OLD WAVE

サイケおやじの生活と音楽

中古屋での邂逅:柳沢純子の巻

2017-02-21 18:20:30 | 歌謡曲
あなたに片想い / 柳沢純子 (日本コロムビア)

中古レコード屋での楽しみのひとつに、「捨て値コーナー」漁りがあると思うのはサイケおやじだけでしょうか?

それは現在よりも昔の話になるかもしれませんが、殊更昭和のレコード業界は景気が良かったのでしょうし、同時に芸能界もピンキリで様々な営業が出来ていた事もあり、レコード契約がある歌手ならば、年間3~4枚のシングル盤を出すのが当然だった時代でしたから、もちろんそれは商業的な成功を見込んでの事だったとはいえ、全てがヒットしていたわけもなく、必然的にデッドストックも含めた多種多様なジャンルのブツが中古屋に流れていました。

そしてそこでも売れない商品はセール対象となり、LPだったら3枚千円とか、シングルになると1枚十円なぁ~んていう捨て値盤が、それでも売れ残っていたという現実が確かにありましたですねぇ~~。

しかし、だからと言って、そこに「お宝」が無いとは決め付けられないところに奥の細道の楽しみがあり、当然ながら個人的な趣味趣向に根差した「勘」が冴えるか否か?

そんな博打とは一味違う楽しみがあったわけで、具体的にはそんな山の中から思わぬ「お宝」を発見したり、これはっ! と思い込んでハズレた時の口惜しさが、次なる欲望のエネルギーに変換されていくワクワク感は、同好の皆様であれば、きっとご理解いただけるものと思います。

さて、そこで本日掲載したのは、そんな行動に打ち込んでいたサイケおやじが昭和という時代も末の頃に手にした猟盤のひとつなんですが、結論から述べさせていただければ、A面収録「あなたに片想い」の曲タイトル、そしてジャケ写の妙にダサい雰囲気からして、これはオールディズ風味のアイドルポップス隠れ傑作!?
 
河合奈保子、加えて石野真子に似ているルックスも良い感じ♪♪~♪

と思い込んでいたら、実は中身は作詞作曲:石坂まさを&編曲:京建輔が提供した正統派歌謡曲、あるいはアイドル演歌とも言えそうな……。

実は既に述べたとおり、そ~ゆ~顛末はブツをゲットする時に内容の試聴はもちろん、裏ジャケに記載のソングクレジットさえも確認しておらず、ただただ、ジャケ写の雰囲気や曲タイトルだけを直感でっ!

という行動も、それが捨て値であれば、あながち無謀とは言えないんじゃ~なかろうか?

等々、あらかじめ自分を納得させる言い訳を用意しての結果なんですから、我ながら業が深いというか……。

しかし、この「あなたに片想い」、そして歌った柳沢純子は、決してハズレとは言えません。

そりゃ~、洋楽オールディズ風味は皆無ではありましたが、正統派歌謡曲としては覚え易いメロディにちょっぴり下世話な歌詞、さらには乙女心の純情をきっちり節回す彼女の歌いっぷりのイヤミの無さは、根強いファンを獲得出来る魅力が確かにあるように思います。

残念ながら、サイケおやじは彼女のレコードはこれっきりしか持っていませんが、追々に中古屋で幾種類も遭遇した事もありますから、息の長い活動を継続されたように推察する次第です。

ということで、レコードに対する様々な思い入れは、その時の場所や心境等々がリアルタイムで付随してくるものであり、それが中古盤だったりすると、尚更に味わい深いものと思います。

つまり、サイケおやじの手に収まるまで、様々なドラマ(?)がそこに纏わっていたはずですからっ!

そんなこんなの気持は、これからも少しずつ書き残す所存であります。
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小沢なつきの覚悟の卒業

2017-02-20 17:25:48 | 歌謡曲
卒業 / 小沢なつき (CBSソニー)

巷では清水富美加と名乗る人気(?)女優が突然の引退~出家という芸能ニュースで湧いているようですが、普段それほどテレビを見ないサイケおやじにしてみれば、そんなに大騒ぎなのか?

