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トルコ語歌詞翻訳Mor Ve Ötesi - Festus(フェストゥス)(2010)

2017-06-14 23:15:02 | トルコ


Merhabalar!
今回はMor Ve Ötesiというバンドの Festus(フェストゥス)という曲を訳しています。

Festusというのは人の名前で、2007年にイスタンブル県ベイオール市で起きた公安局内でのナイジェリア人殺害事件の被害者の名前からとられています。
この事件は、トルコに移民や難民として住む外国人が直面する差別や不公平を象徴するものとして取り上げられ、事件に対する抗議活動も散見されました。(写真はデモの様子)
この曲もそうした抗議活動の流れを受けて作られたものと考えられます。
特に歌詞に出てくる「farklı olanlar onların derdi ((彼らとは)違った人が彼らの悩みさ)」という箇所は、トルコ社会が抱える民族間の分断が風刺されているように見て取れます。

それでは、聞いてください。Mor Ve Ötesiで 「Festus」

(後半にこの曲の背景となる事件の概要を載せましたので、そちらもどうぞ^^)



Mor Ve Ötesi - Festus

kim miyim?
僕は誰だ?
emniyette bir zenci.
警察局には一人の黒人が
yaşar mıyım?
僕は生きているのか?
şansım yüzde elli.
僕のチャンスは50%

vurmaz mıyım?
僕は叩きつけないのか
kafamı duvarlara.
自分の頭を 壁に向かって
az mıyım? yaramaz mıyım?
ぼくは足りないのか? わがままなのか?

beyoğlu artık güvenli
ベイオールはもう安全
lacivert ordu beni de yendi
紺色になった  彼はぼくをも負かした
sordum onları ne gerdi?
彼らに聞いたさ 何を緊張させたのか
farklı olanlar onların derdi
(彼らとは)違った人が彼らの悩みさ
farklı olanlar onların derdi
(彼らとは)違った人が彼らの悩みさ

kim miyim? münafık bir yalelli
ぼくは誰だ?仲たがいをさせるアラビア語の歌だ
yaşar mıyım?
僕は生きているのか?
şansım yüzde elli.
僕のチャンスは50%
bulmaz mıyım kendimi kollarında?
見つからないのか? 自分自身が 自分の腕に
az mıyım? yaramaz mıyım?
ぼくは足りないのか? わがままなのか?

beyoğlu artık güvenli
ベイオールはもう安全
lacivert ordu beni de yendi
紺色になった  彼はぼくをも負かした
sordum onları ne gerdi?
彼らに聞いたさ 何を緊張させたのか
farklı olanlar onların derdi
(彼らとは)違った人が彼らの悩みさ
farklı olanlar onların derdi
(彼らとは)違った人が彼らの悩みさ

beyoğlu artık güvenli
ベイオールはもう安全
lacivert ordu beni de yendi
紺色になった  彼はぼくをも負かした
sordum onları ne gerdi?
彼らに聞いたさ 何を緊張させたのか
farklı olanlar onların derdi
(彼らとは)違った人が彼らの悩みさ

farklı olanlar onların derdi
(彼らとは)違った人が彼らの悩みさ

歌詞ソース
http://sarki.alternatifim.com/data.asp?ID=115916&sarki=Festus&sarkici=Mor%20Ve%20%D6tesi
画像ソース
https://bianet.org/bianet/insan-haklari/127303-taniklardan-kapsamli-bir-saniklik-cagrisi
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
おまけ:背景にある事件―公安局内におけるナイジェリア人殺害事件(2007年)




概要
2007年8月21日、ナイジェリア人のフェストゥス・オケイ氏がベイオール市警公安局内にて警官ジェンギズ・ユルドゥズ氏により銃殺された事件

裁判の過程

2007年11月27日より開始された審問にて、裁判所はオケイ氏の身元を確認しようと試みたが、殺された人物がオケイ氏であるという証拠が得られなかった。
また、オケイ氏が殺害された時に着ていた衣服が紛失したことから、証拠不十分のため警官のユルドゥズ氏は一旦不起訴となった。(シャツは拳銃がどの程度の距離から、そしてどの角度から発砲されたのかを示す観点から、非常に重要な証拠となる。)
その後しばらくの間、審問は開かれなかったが、オケイ氏の兄弟が自身のDNAを遺体と照合したことで、裁判に関与可能になったことがきっかけとなり、審問が再開される。
そして、2011年12月13日に開かれた第16回審問においてオケイ氏を殺害した警官、ジェンギズ・ユルドゥズ氏に4年2か月の禁固刑が言い渡された。

社会への影響

裁判の過程にて不可解な対応が見られたことにより、裁判期間中、難民や移民が直面する差別や不公平の問題と絡めた司法の対応に対する抗議活動がトルコ国内で散見された。

問題点
裁判の不可解な点については以下の項目が挙げられ、司法が警察組織の不祥事を隠蔽しようとしている疑いが市民から出てくる理由となっている。
①国連高騰難民弁務官(UNHCR)により作成された身分証明書の存在にもかかわらず長期間にわたり身元の特定ができないと公表され続けたこと
②殺害された人物がオケイ氏であることが裁判所により認められていないにもかかわらず、遺体自体はオケイ氏の遺族のもとに渡っていること
③被害者の身元の確認が取れないことを理由に移民支援団体やオケイ氏の家族による裁判への介入が裁判所により拒否され続け、審問が長期間中断されたこと(オケイ氏の兄弟によるDNA照合により審問は再開。これが無かったら本当にうやむやになっていた。)
④被害者が事件現場から病院へ向かうまでの間に、証拠となるはずのオケイ氏のシャツがなくなっていること
⑤容疑者である警官が逮捕されず事件後も職務を継続していたこと


参考記事
http://www.radikal.com.tr/yazarlar/ozgur-mumcu/festus-okey-kim-1056226/

https://bianet.org/bianet/insan-haklari/156185-festus-okey-davasi-yeniden-basliyor

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