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国会は体制翼賛国会に   らくせき

2017年11月02日 | Weblog
こんな国会はいらないと思うのだけれど、そう思っては安倍さんの思うつぼ。
改憲に反対するのがホシュなら私は喜んでホシュになるでしょう。


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サッカーのロマン派・現実派という話   文科系

2017年11月02日 | スポーツ
 1970さんへ

 今日の君のエントリーがあったことによって、君との「サッカー観戦の王道」の討論が、大変深まっていくと愚考、予想できるから、本物の深謝である。以下のこういう意味も含めて、一段と良いご応答であると初めに、言っておきたい。このエントリーに書いてあるのは、「王道」についての君自身の中身そのもの、他に君が言うどうでも良いこととは違うから。

 君も既に気付いているはずだが、君がここに書いたことと僕がこれまで述べてきた日本サッカー現段階の見解とは、今の日本サッカー界を二分している見解だよね。専門マスコミ中央では、僕の見解の方が少数意見だと僕も意識しているけど。ちなみに、僕の大嫌いな杉山某などいわゆるサッカーマスコミに多数意見が多くて、協会は僕よりだと観ている。というよりも、僕寄りになりつつあると。

 まず、君の上記「日本の王道」は、こんな風にまとめられるはずだ。
① 『せっかくオシムが植え付けたボールも人も動くという武器も埃を被る。・・・・只でさえフィジカルに劣る日本はスペイン、メキシコを目標に人もボールも動かしながら要所で身体を張ればいいんだけどね』
② 『対豪戦を含め総じて言えるのはこの戦い方は目先の結果を目的とするならいいが、長期的には逆効果になるだろうねということ』
『実力で相手が圧倒的に上回る時の戦い方としてはいいけどね』
③ 『こういう戦術で世界のトップクラスとやっても自分で自分の首を絞めるだけ』


 さて、こういう見解と僕のとで、「最も異なる観点」というものは、一体何なんだろうかと、改めて考えてみた。その結論は、まずこうなったよ。
 自分から仕掛ける「繋いで攻撃」をロマンと感じ、カウンター戦術をリアクションサッカーという夢のない「現実的なだけの戦術」と感じているのではないか。

 さて、今回はまず、こういう観点について論じてみる。僕の観点の重要用語を使用してね。そもそも、繋ぐ攻撃、潰す守備と、そんなに攻守の峻別ができるものかなというのが、言いたい事。以下は、ほぼすべて、この峻別不可能ということを巡る言及になる。

① バルサの繋ぐ攻撃の元祖は二つあって、その一方は全盛イタリアをリードし、90年前後にチャンピオンズリーグを2連覇したアリゴ・サッキ「ACミラン」だとは、世界サッカー史の常識。サッキが編み出した当時の最強戦術「ゾーン・プレス」というコンパクト・プレス自身は、攻撃的ではあるにせよ守備の体制である。敵にボールが移るとこの体制を取ってボール奪取に成功する。だから、敵はこちらのゴールに迫れないどころか、ほとんど攻められっぱなしになってしまう。ここでさて、「ボールを採られたらすぐに奪い返せるから攻めっぱなしになるチーム」って、攻撃的なのか守備的なのか、どっちだと考える? 君流のロマンなのか、ロマン派が嫌いな現実派であるのか。このチームが89年チャンピオンズリーグ決勝戦では、レアルマドリーを2ゲーム合計確か6対1で破ったのだが。

② 次にこの続きだけど、僕がここによく書いてきた2010年のチャンピオンズリーグ準決勝インテル・バルサ戦。あのインテルは明らかに守備的、現実的で、明らかなどん引きカウンターに徹したのだが、あれだけ0点に抑えてゴール前で守っている時間だけが長くても、ある瞬間に敵ボールに詰めて、奪い取って、そこから超長いロングカウンターを成功させる自信があるチームというのは、夢がないと言えるのかな? ゲーゲンプレスや、今に至るそう言う考え方の変形(こういう選手としては、例えば原口)も、結局これと同じことであって、「守備即攻撃」「潰し即得点」と言う考え方ね。

