龐夫人の話。
「わたしたち姉妹は幼いころに両親と離れ、流民として各地を放浪しておりました。荊州にたどり着いたとき、『村』に連れて行かれたのでございます。
どうして『村』へ行ったのか、そこでどんな生活をしていたのかは、あなたがたには興味のない話でしょうから省きましょう。
『村』でわたしたちはさまざまな教養を習得し、大人になるころには、それぞれが大家の令嬢といってもおかしくないほどの手弱女になっていたのでございます。
もちろん、手弱女などではございませんでしたけれど。
姉が龐家に呼ばれたのは、政略結婚の駒となるためでした。
そのころの龐家には、趙家の当主につりあうだけの娘がいなかったからでございます。姉はこの話に大喜びして、里へ降りていきました。
喜んだ理由? それはもちろん、『村』でしなければならないような汚い仕事を二度としなくてよくなるからです。龐家には、姉のほか、ひとりの老婆がついていきました。わたしたちは彼女をきらって、蟇蛙、と呼んでおりました。
龐家にいた姉がどんな暮らしをしていたのかは、人づてにしか聞いていません。陽気で明るい姉でしたから、きっとみんなをとりこにしたことでしょう。でもそのあいだにまちがいが起こって、姉は龐統さまと関係を持ちました。姉が悪いのです。あけっぴろげで、よくも悪くも自分の欲望に忠実にならねば気のすまないひとでした。
龐統様の寝所からの帰りでした。姉は前からつきまとわれていた男に待ち伏せされて、夜歩きをとがめられたのです。姉も勝気な性分でしたから、すぐに口論になったのだと思います。しかし相手は異様なほど暴力的な男でした。姉を滅多打ちにしたうえに気絶をしてもなお打ち据えたと聞いております。姉は仮死となりました。男はそれを見て怖くなったのでしょう。姉を置いて逃げました。
姉はなんとか目を覚まし、半死半生で蟇蛙のばあさんのところへ行きました。そのときの様子を、龐思さまが見ていたことには気づかなかったようです。しかし傷があまりにもひどく、このままではとても婚礼どころではないということになりました。しかし趙家との約束の日は迫っています。姉は龐統さまの名前をいっさい口にしませんでした。
とはいえ、やはり不倫に近いことをしてしまったのですから、龐家の旦那様のお怒りようはすさまじいものでした。そして姉を追放し、姉にそっくりだったわたしに白羽の矢を立てたのです。
突然の話だったので、わたしは泣いて嫌がりました。しかし『村』のおきてでは、わたしたちは主人である豪族に逆らえません。そこで泣く泣く花嫁になることを承知しました。
でも龐家は冷たくいやなところでした。龐思様はわたしのことを姉と勘ちがいして、黄泉から戻った悪霊だと思い込んだ様子ですし、一刻も早く家をでたい、でも嫁にはなりたくない、そんな心境でした。
趙家の夫はとてもやさしくてよい人でした。その点ではわたしは恵まれていたと思います。ただ残念だったのは、夫はわたしによくしてくれたけれど、子供が出来なかったことと、夫が早死にしてしまったことです。
そうです。香雪はわたしどもの実の子ではありませぬ。追放され、『村』に戻った姉が産んだ子をわたしが引き取ったのでございます。
もちろん父親は、お察しのとおり、龐統さまでございます。姉は産後の肥立ちがわるく、亡くなりました」
つづく…
「わたしたち姉妹は幼いころに両親と離れ、流民として各地を放浪しておりました。荊州にたどり着いたとき、『村』に連れて行かれたのでございます。
どうして『村』へ行ったのか、そこでどんな生活をしていたのかは、あなたがたには興味のない話でしょうから省きましょう。
『村』でわたしたちはさまざまな教養を習得し、大人になるころには、それぞれが大家の令嬢といってもおかしくないほどの手弱女になっていたのでございます。
もちろん、手弱女などではございませんでしたけれど。
姉が龐家に呼ばれたのは、政略結婚の駒となるためでした。
そのころの龐家には、趙家の当主につりあうだけの娘がいなかったからでございます。姉はこの話に大喜びして、里へ降りていきました。
喜んだ理由? それはもちろん、『村』でしなければならないような汚い仕事を二度としなくてよくなるからです。龐家には、姉のほか、ひとりの老婆がついていきました。わたしたちは彼女をきらって、蟇蛙、と呼んでおりました。
龐家にいた姉がどんな暮らしをしていたのかは、人づてにしか聞いていません。陽気で明るい姉でしたから、きっとみんなをとりこにしたことでしょう。でもそのあいだにまちがいが起こって、姉は龐統さまと関係を持ちました。姉が悪いのです。あけっぴろげで、よくも悪くも自分の欲望に忠実にならねば気のすまないひとでした。
龐統様の寝所からの帰りでした。姉は前からつきまとわれていた男に待ち伏せされて、夜歩きをとがめられたのです。姉も勝気な性分でしたから、すぐに口論になったのだと思います。しかし相手は異様なほど暴力的な男でした。姉を滅多打ちにしたうえに気絶をしてもなお打ち据えたと聞いております。姉は仮死となりました。男はそれを見て怖くなったのでしょう。姉を置いて逃げました。
姉はなんとか目を覚まし、半死半生で蟇蛙のばあさんのところへ行きました。そのときの様子を、龐思さまが見ていたことには気づかなかったようです。しかし傷があまりにもひどく、このままではとても婚礼どころではないということになりました。しかし趙家との約束の日は迫っています。姉は龐統さまの名前をいっさい口にしませんでした。
とはいえ、やはり不倫に近いことをしてしまったのですから、龐家の旦那様のお怒りようはすさまじいものでした。そして姉を追放し、姉にそっくりだったわたしに白羽の矢を立てたのです。
突然の話だったので、わたしは泣いて嫌がりました。しかし『村』のおきてでは、わたしたちは主人である豪族に逆らえません。そこで泣く泣く花嫁になることを承知しました。
でも龐家は冷たくいやなところでした。龐思様はわたしのことを姉と勘ちがいして、黄泉から戻った悪霊だと思い込んだ様子ですし、一刻も早く家をでたい、でも嫁にはなりたくない、そんな心境でした。
趙家の夫はとてもやさしくてよい人でした。その点ではわたしは恵まれていたと思います。ただ残念だったのは、夫はわたしによくしてくれたけれど、子供が出来なかったことと、夫が早死にしてしまったことです。
そうです。香雪はわたしどもの実の子ではありませぬ。追放され、『村』に戻った姉が産んだ子をわたしが引き取ったのでございます。
もちろん父親は、お察しのとおり、龐統さまでございます。姉は産後の肥立ちがわるく、亡くなりました」
つづく…










