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2014-12-28 18:48:50 | 日記
の護衛をつけただけの夜間航海計画を立案した軍令部の責任が大きいと指摘している[217]。「雪風」下士官の豊田義雄は、護衛駆逐艦側の問題として、第十七駆逐隊司令艦「浦風」の沈没と司令の戦死により指揮系統が混乱しており、各艦や「信濃」との連携が十分ではなかったと回想した[218]。

12月28日、東京で三川軍一中将のもと「信濃」の沈没原因を調査するための『S事件調査委員会』が開かれた[219]。「信濃」は事故ではなく敵の攻撃を受けて沈没したため、建前上は査問ではなく調査の形がとられたが、委員会に出席した「信濃」生存者は彼らを詰問する軍令部や工廠関係者に対し「脆い艦を作った造船関係、気密試験も省略させて出港させた軍令部、駆逐艦3隻だけの護衛で出港させた上層部」に対する怒りを抑えられなかったという[220]。会議の結果、責任を問われる当事者が多すぎたため、表立った処分を受けた者は誰もいなかった[221]。
アーチャーフィッシュの功績

「アーチャーフィッシュ」の乗員は、非常に大きな空母を攻撃したことは認識していたが、撃沈の確信を持つことは出来なかった[222]。またアメリカ軍はB-29からの偵察写真に「信濃」が写っていたのにもかかわらず当時「信濃」の存在を把握しておらず、「アーチャーフィッシュ」の報告も半信半疑の扱いであった。上官コーバス中佐は日本の暗号解読で判明した「信濃」という艦名から、「信濃川」の名をつけた巡洋艦改造空母を撃沈したと判断し、それで満足しろとエンライト艦長を説得している[223]。エンライトは「信濃」のスケッチを提出し、2万8000トン空母撃沈認定をもらった[223]。当時世界最大の空母を撃沈したと乗組員達が知るのは、戦後のことである[224]。「信濃」撃沈の功績に対して、殊勲部隊章が「アーチャーフィッシュ」に与えられた。現時点において、「信濃」は潜水艦に撃沈された最も巨大な船である[224]。
詳細は「アーチャーフィッシュ (潜水艦)」を参照
その他

信濃に搭載される予定だった主砲塔前楯は戦後アメリカ軍が技術調査で押収してアメリカ合衆国本土に持ち帰った。主砲前面の厚さ65センチの装甲板は至近距離から発射された40センチ砲によって破壊され、その残骸がワシントン海軍工廠の公園に展示されており、現在も見学することができる。日本より返還要求があったが拒否された[225]。
「信濃」用の46センチ砲身は7本完成しており、うち2本がアメリカ軍に押収されアメリカ本土に運ばれたが、試射はされず分解されスクラップにされたといわれる[225]。残りの砲身は武器に転用されず、大和、武蔵とも、砲身交換をすることもなく沈没したこともあって、日本国内で破壊された。
「信濃」の写真は、本項目にも使われているものと、米軍の横須賀偵察時の空撮での不鮮明な状態の二枚しか現存せず、細かい部分については不明な点も多い。本項目に使われている写真にしても戦後30年以上が経ったのち発見、公表されたものであり、それまでは、イラストやスケッチでしか本艦の威容は偲べなかった。
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2014-12-28 18:14:37 | 日記
を出て沖合いに繋留された[104]。だが竣工は1ヶ月遅れた11月19日となる。その間、日本海軍最後の大規模艦隊戦であるレイテ沖海戦(捷一号作戦)が起こり、連合艦隊は壊滅状態となる。しかし仮にレイテ沖海戦に参戦できていても、本艦に乗せる航空機はすでになかった。実際、空母「雲龍」は完成したが載せる航空機がなく、特攻兵器「桜花」の輸送船として使用され、潜水艦の雷撃で沈没した[105]。111号艦の資材を流用して航空戦艦に改造された戦艦「伊勢」、「日向」も搭載する航空機がなく、通常の戦艦として使用された。北号作戦では両艦とも格納庫を物資集積場とし、輸送船として活躍した。
戦歴
呉への回航準備

東京湾内での航空公試では、各種艦載機の離着艦実験を行った。11月11日は零戦や天山艦上攻撃機などの在来機[106][107]、11月12日には横須賀航空隊により局地戦闘機・紫電改を艦上型に改造した「試製紫電改二(N1K3-A)」や流星艦上攻撃機、彩雲偵察機等による発着艦実験が実施され、いずれも成功を収めている[107]。これが「信濃」で航空機が発着艦を行った唯一の事例であった。それらの結果から、紫電改や流星・彩雲などの洋上基地として活用を期待された。

11月24日、連合艦隊司令長官豊田副武大将はGF電令550号にて「『信濃』及び第十七駆逐隊は、『信濃』艦長之を指揮し横須賀発、速やかに内海西部に回航すべし。出港の日時、松山沖泊地へ向かう航路は艦長之を定むべし」と命じた[108]。残された艤装や兵装搭載の実施と、横須賀地区の空襲から逃れるための呉海軍工廠回航を意味していた。これは横須賀海軍工廠の上空をB-29爆撃機が飛行しており、近日中に空襲があることが予測されていたことも関係している[109]。米軍が撮影した航空写真にも「信濃」の姿が映っていた[110]。ただし、米軍は戦艦「大和」の推測データや「武蔵」が沈んだという情報は持っていても、空母「信濃」について把握していなかった[111]。