③ なお、繋ぐ攻撃、潰す守備については、こんなことも言える。潰し体制にも自信が持てなければ大胆なパスなど通せないから横に繋ぐばかりでシュートで終われないし、前に無謀なパスが多いと後ろが観ればDFラインが上げられないから間延びして、現代サッカーではボールが奪えなくなる。こうしてつまり、チームの潰しに信頼がない場合には繋ぎサッカーなどあり得ない。

 こういう全てを推してロマン派はなおかつ、「『カウンターサッカー』はロマンがない。繋ぐ攻撃に徹せよ」と言うのであるか?
 そして何よりも、こういう①~③を度外視した「繋ぐサッカー」が、将来必ず勝てるサッカーになると言えるのかどうか。
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書評 金融グローバリゼーションということ ③   文科系

2017年11月02日 | 国際政治・時事問題(国連・紛争など)
 ロナルド・ドーア著「金融が乗っ取る世界経済 21世紀の憂鬱」(中公新書、2011年10月初版)を要約している。その第二部は、金融化が社会、政治、教育、そして学者たちをどう変えたかという内容。これがまた4節に分けられていて、各表題はこうだ。①社会を変える金融化、②金融化の普遍性、必然性?(疑問符が付いている事に注意 文科系)、③学者の反省と開き直り、④「危機を無駄にするな」(括弧が付いている事に注意 文科系)。

 第1節では、格差、不安の増大、最優秀人材が金融にだけ行く弊害、人間関係の歪みの四つに分けて論じられる。
・「格差」では、06年のゴールドマン・トレイダーら50人のボーナスが、一人最低17億円だったという例を28日のここで紹介した。こういう強食の背後には、無数の弱肉がいると解説を付けて。(この点については、28日拙稿を参照願いたい)
・「不安の増大」では、こんな例が良かろう。日本の国民年金掛け金未納者が38%にのぼること。日本で新たに導入された確定拠出年金が、10年3月末の110万人調査で63%が元本割れとなっている発表された。これらの人々の老後はどうなるのだろうか?
・人材の金融集中では、2010年8月の日経新聞広告を上げている。
『野村、「外資流」報酬で新卒40人採用へ 競争率16倍 専門職で実績連動 11年春、初任給54万円』
 マスメディアのライターからも、大学人やフリーライターとかジャーナリストらがどんどん減って、金融アナリストが急増している。
・人間関係の歪みでは、情報の非対称性(情報量に大差がある2者ということ)を利用して起こる諸結果から、「人をみたら泥棒と思え」と言う世の移り変わりが説かれている。

「金融化の普遍性と必然性?」の要は、金融に特化する先進国に不当な世界的優位性を与えているということである。そこから、西欧がアメリカを追いかけ、今日本がつづき始めた、と。ただし、主要国の家計に占める株と証券との割合は05年でこうなっている。アメリカ46・6%の6・7%、ドイツ23・7%の9・7%、フランス28・0%の1・4%に対して日本15・0%の4・0%である。
 この程度でもう100年に一度のリーマンが起こって莫大な公金を注ぎ込まざるを得なかったとあっては、これで儲けるしかないアメリカがいくら頑張っていても金融立国はもう駄目だという文脈と言える。上記4国の証券%合計は21・8%となるが、1980年のこれは合計34・9%となっていた。4国で割れば、この25年で8・7%から5・5%へと家計における証券保有率は大幅に低減したという事になる。ただこれは家計に占める率であって、世界から金融業者に掻き集められた金はカジノばかりに膨大に投入されているということである。

「学者の反省と開き直り」は省略させて頂く。作者自身も嘲笑的になりそうになる筆を押さえつつ書いているようだし。

「金融危機を無駄にするな」に括弧が付いているのは、掛け声だけという意味である。アメリカの妨害でちっとも進まないからだ。
 リーマンショックが起こって、「100年に1度の危機」と叫ばれた08年秋のころはアメリカも大人しかったようで、金融安定への不協和音はゼロだったとのこと(ただ、この「危機」の長期的根本的意味が一般には3割も理解できていたかどうか、僕はそう思う。)ところが、国際機構をきちんとして罰則を入れるようなものは全くできなかった。決まった事は、G7よりもG20サミットが重視され始めて、保護主義を排し、経済刺激策を取ろうという程度だった。IMFとこれによる規制との強化とについて、新興国と西欧とがかなり主張して端緒についたはずだったが、その後はほとんど何も進まなかった。

