日々草

「つれづれなるままに・・」日々の事を記す。

神田 藪そばの「しー」

2016-12-10 | トラットリア
神田 藪そばに行くと岡本かの子の「家霊」という作品を思い出す。



「せいろ〜 いちま〜い おふたりさぁ〜ん」
「ありがとうぞんじま〜す」


帳場からきこえる女将の独特なあの節回しのせい。
お帳場という存在が、そして何よりも女将という存在感が「家霊」にでてくるあの店を彷彿とさせるからだ。

今時の店でお帳場という存在が稀有ですからね。
しかもそこに座るのが店をビシッと仕切る女将であるのがなおのこと。
女将にはマネージャーとか横文字で表せないような仕切り感が漂い、給仕役とは違う圧倒的な存在感で店を束ねているのである。
その声のみにより。(実際には違うのでしょうけど。)
姿は見えずとも帳場からきこえるその声によって店はうごいているのである。
その様は岡本かの子の家霊にでてくる「いのち」という屋号の店を想像させるのだ。
今でこそ小綺麗な藪そばだが、あの昔の店舗なら岡本かの子が恋人と蕎麦を手繰っていてもおかしくないからなあ。BGMはものを食う人々のさざめきと、ゆっくりとした節回しで女将の声。
その声に「いのち」の新米女将 くめ子の声が重なってきて調理場へ通される注文の品。
そして、次々とお客は暖簾を潜りやってくるのであるみたいな・・・・・。



「いらっしゃぁ〜い」
「し〜」



ここは「藪」か「いのち」かと板わさと天たねで冷酒をやりながら耳をすませば給仕役の女性たちが「しー」「しー」言ってる。
なぜに「しー」なのだと思考が現実に引き戻されれば

女将:「いらしゃぁ〜い」 間(ま) 店員:「しー」


つまり、「いらっしゃいまし」いうことに気がついて、思わず膝を打つ!
何かの判じ物かと思ったけど、なんだか粋なのねと思うのはあたしだけであろうか。
店は新しくなれども、どこか骨董品のような佇まいでありつづけるのことが神田 藪そばが名店と云われる所以であろ。


さて、もう少し呑みたい。
冷酒をもう少し、ビールをもう一杯。
はて、お帳場の女将はその良い声でどうオーダーを通してくれるのだろうか?
蕎麦屋で耳をすます。
すると、いくつもの「しー」の間から「ビー」が聞こえてくるのであった。














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