「信濃」の呉回航を後押しした原因はもう一つ存在した。徴用工の多用による横須賀工廠の技術力を懸念した日本海軍は、呉海軍工廠で「信濃」の艤装工事を行うことを完成を検討していたのである[112]。海軍の打診に対し大和型戦艦の造船主任である西島亮二海軍技術大佐は「信濃の残工事(艤装工事)は引き受ける」と意欲的だったため、海軍は「信濃」の呉回航を決定したという[112]。のちに西島は自らの発言を後悔することになった[112]。この時点に於いて「信濃」の内部では建造工事が続けられており、高角砲、噴射砲、機銃はほとんど搭載されていない(前述)。機関も12基ある缶(ボイラー)の内8基しか完成しておらず、最大発揮速力も20-21ノット程度という状態であった[113]。

呉海軍工廠へ回航に際して航空機は搭載されなかったが、代わりに特攻機の桜花を50機、貨物として搭載した[114]。艦上爆撃機(機種不明)を3機搭載したという証言や[115]、海洋特攻兵器震洋数隻を搭載したという説もある[116]。これについて「信濃の出撃が特攻にならなければいいが」という冗談があった[117]。

護衛の駆逐艦は第十七駆逐隊の陽炎型駆逐艦「浜風」(司令艦)、「磯風」、「雪風」の三隻だったが、既に
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2014-12-28 17:57:44 | 日記

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出発日 2015年01月19日~2015年03月19日
宿泊都市 グアム(島)(グアム)
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日 月 火 水 木 金 土
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4 5 6 7 8 9 10
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18 19 38,800 38,800 23,000 20 38,800 38,800 23,000 21 42,800 42,800 23,000 22 47,800 47,800 23,000 23 47,800 47,800 23,000 24 42,800 42,800 23,000
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2日目 終日:自由行動。
各種オプショナルツアーをご用意しております(要別途代金)
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3日目 終日:自由行動。
各種オプショナルツアーをご用意しております(要別途代金) グアム(島)
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グアム(06:15~12:10)発航空便(直行)空路、帰国の途へ。
成田(09:15~14:55)着。着後、解散となります。  

※上記発着時間は予告なく変更になる場合があります。

ご予算に合わせてホテルやフライトアレンジがお選びいただけます。
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フライトアレンジ【往路:午前発/復路:午後・夕刻発】

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ショッピングに便利な赤いシャトルバスが滞在中乗り放題!
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本サイトで表示しておりますホテルランク表示(王冠の数)は、各国のホテルランクや現地手配会社からの情報を基に当社が独自に設定したものです。表示は一つの目安であり、当社はこれを保証するものではございません。

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添乗員 なし(現地係員がご案内いたします)
最少催行人数 1名様 但し、1人部屋利用は別途追加代金が必要です。(相部屋不可)
1人部屋追加代金 通常期間 18,000円
延泊 不可
減泊 不可
ツアーコード TX-HGA4069-RECO
フライトアレンジプラン
利用航空会社 追加代金 期間
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(7,000円) 通常期間
<夕刻発/現地昼~夕刻帰り> 成田(17:00~21:20)発/グアム(21:45~翌01:55)着 グアム(12:05~17:05)発/成田(15:00~19:55)着 ユナイテッド航空、デルタ航空 いずれか(選択不可) 7,000円
(7,000円) 通常期間

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ご希望の出発日によっては、旅行代金が掲載されていてもお申し込みが受けられない場合がございます。詳しくはお問い合わせ下さい。
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ベッドなし子供代金を適用できる条件は、ご出発時の年齢が2歳以上12歳未満で、大人2名以上に同伴同室、1室合計が3・4名の場合となります。(一部4 名入室不可のホテルもあります。詳しくはお問い合わせください。)この場合、お子様のベッド、食事、アメニティはつきません。ベッドを利用する場合は、原則的に大人代金が適用となります
幼児代金の適用条件は、ご旅行帰国日までの年齢が2歳未満のお子様で、航空座席、ホテルのベッド、お食事を必要としない場合に適用となります。尚、2歳未満のお子様で航空座席を使用する場合は子供割引代金の適用となります。
ご利用ホテルなどその他詳細は、H.I.S.Ciaoグアム・サイパンパンフレット最新号に準じます。>デジタルパンフレットはこちら
パスポートの残存有効期限の不足、及び査証(ビザ)の不備等には十分ご注意下さい。 お客様ご自身がご確認されない場合は、当社としては責任を負いかねます。ご了承ください。
現地手配先:R&C TOURS GUAM INC.
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※グアム滞在中シレナラウンジ、シレナトロリーはご利用いただけませんので予めご了承ください。
※その他ご旅行条件などはツアーパンフレットチャオ「グアム・サイパン」最新号に準じますが、早期割引・各種特典などは対象外となりますのでご注意ください。
アイランドパスは現地にてお渡しします。また運行ルートやスケジュールは予告なく変更にばる場合がありますので詳細は現地にてご確認ください。
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パスポートの残存有効期限の不足、及び査証(ビザ)の不備等には十分ご注意下さい。 お客様ご自身がご確認されない場合は、当社としては責任を負いかねます。ご了承ください。
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2014-12-28 16:44:55 | 日記

