OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

これもベンチャーズ歌謡だぜっ!

2013-09-02 15:28:35 | 歌謡曲

明日へ走る / 里見洋と一番星 (ワーナーパイオニア)

プログレ&ハードコアな演歌グループとして、今ではキワモノを超越した評価も著しい里見洋と一番星ではありますが、全てがそんな路線であったはずもなく、本日掲載のシングル盤は昭和47(1972)年に発売された、なかなか楽しく聴ける1枚です。

なにしろA面収録曲「明日へ走る」が当時流行の所謂ベンチャーズ歌謡の企画作品ですからねぇ~♪ 歌も演奏も実力派の里見洋と一番星にとっては、売れセン云々はなんらの問題も無かったんじゃ~ないでしょうか。

実際、ベンチャーズが前年に発表した「雷電 / Electric Monsoon」を原曲に、作詞:林春生&編曲:小谷充の仕事は手堅く、当然ながら導入されている華麗なオーケストラアレンジと如何にもロックバンド体裁を大切にしたビート感の協調が、クセになりますよ♪♪~♪

ちなみに里見洋と一番星は、GSの中でもマニアックな人気が高いレオ・ビーツの流れから結成されたグループで、メンバーの里見洋(per,fl)、古賀修(g)、中野健二(b)、東信行(ds) の4人が元レオ・ビーツ、そこへ元アダムスの土屋守(key)、元ヤンガーズの窪孝=絵川たかし(vo) が加わり、昭和46(1971)年頃に再デビューしたのが一般的な履歴になっています。

ただし、レオ・ビーツは自分達のヒット曲が出せず、それでも演奏力は高く評価されていたようで、奥村チヨやザ・ピーナッツ等々の渡辺プロダクション所属スタアのバックバンドとしてテレビ出演も多かったことは、サイケおやじも覚えていますが、個人的にはバンドメンバーの顔ぶれが常に入れ替わっていたような記憶があり、実は今日の研究では、レオ・ビーツから里見洋と一番星に編成替えされる過程において、ルートNo.1というバンドが存在していたとか!?

おそらく件のグループは全て、渡辺プロダクションとの契約があったと推察する次第です。

さて、そこで肝心の「明日へ走る」に話を戻せば、既に述べたとおり、スタジオでのサウンド作りはオーケストラ入りになっていますが、基本の演奏は自前でやったと思いたいほど、特徴的なキーボードプレイやドライヴしまくったエレキベースが強烈至極!

ですからベンチャーズ歌謡にはお約束のエレキ色が無いに等しく、それでいて日本人の琴線に触れる、絶妙の歌謡メロディがロック的に増幅されているんですから、その妙に人懐っこい感度は良好♪♪~♪

冒頭で述べたとおり、里見洋と一番星を印象づける過激なアレンジ、つまりプログレっぽいキーボードやテンションの高いコーラスワークを使ったカバーバージョン変化球は投げませんので、アッと驚くストレートのど真ん中をユルユルと見逃してしまい、結果的にヒットになっていません。

その意味でB面に収録された「おとなの子守唄」が作詞:山上路夫、作曲:平尾昌晃、編曲:小谷充の手馴れた作風による、これが全く正統派のムード歌謡になっているのは、このグループ本来の持ち味が路線変更された決意表明のつもりだったんでしょうか?

結果的に今日、里見洋と一番星の音源が纏めてCD復刻されるまでに再評価&再発見されたのは、思わずギョッとするような破天荒なアレジンによる演歌カバーのロックっぽさがウケたと思われますから、このシングル盤収録両面曲のような至極真っ当なポップス歌謡(?)は、邪道としか言えない逆説に!?

あ~ぁ、これだから昭和歌謡曲は奥の細道ですよ♪♪~♪

ということで、リアルタイムで里見洋と一番星をご覧になられた皆様は記憶されているとおり、とにかく実演の場ではリードボーカリストの絵川たかしがキメるプレスリーっぽいアクションとか、エグ味の強いコーラスにツッコミを入れるような演奏等々、個性派というよりは、やっぱりキワモノ的印象のグループだと、サイケおやじは思います。

しかし同時に、それは売れるための努力であり、ロック魂の発露という些か穿った気持ちにもさせられるわけでして、なかなか憎めないグループが里見洋と一番星!

ですから、「明日へ走る」が物足りない、笑えないというのは十人十色の好き嫌いで肯定出来ますよねぇ~♪

それも時代の成せる象徴かと!?

コメント (2)
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