テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。そして日々の雑感も。

候補者ビル・マッケイ

2013-10-26 | ドラマ
(1972/マイケル・リッチー監督/ロバート・レッドフォード、ピーター・ボイル、ドン・ポーター、カレン・カールソン、メルヴィン・ダグラス、ナタリー・ウッド/112分)


 封切り当時はレッドフォードのファンでしたし、双葉さんの採点も☆☆☆★★★(75点)と高評価だったので、とても観たかったんですが、実は今回が初見です。映画サイトのデータだと日本公開は製作から4年後の1976年11月。1976年に作られた「大統領の陰謀」がこの年の8月に公開されてヒットしたもんだから、同じ政治モノでもありますし、便乗したのでしょう。僕が未見だったのは、多分田舎の映画館に来なかったからではないかと思っています。

 ブックオフで中古販売していたDVDの鑑賞。
 双葉さんのレビューでは、政治には関心の無かった男が選挙に担ぎ出されて奇跡的に当選するも、その頃には本来の目的を見失っているという皮肉な結末を迎えるお話となっていて、如何にもアメリカンニューシネマ風のテーマに期待大の作品だったのですが、今回の一度目の鑑賞では★二つ半程度の評価。主人公の微妙な心理が精緻に描かれているのを期待し過ぎていたようです。
 二回目の鑑賞で、コレは主人公の内面にアプローチするよりも、周りの選挙屋たちの活動を含めた選挙運動全般を俯瞰的に描くのが狙いの作品というのが分かり、そんな中でも主人公の変化が客観的かつ辛辣に描かれて、時にドキッとする場面もあり、一見の価値有りと★が一つ増えました。

 72年のアカデミー賞で脚本賞を受賞したジェレミー・ラーナーのオリジナル脚本で、ラーナーは<ユージーン・マッカーシーが1968年アメリカ合衆国大統領選挙に出馬した際、そのスピーチライターを務めた>人らしく、確かに選挙運動の裏側が詳細に語られていました。原題【THE CANDIDATE】=候補者。

 監督は1969年の「白銀のレーサー」でもレッドフォードと組んだマイケル・リッチー。僕は「白銀」の方が好きですけどネ。

*

 オープニングは、ある選挙で敗れた男が支援者に向かって敗戦の弁を語っているシーンで、それを聞いている選挙屋たちは、いいヤツだが彼はここまでの男だったななどと冷静に話している。そして、その場に居合わせた選挙屋の一人マービン・ルーカス(ボイル)は次の選挙活動を始める為にカリフォルニアに向かう。何があるんだという同業者の問いに、ルーカスは手に持っていた新聞記事を見せるのだ。

 その記事に載っていたのが、カリフォルニア州サンディエゴで法律事務所を開いているビル・マッケイ。
 ルーカスとは同じ大学の出身で、先の新聞記事は雑誌の記事に触発されたらしいことがこの後のビルとルーカスの会話で分かる。ビルの父親は元州知事なので、彼はいわば二世議員候補。明確には描かれていないが、近々行われる上院議員選挙の有力候補としてルーカスが雑誌のネタにと売り込んだに違いないでしょう。
 ビルもその辺は感づいていて、ルーカスには選挙に出る気は無いときっぱりとした態度をとる。選挙活動なんかやりたくないよ、オヤジを見ているから。

 ルーカスは、君は自分の主張したいことだけを言えばいいんだ、他の煩わしい段取りは僕等がするし、第一、君は当選しないから後の心配はしなくて良い、とまで言ってしまう。マッチ箱の裏にルーカスが書いた「you lose」。あれはビルを安心させる為だったのか、それとも奮起させる為だったのか。僕には両方の意図があったように思えて、選挙屋のしたたかな人たらしぶりを垣間見た気がしました。

 ビルの奥さんも『面白そうじゃない』というだけで、そんなに驚いた様子は無い。実は最初に見た時に、この奥さんとビルとのやり取りを物足りなく感じたのが★の数が伸びなかった理由です。夫が選挙に出るという状況では、もっと夫婦の葛藤や逡巡があるだろうと思ったからで、2度目で作品の意図が分かり、その辺りのエピソードを最小限にしたのに納得しました。

 ビルは対抗馬である現職議員の遊説先に現れて様子を見てみる。話の内容はありきたりで、聴衆の反応も上っ面だけを聞いているようだった。演説が終わって、人々に混じってビルはその議員に握手を求めてみる。その男はビルをバスケットの選手か何かと間違えて、しかもお座なりな挨拶をして帰って行った。つまり、現職議員は民衆の方をちっとも見ていないとビルは確信した。
 それから暫くしてビルは事務所に報道陣を集め、次の上院議員選挙に立候補すると発表するのだった・・・。