児玉隆也

児玉 隆也(こだま たかや、1937年5月7日 - 1975年5月22日)は日本のジャーナリスト。兵庫県芦屋市生まれ。
経歴

9歳のときに画家だった父を失い、母に育てられる。芦屋市立芦屋高等学校を卒業後、早稲田大学第二政経学部に入学。21歳のときに岩波書店の月刊総合誌「世界」の懸賞原稿に入選する。

卒業する1年前から光文社の女性週刊誌「女性自身」の編集部でアルバイトをはじめ、卒業後入社。引き続き同誌編集部に籍を置く。

1972年2月に同社を退社してフリーとなる。

1974年「文藝春秋」編集長の田中健五に起用され、11月特別号の田中角栄に関する大特集のうち、「田中角栄研究-その金脈と人脈」(立花隆)とともに掲載された「淋しき越山会の女王」で越山会の金庫番である佐藤昭と田中の関係及び田中派内での佐藤の影響力について執筆して一躍有名となるものの、その頃すでに肺癌に侵されており、翌1975年5月に死去。
単行本 

「市のある町の旅-人情と風土にふれる朝市行脚」(1973年5月 産経新聞)
「淋しき越山会の女王 他六編」岩波現代文庫で再刊 2001年
「一銭五厘たちの横丁」 写真・桑原甲子雄 岩波現代文庫 2000年 第23回日本エッセイスト・クラブ賞受賞
「この三十年の日本人」 新潮文庫で再刊 1983年
「ガン病棟の九十九日」 新潮文庫で再刊 1980年 他数冊

執筆原稿 

「極限の中で、兵は天皇を想ったか」(1972年2月 潮出版社「潮」)
「週刊誌を泣かせる朝日新聞広告部」(1972年7月 噂「噂」)
「角栄、天下平定後の武将地図」(1972年8月 講談社「現代」)
「あるアイヌ青年の二十四年」(1972年11月 いんなあとりっぷ社「いんなあとりっぷ」)
「巣立ち、稼ぎ、ひとり立ち」(1973年2月 東海大学出版会「望星」)
「津軽の白鳥艦隊司令長官」(1973年3月 いんなあとりっぷ社「いんなあとりっぷ」)
「『若き哲学徒』はなぜ救命ボートを拒んだのか」(1973年6月 文藝春秋「文藝春秋」)
「チッソだけがなぜ?」(1973年10月 文藝春秋「文藝春秋」)
「学徒出陣、三十年目の群像」(1973年12月 文藝春秋「文藝春秋」)
「元祖"ふるさとと人間"宮田輝」(1974年8月 文藝春秋「文藝春秋」)
「淋しき越山会の女王」(1974年10月 文藝春秋「文藝春秋」)
「イタイイタイ病は幻の公害病か(追跡レポート)」(1975年2月 文藝春秋「文藝春秋」)

カテゴリ:

日本のジャーナリスト
早稲田大学出身の人物
兵庫県出身の人物
1937年生
1975年没

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2014-12-28 16:44:01 | 日記

立花隆
立花 隆
(たちばな たかし)
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誕生 橘 隆志
(たちばな たかし)
1940年(昭和15年)5月28日
日本の旗 日本長崎県長崎市
職業 ジャーナリスト・ノンフィクション作家・評論家
国籍 日本の旗 日本
テンプレートを表示

立花 隆(たちばな たかし、本名:橘 隆志 1940年5月28日 - )は、日本のジャーナリスト・ノンフィクション作家・評論家。

目次

1 来歴
2 人物
3 エピソード
4 批判
5 教育・執筆・講演活動
6 著作
6.1 対談・編著・共著
6.2 翻訳
7 声の出演
8 脚注
9 参考文献
10 関連人物・関連項目
11 外部リンク

