史本論 (2015-06-03)

2017-05-18 17:14:24 | Weblog

 丸々1万年余にもおよぶわが縄文時代。これを狩猟採集の不毛の時代ととらえてきた史観は、見直しが必要ではないでしょうか。斯るとんでも史観は、素人ばかりでなく、専門家や識者とか文化人とか特別席があたえられている人のなかにもすくなくありません。由々しいかぎりです。

 石器土器建造物船漆器鉄器どれもこれも、大陸や半島よりはやく且つ技術的にもはるかに進んだものが作られていました。それを、かの地へ教え伝えていたのですから、大陸や半島の高度の文化文物の恩恵により、そのごのわが国がある かの歴史の理解は、完全にまちがっています。

 終戦後70年。この間、奇跡の経済発展が喧伝されてきましたが、実態は、それ以前の戦前戦中に創出され培われてきた卓抜な技術を平和利用に転換しただけで、発展の原動力は戦前にあることを率直に認めるべきです。それは、高度な縄文文化をしらずみとめず、大陸や半島から、とつぜん然も大量におしよせてきたいわゆる渡来人が、稲作そのたの先進的文化を斉し、そこからいまに繋がる日本が始まる、といった見方と瓜二つではありませんか。

 縄文の晩期(BC10世紀前後)の我国では、すでに、大規模灌漑施設を有った水田での水稲耕作が営まれておりました。大陸や半島から水稲作りがもちこまれた等の寝言は、これを教科書から放逐しましょう。大量の渡来人はこなかったし、それどころか逆に、1万年もの間、縄文人が半島や大陸の一部へ進出していたのです。話は紛うかたなくあべこべ。例の慰安婦のヨタ話とえらぶところがありません。炭素14年代測定 DNA 系統言語学その他による、科学的検証結果を確認すべきです。

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