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ハリルジャパン(130) ワールドカップ奮戦記①  文科系 

2017年11月13日 | スポーツ
 今回からここ3回のワールドカップの戦評、拙稿を再掲させていただきます。すべて、それぞれの当時にここに載せたものです。明日、ベルギー戦があったりするので、中断することになったりはしますが、ブラジル大会までを再掲していきます。


『 ワールドカップ奮戦記① 2006年ドイツワールドカップ  文科系 2006年06月28日

 まず三ゲームそれぞれの概括である。
 オーストラリア戦は完全な負け試合だった。最後九分間の三点を差し引いても、全ての数値がそれを示している。ボール保持率、シュート数(六対二十)、枠内シュート数(二対十一)、パス総数(二六九対三六〇)、ペナルティーエリア進入数(十対二九)などなど。これらは全て毎日新聞掲載の数字である。ただ、運良く取れた点を守って勝つという道はあったのかも知れない。それにしても、最後十五分間に日本があのように攻めに出るなら、前と後が意思一致して一緒に攻めねばならなかった。あのように前線と後陣が間延びして攻めては、ボールを奪われて逆襲にあいやすく、危ないこと甚だしい。
 クロアチア戦は先に見たような数字の上では勝ち試合だったが、枠内シュートが五対六と互角なのだから、勝ちきれなかったというところだろう。オーストラリア戦とは全く違って、攻守両方を繋ぐ役割を担う中田が前線に行けて、彼がマン・オブ・ザ・マッチになったのが勝勢の証拠だ。中田が、予選リーグ敗退の十六チームから大会役員選出ベストイレブンに日本人ではただ一人選ばれたのは、このマン・オブ・ザ・マッチが大きかったと、僕は思っている。その中田も「勝ちきれなかったゲームだった」と語った。
 ブラジル戦は二点差をつけねばならないのだから、あーなってもしかたない。普通なら一点取ったらちょっと守りに入る時点でも、攻めに出て行かねばならなかったのだ。精一杯攻めて負けたというところだろう。

 さて、このチームはゲームの好不調にムラがあり過ぎるとは、前からテストマッチで示されていたことだった。攻めるときに後陣が引き気味になると、日本の「走る長所」が「無駄走り」にされるということについて前後陣間で論争があって、最後まで意見が一致しなかった。不一致なままで下がり気味という事実は残されてしまった。これがムラの正体だ。引いていてロングボールで攻めるというチームにはこの欠点を突かれるのである。それについてジーコは最後まで、選手の自主的論争を微笑みつつ見守っていた。第一戦ではそれが裏目に出てしまい、第二戦でジーコが初めて監督強権を発動した。四バックにしてDFラインを上げさせたのである。それによって、中田の守備が第一戦より劇的に減って、ムラのある日本の「勝ちパターン」となったのだった。
 さて、強権発動を第一戦にやったら確かにこういう結果にはならなかったと思う。が、その方が良かったかというと僕はそうは思わない。監督抜きの選手間の自主的論争というのが、日本スポーツ界の歴史に最も欠けていたものだったのだから。選手二三人が本戦の一つまで犠牲にしてその事を学んだのだ。結果的にはジーコがそうさせたということになる。日本人監督だったら論争を黙って見ているなんてことは絶対にないし、とっくに強権発動もしていたはずだ。しかし強権で隠した弱点はゲーム中のちょっとした要素からずるずると露出させられる時が必ず来る。結局、ジーコがその日本全体の弱点を骨身にしみるように教えてくれたということになる。
 日本が目指すべきは「なるべく接触を避けるパスサッカー。そのための組織と、死ぬ気の走力」、「組織も死ぬ気の走力も選手の自主的判断からしか育たない」、こういうことなのだと思う。これらは中田が、日本サッカーの長所として言い続けてきたことである。

 それにしても、あの第一戦、ムラがある日本チームにしても最悪のゲームぶり!あれは、一体どういうことなのか。ジーコにも全く意外だったようだ。「終盤の、あんなに疲れ切った選手たちを見たのは初めてだ」と語っていたのだから。このジーコの表現にこそ、あのゲームの「敗因」が潜んでいると思う。
 あのゲーム序盤のオーストラリア、体当たりが凄まじかった。それに対して通常のゲームのようには審判がファールを多く取ってくれなかった。特に中村と中田がちょっとパスの出し所を探していると、すぐにドカーンと来た。また、二人がボールを持ったときは、受け手全員にぴったりマークが付いて、蓋をされていた。二人があんなにパスの出し所を探していたのは見たことがないぐらいだ。強くて球離れが速い中田はなんとか耐えていたが、当たり弱く球を持ちがちの中村は恐がり、さらには自信を喪失し始めていたはずだ。こんなふうにして序盤から度々ボールをカット・逆襲されたからこそ、その結果として後陣が怖がってずるずる下がることになってしまったのだ。接触プレーに弱い日本への、敵将ヒディングの作戦でもあったと思うのだが、この「怪我も覚悟の肉弾戦」という点でもワールドカップは特別な闘いなのだ。オーストラリアはさらに、日本戦用の「ファールになりにくい体当たりの仕方」なども随分研究してきたようだった。例えば地面に置かれた足の甲を踏みに来るなどというのを、僕は少なくとも三、四回は見た。やられた日本選手は次の動作がもう完全に止まってしまう。ワン・ツーのワンを放った選手の足が踏まれると、その受け手はもうツーが放てないからドリブル、そこへまたガツンッだ。

 さて、こうして日本の弱点は世界に知れ渡った。どう対処したら良いのか。組織的パスカット、パス交換の精度を上げるという以外には無いだろう。走り回って敵ボールにプレスをかけあう、受け手が走り回って味方ボールを受けてあげあう。そういう組織的精度と走り続けることでは絶対にどこにも負けないこと。
 幸い次のオシム監督は「走るサッカー」の日本に、さらにその「走りの自主的組織化」を教えてくれた監督である。最適任者だと思う。あのボスニアのサラエボの出身。旧ユーゴ最後の黄金期の代表のような人。子飼いの選手たちが民族毎に分かれていった悲劇と平和の尊さとを誰よりも知っている人でもある。特に熱い拍手を送りたい!
ジャンル:
サッカー
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