来歴

1940年 長崎県長崎市に生まれる。父は長崎の女学校教師で後に編集者を務め、母は羽仁もと子の信奉者で、クリスチャンの家庭。戦前の右翼思想家・橘孝三郎は、父のいとこに当たる。
1942年(昭和17年) 父が文部省職員として北京の師範学校副校長となったため、一家で中華民国へ渡る。
1946年、引揚げで日本へ戻り、一時母方の茨城郡那珂西に住み、のちに父の郷里茨城県水戸市に移る。
茨城師範学校(茨城大学)付属小学校、中学校を経て、1956年(昭和31年)に水戸一高、千葉県に移ったため東京都立上野高等学校への転入を経る。小学校時代から読書に熱中し、自らの読書遍歴を記した文章を残している[1]。また、中学時代は陸上競技にも熱中。俳優の梅宮辰夫・モータージャーナリストの徳大寺有恒は中学時代の先輩であり、三人とも陸上競技選手だった。
1959年(昭和34年) 理系志望であったが色弱のために断念し、東京大学文科二類へ入学。在学中は小説や詩も書き、イギリスで開かれた反核会議にも参加。卒業論文はフランスの哲学者メーヌ・ド・ビラン。
1964年 文学部仏文科を卒業し、文藝春秋に入社し、「週刊文春」に配属される。直属の上司に堤尭がいた。先輩記者の導きで、文学青年時代から一転ノンフィクションを濫読して多大な影響を受けるが、もっともやりたくない仕事であるプロ野球の取材をさせられたことから、2年後に退職を決意。
1967年(昭和42年) 東京大学文学部哲学科に学士入学するが、翌68年に東大紛争が勃発し大学が休校となる。休校中に文春時代の仲間の誘いで文筆活動に入り、フリーライターとして活動を開始する。創刊時の雑誌『諸君!』に「生物学革命」、「宇宙船地球号」、「石油」などをテーマとしてノンフィクションや評論を書く。
1968年 「立花隆」のペンネームで文藝春秋増刊号「素手でのし上がった男たち」を発表。『諸君!』の初代編集長田中健五(のちの文藝春秋編集長)との交友が後の「角栄研究」に繋がる。
1969年 この前後の時期に「文藝春秋」や「週刊文春」に「60年安保英雄の栄光と悲惨」、「東大ゲバルト壁語録」、「この果てしなき断絶」、「実像・山本義隆と秋田明大」などを発表[2]。
1970年 東大紛争中(休校期間)の学費支払いを巡り大学事務と衝突。東京大学哲学科を中退。新宿でバー『ガルガンチュア立花』を経営し自らバーテンも務める。(中東出発で閉店)
1972年 講談社の川鍋孝文(のちの週刊現代編集長)の紹介でイスラエル政府の招待をうけ2週間イスラエルに滞在。招待期間終了後は自費で中東各地、地中海・エーゲ海を中心としたヨーロッパ諸国を放浪する。放浪期間中に偶然テルアビブ事件が発生。東大紛争以後中断していたジャーナリスト活動を現地で再開した。
1974年(昭和49年) 『文藝春秋』に「田中角栄研究~その金脈と人脈」を発表。田中金脈問題として大きな反響を呼び、田中角栄首相退陣のきっかけを作ったとされる。文藝春秋は角栄批判から手を引くが(その為単行本は講談社で出された)、その後も発表場所を変え、折に触れてを田中の問題を取り上げ、ロッキード事件で田中が逮捕された後は東京地裁での同事件の公判を欠かさず傍聴し、一審判決まで『朝日ジャーナル』誌に傍聴記を連載した。また同誌上で「ロッキード裁判批判を斬る」を連載し、俵孝太郎、渡部昇一ら田中角栄擁護論者を「イカサマ論法にして無知」と非難した。なお渡部は後年には、立花のことを高く評価するコラムを雑誌に発表している。朝日ジャーナルでの担当者は筑紫哲也。以後しばしば筑紫の番組に出演するなど公私ともに親交があった。
1976年(昭和51年)には『文藝春秋』に『日本共産党の研究』を連載。これに対して党側が組織的な反立花キャンペーンを展開して反論し、大論争に発展する。また、「総合商社」、「農協」、「中核・革マル」、脳死問題など巨大な権力、組織の究明を行う。

『諸君!』時代に書いていたサイエンス関係のテーマにも手を広げ、1981年には『中央公論』に「宇宙からの帰還」を発表。平凡社『アニマ』に連載された「サル学の現在」、ノーベル賞受賞者利根川進との対談『精神と物質』、『科学朝日』に連載された「サイエンス・ナウ」「電脳進化論」「脳を究める」、などのテーマを手がける。また、NHKやTBSなどにおいてドキュメンタリー番組制作にも携わり、連動した臨死体験などの著作もある。これらにより、1983年に菊池寛賞、1998年に司馬遼太郎賞をそれぞれ受賞。

