はさみの世界・出張版

三国志中心の、創作小説のHP「はさみの世界」の出張版です。
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孤月的陣 花の章 16

2017年08月10日 20時05分22秒 | 孤月的陣 花の章



伊籍を中心に、孔明を歓迎する宴が開かれた。
ひとが一人、暗殺されたというのに、宴もなにもないものだが、蔡家に睨まれ、風前の灯火となっている、劉琦とその腹心たちにとっては、死んだ仲間より、長生きさせてくれるかもしれない軍師の歓心を買うほうが、大切なのだ。
花安英が言ったとおり、劉琦とその腹心たちは、孔明を、敵を残らず殲滅できる猛毒か、魔法の剣のように考えているらしい。
孔明は策士ではあるが、正攻法を好む。おおよそ彼らの願いどおりの策を出せるとは思えないのだが…

新野城のそれとはちがい、樊城の宴ともなると、なんとも典雅で、儀式のようだ。
猥雑なものはなにひとつなく、清華な妓女たちが、上品な舞を披露し、歌われる詩も、なにやらむずかしい注釈がたくさんつけられている、難解な詩曲ばかり。
卓にならぶのは、山海の珍味ばかりで、酒もめったに呑むことのできないほどの上等なもが用意されている。
だというのに、両隣でかわされる会話ときたら、将来の不安について、ひそひそと話をしたり、蔡家の側の人間を、口汚くこきおろしたりと、まことに品がない。
とはいえ、雅やかな会話ばかりされても、趙雲としても、相槌を打つのが精一杯であったろう。
宴がはじまってからしばらくして、趙雲は、夜風に当たるから、と中座した。
劉琦の腹心たちは、孔明がその場に残っていればよい、と思っている様子で、趙雲が席を立っても、なにも言わない。
孔明に、ちらりと目で合図すると、趙雲は部屋の外へ出た。

孔明は、伊籍の隣で、歓談をしている。
牢を出たばかりのときは、死人のような顔色をしていて、驚かされたが、もう大丈夫のようだ。
すこし、配慮が足りなかったか、と趙雲は反省する。
平気なフリをしていても、孔明にとって、この城は、父親の代わりにも等しかった、叔父を暗殺された場所でもあるのだ。
我慢に我慢を重ねて、突然ぱたり、と倒れるというのだけは勘弁してほしい。
なによりそれを防ぐのが自分の役目だ。
今度からは、たとえ大丈夫そうに見えていても、無理にでも休ませることにしよう。

廊下に出ると、酒で上気した頬に、風が心地よい。
締め切られた部屋の窓越しに、篝火に浮かぶ人の影が見える。
あの中に、『壷中』がいるのか。
それとも、この城の、別なところにいるのか。
どれだけの規模のものなのか。
なにが目的なのか。
そうして、なにを恐れているのか。

いままで判ってきたなかで感じるのは、『壷中』という組織の、異様な繊細さである。
七年間も職務に忠実であった男を切り捨て、その家族を虐殺し、あげく、暗殺の罪を男になすりつける。
その過程は、莫迦がつくほど丁寧で、容赦ない。
愚直なまでに徹底して、邪魔者を片づけていく、この冷淡さはどこから生じるものだろう。
なにを守ろうとすれば、これほど残酷になれるのか。
組織というのは、なんらかの利権を守るために組まれるものだ。
樊城がその拠点、というのであれば、この城の利権を守るため…それはごく一部の人間のための、特化された利権であろう…組まれたものだ。
見た目はすばらしく清雅なこの城も、抱える闇はとてつもなく濃く、重い、ということか。

「わからんな」
つぶやくと、それに応えるように、そよそよと、闇に浮かび上がる白い花が、風に揺れた。
「なにを悩んでいらっしゃるのです」
来たな、と趙雲は思いつつ、さりげなく振り向いた。
趙雲が孔明ひとりを残し、宴席を中座したのは、花安英が席を外したのが見えたからであった。
花安英は、殺された程子聞とおなじ、劉琦の学友だった。
とすれば、程子聞がほんとうに『壷中』であったのか、そして、程子聞を斐仁が殺した(?)とき、斐仁を取り押さえたのがだれであったのか、知っているはずである。
なるべくならば、あまり近づきになりたくない人物であるが、孔明の負担をいくらかでも軽くするためには、しかたがない。

「宴はもうよいのか」
と、趙雲がたずねると、花安英は、鈴のようにころころと、高い声で笑った。
「その言葉、そのままあなたにお返ししますよ」
「おれは、ああいう席は苦手でね。だがおまえは、ああいう席で愛想を振りまくことが仕事ではないのか」
「今日はもう店じまいです。うれしいですね、またこうしてお会いできるとは」
趙雲は、この少年の扱い方がわかってきた。
見た目は柔らかで可憐であるが、この少年は、かなり気が強い。
挑発すると、かえって反発して乗ってくる。
「さすがにいまは暇でしょう? どうです、昼のつづき」
「すこしだけなら時間をやろう。だが、おまえと話せることはなにもないだろうな」
と、趙雲はつめたくそっぽを向く。
すると、案の定、花安英は身を乗り出してきた。
「わたしは、ずいぶん低く見られているのですねぇ。新野のひとは冷たいな。でも、あのひとには親切でしたね」
「軍師のことか? それはまあ、あの方はおれの上司であるからな」
「知っていますよ、あなた、あのひとを警護する武人なんでしょう? なんだってそんな格好をしているんだかわからないけれど。
まあ、それはともかく、それにしたって親身じゃありませんか。倒れそうになったのを支えてやった挙句、水を汲んで持ってきてやって、落ち着くまでじっと待っているなんて」
「そんなことが親身と言われるのか? 具合のわるい人間がいたら、ふつうはそうするだろう」
「へえ、そうなんですか?」
と、花安英は首をかしげた。
とぼけているのか、それとも樊城では人に親切にすることがめずらしいのか?
いや、それよりも。
「おまえ、ずっとおれたちを見ていたのか?」
「ええ。せまい城ですからね、ほかにすることもないし。地下牢なんかに、何の用事だったんですか?」
「おまえには関係のないことだ。なぜ気にする」
「気にして当然じゃないですか。わたしだって、劉公子の味方のひとりなのですからね。あの人の口から出てくる策とやらで、明日の運命が決まる身なんですよ。
ねえ、あのひと、なにか言っていませんでしたか? やっぱり、みんなで蔡氏を暗殺するのですか?」
言いつつ、花安英は、趙雲の目を覗き込みながら、腕に、みずからの細い腕を絡めてくる。
振り払いたいのは、やまやまであるが、趙雲は我慢した。

「物騒な話を軽々しくするな。それにしても、自分の仲間が殺されたから、蔡一族も殺そうというのは、利巧な考えではないな」
すると、花安英は眉をしかめ、唇をとがらせた。
「程子聞を殺したのは、蔡一族の差し金なんかじゃありませんよ」
「では、だれだ? 言っておくが、うちの軍師の差し金でもないぞ。そういうことができる人間じゃない」
「ほら、そういうのが親身だ、って言うのです。それとも惚れている、っていうのかなあ。あのひとって、好かれるか嫌われるかの両極端ですよね。それも、とことんまで愛されるか、徹底して憎まれるかのどちらか。
あのひとの舅も、婿が相談もなしに劉備の軍師になったといって、殺してやるとまで言っていましたよ。まあ、無理でしょうけどね。あんな干からびたじいさま相手だったら、わたしだって勝てますもの」

つづく……
ジャンル:
小説
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