黒い冷凍庫(冷凍品=文芸社、栗田工業、幻冬舎R等、クンちゃんブログ自費出版関連記事!クリタ創業者野崎貞雄氏発禁本全文)

旧文芸社=日本文学館、幻冬舎R等自費出版(費用著者負担エディション)よろず相談室 クンちゃんのエディタールームの過去記事

約束のゼニを払わん、というケース(日本文学館の増刷ファイルより)②

2015年04月04日 18時37分57秒 | 日本文学館「暁の警視庁」事案
  「おいどんは著者でごわす」は大間違い!
  嘘つきとか(民法上の)詐欺といわれても抗弁しがたい


 というようなわけで、“なりすまし二人組”と日本文学館は、共謀して「なりすまし単行本」300部を刊行するに至り、さらに第二刷1000部を刷り増すのである。
 出版社らしき看板を掲げていてもしょせん素人集団にすぎない日本文学館としては、「どうせ売れっこないから、このなりすまし密約が世間様にばれることはないだろう(当該書籍が売れて売れて、慈悲が、著者の雲助になりすまして、世間様の前に姿をさらすという場面はないだろう)。それより目先の契約実績が優先」と考えたのだろうか、それともこういったなりすましに、なんの問題もないと考えたのだろうか。
 かつて日本文学館の親会社的系列会社である文芸社の法務責任者であり、日本文学館の紛議の際には便宜上「日本文学館法務部長」の名刺を用いて事態に対応したクンちゃん人としては、唖然として言葉を失う。情けない。

 
 ところで、慈悲と私とは昨年来メールのやりとりをしていたことは前回書いた。
 来信メールが質問的内容であれば、極力回答していたが、慈悲のメールの圧倒的部分は彼が日本文学館の複数担当者宛に送りつけた連絡文書をCCとして同時送信してきたものだ。これを発見した際には、かなり衝撃的な心持ちになった。
 というのは、連名の日本文学館従業員の社内メルアドはもちろん、CC欄にずらずら挙げられているクンちゃん人らのメルアドもまた明示されているのである。この中には、みなさんご承知の鬼蜘蛛ねえさんや、幻冬舎ルネと激しくやりあった経緯がある占い界のSL酒井さん、文芸社労働問題で健筆をふるったフリーランスの古川さんほか何人もが挙げられていた。
 慈悲としては、こういう“うるさい連中”がオイドンにはついとるぜ、という意味合いでわざわざ取った手法なのかもしれないが、おそらく「慈悲の側についた」などという認識はどなたにもなかったと思われる。いくら公開されていると目されるアドレスが含まれているにしても、そして多少手間がかかるにしても、ひとこと許諾を求めたり、別のコンタクト方法、表示方法を取れない訳がない。非常識もはなはだしい。私がこのCCを放っておいたのは、そのメルアドは、クンちゃんブログのメッセージ欄からの来信に答えると相手方に表示されるもので、実害はないかな、と考えたからだ。(脱線!)

 さて、クンちゃんと慈悲との関係はつい最近までは特にどうということもなかった。
 彼の日本文学館に対する主張態様および主張趣旨は私の感覚とはかなり離れており、後述のようにクンちゃんブログで取り上げて積極的に支援するつもりにはならなかった。とはいえ、来信を拒絶するほどの特別な感情を抱いていた訳でもない。クンちゃん犬が死んだときは慰めの連絡ももらい、まあ、お互い下手な原稿を書く者同士といったよしみのようなものがあったかもしれない。

 それが、こりゃひどい、この人は駄目だな、と変わったのは、ついこの間、先月(3月)に入ってからである。
 体調不良でながらく死にかけていたので、しばらくぶりに彼の慈悲ブログを眺めると、本文記事が終わったあとの余白に、リンクというのかなんなのか、鬼蜘蛛ブログが大々的に、クンちゃんブログは“中々的”に、アドレス的な表示が毎回毎回掲載されているのである。これでは、慈悲ブログとその主張を、鬼蜘蛛ねえさんも、クンちゃん人も、手放しで支援している格好に見えてしまう。(ところが、このときすでに慈悲は鬼蜘蛛ねえさんを追及するような記事を執拗に繰り返していたので、その趣旨は不明。)そこで、私はこのシチュエーションを即座にやめてくれるよう、直通メールで慈悲に申し入れた。
 ところが、一向に削除されぬままに何日かたち、気が長いクンちゃん人もムカッとしてきたところで、「問題の増刷本は慈悲が著者ではなく、オイラがほんまもんの著者なんや」(趣旨)という雲助のコメントが慈悲ブログにあらわれた。
 その文面を読むと、どうも雲助の書いていることには信憑性がある。

 あたしゃ、なんだかよくわからないが、とにかく完全にぶちきれたよ! やりとりの初めっから、著者だ著者だ、と言ってたやつが著者じゃないんだからね。
 ほかならぬ本の話をするときに、相手が著者であるのか、そうでないのかは、どうでもいい話ではない。重要なポイントである。裏切られたというほどではないにしても、なんだよ、だましやがったな、という実感があった。(言葉、悪いねえ)