1984年「田中角栄と私の9年間」で第45回文藝春秋読者賞受賞。
1995年アニメ映画「耳をすませば」で主人公の父親役を演じた。東京大学先端科学技術研究センター客員教授に就任。
1996年 - 1998年には、東京大学教養学部で「立花ゼミ」を主催。ゼミは2005年に再開され、現在も続いている。
この時期にも、『画家香月泰男』関連など様々な形でNHKなど放送メディアに出演した。
2002年 12月25日に大きな大腸ポリープがS字結腸に発見され切除するが、癌化を疑い自らを被写体として健康状態の患者からポリープが発見され切除、がんかどうかの病理検査、診断、告知までのドキュメンタリー番組の制作をNHKに提案。NHK側も同意して撮影開始。このとき、約束をしながら果たしていない約束が7つほどあることが判明。簡単には死ねないと感じる。いちばんの大仕事は1998年から連載していた『わたしの東大論』を本にする仕事であった。1999年頃には長年連れそった前妻が末期がんに侵され、彼女の依願で病院に同行を繰り返したりするが、1年間の闘病の末2000年に死去。この頃よりがんへの関心を深める。
2005年 東京大学大学院総合文化研究科特任教授に就任。
2007年 東京大学大学院情報学環特任教授、立教大学大学院特任教授に就任。同年12月に膀胱癌の手術を受け、『文藝春秋』(2008年4月号)に手記「僕はがんを手術した」を発表。
2009年11月27日、鳩山由紀夫内閣の事業仕分けで大型研究プロジェクトに交付される特別教育研究経費が予算要求の縮減と判定されたのを受けて全国各地の国立研究所長らと共に東京大学で記者会見を開き、「民主党は日本をつぶす気か」と仕分け結果を非難した。「資源小国の日本は科学技術による付加価値で生きていくしかない」と指摘した上で、「目の前で起きている出来事を見て怒りに震えている」と話した。作業風景の印象について「訳のわからない人たちが訳のわからないことを論じている」と評し、仕分け人を「バーバリアン(野蛮人)」と形容した[3]。ドキュメンタリー番組『旧友再会」(NHK)に梅宮辰夫と出演し、かつての住まい茨城県水戸市を訪問。

人物

幼少期より一貫して人の生と死の問題に関心を持ってきた。あるいは人間存在の本質に興味を抱き続けてきた。そのため、他人の目には一見すると結びつかないような多方面のことをテーマに考え、書いてきた。立花自身は次のように述懐している。「人生というのは、いつでも予期せぬことに満ち満ちている。計画など立てたところで、計画通りの人生など生きられるはずがないのである。もし自分の計画通りの人生を生きた人がいるとしたら、それはたぶん、つまらない人生を生きた人なのだ…(略)」[4]。
臨死体験、脳死、異常性格者、超能力などにも科学的な視点から論じることも多く、一部ではオカルト主義者との評価も生まれた。
猫好きで、東京都文京区小石川に「猫ビル」(巨大な猫の顔が壁に描かれている)の別名で呼ばれる地上三階地下一階建の事務所兼書庫を保有。数万冊にも上る蔵書を抱える。地下にはワインセラーを設置しており、無類のワイン好きである。猫ビルについては、妹尾河童が「ぼくはこんな本を読んできた」で図解で紹介している。
兄は朝日新聞社監査役を務めた橘弘道(たちばな ひろみち、1938年 - )。
KEKへの取材を続けている[5]。

エピソード

「週刊文春」の記者時代、プロ野球にだけは全く興味が無いため、その関係の仕事だけはさせないでほしいと宣言したが、「あの野郎は生意気だ」ということで、見せしめにプロ野球の取材を1週間させられたことから、退社する決意を固めた。自分がやりたくもないことを上司の命令というだけでやらねばならない事実に我慢ができなかった。現在もプロ野球には一切関心はなく「なぜあんなものに多くの人が夢中になれるのか全く理解できない」と自著に記している。
漫画家赤塚不二夫と「週刊プレイボーイ」で対談したが、初対面ながら共に、満州から引き揚げ出身でもあり意気投合している。立花自身それなりに面白い体験だったと自著に記している[6]。

批判

科学関連の仕事は、一部で文系と理系のクロスオーバーとして評価されている。だが他方では、その内容に誤りや誤解を招く表現があるという指摘がある。2000年以降、サイエンス分野を中心とした立花批判があった。これは立花の著述には、他人を見下すような姿勢や、本人の科学理解の水準が低いにも関わらず断定口調が目立つことが反感を買ったためだと推測される。また、自身が興味を持った事象については徹底的に調べて評論を行うのに、興味を失ったことに対しては我関せずという姿勢も見受けられ、彼の著作は結局は自己満足でしかないという批判もある[7]。
女性蔑視の発言がまれにあると一部で指摘された。例えば講談社から出版された「文明の逆説―危機の時代の人間研究」において、立花は「だいたい女は男にくらべて脳細胞の数が少ないせいか(中略)浅はかさと愚かしさをもってその身上とし」「多淫な女、複数の男性を望む女は例外なく冷感症、不感症」「女性が真に解放されたいと望むなら、早くオルガスムスを味わわせてくれる男を見つけることだ」などと記述した。これらの記述を、右派の評論家日垣隆は「男根主義」と皮肉った[8]。
立花が書く人物評には感情に流されやすい傾向や中傷めいた記述が目立つとの指摘があり、あやしげな話を持ち出しては名誉毀損で訴えられ敗訴というケースも多々見られたという[9]。
ライブドア前社長堀江貴文は、「堀江被告の保釈・幕引きで闇に消えたライブドア事件」(2006年5月10日)の記事で暴力団と関係があるように書かれたとして、立花と「日経BPネット」を運営する日経BP社を相手取って5000万円の損害賠償請求訴訟を起こした[10]。2008年10月3日、東京地裁は、「記事の内容は真実と認められない」として、立花らに200万円の支払いを命じた[11]。
2007年2月21日付の「日経BPネット」に、「政権の命取りになるか 安倍首相の健康問題」として、「安倍首相は紙オムツを常用せざるをえない状態」「安倍一族は短命の家系。一族の墓誌を丹念に調べた人の報告によると、40代50代で死んでいる人が沢山」などと記述し、 「J-CASTニュース」は、それに対する安倍事務所の怒りの声と、ネット掲示板2ちゃんねる上の立花批判の書き込みを取り上げている[12]。
自民党の鳩山邦夫の元秘書であったジャーナリスト上杉隆は、具体例として小沢一郎民主党幹事長の政治資金問題を挙げ、立花が検察や小沢や民主党など事件当事者への取材を一切行わず、新聞・テレビの報道や過去の経験を基に憶測で記事を書いている点、さらには10年以上永田町で取材を行っていない点などを指摘し、立花の記事の杜撰さを批判した。

