はさみの世界・出張版

三国志中心の、創作小説のHP「はさみの世界」の出張版です。
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孤月的陣 雨の章 10

2017年07月23日 13時44分20秒 | 孤月的陣 雨の章

「いい。それより、播天流は、生きているのか?」
その名が出ると、季南の口元にあった、嘲笑めいた笑みが消えた。
それまで暗かった眼差しに、わずかに陽が灯る。
「播天流か。なつかしい名を聞いたな! あいにくと、あれ以来、俺はあの人と別れたきりだ。消息もわからん」
「そうか。おまえも知らぬか」
「ということは、おまえまであれきりなのか。意外だな。俺なんぞより、おまえのほうが、播天流の気に入りだったではないか」

季南は、公孫瓚に仕えたあとに、趙雲と播天流が決裂したことをしらないのだ。
しらないまま、播天流を助けろといい、知らないまま、別れた。

「だが、わからぬ、なぜおまえがこの屋敷に入り込んでいたのだ?」
「風狗を追って、見失った。おまえがいま、埋葬してやった哀れな女は、そいつがやったのだ」
「風狗?」
「許都で、娼妓ばかりを殺しまわった化け物だ。おれはそいつを追ってここまでやってきたのだ」
「許都だと?」
趙雲は身構えた。
許都といえば、曹操の本拠地。
帝を擁し、その後見人として、天下人のように振る舞って、号令をかけている場所である。
うかつであった。最初に朱季南がどこから来たのかを、たずねるべきであった。
しかし、朱季南は、身がまえた趙雲を手で制しつつ、笑った。
その笑い方は、さきほどまでの乾いたものではなく、なつかしい、あたたかみのある笑い方であった。
ふと、感傷にとらわれる。
朱季南の、そのほがらかな笑い声に、殺伐した戦場で、どれほど救われたか知れなかった。
過去のこころに引き戻されそうになり、趙雲はあわてて、おのれを叱りつけた。
そうして、敢然と、闇の中にたたずむ、かつての盟友をにらみつける。
むかしの面影の消えた、暗い目をした朱季南は、その視線を受け止めつつ、答えた。

「おまえと別れたあと、俺はしばらくあちこち放浪してまわっていたのだ。
おまえの噂は聞いていたよ。常山真定の趙家の末子が、劉備のもとへ仕えた、とな。
おまえを頼ろうとも思ったのだが、事情があって、許都に留まることにした。
そこで曹公に仕官した」
趙雲は、ふたたび無言のまま、剣を抜いた。
いかにかつて、寝食をともにした友であろうと、おのれが劉備の将である以上、曹操の密偵というならば、容赦はできない。
その気配に、朱季南はあとずさった。
「聞いてくれ、子龍。二度とおまえに会うことはなかろうと思っていた。会うとしたら、戦場で、敵と味方としてであろうと、そう思っていた」
「なつかしさで飛んできた、などと言うのではあるまいな」
「まさか。俺がここに来た理由は、風狗を追ってだ。子龍、虫の良いことを言うと思うかも知れんが、俺を見逃してはくれぬか。
いまの俺には、天下の趨勢がどうなろうと、どうでもよい。風狗を捕らえることができたなら、命さえ惜しくないのだ。おまえが欲しいというのなら、この首だってくれてやる。
しかし、風狗を捕まえるまでは待ってほしいのだ。やつが新野に逃げたのはまちがいない。俺は、なんとしてもヤツだけは逃がすわけにはいかんのだ」
「風狗か。おまえがそいつを追ってきたという、証拠は?」
「ずいぶん疑いぶかくなったのだな。俺の話以外に、俺の証明をする手立ては、ない」
「ならば、俺といっしょに屯所へ来てくれ。おまえが曹操のところから、劉予州に降る、というのならば話を聞く」
「それはダメだ。おれは許都に戻らねばならぬ」
「なんのために? 新野の情報を、曹操にもたらすためにか?」
「そうではない。だが、いまは言えぬ」

じり、と足を踏み出す。
目をそらさぬまま、間合いを詰める。
びゅん、と風を切る音が聞こえた。
考えるより早く、趙雲は剣を動かし、飛んできたそれを跳ね除けた。
ぎん、というするどい音とともに、地面にぼとりと落ちる音。

縄標であった
縄標の剣先が、ほんものの、生きた蛇ように、うろこのごとき刃を月光ににぶくひからせながら、地面を素早く這っていく。
その先には闇がある。
みずから意思のあるように、縄標は闇に逃げていく。


趙雲は、縄標を追おうとしたが、いかんせん、暗すぎた。
朱季南の姿は、もうなかった。
どうやら、趙雲の隙を生むためだけの攻撃であったらしい。
舌打ちをして周囲を見まわすが、すでに影も形もない。
生暖かい風にのって、声だけが聞こえてくる。
「あいかわらず、飛び道具に弱いな。しかし、それを避けたのは、おまえが初めてだ。やはり、おまえはすごいやつだよ」
「季南!」
「また会おうぞ。機会があればな」
そうして、朱季南は消えた。

つづく…
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