*

 レッドフォードより二つ年上のピーター・ボイルは、この2年前の主演作「ジョー」で注目された人。
 「タクシードライバー」でちょいと見かけましたが、「チョコレート (2001)」の黒人差別主義者の元刑務官はかなり印象が違う役どころでした。

 18年のキャリアを持った現職議員ジャーモンに扮したのはドン・ポーター。色々な所のこの映画の解説文を読むと、ジャーモンが共和党で対するビルが民主党と書かれていますが、映画では明確にジャーモンの所属政党名は出なかったし、この選挙を予備選と呼んでいたので、どちらも民主党と考えた方が良いのではないでしょうか。確かにジャーモンの言動は共和党的ではありましたがネ。

 ビルと同じ民主党の長老だった父親、ジョン・マッケイに扮したのが、アカデミー助演男優賞に2度輝いた名優メルヴィン・ダグラス。口髭を蓄えたタヌキ親父振りが印象的でした。
 ビルはルーカスに、父親は好きだが、彼を選挙運動に担ぎ出すのはイヤだと言う。父親の七光りを使いたくないというだけでは無いらしいことが表情から伺えるが、案の定、中盤に登場した父親は妻(つまりビルの母親)とは別れており、家には別の女性が同居していた。ビルはその女性とは殆ど口も利かず、その辺りの親との距離感の描写は「白銀のレーサー」の主人公と父親との描写以上に優れた部分でありました。
 当選が決まった息子に『お前もいよいよ政治家だな』とニンマリとした顔で囁くオヤジ。意味深だったなぁ。
 そういえば、父マッケイがジャーモンを応援しているのではないかという噂が選挙当初に流れるが、民主党の長老が共和党の応援をするわけは無く、やはりこの選挙は民主党内の予備選挙と判断したほうがいいんでしょうね。

 奥さんのナンシーに扮したのはカレン・カールソン。アメリカ女性としては珍しくない顔なので覚えにくいですが、これ以外にはめぼしい作品は無いようです。
 雑誌の取材に応じて、乗馬服を着た格好の写真を撮ろうとしたところをビルが見つけて、コマーシャリズムに乗せられてるのをなじる場面で、ホロリと流す涙がよろしかったです。このシーンのカメラワークも印象的で、しかも数少ない夫婦の葛藤が描かれた場面でした。

 ナタリー・ウッドは、遊説中のビル・マッケイを応援に来たナタリー本人の役で出てきます。
 7年前の「サンセット物語」、「雨のニューオリンズ」で共演したレッドフォードの依頼に応えた友情出演でしょうね。

 自分にも民衆にも正直に接していたビルが、段々と選挙屋の描く候補者になってしまっていくのが怖いところで、途中でハッとしてしまうのが、遊説先に向かっている車の中で、いつのまにか民衆の喜びそうな理想の候補者を演じてしまっている自分に嫌気がさし、突然悪態をつくシーン。そして、TV番組への緊急出演を目の前にしながら、つい笑ってしまって演説が出来なくなるシーン。自分の滑稽さにどうしようもなくなった図ですが、それまでのハリウッドではあまりお目にかかれない描写でありました。

 選挙キャンペーン用の映像を撮る為に取り巻きがハンディ・カメラで撮影するセミ・ドキュメンタリー風のシーンがありますが、全体的にはドキュメンタリー・タッチとは言いがたいです。撮影はジョン・コーティとヴィクター・J・ケンパー。


▼(ネタバレ注意)
 選挙中にビルに近づくサングラスの訳あり女性が一人。
 ケネディやクリントンを髣髴とさせるエピソードで、さてはどんでん返し用のハニー・トラップかと思って観ていましたが、そうではなかったようです。これもよくある風景なんでしょうかねぇ、選挙では。

 キャンペーン用の宣伝フィルムを専門でつくる選挙屋がいたり、記者会見でのシュミレーションをしながらビルに成り代わって政策を考えたりする人がいたりと、今なら当たり前に理解できるシステムですが、当時は結構珍しかったかもしれませんね。

 <完全な操り人形となってしまった彼がラストで見せる表情と台詞が鮮烈>とは、aiicinemaの解説。“彼”とは勿論ビルのことで、土壇場で逆転勝利した彼は、勝利に沸きかえる取り巻きから逃れて、ルーカスをホテルの小部屋に連れて行ってこう聞くのです。
 「俺はこれからどうすればいいんだ?」
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・お薦め度【★★★=一見の価値あり】 テアトル十瑠

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