教育・執筆・講演活動

2010年2月現在、東京大学大学院情報学環特任教授、立教大学21世紀社会デザイン研究科特任教授、大宅壮一ノンフィクション賞の選考委員も務める。
文系や理系などの垣根を乗り越え、学問の総合・融合・全体像という俯瞰的な視点から、その時代の最先端科学の現場へ足を運んで取材し、一般市民が理解できるように配慮した執筆・出版・ネット発信活動を行ってきた。これまでの科学系の著書のほとんどは、その時代の最先端科学を伝える内容である。
宇宙飛行士の野口聡一は高校3年生のときに立花の著書「宇宙からの帰還」を読み、宇宙飛行士になる決心をした[13]。2005年12月、野口・立花の対談が実現[14]。
2007年に膀胱癌が見つかってから、癌をテーマにした執筆・講演活動が増えた。
ほぼ毎年行われている自然科学研究機構シンポジウムに、プログラムコーディネータとして参加している。

第1回 「見えてきた!宇宙の謎。生命の謎。脳の謎。」
第2回 「爆発する光科学の世界 量子から生命体まで」
第3回 「生物の生存戦略 われわれ地球ファミリーは いかにして ここに かくあるのか」
第4回 「宇宙の核融合・地球の核融合」
第5回 「解き明かされる脳の不思議 脳科学の未来」
第6回 「宇宙究極の謎 暗黒物質、暗黒エネルギー、暗黒時代」
第7回 「科学的発見とは何かー『泥沼』から突然『見晴らし台』へ」
第8回 「脳が諸学を生み、諸学が脳を統合する」
第9回 「ビックリ4Dで見るサイエンスの革新」
第10回 「多彩な地球の生命-宇宙に仲間はいるのか」
第11回 「宇宙と生命-宇宙に仲間はいるのかⅡ」
第12回 「知的生命の可能性-宇宙に仲間はいるのかⅢ」

著作

※文庫版は版元や巻数が、初版底本と同一の場合は記述省略。

『素手でのし上がった男たち』 番町書房、1969
『思考の技術』 日経新書 1971、中公文庫 1990
『日本経済・自壊の構造』 日本実業出版社 1973。菊入龍介名義
『中核 vs 革マル』全2巻 講談社 1975、文庫 1983
『田中角栄研究』 講談社 1976(のち新版・講談社文庫 全2巻)
『文明の逆説 危機の時代の人間研究』講談社 1976(のち文庫)
『日本共産党の研究』 講談社 全2巻 1978(のち文庫 全3巻) 第1回講談社ノンフィクション賞受賞
『ジャーナリズムを考える旅』文藝春秋 1978(のち改題『アメリカジャーナリズム報告』文春文庫)
『アメリカ性革命報告』文藝春秋 1979(のち文庫)
『農協』朝日新聞社 1980(のち文庫)
『ロッキード裁判傍聴記』(1~4)、朝日新聞社 1981~85(のち改題『ロッキード裁判とその時代』 朝日文庫)
『田中角栄いまだ釈明せず』朝日新聞社 1982(のち改題『田中角栄新金脈研究』 朝日文庫)
『宇宙からの帰還』中央公論社 1983 中公文庫、1985
『「知」のソフトウェア』講談社現代新書 1984
『青春漂流』 講談社スコラ 1985 (のち講談社文庫)
『論駁--ロッキード裁判批判を斬る』(1~3) 朝日新聞社、1985-86(のち文庫)
『脳死』中央公論社 1986(のち文庫)
『脳死再論』中央公論社 1988(のち文庫)
『同時代を撃つ 情報ウオッチング』(1~3)、講談社 1988-90(のち文庫)
『サイエンス・ナウ』朝日新聞社 1991(のち文庫)
『サル学の現在』平凡社 1991(のち文春文庫 全2巻)
『脳死臨調批判』中央公論社 1992(のち文庫)
『電脳進化論 ギガ・テラ・ペタ』朝日新聞社 1993(のち文庫)
『巨悪 vs 言論』文藝春秋 1993(のち文庫 全2巻)
『臨死体験』(全2巻)、文藝春秋 1994(のち文庫)
『ぼくはこんな本を読んできた』文藝春秋 1995(のち文庫)
『インターネット探検』講談社、1996
『脳を究める』朝日新聞社、1996 (のち文庫)
『立花隆の同時代ノート』講談社、1997
『インターネットはグローバル・ブレイン』講談社、1997
『立花隆・100億年の旅』朝日新聞社、1998(のち文庫)
『100億年の旅2 宇宙・地球・生命・脳 その原理を求めて』朝日新聞社、1999(のち文庫)
『100億年の旅3 脳とビッグバン』朝日新聞社、2000(のち文庫)
『人体再生』 中央公論新社、2000(のち文庫)
『21世紀 知の挑戦』文藝春秋、2000(のち文庫)
『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』文藝春秋、2001(のち文庫)
『東大生はバカになったか 知的亡国論+現代教養論』文藝春秋、2001(のち文庫)
『解読「地獄の黙示録」』文藝春秋、2002(のち文庫)
『「田中真紀子」研究』 文藝春秋、2002(改題「政治と情念」文春文庫)
『「言論の自由」VS.「●●●」』文藝春秋、2004
『イラク戦争・日本の運命・小泉の運命』講談社、2004
『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』文藝春秋、2004
『思索紀行 ぼくはこんな旅をしてきた』書籍情報社、2004
『エーゲ 永遠回帰の海』書籍情報社 2005、須田慎太郎(写真)
『天皇と東大 大日本帝国の生と死』 文藝春秋 全2巻、2005(のち文庫全4巻)
『滅びゆく国家 日本はどこへ向かうのか』 日経BP社、2006
『ぼくの血となり肉となった500冊 そして血にも肉にもならなかった100冊』文藝春秋 2007
『小林・益川理論の証明 陰の主役Bファクトリーの腕力』 朝日新聞出版、2009
『立花隆の書棚』中央公論新社、2013、薈田純一(写真)
『自分史の書き方』講談社、2013
『読書脳 ぼくの深読み300冊の記録』 文藝春秋、2013
『四次元時計は狂わない 21世紀文明の逆説』文春新書、2014