という印象でしかありません。

もちろん、今回の彼女の騒動によって大迷惑の関係者や業界全体のショックは、それなりに推察出来るものがありますから、信仰の自由という大義名分、そして損害賠償の諸々を含めて、全ては彼女の今後の生き様次第でありましょう。

さて、そこで思い出したのが、本日掲載のシングル盤の主役たる小沢なつきです。

彼女の流転(?)については皆様ご存じのとおりだと思いますが、あらためて述べさせていただければ、最初に我々の前に登場した昭和61(1986)年には正統派アイドルであり、忽ちドラマやバラエティ等々のテレビ出演、そして翌年にはレコードデビューも果たすという第一線での活躍は、そのキュートなルックス同様に輝かしいものでした。

掲載したシングル盤は、おそらくは昭和63(1988)年春先に発売された、これがA面曲のタイトルどおりに「卒業シーズン」を狙った企画物なのでしょう。とにかく作詞:佐藤純子&作曲:馬飼野俊一が提供したのはミディアムテンポの典型的な胸キュン爽やかアイドル歌謡で、サビでちょっぴり「ユーミン節」が出てくるところも、本人の微妙に不安定な歌唱力にはジャストミートしていると思いますし、渡辺博也のアレンジにしても、キーボード類を多用したサウンド作りが、如何にも時代にマッチしていたんじゃ~ないでしょうか。

ただし、これは決してサイケおやじが自腹で購入したものじゃ~なくて、実は当時、サイケおやじの仕事場にバイトで来ていた大学生から頂戴したものでして、もちろん件のバイト君は彼女の熱烈なファン&親衛隊みたいな活動からレコードを大量買いしては、あちらこちらに配っていたという健気さにサイケおやじが共鳴したというわけです。

う~ん、おそらくはその時のバイト代も、そんな行動に遣われていたんでしょねぇ~。

ところが全国のそ~した熱烈なファン、そして関係者を裏切るように小沢なつきは突然の引退!?

というよりも、既にリアルタイムでの噂や憶測も含む報道によれば、不倫や妊娠から駆け落ち未遂までやらかしてしまい、必然的に主演していたテレビドラマが打ち切りになる等々の騒動は、如何にもと云えば、それまででしょう。

しかし彼女が凄かったのは、その後の芸能界復帰における更なるブレイクの根性であり、まずは平成5(1993)年にヘアヌード写真集を出して爆発的に売り上げ、次いでキワドイ描写も多々あったイメージビデオやVシネ作品に出演する等々の頑張りで、前述した突然の騒動による損害倍賞金を支払ったと言われています。

そして再び芸能界から退いた後は「お水系」の仕事、結婚~離婚を経て、今度はAV女優として華々しくカムバックしたのが平成16(2004)年だった事は記憶に新しいところでしょう。

ここまでの経緯や裏事情についは以前、彼女がマスコミのインタビューで語っていた事も多く、また幾つかの真相は、それこそ「芸能界の闇」なんでしょうが、ひとつ言えるのは、ファンを嘆かせ、関係者に多大な迷惑を及ぼした償いは、自分にある芸能的な資質で果したという事実です。

そりゃ~確かにAVが「芸能」か?

という賛否はあるでしょう。しかし、現実としてそれ以前のヘアヌード写真集も含め、彼女の文字どおり「裸一貫」の姿勢は似た様なスキャンダルから落ち目になった女性タレントやアイドルには、なかなか真似出来ない境地だと思いますねぇ~~。

もちろん、あえて名前は挙げませんが、それをやろうとしても需要が見込めない問題児(?)も確かに存在していますし、そんな哀しさよりは自分への決着のつけ方が大切だとっ!

