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随筆 「全体主義的感性」    文科系

2016年10月24日 | 小説・随筆・詩歌など
(同人誌の月例冊子用に、15日エントリーを大幅改作してみました。比較してみて下されば嬉しいです)


 高校時代のある友人と昨日偶然会った時に、孫の教育で悩んでいるらしく、こんな話がいきなり堰を切ったように出された。同時にそこにいた同期女性の一人が小中教員だったからなのだ。
「近ごろの学校教育はどうなっているのかな。どうも戦後の米国流個人主義が日本人を駄目にしているように感じる。教育勅語を読んでみたけど、結構いーこと書いてあるよね」
 話はそこからどうも、個人に義務や道徳を強調し、教え込む必要というような話に移っていった。「なんだか、安倍首相と同じだなー」、そう僕は考え込んだもの。

 そうなのだ、社会に不公正、不幸、不道徳が多くなると、誰かが上からタガを締めるべきというよくある発想なのである。誰が、どのようにタガを……が不十分なら当然、旧ソ連や北のような全体主義に繋がる発想でもある。人の内面が荒れる現実的な原因をきちんと問うていない場合に、すぐに心が原因になり、ただ心を締め直せという安易な発想が出てくるとも言える。こういう人は、日本がまだ世界一安全な先進大国に辛うじて留まっているという点や、よってこういう社会悪傾向には世界的な原因があろうとも、観ようとしていないのである。原因を日本国内だけに求めている口調がその証拠になる。そこで一計を案じた僕のある質問から、こんな討論になった。
「世界も荒れてるから、当分戦争は無くせないよね?」
「なに、君は戦争は無くせると思っているのか?」
「当然そうだよ。無くせない理由がない」
「戦争は絶対になくならんよ。夫婦ゲンカもなくならんようにね。動物だってそうだし」
「やっぱりそう語ったね。ならば言うが、動物、夫婦のケンカや、村八分なんかが全部同じ原因で起こると観るという意味で、これらの背後に同じ本質を想定するのは馬鹿げている。そういう考え方は、既に誤りとされた社会ダーウイニズムと言うんだよ」
「君は絶対と言ったね? 絶対の真理なんて語ることこそ、馬鹿げている!」
 そんな言葉を捨て台詞にして、憤然と立ち上がった彼。向こうへ行ってしまわれた。ご自分も「戦争は絶対に無くならん」と絶対真理を語られたのは、お忘れらしい。僕もそうなのだが、こういうお方も短気なのである。

 さて僕のこの論法は、十年やって来たブログの数々の論争体験から学んだもの。個人同様タガが必要に見える国にも自然に戦争が想定される時代というものがあって、国同士の生存競争こそ国家社会の最大事と主張する人々が現れる訳だ。
 さて、ここが大事な所なのだが、「上からタガを締めろ」とか「国家の最大事は戦争である」と感じ、考える人はほぼ必ず政治的には右の方と僕は体験してきた。つまり僕のような左の人がこういう人に他のどんな現実的政治論議を持ちかけても何の共通項もなくただ平行線に終わると。言い換えればこういうこと。いったん上記二点のような相手の土俵に入ってこれ自身を決着付けておかなければ、他のどんな「現実的」話もすれ違うだけと、体験してきたつもりなのである。個人の悪や不道徳などがなによりもまず個人の心の中から生まれると観るなら上から心を変えるしかないのだし、そんな時代の国と国との間では国連のような調整機関は無力と観て戦争を覚悟しなければならない理屈だろう。

 この二つ(心のタガと、社会ダーウィニズム的感性)は、いずれもそれぞれの問題、その原因を現実の中に問うて、現実を変えるという道が見えなくなる考え方なのだ。それどころか、現実は悪、心がそれに抗していかねばならないという感じ方、「思想」と述べても良いかも知れない。いずれも、全体主義に結びつく考え方だという自覚は皆無なのであるが、僕は結びつくと考えている。ヒトラーも東條も、それぞれ優秀な民族が乱れた世界、人類を鍛え直すという意気込みを国民に徹底したと記憶する。そのためにこそこの戦争を聖戦として行うという決意表明、大量宣伝とともに。
 ちなみに、あの時代も今もその現実世界は同じこういったものと観ている。二九年の世界恐慌から、弱肉強食競争へ。強食から見たら子供のような弱肉を容易に蹴倒していける世界になって、普通の人々は生きるためにどんどん道徳など構っていられなくなっていく。今の強食がまた、普通の日本マスコミは報じないのだが、桁外れである。アメリカ金融の一年のボーナスを例に取ってみよう。二〇〇六年の投資銀行ゴールドマンの優秀従業員五〇名は一人最低一七億円もらった。二〇〇八年全米社長報酬トップ・モトローラ社長は、一億四四〇万ドル(約百億円」)のボーナスを貰った。これで驚いてはいけない。二〇一一年に出たある経済書の中には、こんな記述さえある。
『今でも、米国でよく槍玉に挙げられるのは、雑誌の個人報酬ランキングのナンバーワンあるいはナンバーツーになるウォルト・ディズニー社社長のアイズナー(数年前に、ストック・オプションも含めて五億七五〇〇万ドルという記録的な額を得た)……』(ドナルド・ドーア著、中公新書「金融が乗っ取る世界経済 二一世紀の憂鬱」P一四七)。
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12 コメント

