帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの「古今和歌集」 巻第四 秋歌上 (179) 年ごとに逢ふとはすれどたなばたの

2017-03-20 19:11:34 | 古典

             

 

                       帯とけの古今和歌集

                              ――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――

 

国文学が全く無視した「平安時代の紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成の歌論と言語観」に従って、古典和歌を紐解き直せば、仮名序の冒頭に「やまと歌は、人の心を種として、よろずの言の葉とぞ成れりける」とあるように、四季の風物の描写を「清げな姿」にして、人の心根を言葉として表出したものであった。その「深き旨」は、俊成が「歌言葉の浮言綺語に似た戯れのうちに顕れる」と言う通りである。

 

古今和歌集  巻第四 秋歌上 179

 

なぬかの日の夜よめる            凡河内躬恒

年ごとに逢ふとはすれどたなばたの ぬるよのかずぞすくなかりける

七夕の日の夜詠んだと思われる・歌……なにかの日の夜詠んだらしい・歌。 おほしかふちのみつね

(年毎に七月七日に逢うとしても、たなばた姫の共寝する数ぞ、少ないことよ……疾し毎に和合するとしても、多なはたおんなの、濡る夜の数ぞ、少ないことよなあ)

 

 

歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る
 
「なぬか…七日…何ぬか…何か」。
 「年…とし…疾し…早い…一瞬」「あふ…逢う…合う…和合する」「たなばた…七夕姫…たなはた姫…多なはた女…多情のその上またのおんな」「な…の」「はた…それでもやはり…その上にまた」「ぬる…寝る…共寝する…濡る…ものの涙(汝身唾)に濡れる」「ける…けり…詠嘆の意を表す」。

 

毎年一度、逢うとしても、七夕姫の共寝する数は、少ないことよ。――歌の清げな姿。

疾しごとに、和合するにしても、多なはたおんなの、濡れる夜の数は、少ないことよ。――心におかしきところ。

 

やさしい普通の言葉が並んでいるのに、その言葉の戯れのうちにエロスが顕れる。みつねの歌を一瞥して、くだらいと侮っていると、後に悔やむことになるだろう。

 

(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本による)

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