未だ十代だった小沢なつきがトップアイドルから全てを棄てる行動にどれだけの覚悟があったのか、また裏切られた時の気持は如何ばかりか……、等々の本当のところは決して本人以外には分かりようもありません。

しかし、そこから追いつめられていた末の決断だったとしても、自分でケリをつけた事は大いに認められますし、サイケおやじとしては、現在の彼女の幸せを信じるばかりです。
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このジャケ写の榊みちこを愛でる

2017-02-19 17:25:09 | 歌謡曲
スパイラル・ワールド / 榊みちこ (キングレコード)

本日掲載のシングル盤も皆様ご推察のとおり、サイケおやじがジャケ買いした中の1枚で、そこに登場している榊みちこの面立ちは完全に好みのストライクゾーンがど真ん中ですし、レザージャケットやヘアメイクに微妙なニューウェィヴ感も滲みますが、二次元の中からとはいえ、彼女に見つめられたら、全てを許してしまうのがサイケおやじの弱いところです。

発売されたのは昭和53(1978)年、そしてサイケおやじがゲットしたのは、もちろんというか、中古屋で翌年の春先だった事は、当時のメモから先ほど確認したんですが、それにしても彼女がまさかっ!

後の昭和59(1984)年に小林幸子と美樹克彦のデュエットで大ヒットした「もしかしてPARTII」の作詞を手掛けた「榊みちこ」と同一人物であったとはっ!?!

それがどういう経緯で作詞家へと転身したのかは知る由もありませんが、実は彼女にはアイドルとしての前史がもうひとつあって、それが昭和51(1976)年にレコードデビューし、テレビドラマに出たり、ラジオのDJとしても活動していた「田中美智子」、その人でありました。

なにしろ件のデビュー曲「ひまわり君」は強烈なベンチャーズ歌謡で、元ネタは「Sunflower '76」なんですが、なかにし礼が乗せた日本語詞に施された三木たかしのアレンジがアップテンポでソウルフルな歌謡ロックになっていたんですから、サイケおやじはリアルタイムでシビレまくったんですよ♪♪~♪

とにかくアッパーなコーラスやブラスセクションに煽られるように溌溂と歌いきった仕上がりは、ぜひとも皆様にもお楽しみいただきたい傑作でした。

しかし、結局は決定的なブレイクには繋がらなかったようで、ここに「榊みちこ」と改名しての再デビューとなったのでしょう。

そして歌いっぷりの良さも健在! 
 
……なんですが、宇崎竜童の作曲は例によって芯の強い歌謡ロックながら、島武実の綴った歌詞が意味不明というか、バベルの塔の螺旋階段を昇りながら愛の行方を彷徨う恋人たち?

そんなこんなの摩訶不思議な世界を演出する萩田光雄のアレンジが、これまたクセのあるシンセや捩れたようなビート感が表出した変態性の滲むものですから、いまひとつの煮え切らなさが残るのも事実でしょうか……。

また榊みちこの声質が、ここでは妙に甘くて、楽曲や企画は、もしかしたら山口百恵と内藤やす子の間ぐらいの歌謡ロックを狙ったものだとしたら文字どおり、ここまでのスパイラルなシュールさは不必要だった気がしますが、いかがなものでしょう。

まあ、それが当時の新しさかもしれませんが、それについていけないサイケおやじが、それでも許してしまうのは、繰り返しますが、このジャケ写の魅力であります♪♪~♪

ということで、なんだか本日のご紹介は順不同というか、本来は田中美智子の「ひまわり君」を先にするべきだったとは思いますが、やっぱり全ては、このジャケ写♪♪~♪

個人的には死ぬまで愛でる決意であります。
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金井夕子は色褪せないよねぇ~♪

2017-02-18 19:54:23 | 歌謡曲
パステルラブ / 金井夕子 (キャニオン)

昭和53(1978)年に公式レコードデビューした金井夕子は、所謂実力派として、当時のアイドルシンガーとは一線を画すイメージがあったと思いますが、それゆえに大きなブレイクも無いままにフェードアウトしてしまったのは、失礼ながら中途半端な立ち位置が……。

と不遜な事を思ってしまうのは、もちろんサイケおやじが彼女のデビュー当初からのファンであったがゆえの口惜しさでして、それはまず山口百恵を想起させられるアルトの声質による節回しの上手さ♪♪~♪

また、アイドルとして売りだされるには些か地味なルックスとオーバーエイジ枠での存在が、必然的に新種の歌謡曲として既に成立していたニューミュージックのボーカリスト?