 ここで、少々、慈悲とクンちゃん人とのメールほかのやりとりを振り返ってみる。
 慈悲からの一番はじめの着信は次のとおりだった。クンちゃんブログのコメント欄が閉じたままになっていることに触れた後、

 私の友人も「審査員特別賞」を貰い、この上なく感激しています。他のどの出版社からも評価されなかったことママ)鑑みれば、それは分からなくもないのですが。(2014年6月11日)

という短いものだった。私は、日本文学館の嘘っぱち商法、嘘っぱちコンテストの内実をかいつまんで説明した。すると、続いて、

 私は今、日本文学館とあることでもめています。(2014年6月13日)

との連絡が来た。となると、前信の「私の友人」ってのは本人かい、と思った。また、買取覚書の解釈、彼が買い取るべき数量・価額につき助言を求めた「Yahoo知恵袋」の記事がくっついていた。

 これらの内容について、私は慈悲が買い取るべき売れ残り書籍の費用について、「慈悲さんと日本文学館の見解の相違は、700部56万円か、500部40万円かということのようですね」と確認したうえ、増刷の経緯について説明を求めた。「よろず相談室」の看板を掲げている以上、当然の成り行きである。

 私はまず、前記の買取価額が増刷にしてはやけに高いので、さては日本文学館が、

「初版第一刷の在庫はさっさと廃棄してしまって、著者に対しては《いやあ、先生の作品は売れて、売れて、瞬く間に完売しました、この機を逸せず増刷すればがんがん売れますよ》とかなんとか甘言を弄して、過大な増刷費用をむしりとる」

といういわば“ひとつぶで二度おいしい”新手の嘘っぱち商法を始めたのではないかと疑った。日本文学館や文芸社ではゴキブリの涙ほどの印税は、すべて発行部数に対して発行後一定の時期に支払い済みとなるので、在庫が売れようが廃棄しようが、在庫があるのに売れたと嘘を言おうが、対著者との間ではなんの差し障りもないのである。そこで、私は慈悲に増刷の経緯の説明を求めたのである。
 ところが、かえってきた返事は、案に相違したものであった。(日本文学館側の担当者は旧知の熊田くんだったので、かなりほっとした。)

 増刷の話を持ち出したのは著者である私です。(2014年6月14日)

というのが慈悲の答えだった。
 しかも、増刷の費用は日本文学館持ち、しぶる日本文学館側をかきくどいての増刷だったこともわかった。
 これでは、どうしようもない。増刷契約の無効や取消を求める余地はない。たかだか10万円だか20万円だかのディスカウントがどうのこうのという話にならざるを得ないだろう。とても、クンちゃんブログでは取り上げられない。
 私の慈悲案件に対する興味は急速に失われていった。
 ここで、注意していただきたいのは、「著者である私」と慈悲が書いていることである。彼はこの三月に雲助が暴露するまで、私に対してだけでなく、世間様一般に対して、一貫として当該書籍の「著者」として振る舞ってきたのである。私が激昂しているのは、端的に言えば、この点だけである。

 私としては、慈悲が高村明子さんまで引き合いに出して、延々と引き取り価額関連を“糾弾”し続けている理由について、慈悲自身がしばしば、

 金の問題ではありません。出版社のいい加減な姿勢を糾弾することで私と同じような間違いをする人が出ないことを願っています。ネットにそういう出版社の悪質ぶりを記録として残すことに意味があると私は思っています。私が躓いた石をそのままにしていたら、他の人が私と同じように躓くことになりかねません。ですので、私は、その石を片付けようとしているのです。
(2015/4/1(水) 午後 11:17の自身ブログコメント欄への自身の書き込み)

といった趣旨を述べているのはまったく不可解(こんな間違いを起こす人はそうそうおらんやろ!)だが、人間は誰でも自分が納得するまで突き詰めていくのが一番だから、思うようにやったらええと思っている次第。
 ただ、慈悲が「裁判をやる、裁判をやる」と言い続けていることには、ちょっとやばいなっていう感想を持っている。こう言い続けて結果的に提訴しないと、場合によって脅迫罪(刑法222条1項)で訴えられかねず、あの会社は実際そう逆襲してくるような会社だと思うから、訴訟の帰趨は別として、濫訴と言われようが訴状審査ではねられようが、とにかく訴状だけは差し出すことが必要である。


 ※高村明子さん(かなり以前に文芸社から自著を刊行し、主に本文の紙質や装丁のまずしさについての不満から、同社を相手取って本人訴訟を起こし、敗訴。その顚末を別版元から自費出版した方。クンちゃん人はこの裁判の記録は全部読んだが、証人尋問に出た当時の文芸社幹部は、著述内容を不適切に修正されたとする指摘に対し、あろうことか、「ウチでは、編集なんてやってませんよ」とかいうたわごとを述べていたのが印象的。なお、別版元から出た本も、装丁紙質ともに残念ながら自費しゅっぱーん、といった水準でした。-脱線)
 ※脅迫罪(脅迫罪は「人」に対して害悪を告知する犯罪だから、法人には成立しない。しかし、法人に従業する自然人に対しては成立するので注意が必要である。)


③につづく 
 
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