大学大学そして院短大

東大京大教員懲戒事件
早大慶大川短  〃

下村元文相の学校教育法改正は違憲 (2)

2017-07-14 15:07:11 | 日記

 大学制度は、憲法の規定(23条の論理解釈)により、憲法上保障された制度です。にもかかわらず、法律である学校教育法の改正をもって、憲法規範である大学の自治はく奪に直結する大学改革が、どうしてできるのか、不可解。まったく解りません。
 法段階上、上位の憲法を下位の法律で”ふい”にする! それが、法の一般原理に悖ること、一見明白でしょうに。

 大学制度のコアは、学問の自由と、それを担保する大学の自治です。両者をコインの裏表とするのは、自由と自治の担い手が教授会という一人であるからです。教会や領主との相克の末に、自由と自治の一人化という大学制度が誕生しました。これを、別人がになったら、またぞろ、地球は円いとすらいえなくなり、大学制度は形骸化してしまいます。
 学問の自由規定のなかった旧憲法時においてすら、大学の自治がはたらき、大学制度が維持されてきました。それは、百年以上もまえの、東大戸水事件や京大沢柳事件に証されています。
 現行憲法下では、東大ポポロ事件にたいする最高裁大法廷判決が、大学の自治を再確認しました。下級審の諸判例も、いちように大学の自治をみとめています。ただ、異例な裁判もないではありません。某私学の事件ですが、詳細は後日にゆずりましょう。

 訴訟化はしていませんが、教授の論文剽窃や研究費搾取事件で、早慶の教授会は、それぞれ大学の自治を十全に機能させています。戸水事件沢柳事件もまた、訴訟化はしていません。一見明白な刑事事件絡みででもないかぎり、大学問題の訴訟化は、教授会自体そしてその構成メンバー各位の、識見と能力をうたがわれても仕方ないのでは?

 下村改革の主たる目的は、教授会の権限を縮小して、学長の権限を強化拡大する一点にありました。教授会がいちぶの政治屋的教授(political  professorやmeeting professor)の跳梁の場と化して、”自治”の体を成さなかった大学があったのも否定できませんが、それは構成員たる教員各個の問題に帰されましょう。各教員が自覚して自治の回復につとめ、歪みを正すことが期待されます。それに全ての大学がそうであったわけではなかったのですから、自治権剥奪にも等しい、下村改革はどう理屈をこねまわしても首肯できるものではありません。

 試みに、教授会権限のうち、学生の成績判定権をみてみましょう。きょうじゅかいが、学力不足の受験生や在学生を、厳しく篩えば、学納金不足を来たし、大学経営がピンチに陥りかねません。学納金をあてにせず経営のできる有能な学長がいるでしょうか。教授会こそは実質的な経営者なのです。また、学長を実質的な人事権者とするのは、教皇庁とガリレイへの先祖返りで、それは、学問の自由の扼殺であり、諸科学を衰微させるだけです。

 

 

 

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