なぁ~んていう最初っからの本末転倒があったからかもしれません。

そして実際に仕上がったデビュー作、それが本日掲載のシングル盤A面曲「パステルラブ」だったんですが、作詞作曲:尾崎亜美&編曲:船山基紀から提供された歌の世界は、都会的な歌謡ポップスであり、当時の典型的なニューミュージックだったんですから、それなりにヒットした事は言うまでもありません。

まさにオシャレな名曲名唱に他ならないと思うんですが、やっぱり大衆が望むところは、もう少し下世話なフィーリングであり、むしろ金井夕子の歌唱力であれば、堂々の正統派歌謡曲もイケたような気がするわけで……。

結果的に彼女が残したシングル&アルバムの全ては、ニューミュージックやAORを好むリスナーからの人気を集めて今日に至っているのが実情でしょう。

不肖サイケおやじにしても、告白すれば最初はそのような角度から彼女の歌に親しんでいたんですが、今となっては、もっともっと昭和歌謡曲したレコードを作って欲しかったいう気持ちを拭い去る事が出来ません。

ということで、後には作詞家としての活動もある金井夕子については、まだまだ書きたい事、ご紹介したいレコードが幾枚もありますので、本日はこれにて失礼させていただきますが、彼女の歌に興味を抱かれた皆様には、まずはデビュー曲「パステルラブ」をお楽しみいただきとうございます。

あぁ~~、このすっきりしたリズムとビートの洒落た感じ、ハナっからフックの効いた泣きメロの旨味、そしてせつない歌詞をアルトボイスで節回す金井夕子の魅力♪♪~♪

いつまでも色褪せないと信じるばかりです。
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約束の春

2017-02-17 19:20:09 | Singer Song Writer
約束 / 菊地弘子 (日本ビクター)

今日は強風、春一番ってやつでしょうか、何となくライトタッチの胸キュン曲を聴きたくなったのでご紹介するのは、ヤマハ系のシンガーソングライターとして今も根強いファンが多いらしい菊地弘子が昭和51(1976)年に出したシングル盤A面曲「約束」であります。

いゃ~、これがとにかくアップテンポのウキウキするような曲調で、もちろん作詞作曲は菊地弘子、そしてアレンジがクニ河内であれば、納得するしかない仕上がりなんですが、具体的には丸山圭子とユーミンの合作的な味わいが強くて、そう思ってしまうのは失礼でもなんでもないでしょう♪♪~♪

だって、こんなにウキウキさせられて、しかも青春のせつなさフィーリングが横溢した歌詞の甘酸っぱさは、菊地弘子の幾分ぶりっこ&ロリ風味の歌唱共々にたまらない世界ですからっ!

一般的には代表曲「青いくれよん」とか、ネクラな歌で記憶される彼女ではありますが、こんなに素敵な歌謡ポップスも出していたという、その真実は聴き継がれていくものと確信する次第です。

また、ユーミンっぽさに関しても、件の「青いくれよん」では一瞬ですがユーミンの人気曲「海を見ていた午後」と酷似したメロディフレーズが出るんですから、やっぱり影響はあるんでしょうねぇ~~、サイケおやじは好きです♪♪~♪

ということで、実は本日も移動中、その合間にPCから好きな歌を引っ張り出しては息抜きしております。

そしてこの「約束」も、その中のひとつなのでした。
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ありがとうへの共感

2017-02-16 20:28:33 | Singer Song Writer
ありがとう / 小坂忠 (マッシュルーム / 日本コロムビア)

移動中に爆眠して、目を覚ましてからはひたすらに頭を下げる……。

そして決まり文句が「ありがとうございます」じゃ~、あまりにも芸が無い……。
 
そんな生活が2日も続けば、サイケおやじならずとも、些か自分の命を擦り減らしていると感じるはずですが、いかがなものでしょう。

もちろん、それも稼業の宿命と割り切る事だって吝かではありませんが、なんとか今は見えている仄かな光が、果たして強く輝き、導いてくれるのか……?

