はさみの世界・出張版

三国志中心の、創作小説のHP「はさみの世界」の出張版です。
どうぞ、ごゆっくりお楽しみくださいませ!(^^)!

孤月的陣 花の章 15

2017年08月10日 14時38分02秒 | 孤月的陣 花の章
怪談とはこうだ…
新野城にいたある兵卒が、城に出入りする妓女といい仲になった。
夫婦の約束までしていたが、その男の弟も、おなじ妓女に想いを寄せていた。
兄弟は仲が良かったが、じつは片親だけの血の繋がりしかない。
それまでのしがらみもあったのか、女を間にはさみ、二人の仲は途端に割れた。
二人は烈しく憎しみあうようになり、ついに、女をめぐって決闘をすることに決めた。
しかし軍規により、決闘は禁止されている。
そこで兄弟は、夜中に、兵舎から離れた東の蔵で落ち合い、決闘をすることにした。
兄のほうは、勇んで東の蔵に入ったものの、弟のほうが、まだいない。
ハテ、さては臆病風に吹かれたか、と思ったのもつかの間、がやがやと蔵の外がさわがしく、見れば、兵卒を仕切る部隊長らが、ぐるりと蔵を取り囲んでいる。
男は肝をつぶした。隠れるところを見つけて身を潜めたが、外の声を聞くに、どうも、蔵の中に米泥棒がいるのだと勘違いしたらしい。
さらにおどろいたことに、泥棒が潜んでいると部隊長に言いつけたのは、ほかならぬ、おのれの弟であった。
兄は、ようやく、からくりに気づいた。
弟は、片親きりの兄で憎き恋敵を、卑怯にも罠にはめたのだ。
決闘しようと蔵へ誘い込み、自分は、泥棒がいるらしいと部隊長を呼んでくる。
決闘は軍規で禁じられている。米泥棒は鞭打ちの刑。どちらにしろ、お咎めを受けて、城を追放される。
もうあの女に会えなくなる、ということだ。
兄は地団駄を踏んでくやしがったが、弟の策略どおり、立ち入り禁止の蔵に忍び込んでいるのは事実であるし、出て行くにしても、追放は免れない。
弟のほうは、といえば、おのれの策略がうまくいったので、影でしてやったり、とよろこんでいた。
ところで、じつはこの部隊長、兄弟の諍いにうすうすと気づいていた。そこで、中にいる「泥棒」とやらに機会を与えることにした。
部隊長は、蔵にむかって、十を数えるあいだに、表に出てくるようにと告げた。
部隊長としては、兄が出てきたら、形ばかりの処罰をして、いま、おのれの隣でほくそえむ弟の悪巧みを暴いてやろうとしたのである。
そんな思惑を知らない兄のほうは、すっかり追いつめられてしまい、十を数え終わっても、外へ出て行かなかった。
そこで部隊長が声を張り上げてたずねる。

「だれかいるのだろう、出て来い」

すると、中から哀れな男の声がした。

「ここには、だれもいない」

笑い話である。怒った部隊長は、中にいる兄を無理やり外へ出すために、蔵に火をかける真似事をさせた。
もちろん、中には兄だけではなく、貴重な米がある。本当に火を放つつもりなかった。なかったが…
なんという運の悪さか、突然、風向きがつよくなり、本当に蔵に火がついてしまったのだ。
あわてて消火したものの、兄は最後まで、外へ出て行こうとしなかった。
焼け跡から、気の毒な男の焼死体がみつかった。
弟は、きつく取調べをうけ、結局、兄弟を罠にはめたことを白状した。
弟は城から追放されたが、家の恥だと一族中から責められて、帰る場所もなく、ひとりさびしく路上で死んだ。そして、兄弟をたぶらかした妓女は、処罰をおそれて、いつのまにか新野城からいなくなっていた。
東の蔵はあらたに建て直されたが、夜、そこへ入ると全身に火傷を負った男が、米袋のあいだに蹲っている、という。
男に会わないためには、「ここにはだれもいない」といえば、安全だそうな…


「おいおい、なにを揉めているのだ。ここは、軍師にあまり近づくなといわれている場所であろう」
斐仁だけは、もちろん例外であったから、ほとんど一日、ずっとここに籠もっていたわけだけれど、斐仁がいなくなってしまった結果、こんな騒ぎが怒っているのだから、やはりこの場所は呪われているのかもしれない。
そんなことを、ぼんやりと考えていた陳到であるが、あらわれた陳到にすがるように、糜竺の子供たちが、口を開く。
「わたくしどもも、父上より、この蔵にはけして近づいてはならぬ、ときつく言いつけられております。父は留守でございますが、とはいえ、その言いつけを破るわけにはまいりません」
「しかし当番で決まったことであろうが」
と、古参兵がきつくたしなめる。糜竺の子供ふたりは、青い顔を見合わせ、それから、ぶるぶると首を横に振った。