 ここで作者は、世界政府、国際制度作りの歴史などの話を起こすことになる。特定分野の国際協力機関は20世紀初めの国際連盟やILO設立よりも前に12もできていたと述べて、「万国郵便連合」などの例を挙げる。
 同じ理屈を語って日本人に大変興味深いのは、日本の戦国時代統一の例が語られている下りだろう。
『日本が16世紀の終わりに一つの国になったのは、信長、秀吉、家康の武力による統合と、幕府という統治制度の意識的な創出が決定的だった』(P132)
 アジア通貨危機やギリシャ危機は、大国金融が中小国から金を奪い取る金融戦争、通貨戦争の時代を示している。そんな金融力戦争はもう止めるべく、戦国時代の戦争を止めさせた徳川幕府のように、金融戦争に世界的規制を掛けるべきだという理屈を語っているのである。IMF(国際通貨基金)のイニシアティブ強化以外に道はないということである。


 金融の国際制度とこれによる執行力ある万国金融規制についてさらに、前大戦中から準備されたケインズの国際通貨、バンコール構想も解説される。が、これはドル中心にしようとのアメリカの終戦直後の実績と強力との前に脆くも崩れ去ったということだ。ドルが基軸通貨になったいきさつ説明なのである。
 以降アメリカは自国生産量より4~5%多く消費でき、日本や中国はその分消費できない国になったということである。それぞれ膨らんだドルを米国に投資する事になってしまった。その意味では、中国銀行総裁、周小川が09年に「ケインズ案に帰るべし、新機軸通貨、本物の国際通貨の創設を!」と叫び始めた意味は大きい。中国は今や8000億ドルの米国債を抱え、不安で仕方ないのであろう(この8000億は現在では1兆2500億ほどになっている。文科系)。中国のこの不安は同時に、アメリカにとっても大変な不安になる。「もし中国が米国債を大量に売り始めたら。国家、家計とも大赤字の借金大国の『半基軸通貨』ドルは大暴落していくのではないか」と。周小川中国銀行総裁が「本物の国際通貨の創設を!」と叫ぶのは、そんな背景もあるのである。

 なお、これは私見の言わば感想だが、アメリカが中東重視から西太平洋重視へと世界戦略を大転換させたのは、以上の背景があると観ている。中国に絶えず圧力を掛けていなければ気が休まらないのだろう。


(次回で終わりです)
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対豪、鹿島、ACL、etc. 1970

2017年11月02日 | Weblog
対豪に関しては、試合中から散々書いたので2度も3度も同じことは書かない。
その他の試合についてもその時々書いているが、対豪戦を含め総じて言えるのはこの戦い方は目先の結果を目的とするならいいが、長期的には逆効果になるだろうねということ。

浦和はJ1で今何位だ?

実力で相手が圧倒的に上回る時の戦い方としてはいいけどね。
でも上海はそこまで強いチームとは思えないが。
豪州にしても同じ。あそこまで引いて守りに徹して相手するようなチームじゃない。

こういう戦術で世界のトップクラスとやっても自分で自分の首を絞めるだけ。
タレントがブラジルトリオだけの上海やパスミスだらけの豪州ならばいいが。勿論あれだけ守備に人数掛ければ攻める方は苦労するが。
ザッケローニが語った日本の良さ、アジリティの欠片も無い。

せっかくオシムが植え付けたボールも人も動くという武器も埃を被る。
どんなフィジカルを持ってしても人はボールよりも速く動けないのだから、只でさえフィジカルに劣る日本はスペイン、メキシコを目標に人もボールも動かしながら要所で身体を張ればいいんだけどね。

今志向するサッカーの先にあるイタリアやイングランド、フランスを目指すのは、まあ厳しいだろう。

ロシアW杯は予想の組合せに恵まれ、試合でも幸運の女神が微笑めばベスト16。
そうでもない限りは予選で終了。
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