その確証が欲しくてたまらないのが本音であります。

ということで、そんな心にジワジワ滲みてくるのが、昭和47(1972)年に小坂忠が出した本日掲載のシングル盤A面曲「ありがとう」です。

今日知られている小坂忠のキャリアの中で、殊更特筆されるのは昭和44(1969)年に細野晴臣や松本隆と共に活動していたエイプリル・フールのボーカリストだったという芸歴でしょう。

そして皆様ご存じのとおり、エイプリル・フールは柳田ヒロのキーボードをメインに構築されたサイケデリックロックが特徴的なバンドだったという個性は、残された唯一のLPに聴く事が出来ますが、グループ内は細野晴臣(b) や松本隆(ds)、そして小坂忠がフォークロックや日本語のロックに傾倒し始めて以降は分裂気味となり、どちからと云えばブリティッシュロック寄りの柳田ヒロ(key) や菊池英二(g) と袂を分かち、それが後のはっぴいえんどに発展したという事になっています。

つまり、小坂忠は、はっぴいえんどの初代ボーカリストに内定していたという歴史的解釈も可能ではありますが、小坂忠本人はロックミュージカル「ヘアー」の日本版に出演するためにそれを辞退(?)した等々の紆余曲折……。

それでも細野晴臣との絆は切れていなかったのでしょう。

昭和46(1971)年なって、村井邦彦やミッキー・カーチスが設立に関わった新興レーベルのマッシュルームと契約し、作られた小坂忠の最初のリーダーアルバム「ありがとう」の実質的なプロデュースをやったのが、レコーディングにも参加していた細野晴臣でありました。

で、このシングル曲「ありがとう」は作詞&作編曲が細野晴臣ということで、件のアルバムタイトルにもなったほどの名作ではありますが、なんとっ!?

それゆえなのでしょうか、アルバムに収録された「ありがとう」では小坂忠よりも細野晴臣の声が大きくミックスされるという本末転倒の秀逸バージョン!

それは小坂忠(vo,g)、鈴木茂(g)、大野克夫(stg)、細野晴臣(vo,b)、松本隆(ds) によって作り出された、ジェームス・テイラー調が強く出た世界であり、日本語歌詞で演じられながら、そのサウンドからはロックっぽさが滲み出ている事は否定出来ない仕上がりでした。

ですから、今となっては、まさに「日本語のロック」が堂々と通用する端緒の作品という評価もあるほどで、しかも歴史的には、はっぴいえんどの大傑作アルバム「風街ろまん」よりも約1ヶ月ほど早く世に出たという事実も無視できないところでしょう。

しかし、リアルタイムでは決して商業的に成功したとは言い難く、それでも当時の深夜放送のラジオでは話題となり、当該アルバムからの数曲が流されていた事もあったように記憶していますし、だからこそ、翌年春になって、いよいよミックスを改変して、つまり細野晴臣の声を極めて小さくしたシングルバージョンが発売されたのもムベなるかな、この不思議な和みのフィーリング、そして本音と風刺の利いた歌詞の味わいは同時期の歌謡フォークとは一線を画すものであり、これは明らかにニッポンのロック!?

という結論は今に至るも賛否両論、当然ながら不肖サイケおやじには、それを断定出来るだけの論拠も意思の強さもありませんが、ここでの歌詞には殊更現在、強く共感を覚えております。

そして諸事情から、それはここに記載出来かねますので、気になる皆様には、ぜひとも実際に聴いていただきとう思うのみです。

あぁ……、明日はすっきり素直に過ごしたいなぁ~~~。
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もっとパワーを…

2017-02-15 18:13:40 | Weblog

急用で移動中です。

好きな所へ転送で行けるカーク船長が羨ましい……。

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ヴァレンタイン・ディの雑念

2017-02-14 17:56:30 | Singer Song Writer
ブルー・ヴァレンタイン・ディ / 大滝詠一 (ナイアガラ / 日本コロムビア)

