「音?」
晴雲に言われて耳をすますと、たしかにどこからか、しゅっ、しゅっ、という音と、ちいさな子供の悲鳴が織り交ざって聞こえてくる。
だれかほかにいるのだろうかと、天人唐草や、しろつめ草、赤い花をつけるカラスノエンドウなどが生えている、あたりに遮るもののなにもない草原をみわたす。
すると、喬たちが的をつくったそのちょうど反対側の木陰で、十歳くらいの少年が、けんめいに射撃の練習をしているのが目に入ってきた。
ひとりでやってきたものらしく、ちかくには栗毛の子馬がつながれている。
その絹をまとった立派な身なりからして、名望家の子弟にちがいない。
陽光にぴかぴか映える絹のほうに目をうばわれていたので、喬は、その子供が、ほかでもない、法正の子、法邈であることに気づくのがおそくなった。
「おや、法邈どのではございませぬか」
法邈とは、いずれ友達になりたいとおもっていた喬は、これがいい機会だとおもって声をかける。
すると、一方の邈は、飛び上がらんばかりにおどろいて、手にしていた弓と矢を落としてしまうくらいだった。
そして、おびえの含んだ目で、喬のほうをおそるおそる見る
。邈は、声をかけてきたのがほかでもない、喬だということを知って、ちょっとほっとしたような顔をした。
それにしても、父親にそっくりな顔をしている。
逆三角形のかおに、とがったあご。
しかし目は母親に似たのかつぶらで優しげで、口元も品があってかわいらしい。
喬は知らず、自分の顔を撫でていた。
孔明に毛ほども似ていない自分の顔が、無意識に気になったのだ。
「こ、これは、諸葛喬どの」
と、父親に似た甲高い声で、おどおどと法邈は言った。
父親の法正は、いつなんどきでも傲岸不遜な態度で相手を圧倒するが、息子はまったくの普通人であるらしい。
喬はやはり、この少年とは友達になろうと心に決めた。
そして、孔明の破壊力すら持ち合わせる笑みを真似て一生懸命鏡の前で練習した、愛想の一番よい笑顔を炸裂させて、やあやあと片手をあげながら近づいていく。
喬の愛想がいいので、法邈も、警戒心を解いたようだ。
すこしその体から、固さがとれてきた。
「君も弓の練習ですか。ここはいい場所だから、練習にうってつけでしょう」
喬が言うと、法邈は、悪いことは何もしていないのに、しかられているような面持ちでうつむいて、そうですね、と小さく答えた。
「すみません、お邪魔をしてしまいましたか」
「いえ、そういうわけでは。その、練習をしているところを見られたのが恥ずかしくて。なにせ、この腕前なものですから」
と、的を見れば、その周りに、はずれた矢が大量に落っこちている。
それを見て、喬は、ははん、親ぎつねはやっぱり嘘をついていたのだなあ、と合点した。
想像が当たっていたことを喜んで、それみたことかというほど喬は軽薄でも残酷でもなかった。
むしろ、なにがなんでも射的大会でいい成績を見せねば父の嘘が露見する、という立場に立たされている法邈を気の毒におもった。
つづく…
晴雲に言われて耳をすますと、たしかにどこからか、しゅっ、しゅっ、という音と、ちいさな子供の悲鳴が織り交ざって聞こえてくる。
だれかほかにいるのだろうかと、天人唐草や、しろつめ草、赤い花をつけるカラスノエンドウなどが生えている、あたりに遮るもののなにもない草原をみわたす。
すると、喬たちが的をつくったそのちょうど反対側の木陰で、十歳くらいの少年が、けんめいに射撃の練習をしているのが目に入ってきた。
ひとりでやってきたものらしく、ちかくには栗毛の子馬がつながれている。
その絹をまとった立派な身なりからして、名望家の子弟にちがいない。
陽光にぴかぴか映える絹のほうに目をうばわれていたので、喬は、その子供が、ほかでもない、法正の子、法邈であることに気づくのがおそくなった。
「おや、法邈どのではございませぬか」
法邈とは、いずれ友達になりたいとおもっていた喬は、これがいい機会だとおもって声をかける。
すると、一方の邈は、飛び上がらんばかりにおどろいて、手にしていた弓と矢を落としてしまうくらいだった。
そして、おびえの含んだ目で、喬のほうをおそるおそる見る
。邈は、声をかけてきたのがほかでもない、喬だということを知って、ちょっとほっとしたような顔をした。
それにしても、父親にそっくりな顔をしている。
逆三角形のかおに、とがったあご。
しかし目は母親に似たのかつぶらで優しげで、口元も品があってかわいらしい。
喬は知らず、自分の顔を撫でていた。
孔明に毛ほども似ていない自分の顔が、無意識に気になったのだ。
「こ、これは、諸葛喬どの」
と、父親に似た甲高い声で、おどおどと法邈は言った。
父親の法正は、いつなんどきでも傲岸不遜な態度で相手を圧倒するが、息子はまったくの普通人であるらしい。
喬はやはり、この少年とは友達になろうと心に決めた。
そして、孔明の破壊力すら持ち合わせる笑みを真似て一生懸命鏡の前で練習した、愛想の一番よい笑顔を炸裂させて、やあやあと片手をあげながら近づいていく。
喬の愛想がいいので、法邈も、警戒心を解いたようだ。
すこしその体から、固さがとれてきた。
「君も弓の練習ですか。ここはいい場所だから、練習にうってつけでしょう」
喬が言うと、法邈は、悪いことは何もしていないのに、しかられているような面持ちでうつむいて、そうですね、と小さく答えた。
「すみません、お邪魔をしてしまいましたか」
「いえ、そういうわけでは。その、練習をしているところを見られたのが恥ずかしくて。なにせ、この腕前なものですから」
と、的を見れば、その周りに、はずれた矢が大量に落っこちている。
それを見て、喬は、ははん、親ぎつねはやっぱり嘘をついていたのだなあ、と合点した。
想像が当たっていたことを喜んで、それみたことかというほど喬は軽薄でも残酷でもなかった。
むしろ、なにがなんでも射的大会でいい成績を見せねば父の嘘が露見する、という立場に立たされている法邈を気の毒におもった。
つづく…
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