帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの「古今和歌集」 巻第四 秋歌上 (217) あきはぎをしがらみふせてなく鹿の

2017-05-03 19:26:56 | 古典

            

 

                          帯とけの古今和歌集

                     ――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――


 国文学が無視した「平安時代の
紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観」に従って、古典和歌を紐解き直している。古今和歌集の歌には多重の意味があり、その真髄は、公任のいう「心におかしきところ」で、人のエロス(生の本能・性愛)の表現にある。俊成がいう通り、歌言葉の浮言綺語に似た戯れのうちに顕れる。

歌のエロスは、中世に秘事・秘伝となって「古今伝授」となり、やがて、それらは埋もれ木の如くなってしまった。はからずも、当ブログの解釈とその方法は「古今伝授」の解明ともなるだろう。

 

古今和歌集  巻第四 秋歌上 217

 

(題しらず)                 (よみ人しらず)

あきはぎをしがらみふせてなく鹿の 目には見えずてをとのさやけさ

(詠み人知らず、女の詠んだ歌として聞く)

(秋萩を、足に・絡み伏せて、鳴く鹿の、姿は・目に見えずして、音・声の、澄んで冴えたさまよ……厭き端木、お、肢絡み伏せて泣く、肢下のめには、見ることできず、お門の冷え冷えするさまよ)。

 

歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る

「秋萩…飽き端木…厭き端気…おとこの果て」「を…対象を示す…お…おとこ」「しがらみ伏せて…足に絡み伏せて…立つことなく」「なく…鳴く…泣く…なみだを流す」「しか…鹿…肢下」「め…目…女…おんな」「見…覯…媾…まぐあい」「ず…打消しの意を表す」「をと…音…声…お門…おとことおんな」「と…門…身の門…おんな」「さやけさ…清々しさ…冴えたさま…冷え冷えしたさま」。

 

枯れゆく秋萩、あしに絡むのを折り伏せて歩む音、鳴く鹿の声、冴え渡る晩秋の風情。――歌の清げな姿。

厭き端木のおとこ、肢からむように伏して、汝身唾を流す、めには見ることできす、おとこと、門の、冷え冷えしたさまよ。――心におかしきところ。

 

はかないおとこの、ものの果ての冷え冷えしたさまを、皮肉を込めて言い出した女の歌のようである。

 

詠み人の名も性別も知れない、(215)(216)(217)三首の歌を、晩秋の自然詠、あるいは、移ろう季節についての感傷的心を詠んだ歌とするのが、江戸時代より現在までの、常識的な解釈であろう。しかし、それは、仮名序や真名序の記述、及び、貫之、公任、清少納言、俊成の歌論と言語観を、曲解するか無視した、うわの空読みによる解釈である。

三首とも、女の心に思うことを、言葉にして表出した本音の歌である。

 

(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本による)

ジャンル:
文化
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 帯とけの「古今和歌集」 巻第... | トップ | 帯とけの「古今和歌集」 巻第... »

古典」カテゴリの最新記事