何かと好き嫌いの多いサイケおやじが、年中行事の中で最もソリが合わないのが本日、ヴァレンタイン・ディであります。

もちろん、それは今に至るも心の通った思い出がひとつも無いからで、具体的には現在の我が国で蔓延している所謂「義理チョコ」なぁ~んていうのが、殊更面白くありません。

以前から度々書いた事ではありますが、この日に本当に欲しかった青少年期には全く貰えなかったチョコレートが、中年者になって以降は黙秘的に仕事場の机上に置いてあったり、メール便で届いたりするんじゃ~、本来の目的がどうであれ、違和感が飽和状態ですよ……。

さて、そこで本日取り出したのは、大滝詠一が昭和53(1978)年に出した、そのものスバリのシングル曲「ブルー・ヴァレンタイン・ディ」であります。

皆様ご存じのとおり、この時期の大滝御大は何をやってもセールス的には惨敗続きだった頃で、実は同曲にしても前年末に起死回生を狙って出したと云われる自画自賛のアルバム「ナイアガラ・カレンダー ’78」に収録されていた本人自作の胸キュンポップスバラード♪♪~♪

そのアメリカンオールディズがモロ出しの曲メロで歌われるのは、もちろんヴァレンタイン・ディに好きな女の子からチョコレートが貰えない野郎どものロンリーな気分であって、個人的にはそこにある独善的な我儘に共感しかねる部分もあるんですが、ハーモニカやスティールギターが彩るサウンドの素晴らしさ、そして山下達郎がアレンジした事でも有名なストリングスのせつない響きが琴線に触れるんですねぇ~~♪

また、当然ながら、何時もは局地的に「なめくじ」と酷評される大滝御大の節回しと声質が、ここではこれ以上無いほどにジャストミートしているんですから、結果的に空振りになったのは大滝詠一という存在のマニアック性感度の高さを逆説的に証明してしまったように思います。

ただし、この「ブルー・ヴァレンタイン・ディ」は明らかに後のメガヒットアルバム「A LONG VACATION」の世界に直結している事は確定的でしょう。

また、例によって、このシングル盤に収録されているのは前述したLP「ナイアガラ・カレンダー ’78」からのストレートなカットではなく、独自のミックスが施された仕様になっているそうですが、サイケおやじとしては、両者聴き比べても、それほどの差異に感銘を受ける事はありませんでした。

ところが、これが如何にも大滝御大らしい遣り口なんですが、ここにもうひとつ、プロモ盤オンリーのモノラルミックスが作られていて、後にそれを友人から聴かせてもらったサイケおやじは、その何とも言えない味わいの深さにシビレた記憶が今も鮮明です。

ただし、それはあくまでも業界内のお楽しみというか、マニアとかコアなファンに向けての大滝御大からの憎らしいプレゼントですから、カセットコピー等々は出回っていても、現物はウルトラ級の高嶺の花!

しかし、ご安心下さいっ!

近々、掲載盤を含む初期ナイアガラ期に発売されたアナログのシングル盤がボックス仕様で復刻され、当時のレア音源の数々を収録したCDアルバムも付属されるという朗報が♪♪~♪

う~ん、御大のマニアックな心意気を継承&伝承してくれるスタッフの姿勢には、素直に拍手ですよ♪♪~♪

ということで、話は戻りますが案の定、義理チョコの洗礼をありがたくいただきました。

基本的に甘い物を積極的に食さないサイケおやじは、送り主の御尊名だけをチェックして、私物ロッカーに収めてしまうだけですが、何が困ると言って、貰いっぱなしには出来ないお返しの現実が待っている事でしょう。

明らかに「百円ショップ」みたいなものから、手作り仕様の豪華版まで多種多様にあっても、それに差異をつける事が不可避なんですから、結局は毎年、シンプルな食事会を開いて早々に退出したり、所謂女子会への賛助金を出す事で格好をつけているんですから、なんだかなぁ……。

まさに青春時代の懊悩が何倍にもなって跳ね返って来たような気もするほどです。

でも……、サイケおやじの様な天邪鬼な変態に心底愛を伝えるチョコレートを贈ってもらえるはずが無い事は、しっかり自覚しておりますし、やっぱり急に1個も貰えなくなったら寂しいですから、ここは素直に感謝という広い心を持つと決めております。