対談・編著・共著

『遊びの研究』三一書房 1976

9つの討論会の司会を務め、「現代人における<遊び>の構造」を執筆

『われらが青春―安東仁兵衛対談集』現代の理論社 1979

安東仁兵衛が立花や、吉村昭、坂本義和、柴田翔、丸山真男と対談

『ロボットが街を歩く日』吉川弘之との対話、三田出版会 1987
『精神と物質』 文藝春秋 1990、文春文庫 1993

利根川進へのインタビュー・編著 (第4回新潮学芸賞受賞)

『ランダムな世界を極める』米沢冨美子との対話、三田出版会 1991、平凡社ライブラリー 2001
『脳死 NHKスペシャル』 NHK取材班と共編著、日本放送出版協会 1991
『宇宙よ』 秋山豊寛との対話、文藝春秋 1992(のち文庫全2巻)
『マザーネイチャーズ・トーク』新潮社 1993(のち文庫) 8人との対話集
『生、死、神秘体験 対話篇』 書籍情報社 1994(講談社文庫 2007) 10人との対話
『宇宙を語る 対話集』 書籍情報社、1995(中公文庫全2巻 2007) 文庫化で講演記録を増補、7人との対話
『証言・臨死体験』文藝春秋 1996(のち文庫) インタビュー集
『無限の相のもとに』埴谷雄高との対話、平凡社、1997
『立花隆のすべて』 文藝春秋 1998(のち文庫全2巻) インタビューほかの編著
『環境ホルモン入門』東大教養学部立花隆ゼミ共編、新潮社、1998
『サイエンス・ミレニアム』中央公論新社、1999(のち文庫) 科学者との対話集
『二十歳のころ 東大教養学部立花隆ゼミ』 新潮社、1998、68名へのインタビュー編著

『二十歳のころⅠ 1937-1959』、『Ⅱ1960-2001』 新潮文庫全2巻、2002、ランダムハウス講談社文庫全2巻、2008 

『東大講義人間の現在1 脳を鍛える』 新潮社、2000(のち文庫) 編著
『新世紀デジタル講義』 新潮社、2000(のち文庫) 編著
『立花隆「旧石器発掘ねつ造」事件を追う』朝日新聞社、2001、編著
『読む力・聴く力』 岩波書店 河合隼雄、谷川俊太郎との共著 2006
『南原繁の言葉』東京大学出版会 2007 編者代表
『戸塚洋二 がんと闘った科学者の記録』 文藝春秋 2009 共編著 
『ぼくらの頭脳の鍛え方 必読の教養書400冊』 佐藤優との対話、文春新書、2009
『未来をつくる君たちへ 司馬遼太郎作品からのメッセージ』 関川夏央、松本健一、日本放送出版協会 2009
『白川静読本』 五木寛之、松岡正剛、宮城谷昌光、内田樹、町田康、押井守ほか多数 平凡社 2010
『がん 生と死の謎に挑む NHKスペシャル』 NHK取材班 文藝春秋 2010、番組DVD付き、のち文庫(DVDはなし)
『二十歳の君へ―16のインタビューと立花隆の特別講義』 東京大学立花ゼミ+立花隆 文藝春秋 2011
『私と宗教』 高村薫、小林よしのり、小川洋子、荒木経惟、高橋惠子、龍村仁、細江英公、想田和弘、水木しげる 平凡社新書 2011
『「こころ」とのつきあい方 13歳からの大学授業(桐光学園特別授業Ⅳ)』 桐光学園中学校・高等学校、御厨貴、高山宏、宮島達男ほか 水曜社 2012
『地球外生命 9の論点』 佐藤勝彦、長沼毅、皆川純ほか、自然科学研究機構編集 ブルーバックス 2012
『体験から歴史へ─〈昭和〉の教訓を未来への指針に』 保阪正康、半藤一利、田城明 講談社 2013
『立花隆の「宇宙教室」 「正しく思考する技術」を磨く』 岩田陽子 日本実業出版社 2014

