまで宣言。この心意
気はただものではありません。

感謝と尊敬をこめて。

23/Jan./2009
どすのメッキー拝。
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米軍パキスタン国境地帯をミサイル攻撃、オバマ大統領はノーコメント

2009年01月25日 | Weblog

★私たちの共通のメル友「どすのメッキーから送られてきた手紙を紹介します。
                         (ネット虫)

どすのメッキーです

 アメリカ軍は23日、オバマ政権発足後初めて、パキスタン北西部、アフ
ガニスタンとの国境地帯にある民家を、ミサイル攻撃しました。18人、あ
るいは22人以上が殺されました。

 オバマ大統領は攻撃について、(またも)コメントを避けていますが、パ
キスタン政府は、昨年来、この地域でアメリカ軍がアフガニスタンからの越
境攻撃を続けているとして抗議しています。

 以下、アルジャジーラ速報です。

************************************************************
■パキスタンは、アメリカに攻撃中止を求める
【Pakistan calls on US to end attacks】
http://english.aljazeera.net/news/asia/2009/01/2009124203957198804.html
(24/Jan./2009 Aljazeera)

 パキスタンのアーシフ・アリ・ザルダリ大統領は、アメリカのバラク・オ
バマ大統領に、アフガニスタンでの戦争とともに南アジア諸国の国境地帯へ
のアメリカのミサイル攻撃をやめるよう求めました。

 ザルダリ大統領のコメントは、アメリカが、オバマ大統領の就任後初めて
パキスタンを攻撃した翌日、土曜日(【訳註】1月24日)にメディアに報
道されました。

 タリバンやアル・カイーダの兵士に対するこのような攻撃は何の成果もあ
りません。私設のNNI通信はザルダリ大統領の言葉を伝えました。

 パキスタンの治安担当者によれば、金曜日(【訳註】1月23日)、ア
ル・カイーダと関係がある者を含む8人のいわゆる外国人兵士が、他の14
人の人々と一緒に、ワジリスタン地域への2回の攻撃で殺されました。

 外務省によれば、無人攻撃機の襲撃で、人数は特定できないものの民間人
も殺されました。

 また、外務省は、これについて、米国職員に「極めて遺憾の意」を伝えた
と述べました。

 外務省の声明には、「アメリカが、新しい政権の誕生で方針を見直し、テ
ロリズムと過激主義の問題についてより大きな視点に立った政策を選択する
よう、パキスタンは心から願っています」と書かれています。「この攻撃は
非生産的であり、中止されるべきです」

■拡大する攻撃

 アメリカのパキスタンへの攻撃は、2008年にはいって増加していま
す。8月以降30回以上の攻撃がありました。

 パキスタンは、以前、これらの攻撃における効果と、その結果民間人が犠
牲になったことについて批判しました。また、空襲がその地域で反米感情を
高めて、敵対勢力の活動を政府が阻止する弊害になっていると述べました。

 パキスタン議会は、米国とNATO軍の攻撃を国家主権の侵害とみなす決
議を全会一致で採択しました。

 オバマ大統領は、ミサイル攻撃の方針について言及を避けましたが、アフ
ガニスタンでの戦争と、それに連携したパキスタンの敵対武装組織に対する
戦闘は、彼の外交政策の優先事項です。

 リチャード・ホルブルックはオバマ政権のパキスタンとアフガニスタンへ
の特別大使に任命されました。

 アメリカ政府は、パキスタン政府の治安管理が行き届かない国境地帯への
ミサイル攻撃を直接には認めていません。

(仮訳どすのメッキー 25/Jan./2009)
************************************************************

感謝と尊敬をこめて。

25/Jan./2009
どすのメッキー拝。

ブログ"sometimes alittle hope"も見てください。
 http://hope.way-nifty.com/a_little_hope/
↑メールで配信していない情報も掲載しています。


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言は意を尽くさず         ネット虫の妻

2009年01月25日 | Weblog
★俳句ブログ「かわうそ亭」にこんな一文がありいろいろ考えさせられました。

*******************************************************************

池田澄子さんの句集『たましいの話』を読む。

  夕月やしっかりするとくたびれる
  永遠に泣いていたいの心太
  山法師捻挫と恋は長引くぞ
  太陽が仕事している猫やなぎ
  春月がとろんと高しさようなら
  性格のよからんいそぎんちゃくぴんく
  (以上『たましいの話』から)
 
まだまだ、たくさん気に入った句はあるのだが、こういうちょっと軽めでどこかお茶目な雰囲気が、広範な読者に「へえ俳句って意外と面白いじゃん」と受け入れられているのではないかと思う。

もうひとつ、池田澄子さんについては戦争にまつわる作品群があるのだが、たとえば俳句総合誌に掲載された次の句(『たましいの話』所収)をめぐっていささか困った非難があったとのことであります。

  忘れちゃえ赤紙神風草むす屍

つまりこれを、戦争の話なんてかったるいからもう忘れちゃえと作者が言っているのだと解釈した人がかなりいるらしいのですね。「うぜえんだよ、じいさん、戦争、戦争っていつまでも」と言われたように思ったわけであります。

 けしからん死者を冒涜するにもほどがある、なんてのはまあいいとして、たとえばあるサイトでは、わたしたちはあの戦争の惨禍を次世代に伝えているだろうか。「『忘れちゃえ赤紙神風草むす屍』の句に対しては、『忘れてはいけない』ときちんと反論ができるでしょうか。」なんて意見があったりして、まあ、大半の俳句ファンは「あっちゃあ」と困惑したのではないかしらと思うんですね。

 もちろん、そんな風に受け取るのは読み手がバカである、あるいは俳句の読み方を知らないだけなんだから相手にしてもしょうがないわなという立場もあると思うが、厳密な意味で、このような解釈が誤読だとこの句だけから証明もできないと思う。念のためにいっておくけれど、わたし自身はこの句をそういう風にはまったく読まないよ。小さな娘が泣きながら「お父さんなんて大っ嫌い」というのと同じ文脈で読めなければ、いったいあんたは何年生きているんですか、と思う。

「易」に「言は意を尽くさず」という言葉があるそうですが、俳句という短詩型は、わざと意を尽くさないことをもって上とする文芸なので、こういうことはおこりがちなのですね。困ったことだが、これは仕方がない。

 ただ池田さんのこの句には、普遍的な戦争に対するこの世代の方の感情とは別に、池田さん自身のおそらく父親への思いがこめられているという気がしてならない。次のような句が、空想を誘うのである。

  雁や父は海越えそれっきり
  鉄剤を恃みぬファザーコンプレックス
  雪黒しここは亡父の家路であった
  TV画面のバンザイ岬いつも夏
  泉あり父の若死以前から
  玉砕の島水筒の腐りがたき
  茄子焼いて冷やしてたましいの話

 池田澄子さんは昭和11年(1936)生まれ、敗戦のときは十歳くらい。玉音放送を実際に聞いた記憶をお持ちの方です。
コメント (2)
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