もちろん、これが若い頃であったらなぁ~~~、というのが本音なんですけどねぇ~~~。
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明日はヴァレンタイン・ディだとさ…

2017-02-13 20:21:47 | Weblog

ちょっと心身ともに疲れたので、今日は休みます。

失礼致しました。

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五十嵐夕紀のトンデモヘビメタ歌謡

2017-02-12 17:19:55 | 歌謡曲
バイ・バイ・ボーイ / 五十嵐夕紀 (東芝)

その雑食性の高さゆえ、何かとトンデモ系のレコードが夥しく作られた歌謡曲の中でも、殊更アイドルのシングル曲ともなれば、何をやっても許されるのかっ!?

そんな賛否両論が飛び交う作品も珍しくなかったのが昭和歌謡曲の魅力のひとつでもありました。

例えば本日掲載のシングル盤A面曲「バイ・バイ・ボーイ」は、正統派アイドルとしてデビューしながら、ついには日活ロマンポルノに出演した事でも記憶される五十嵐夕紀が昭和54(1979)年夏に出した、これがアッと驚くヘビメタ歌謡!?

結論から述べさせていただければ、これはアメリカのヘビメタバンドとして日本でも人気があったライオットのデビューアルバムに収録され、シングルカットもされていた「幻の叫び / Warrior」のカバーであり、しかし歌詞は山川啓介が書いた日本語、さらにアレンジは馬飼野康二が担当したという、なかなかのニクイ仕上がりは、如何にもアイドルがど真ん中というジャケ写のイメージとは大きく離れた必殺の一撃でした!?!

というか、基本的にヒットが出せなくとも彼女が好きだったサイケおやじには、また同時にヘビメタが苦手だったサイケおやじには、何が悲しくて、こんなツッコミが激しい歌謡ロックをやっちまったのか……。

しかも歌詞の中味が如何にものアバズレフィーリングが全開なんですから、いやはやなんとも……。

と、独り苦悩(?)していたら、なんとっ! 

その元ネタが前述したライオットと名乗るアメリカのヘビメタバンドが前年に出したマニア御用達の人気曲だったという真相に触れ、思わず唸ってしまった衝撃は今も拭いきれません。
 

う~ん、だったらさぁ~~、ジャケ写のイメージをもっとそれらしくしたらどうなんだっ!

悔しいけれど、楽曲そのものはウケる要素がたっぷりなだけに、本気で勿体ないと思いましたですねぇ~~。

なにしろ同曲は、後の昭和57(1982)年にデビューした我が国のヘビメタクイーンと称される本城 未沙子が、別な日本語の歌詞でカバーしているほどの人気曲なんですからっ!

ちなみに、ここまでくれば本家ライオットも気になったもんですから、前述のデビューLP「怒りの廃墟 / Rock City」をロック喫茶でリクエストして鑑賞し、ちょいとあれやこれやを探求してみたら、この時点でのメンバーはガイ・スペランザ(vo)、マーク・リアリ(g)、L.A.クヴァリス(g)、ジミー・アイオミ(b)、ピーター・ビテリ(ds) という顔ぶれだったものが、今に至る活動期間中にはメンバーチェンジが頻繁という現実があり、もしかしたらライオットというバンドはプロデューサーかエージェント主導による一種のプロジェクトグループなんでしょうかねぇ~~?

ほとんどヘビメタには興味が薄いサイケおやじには、件のシングル盤を中古でゲットしただけで、後は、まあ、ど~でもいい話ではありますが、しかし事が大好きな五十嵐夕紀に関連しているとなれば、穏やかではないのが本音です。

ということで、以前にも書きましたが、五十嵐夕紀は売れなかったけれども素敵な、そして興味深い歌を幾つも残してくれました。

幸いな事に現在、それらはCDに纏められておりますので、機会があれば、皆様にもお楽しみいただきとうございます。

トンデモ路線も、彼女ならば許せるのがサイケおやじの偽りの無い気持であります。
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