はさみの世界・出張版

三国志中心の、創作小説のHP「はさみの世界」の出張版です。
どうぞ、ごゆっくりお楽しみくださいませ!(^^)!

蜀魂伝(ほととぎすでん) 第一話 その12

2012年05月08日 | 創作小説
「音?」
晴雲に言われて耳をすますと、たしかにどこからか、しゅっ、しゅっ、という音と、ちいさな子供の悲鳴が織り交ざって聞こえてくる。
だれかほかにいるのだろうかと、天人唐草や、しろつめ草、赤い花をつけるカラスノエンドウなどが生えている、あたりに遮るもののなにもない草原をみわたす。
すると、喬たちが的をつくったそのちょうど反対側の木陰で、十歳くらいの少年が、けんめいに射撃の練習をしているのが目に入ってきた。
ひとりでやってきたものらしく、ちかくには栗毛の子馬がつながれている。
その絹をまとった立派な身なりからして、名望家の子弟にちがいない。
陽光にぴかぴか映える絹のほうに目をうばわれていたので、喬は、その子供が、ほかでもない、法正の子、法邈であることに気づくのがおそくなった。

「おや、法邈どのではございませぬか」
法邈とは、いずれ友達になりたいとおもっていた喬は、これがいい機会だとおもって声をかける。
すると、一方の邈は、飛び上がらんばかりにおどろいて、手にしていた弓と矢を落としてしまうくらいだった。
そして、おびえの含んだ目で、喬のほうをおそるおそる見る
。邈は、声をかけてきたのがほかでもない、喬だということを知って、ちょっとほっとしたような顔をした。

それにしても、父親にそっくりな顔をしている。
逆三角形のかおに、とがったあご。
しかし目は母親に似たのかつぶらで優しげで、口元も品があってかわいらしい。
喬は知らず、自分の顔を撫でていた。
孔明に毛ほども似ていない自分の顔が、無意識に気になったのだ。

「こ、これは、諸葛喬どの」
と、父親に似た甲高い声で、おどおどと法邈は言った。
父親の法正は、いつなんどきでも傲岸不遜な態度で相手を圧倒するが、息子はまったくの普通人であるらしい。
喬はやはり、この少年とは友達になろうと心に決めた。
そして、孔明の破壊力すら持ち合わせる笑みを真似て一生懸命鏡の前で練習した、愛想の一番よい笑顔を炸裂させて、やあやあと片手をあげながら近づいていく。
喬の愛想がいいので、法邈も、警戒心を解いたようだ。
すこしその体から、固さがとれてきた。

「君も弓の練習ですか。ここはいい場所だから、練習にうってつけでしょう」
喬が言うと、法邈は、悪いことは何もしていないのに、しかられているような面持ちでうつむいて、そうですね、と小さく答えた。
「すみません、お邪魔をしてしまいましたか」
「いえ、そういうわけでは。その、練習をしているところを見られたのが恥ずかしくて。なにせ、この腕前なものですから」
と、的を見れば、その周りに、はずれた矢が大量に落っこちている。
それを見て、喬は、ははん、親ぎつねはやっぱり嘘をついていたのだなあ、と合点した。
想像が当たっていたことを喜んで、それみたことかというほど喬は軽薄でも残酷でもなかった。
むしろ、なにがなんでも射的大会でいい成績を見せねば父の嘘が露見する、という立場に立たされている法邈を気の毒におもった。

つづく…
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蜀魂伝(ほととぎすでん) 第一話 その11

2012年05月05日 | 創作小説
「そうだろうか。ええと、ああ、そうだ、君の名前をまだ聞いていなかった。なんという名前なの」
「晴雲」
「晴雲か、いい名前だね。心に曇りが無いという意味じゃないか」
すると、また晴雲は、ほほほ、と愉快そうに笑った。
「ところで晴雲。わたしの姿勢がわるいというのは、どこらへんがわるいのだろう」
「的を絞っているあいだに、集中しすぎて背がだんだん曲がってくるところがあります。お気をつけあそばせ。それと、ここは壁に遮られているからさして風も吹きませぬが、宮城では風が吹きぬけますわよ。そこを見究める目を持つことも必要です」
「それじゃあ、場所を変えて練習するというのはどうだい。そうだ、昼はちまきでもつくってもらって、外に出かけようよ。晩餐までに帰ってこればよいのだから」
と、そこまでいって、喬は心配になっておそるおそるたずねた。
「なんて、ごめんよ、一方的にしゃべってしまって。晴雲だってほかにお仕事があるだろうね。そちらを片付けてからわたしの面倒を見ておくれ」
すると、晴雲はやさしい目をしてほほ笑んだ。
「おやさしい喬さま、わたしに喬さまのお相手をする以外のお仕事なんてありません」
「そうかい。それじゃあ、いっしょに出かけよう。馬には乗れる? いい場所があるのを知っているんだ」

喬は、思いもかけない友人ができたのが急にうれしくてたまらなくなってきた。
彼女が見事な射手であったことがいちばんの原因だったが、なによりも自分のこころを知られているということが、かえって安心感になったのだ。
それに晴雲はうつくしかった。
玉琴の、触れなば落ちんとする風情とはちがって、内側になにか猛々しいものを抱えているような、生気に満ちたうつくしさである。
やさしかったし、気遣ってくれたし、自分のことに興味を持っていてくれていることが、喬にはふしぎと心地よかった。

