帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの「古今和歌集」 巻第二 春歌下(111)こまなめていざ見にゆかむふるさとは

2016-12-28 19:11:30 | 古典

             

 

                        帯とけの「古今和歌集」

               ――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――

 

「古今和歌集」の歌を、原点に帰って、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成に歌論と言語観を学んで聞き直せば、歌の「清げな姿」だけではなく、隠れていた「心におかしきところ」が顕れる。それは、普通の言葉では述べ難いエロス(性愛・生の本能)である。今の人々にも、歌から直接心に伝わるように、貫之のいう「言の心」と俊成の言う「歌言葉の戯れ」の意味を紐解く。                                                                                                                                                                                                                                   

 

「古今和歌集」 巻第二 春歌下111

 

題しらず                よみ人しらず

こまなめていざ見にゆかむふるさとは 雪とのみこそ花はちるらめ

題知らず                    詠人知らず(男の歌として聞く)

(駒並べて、友よ・さあ見に行こう、古里は、雪とばかりに、花吹雪は散っているだろう……こ間なめて、いさ見にゆこう、古妻は、逝きとばかりにだ、わが白ゆきの花は散るだろう)

 

 

歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る

「こま…馬…駒…股間」「なめて…並べて一緒に…舐めて」「見…見物…覯…媾…みとのまぐはひ…まぐあい」「ゆかむ…行こう…逝こう」「ふるさと…故郷…生まれ育ったところ…古里…古女…古妻」「さと…里…言の心は女…さ門…おんな」「ゆき…雪…白ゆき…おとこの情念…逝き」「のみ…だけ…限定の意を表す…飲み…呑み」「こそ…強調する意を表す」「花…木の花…男花…おとこ花…白雪の花」「ちる…散る…果てる…逝く」「らめ…らむ…(散る)ことだろう」。

 

共に、いざ見物に行こう、今頃・故郷は花吹雪だろう。――歌の清げな姿。

股間舐めて、さあ、見に逝こう、振るさ門は白ゆきと呑みてぞ、両人の華は、散り果てるだろう。――心におかしきところ。

 

歌の心におかしきエロスが、ほぼ表面に顕れて、「玄之又玄なる歌」ではない。深い心もないようである。

 

(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本による

ジャンル:
文化
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 帯とけの「古今和歌集」 巻... | トップ | 帯とけの「古今和歌集」 巻... »

古典」カテゴリの最新記事