海側生活

「今さら」ではなく「今から」

気分を変えて

2017年05月11日 | 感じるまま

(明月院/鎌倉)
季節の変わり目が街を行く人の装いでも分かる時期になった。
とっくに陽の光や風の香りが違ってきているのを感じてはいた。

最近は歳を重ねていささか無精になったのか、季節への感度が若者に後れを取るようになったのか、街を歩いていて季節にズレているのを感じることがある。若い頃は過ぎた季節を脱ぎ捨てる一種の快感もあったのに。

このことを(日常)人生の四季に当てはめたくなる。
春には春の装いがあるように、季節ごとに装い方が有るだろう。しかし、いつまでも若者ぶってオジさん・オバさんになれない。またいつまでもオジさん・オバさんを気取ってオジィさん・オバァさんになれないのは、人生の季節にズレているのではないか。それなら迷わずオシャレなオジさん・オバさんやオシャレなオジィさん・オバァさんになってしまった方が良いのではないか。

オシャレとは何よりその時代の風に華やぐことだ。若者は自然に時代の真ん中に居るものだが、歳を重ねると時代への感度が鈍くなりやすいのか。若さを保っている積りで、実は自分の「本当に若かった時代」を引きずっているだけかもしれないのが怖い。若いのは良いことだが、それは今の時代の若さでないとつまらない。うっかりすると、若さへの未練とか、時代の匂いを嗅ぐことに無精になっているだけかもしれない。

もっとも何が何でも街の装いに身を合わせる必要もない。
夏に雨模様で冷える時なら、躊躇わずにもう一枚羽織るのも、季節に逆らっているようで、かえって粋で無くも無い。皆が白い装いの中で逆に黒っぽくしてしまう手もある。

だから老人だから老人らしく生きねばならない、などとは思わない。若者だって時にはシットリとした生き方も良いものだ。問題は無理するから良くないのだ。そして無精だったり鈍感でもやはり良くない。

着るものを変え気分も変えてみようとか、今日はチョット若者してみようとか、今日はシットリとオジィさん・オバァさんしてみようなどと、日毎に生き方の気分を変えてみるのも悪くない。こんなことも歳を重ねると無精になりかねないが、無理に若ぶることに精を出すよりも、案外こちらの方が若さにつながるのでなないか。

老いを恐れないのが若さと言う事だから、多分。

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1 コメント

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オシャレは余裕 (宮本靖夫)
2017-05-12 10:52:55

若竹の節の間の間ののびやかさ

若者のオシャレはそれほど好きになれませんが、高齢者のオシャレはいいですね。それも、その人の味がでている時は、つい見惚れてしまいます。特に男の方がいいですが、私の一押しは女では草笛光子、男では今井 聖(俳人)です。ブログ氏もかなりいい方だと思いますよ。いや、ほんとに。

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