大学大学そして院短大

東大京大教員懲戒事件
早大慶大川短  〃

下村元文相の学校教育法改正は違憲 (1)

2017-07-12 16:27:47 | 日記

 地方制度・裁判制度・私有財産制度、いずれも憲法が保障した国家制度です。その見直しを国会がする、ときいたあなたは何う思われますか。

 ときに、大学制度は憲法23条によって保障されています。それを改正改革する、というのです。が、学界の一部をのぞきマスコミをふくむ大方が、無関心。想像できますか。一大国家制度が危殆に瀕している秋に、どこ吹く風! まるで、知事の官選化・司法権の独立の制限・私有財産制の国有財産制化、これらに無批判無反応であるのとえらぶところがありません。これは、押し入った暴漢破落戸が妻子を凌辱するのを、夫が傍観座視している姿もどうぜんで、心底、おどろいています。

 そのため、大学制度は、大きく変えられてしまいました。ときに、改正学校教育法の公布は、H26,6,27。卑見は、この法律(学校教育法)改正は、明白な憲法違反とみます。なぜなら、大学法の根幹部分は、直接憲法23条に淵源しているからです。具体的には、学問の自由と大学の自治がそれです。
 憲法23条は、「学問の自由はこれを保障する」としました。同条には、そして憲法条規のどこにも、大学の自治に関する規定はありません。しかし、同23条の論理解釈から、同自治は、学問の自由のコロラリーとして認められ、最高裁判例でも追認されています。

明治憲法は、現行憲法23条に相当する規定を設けませんでした。しかし、憲法習律として、学問の自由も大学の自治もとうぜんとして容認されていました。だからこそ、東大戸水事件や京大沢柳事件でも、理事者である国(文部省)を理論的に屈服させることができたのです。
 敷衍しましょう。大学制度は、学校教育法という法律規範にではなく、憲法規範に淵源しています。東大京大両事件と学校教育法改正事件とにおける大学人の対応をみるとき、いかに前者が後者より憲法をふかく理解していたかが窺えましょう。なにしろ、旧憲法時代には、学問の自由・大学の自治その欠片すら明文規定がありませんでした。にもかかわらず、違憲行為に抗議して殉教者(辞職者)が出る・大学挙げてのストを決行(教員も学生も)する・紀要への教員うち揃っての非違糾弾論稿の寄稿をする等、無為徒食の後者の対応ぶりとは隔絶しています。何事につけ、メディアに和したor煽動された主体性のない「反対」とは大違いということです。

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