帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの「古今和歌集」 巻第三 夏歌 (168) 夏と秋と行かふ空のかよひ路は

2017-03-07 19:56:15 | 古典

             


                          帯とけの古今和歌集

               ――秘伝となって埋もれた和歌の妖艶なる奥義――

 

古典和歌は、紀貫之、藤原公任、清少納言、藤原俊成ら平安時代の歌論と言語観に従って紐解き直せば、公任のいう歌の「心におかしきところ」即ち俊成がいう歌の深い旨の「煩悩」が顕れる。いわば、エロス(生の本能・性愛)である。普通の言葉では言い出し難いことを、「清げな姿」に付けて表現する、高度な「歌の様(歌の表現様式)」をもっていたのである。

 

古今和歌集  巻第三 夏歌 168

 

みな月のつごもりの日よめる       (躬恒

夏と秋と行かふ空のかよひ路は 片へすゞしき風やふくらむ

水無月の晦日の日に詠んだと思われる・歌……身な尽きの果ての日に詠んだらしい・歌 (みつね

(夏と秋と行きかう空の通い路は、片方に、涼しい風が吹いているだろうか……懐つと厭きの行きかう、空しい通い路では、片方、涼しい心風がなあ、吹いているだろう)。

 

 

歌言葉の「言の心」を心得て、戯れの意味も知る

「みな月…水無月…六月…夏の終わり…見無尽き…身な尽き…身の尽き」「な…の」。

「夏…なつ…懐つ…懐く…慣れ親しむ…なづ…撫づ…愛撫する」「秋…飽き…飽き満ち足り…厭き…嫌気」「そら…空…空虚…空しい」「かよひ路…通い路…おんな」「みち…路…言の心は女…おんな」「かたへ…片方…女か男かどちらか片方」「すゞしき風…涼しい秋風…涼しい厭きの心風…やがて心も凍る寒風となれば離別あるのみ」「風…季節風…心に吹く風」「や…疑いの意を表す…詠嘆的に示す」「らむ…推量の意を表す」。

 

去る暑い夏、来たる秋、空の通い路は、片側に涼し風が吹いているだろうか。――歌の清げな姿。

撫で懐く、飽き厭きる、空しき通い路は、片方になあ、涼しい心風が吹いているようだ。――心におかしところ。


 これが、人の心の常、永遠の愛も、とこしへの「合ひ」も、夢之又夢である。

 

夏歌の巻は、これにて終わり、秋歌に移る。春来たるという時に、季節はずれではあるが、秋の風物は歌の主題ではなく、こと寄せるべき「清げな姿」にすぎない。和歌は、人の心が主題であることは、仮名序の冒頭、「やまと歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞ成れりける」を一行読めばわかる。百数十首の既読の歌について、その心を曲りなりにも紐解いてきた。人の心が多重の表現様式を以て表出されてあり、「人の心が言の葉となっている」ことを確かめる旅路である。まだ先が遠い。

 

(古今和歌集の原文は、新 日本古典文学大系本による)

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