私訳 ラームチャリットマーナス

中世ヒンディー語の宗教詩人、トゥルシーダースの、「ラーマーヤナ」の私訳。

アヨーディヤーの巻 260

2017-08-09 18:05:59 | ラームチャリットマーナス
2601 ムニ・ヴァシシュタの言葉を聞き、そしてラーマの意向を見て取り、バラタは自分が師と主ラーマに完全に嘉されていることを知った。しかし自分の頭上にすべての重荷があることを知り、バラタはなにも言うことができず、思案を始めた。

2602 やがてバラタは身体を震わせ、会衆の間で起立した。蓮の目に愛の涙が溢れた。彼は言った。「わたしが言うべきは、すべて大聖によって述べられました。それ以上わたしになにを言うことがあるでしょう」

2603 わたしはみずからの主・ラーマの性向をよく知っています。主は罪びとに怒りを発することは決してありません。わたしをとても憐れみ、愛してくれています。遊びの時でも主が腹を立てるのを、わたしは見たことがありません。

2604 幼い頃からわたしは主の側を離れませんでした。主はわたしの心を傷つけるようなことは決してしませんでした。わたしは主の憐れむやり方をよく理解するようになりました。わたしが遊びで負けた時も、主はわたしを勝たしてくれました。

260do わたしの方では、愛情と遠慮のゆえに、主の面前で口を開くことは決してありませんでした。愛に渇いたわたしの目が、主を直視することで自足したことは、これまで一度もありませんでした。 
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