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比較 (文科系)
2016-10-24 12:39:16
 これは、15日の愚作を改編したもの。テーマ・内容はほぼ一緒です。僕は、同人試作品のために、これと同じことをいつもやっています。
 先ずここに書いてから、月例冊子のために書き直す。そして、年間一度発行の同人誌に載せる(小説など以外の)自薦随筆一作は、更にまた書き直す。とても勉強になっています。
Unknown (Unknown)
2016-10-24 18:38:49
自慰行為を何度繰り返すんだか(笑)
可哀想な自傷行為 (文科系)
2016-10-24 19:24:57
 名無し君へ
 アホとかトロイとか低脳とか僕以外からも何度評されても、10年一日のように同様の文章を書き続けて一向に進歩がない君のは、自傷行為だよね。自慰行為の方が自傷行為よりも遙かに健康だと思うが違うだろうか。
 僕の改作前と後二つの文章は、断然後者の方が良いはずだ。そしてこのように、音楽家、絵描き、写真家などの芸術家は、一面みんな自慰行為者とも言えるよね。自傷行為と言える行動は彼らにも流石に数少ないかも知れない。

 自傷行為を何度繰り返すんだか(笑)
Unknown (Unknown)
2016-10-24 19:42:02
同じ恥を、なんども繰り返せるのが、文ちゃんの凄い部分だな。
多分、恥に対する感覚が、まともな日本人とは違うんだろう。
なぜ、社会ダーウィニズム的感性が (らくせき)
2016-10-25 10:03:40
支持されるのか?
戦争が絶えない、という言い方を
裏で支えている生活実感。
これは会社という魔物だと思うのですが・・・


会社・・・ (文科系)
2016-10-25 11:26:36
 らくせきさん
 お応えとして、例えば僕が「オレオレ詐欺」に思うこと。年寄りは家族のためなら何でもする。若い人の中には、そんな年寄りの家族愛に裏付けられた実直さを活用して、平気で金を詐欺できる人種が増えた。
 更にこの背後を考えると、子供が自殺にまで至る虐めとか、ドツキとか、昔は少なかった人種が凄く増えている。

 その上で戦後の会社主義。男がみんなこれに犯されていることを今痛感できます。会社と言うよりも、日本の場合は核家族下の所属集団(主義)と言えるかも知れない。男たちの定年後を観ると先ず、主体性無しです。と言うよりも、主体性を形成する文化を含んだその土台のようなものが欠如していると痛感するのです。

 上の「タガ主義人物」は、確か僕等と同じ大学。結構な知識人なのですよね。僕等のころの普通の一つの中学校1学年段階では10人もいないはずの知性のはず。思考力はあるはずだ。なのに、その思考が上のように全く非知性的な方向にしか向いていないわけだ。まー人間というものを多少とも深く考えてみたことがないのでしょう。人間論が他人の受け売りの域を出ていないということでしょうか。 
忘れていた、追加 (文科系)
2016-10-26 04:22:49
 すぐ上のコメントの「タガ主義人物」、つまり、エントリーの中の僕の論争相手は、確かトヨタの社員だった。それも、東海一の国立大学出だから、幹部社員だ。
 リタイアー組を観て、その会社の社員教育を創造するのも面白いかも知れない。こう言う情報を社会が交わし合えば、また違った会社評価が生まれるかなとかね。

 なお、僕の周囲に豊田自動織機の元重役がいますが、この方は非常に立派な人物です。会社が立派なのか、本人が立派なのかは分かりません。これは、逆の意味で上記の「タガ主義人物」にも言えることでしょうが。
会社の中で (らくせき)
2016-10-26 10:30:08
生きることは社会ダーウィニズム的感性を
身につけて行くことですから、
その感性は日々再生産されており
侮れないパワーを持っているでしょう。
これに対抗する方法は現時点であるのかな?
ありがとう (文科系)
2016-10-26 13:21:00
 らくせきさんへ
 討論を発展させるコメントを有り難う。僕自身も逆の(反体制的な)職場に属していましたが、振り返れば結構職場人間だったと思います。自分で選んだ職場の意義が大きいだけに、そこに染まっていた。ただ、振り返ればこんな違いはありました。それが今に生きていると思います。
① 自分の子どものことには時間を使わせてくれたし、使った。保育園の送迎とか、土日にやる育児、教育。子に自転車、縄跳び、水泳から走り方まで他スポーツは全部僕が教えました。ちょっと大きくなっては、交換日記なども。
② 子どもと付き合うことはまた、大好きなスポーツ、音楽など文化一般と途切れ途切れでもどこかで繋がっていくこと。「好き」ということを、持続させてくれた訳です。今振り返れば、これが大きかった。
③ その分、連れ合いにしわ寄せがあったかと、今は観ています。夜ほとんど家に居ず、家事はほとんど出来なかったから。

 ただ、こういうことができた僕の職場が特殊なのであって、通常はあなたの言われるとおりだと思いますね。つまり社会ダーウィニズムで「その感性は日々再生産されており、侮れないパワーを持っているでしょう」ということ。正規職少数時代の今はなお、こうなっている。家の娘も、今の帰宅21~22時間ですよ。お婿さんが2歳と6歳の子どもを抱えて、本当によくやっていると思います。
Unknown (Unknown)
2016-10-26 18:16:51
文ちゃんの事、「どうして、この人は恥ずかしげもなく、自分事を持ち上げるんだろう?」と、思っている人、
文ちゃんの身近にも、きっと居ると思うよ。
多分、少なくない人達が。

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