はさみの世界・出張版

三国志中心の、創作小説のHP「はさみの世界」の出張版です。
どうぞ、ごゆっくりお楽しみくださいませ!(^^)!

孤月的陣 花の章 11

2017年08月09日 09時30分26秒 | 孤月的陣 花の章
『壷中』という組織は、いったい、なんのための、だれに拠る組織なのか?
この樊城と、徐州の出である『よそもの』の糜芳を結び付けているものは何だ?
なぜ自分が、『壷中』の仲間である可能性がもっとも薄く、『壷中』であるとすれば、、恥知らず、と見なされるのか?
 
ふと、斐仁の腫れあがった顔に、怪訝そうな表情が浮かぶ。

斐仁を冷静にさせてはいけない。
斐仁は七年間も周囲を欺きとおしてきた男なのだ。
勝負に出てみるか。

「斐仁よ、しかし、くらだぬ真似をしたものだな。復讐するにしても、程子聞なという小物を殺めるとは。その程度では、われらはびくともせぬ」
「程子聞…?」
腫れた瞼の下にある双眸が、ぎらついた光をなくし、どんどん理性的なものに代わっていく。

しまった。

孔明は内心で舌打ちした。
理由ははっきりしないが、勝負に負けたのだけはわかった。
斐仁は、ぐるぐる巻きにされた身体を伸ばすようにして、孔明たちに問いかけてくる。

「莫迦な。死んだのは、程子聞なのか?」
「ふざけるな! おまえが殺したのであろう!」
と、趙雲が決め付ける。
すると、当初はぽかんとしていた斐仁だが、やがてなにかが頭の中で結びついたらしい。徐々に身体を揺らし始め、やがて、それは切れた唇から、哄笑となって上がってきた。
哄笑は、不気味なくらい長くつづいた。
あまりに長かったため、狂ったのでは、と思ったほどだ。
牢屋番が聞きつけて、止めさせようと飛んできたのを、孔明は止めた。
斐仁は、しばらく笑ったあと、咳き込み、それから唸るように言った。
地の底から、這い上がってくるような声であった。
「俺を嵌めたな、諸葛亮」
「なんのことだ」
「貴様たちは『壷中』ではないのだ。『壷中』であれば、俺が誰も殺していないことを知っているはず。
そうだ、俺は七年間、だれも殺してこなかった。皮肉なものだな、それでも人を見る目に誤りがなかったとは。貴様が『壷中』であるはずがないのだ。
『壷中』は貴様を恐れている。もし貴様が『壷中』のことを知ったと向こうが気づいたなら、やつらはきっと貴様を殺しに来るだろう。みんな死ぬのだ」

孔明と趙雲は顔を見合わせた。
斐仁がだれも殺していない、というのであれば、程子聞はだれが殺したのだ? 
なぜ、斐仁は捕らえられている?
「斐仁よ、子龍はそなたの家族を殺めてなどいない。この男にそのような非道が出来るわけないことは、七年間、人物を見定めたそなたが一番良く知っていたはず。おまえの家族を殺めたのは『壷中』だ。おまえは利用されたのだよ」
「それはちがう」
「まさか、まだ『壷中』に忠義立てをするつもりか?」
孔明の問いに、斐仁は掠れた笑い声をたてた。
「わかっておらぬ。貴様は、なにもわかっておらぬのだ。だが、これだけはわかっているはずだ。おまえは『壷中』の敵だ。連中もおまえを邪魔者だと思っている。おのれが狙われていることに気付いているのだろう? だからくだらぬ策を用いて、俺の口を割らせようとしたのだ。
そうして、策が破綻したので、今度は下手に出て、俺の味方のフリをする。
無駄だ。おれは貴様のために口を割るつもりはない。拷問にでもなんでもかければよい。そこで死ぬなら」
いかん、と趙雲が言うのと同時に、斐仁に飛び掛り、馬乗りになると、その口を上下に開かせて、閉じないように押さえつけた。
牢屋番は心得たもので、趙雲の動きにあわせて、舌を噛まないよう、先達ての器具を持ち出して、暴れる斐仁の口に噛ませた。
「斐仁、おまえの身の上には同情する。しかし、おまえがここで死ねば、喜ぶのは『壷中』だぞ」
趙雲の言葉に、斐仁は、意味ありげな笑みを向けた。
ひと段落ついた趙雲は、息を整えつつ、孔明に言う。
「軍師、今日はもう話になるまい。また時間を置いてからにしよう」
趙雲に促されるようにして、孔明は斐仁の独房を後にした。

饐えた臭いのたちこもる牢屋から、地上に出ると、一気に花の香りに包まれた。
あまりの落差に眩暈をおぼえた。
ぐらついた身体を、趙雲が支えようと手を伸ばしてくる。
孔明は、反射的にその手を払いのけていた。
孔明は、人に身体に触れられるのが嫌いだ。
どんなに親しくなったとしても、身体に触れられると身がすくむ。正確にいえば、自分に人間が寄ろうとしてくる、その瞬間がおそろしい。

叔父を殺した男は、まったくふつうに叔父に声をかけてきて、領地をうしなったことのお悔やみを言って、それから、親しそうなそぶりをして、至近距離を詰めて、それからゆっくりと身体を寄せ、刺した。

そのときの光景を、どうしても思い出してしまう。
相手を信頼している気持ちにはまちがいない。しかし、彼らが近づくその瞬間に、孔明は身をすくませ、その手に白刃がないだろうかと素早く探る。
それは叔父が死んでからずっと続けてきたことであり、呼吸をするのとおなじくらいに、身についた習慣になってしまっている。
信頼しているはずの相手を、その瞬間は心を裏切って、疑っているのを知覚せねばならないのは、苦痛このうえなかった。
しかし趙雲は、振り払う孔明の手をさらに振り払って、ぐらつく身体を、倒れないように支えると、すでに夕闇が迫り、一番星が輝きつつある空の下、行きかう人のめっきり減った廊下の片隅に孔明を座らせると、どこからか水を汲んできてくれた。
水は思いのほか冷たく、やっと生きた心地がした。
ほっと息をつくと、傍らにいて水を飲んでいない趙雲も、ほっとしたようである。
相当に顔色が悪かったらしい。
考えてみれば、劉備より、趙雲を主騎に付けてもらったときは、かえって気を遣って行動力が制限されてしまうと思い、その目を盗むようにして、あちこち出かけていたが、いまはむしろ、その存在が隣にいないと、安心できないくらいになっている。
こうなるとは思っていなかったら、当初はずいぶんひどい態度をとったものだ。

つづく…
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