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 随筆  内山高志の有終の美 文科系

2017年01月03日 | スポーツ
 年末はボクシングの世界チャンピオン戦など好勝負がそろう。中でも今回僕が見逃せないのは、内山高志(37才)のリベンジ・マッチ。ここのところ日本を引っ張ってきた豪腕かつクレバーな名ボクサーである。日本歴代でも最強選手の一人に入るはずのこのベテランが、前回大部分の予想に反してKO負けを喰らったその相手と即再戦というゲームが組まれた。それも内山曰く、「前回僕が負けたのは、相手のラッキーなんかじゃない!」とジェスレル・コラレス(パナマ人、25才)の並外れた強さを認めた上で望んだダイレクト・リベンジ・マッチであった。
 コラレスの方はと言えば、こんな大言壮語。
「内山は、僕が見えてないはずだ。透明人間には勝てないよ。彼の時代は終わった!」

 さてゲームだが、内山は立派に戦った。コラレスの「見えない」強打を警戒してがっちりとガードを固め続けてパンチを繰り出すが、この相手、一言で表現すれば変幻自在、往年のモハメッド・アリを思い起こさせるスタイルの逸材であった。そう、まさに「蝶のように舞い、蜂のように刺す」。おまけに、パンチも強烈、脚も腕手も恐ろしく速い。距離を取って前後左右に動きながら、いろんな方向からいきなり鋭く踏み込んで来てストレート系のパンチを突き刺す。踏み込んできた時も、やはり鋭く動きながら、一度に何発も。このゲーム前半は、5回にダウンを奪った以外は内山に勝機は無いと見えたものだった。終盤になって初めて内山のパンチが相手ボディなどに多く当たり出し、ややコラレスの動きが止まって内山優勢ラウンドがで始めたもの。が、時既に遅しで、1対2の判定負け。内山も「妥当かな?」と認めた結果が出た。

 内山選手、見事だった。
 25歳の上り坂で、素晴らしい反射神経と、強靱にして柔軟、かつゴム鞠のように弾む筋肉を有した、若い、希有な才能相手。こういう特徴をきちんと認めて、かちっとした防御の可能性を見せ直してくれたもの。近年まれに見る、最高度の技能同士の、とても良いファイトだったと思う。対照的な攻防の妙あり、どちらかがいつ倒れるかとのスリル在りで、一瞬も目を離せないような。

「老雄は死なず、ただ消え去るのみ」
 内山選手、長い間お疲れ様でした。
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勘違いのボクシング興業 (文科系)
2017-01-05 18:04:02
 ボクシングって、その興業って、酷く勘違いをしていると思う。この「スポーツ文化」の貴重さと、これを押し出す興業側の姿勢との間に見える、酷すぎるギャップ!

 このスポーツを僕は大好きだ。「結果」が厳しいだけに、まさに生死を懸けて鍛錬してゲームに臨むという類のスポーツである。
 腕手、脚、体幹などすべての反射神経を研ぎ澄ましたスピード。弾力性に富み、かつ最強度まで鍛えた筋肉。油断を排してそれらを12ラウンドまでも続け切るという有酸素運動能力。しかも、このすべてを出来るだけ効果的に使うために、己のぎりぎりのぎりぎりまで体重を絞る減量苦。そんなすべてが詰まった厳しさは他に例のないスポーツだろう。
 こんな要素のすべてがまた、他の格闘技などとは訳が違うはずだ。筋肉の鍛え方と減量苦一つ取ってみても全く違うのである。他のプロ格闘技と同じになどして欲しくない。

 しかしながらこれを世に広める興業の方は、さながら劇画を提供するような、言わば見世物である。ちょうど、生死を懸けた剣闘士と酒を飲みながらこれを観ているローマの貴族との酷いギャップのようなものを感じるのは、僕だけとは思えないのである。つまり、もっとシリアスな興業態度であってこそ、このスポーツに相応しい「普通の熱心なファン」がもっと多く得られるはずなのだと、そう僕は言いたいのである。

 スポーツ文化をその文化性を高め、広めるような、そういう興業であってほしいと、そう希望している。

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