やれやれ、面倒な、と陳到は思った。
東の蔵の怪談、というのは、ずいぶん昔からあるのだが、これは格好の、古参兵の新米いじめの種にもなっている。
斐仁は夜になると、屋敷に帰ってしまうので、夜に見張りを置くのであるが、その割り当てに、わざと気の弱そうな新米をあてて、怪談を聞かせて、蔵に閉じ込めてからかうのである。
趙雲がいる間は、こんなふうに、おおっぴらに騒いだりしなかったものを、と陳到はうんざりする。
そうして、糜竺の子供たちに言った。
「おまえたちは新米ゆえ、あまり知らぬであろうが、ここの怪談の元となった死体は、張将軍が弔ってくださった。だから、もう幽霊など出ぬ。安心して、見張っておれ」
「しかし、父上の言いつけに、そむくわけにはまいりませぬ」
と、兄のほうの糜竺の子が頑なに言う。
弟のほうも負けておらず、うんうん、と肯いて、同調する。
「左様にございます。父上は、東の蔵と、調練場の楠木には、近づいてはならぬ、とわれらに言い置きました」
調練場の楠木、というのは東の蔵同様に、絶海の孤島のようにぽつりとそこに残されている木である。
劉備とともに新野に入った頃は、まだちいさな若木だったのであるが、七年で立派な大木に成長した。 
最初は邪魔だ、邪魔だと邪険にしていたのだが、枝振りが立派になるにつれ、調練の休憩に、ちょうどよい日陰を提供してくれるところとなった。
「楠木? そういえば、そなたたち、日中も、みながあそこで憩っているのに、ふたりして日向でぼーっとしておったな。
あんなに暑い中、ずうっと日に照らされておったのだ、それでは脳天も溶けてしまうわい」
「そうだ、だから臆病なのだ」
と、古参兵も、大いに笑う。
糜竺の子供たちは愚弄され、顔を真っ赤にしている。
まあ、からかうのはこれくらいにして、場を治めねばなるまい。
「さあて、みんなして大いに笑ったところで、父上孝行をねがう兄弟を、邪険にするわけにもいかん。おまえたち、どうせ暇なのだし、このふたりの代わりをしてやれ」
陳到が言うと、とたん、古参兵の顔も、兄弟に負けず劣らず、渋いものになった。
「なんだなんだ、さんざん、ひとの臆病を笑っておいて!」
「しかし陳将軍、たしかにここは、こいつらじゃなくても、ちょっとイヤです」
「ただの蔵だろうが。斐仁は毎日ここに詰めていたのだぞ」
言いつつ、陳到は、蔵の中を覗く。
篝火の明かりに、無人の蔵の貯蔵物が浮かび上がっている。
闇の中にはだれもいない。いるはずがない。
そうして、周囲にはこれだけの人がいる。

「む…」

しかし、なぜだか陳到は背筋が寒くなった。
理屈ではない。
闇の中に溶け込んで、なにか得体の知れない生き物が潜んでいるような、そしてそれが、幾百の眼差しを投げかけているような、そんな不気味な錯覚をおぼえた。
まったく馬鹿げた空想である。
しかし、なにやらそれが現実のもののように感じさせる説得力が、この闇にはある。
陳到の様子に、糜竺の子供たちも、古参兵も、息をつめている。
陳到は、なるべくなんともない、というふうを装って、扉を閉じると、兵士たちに言った。
「軍師も近づくな、とおっしゃっていたわけだし、ここの見張りはよいか」
古参兵たちは、軽蔑の色をかくさず、がっかりしたように言った。
「なんだ、やっぱり陳将軍も怖いんじゃないですか」
「うるさいぞ。趙将軍よりえらい、軍師の命令だぞ、軍師の! というわけで、全員、べつなところを見張るように。さあ、てきぱき散れ!」
ぶうぶう言いながら、蔵を離れていく兵士たちを追いたてながら、陳到はちらりと、闇に浮かぶ東の蔵を振り返った。
そうして、思った。
斐仁は、ずっとあそこにいたのだよな、と。


陳到に、樊城の孔明より、斐仁に関するすべてを、もう一度総ざらいにするように、と指示があたえられるのは、翌日のこととなる。

つづく……
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