翻訳

『アメリカ人の雑学おもしろ小百科』バリー・ターシス(講談社 1984)
『バーバラ・ハリスの臨死体験』ライオネル・バスコム共著(講談社 1993、講談社+α文庫 1998)
『アポロ13号奇跡の生還』ヘンリー・クーパーJr(新潮社 1994、新潮文庫 1998)

声の出演

耳をすませば(月島靖也)

脚注

^ 『ぼくはこんな本を読んできた』[要ページ番号]
^ 「立花隆のすべて (下)」文春文庫[要ページ番号]
^ リアルスポーツ(2009年11月28日)
^ 『生、死、神秘体験』
^ 「小林益川理論の証明」
^ 「赤塚不二夫の「これでいいのだ!!」人生相談」(集英社、1995年)
^ 『立花隆先生、かなりヘンですよ - 「教養のない東大生」からの挑戦状』谷田和一郎著(洋泉社 2001年11月)
^ 『通販な生活 一生を1ギガで終えないための買い物学』(講談社 2008年4月)
^ 『立花隆「嘘八百」の研究―ジャーナリズム界の田中角栄、その最終真実』(宝島社 2002年1月)
^ 堀江氏が立花隆さんを提訴 デイリースポーツ 2007年8月24日
^ 立花のコラムについて堀江被告、立花氏に勝訴=コラムの名誉棄損認定-東京地裁 時事通信 2008/10/03-19:36
^ 首相は「紙オムツ常用」状態!? 立花隆の超過激コラム ライブドアニュース 2007年02月26日
^ http://iss.jaxa.jp/kids/astro/noguchi.html
^ 「宇宙を語るⅠ 宇宙飛行士との対話」(中公文庫)

参考文献

文藝春秋編『立花隆のすべて』(文藝春秋,1998年)ISBN 4-16-353810-0 / (文春文庫上下,2001年)ISBN 4-16-721776-7 / ISBN 4-16-721777-5
佐藤進『立花隆の無知蒙昧を衝く 遺伝子問題から宇宙論まで』(社会評論社,2000年)ISBN 4-7845-0607-1 / 増補改訂版(社会評論社,2001年)ISBN 4-7845-0608-X
谷田和一郎『立花隆先生、かなりヘンですよ 「教養のない東大生」からの挑戦状』(洋泉社,2001年)ISBN 4-89691-580-1 / 宝島社文庫(宝島社,2002年)ISBN 4-7966-2840-1
別冊宝島編集部『立花隆「嘘八百」の研究』(宝島社,2001年)ISBN 4-7966-2556-9 / 宝島社文庫(宝島社,2002年)ISBN 4-7966-2781-2
佐々木千賀子『立花隆秘書日記』(ポプラ社,2003年,秘書による日々のドキュメント)ISBN 4-591-07659-8
CD 『慶應MCC夕学セレクション 立花隆「科学ニッポン最前線」』 (日本音声保存,2008年)

関連人物・関連項目

田中角栄
田中眞紀子
小沢一郎
筑紫哲也
埴谷雄高
武満徹 - 未刊行だが、雑誌『文学界』において「武満徹・音楽創造の旅」を長期連載。
エリザベス・キューブラー=ロス
フランシス・フォード・コッポラ
香月泰男
寺山修司
利根川進
梨元勝
田中健五
朝日ジャーナル
週刊現代
月刊現代
文藝春秋(月刊)
諸君!
地獄の黙示録
山中伸弥
戸塚洋二
日本共産党

外部リンク

シェ・タチバナ 立花隆公式ページ - 講演の予定を掲載。
SCI(サイ)
立教 立花組乱歩通り裏・6号館 ネコ屋敷
立花 隆|東京大学大学院 情報学環・学際情報学府
PRESIDENT Online 著者インタビュー 「立花隆著『立花隆の書棚』」- インタビュー
「教育の基本は言葉を交わすこと -『調べて書く』実地教育のすすめ」大修館書店 国語情報室- インタビュー

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日本のジャーナリスト
日本の評論家
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東京大学の教員
日本の随筆家
ロッキード事件の人物
文学関連の人物
文藝春秋の人物
日本の引揚者
立教大学の教員
東京大学先端科学技術研究センターの人物
菊池寛賞受賞者
田中角栄
東京大学出身の人物
長崎県出身の人物
茨城県出身の人物
1940年生
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