喬のしっている『いい場所』というのは、町を抜けたところにある草原だった。いちめんに青草と、しろつめ草が咲いている。
なにもない野原で、そこに自生している木に的をつけて、吹き抜ける風を読みつつ矢を射る練習をしようというのである。
昼の弁当も持ってきてあるし、夜までたっぷり練習できるだろう。
風はちょうど強からず弱からず。
晴雲は外に出たのが心地よかったのか、大きく腕を伸ばして空気をおもいきり吸い込んだ。
それがおかしくて、喬もそのマネをして深呼吸した。
「こうして天地の精を吸うんですよ。そうしてわたしは生きているんです」
「かすみをたべて生きるという仙人みたいだ。ああ、晴雲は女だから、仙女だね」
すると晴雲は、意味ありげに笑う。
喬がなんだろうとその顔を覗き込もうとすると、かのじょはくるりと喬のほうを向いて、ぱんと手を叩いた。
それがきっかけで、仙人がどうとかいう夢の話はおしまいになった。
「喬さま、どこかで音がしませんか」

つづく…
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蜀魂伝(ほととぎすでん) 第一話 その10

2012年05月02日 | 創作小説
「なんだって」
「特訓をつけてさしあげると申し上げているのですわ。わたしは武芸が得意なのです」
武芸が得意と聞いて、喬は、深く聞かないまでも、かのじょが孔明の使役する細作なのだろうと見当をつけた。
孔明の細作たちは、偉度を中心にまとまっていて、この家を拠点に活動している。
そしてひとによっては、任務のないあいだは、こうして諸葛家の家事手伝いをして過ごしているのだ。
この女も、その類なのだろう。
だとすると、こわいくらいに観察力がすぐれているところ、大胆なところなども説明が付く。

「特訓をつけてくれるというくらいなら、あなたの腕もかなりのものなのだろうね」
「得意といったじゃありませんか。それじゃあ、的を用意してくださいな。じっさいにやってみせますからね」

そう言って女は、喬をともなって家令のところへいくと、まるでこの家の主のような堂々とした態度で、庭院の隅っこに臨時の射場をつくってほしいといった。
家令は、女の命令に怪訝そうにしていたが、喬がいっしょなので、とくに文句もいわずにそのとおりにしてくれた。
女は胡服(袖の無い服)に着替えるでもなく、紐一本で袖をまとめると、弓をつがえて、的の中央に狙いをさだめた。
ぐっと弓を引く力からして、女がその細腕に似合わぬ剛力の持ち主だということがわかった。
ぱっと女が手を離す。
矢はぴゅんとまっすぐ飛んでいき、見事に的の中央に当たった。
女は、まぐれではないことを教えるためなのか、二射目、三射目、四射目とつづけて射った。
そしてすべてが的の中央に当たり、ぶれたものは一本もなかった。

これには喬もびっくりした。
なんたる集中力。
なんたる腕前。
孔明の大親友でもある趙雲は、喬のためによく手本として弓を射ってくれるのだが、かれにしても、これほど連続して的の中央に当てられることは稀である。
そして、女のその雄雄しい立ち姿といったらどうだろう。
的をまっすぐ見据えるその目は鷹のようであり、的に矢を当てた後も、奢らず高ぶらず、凛と背筋をのばして、前だけを見ている。
これほど凛々しい女を、喬は初めて見た。

「すごい! ぜんぶ当てて見せたね」
喬が無邪気によろこんで拍手をすると、女もうれしそうに笑いながら答えた。
「それはもちろん。喬さまにお手本をお見せするためですもの」
女は汗ひとつかいていない。
喬は、さきほどまで女を疑っていたが、いまはすっかりその疑念も晴れて、女の弓の腕前に夢中になっていた。
「さあ、つぎは喬さまの番ですよ」
いわれて、喬は自分も弓をかまえた。
一射目は外れて、矢は塀に当たって地面に落ちた。
二射目は的にあたったが、中央からは程遠いところであった。
三射目にして、ようやく中央に近づいたが、まだまだであった。
「喬さま、姿勢があまりよろしくありませんわね。それに、風を読むのがあまりお得意ではない様子」

つづく…
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蜀魂伝(ほととぎすでん) 第一話 その10

2012年04月28日 | 創作小説
「喬坊ちゃま、わたくしになにかご用事がありそうですね」
「どうしてわかったのだい」
正直な喬の反応がこころよかったのか、女は口元を袖で隠しつつ、ころころと声を立てて笑った。
「だって、さっきから、わたしを見てばかりいなさるじゃありませんか」
ずばり言われて、世慣れしていない喬は、どう答えたらよいのかわからず顔を真っ赤にした。
するとそれがまた面白かったのか、女はまた愉快そうにわらう。
「正直な坊ちゃんだこと。だのになぜ、玉琴さんがからむと、からっきし意気地なしになるんでしょうねえ」

そのことばで、やはり、と喬はおもった。
昨晩、喬に意味ありげなことばを投げてきた女は、この女だったのだ。
喬は耳がよかったので、昨晩の女の声を忘れていなかった。
女たちが多くあつまる水場を見ていれば、昨晩の女もあらわれるであろうとおもい、近くの部屋で見張っていたのである。
そしてそれはずばり成功した、というわけだ。

「昨日のことばの意味はなんだい。それと、どうしてわたしが玉琴を、その、気にしているということを知っているのだ」
「昨日のことばの意味は、そのままですよ。もしわたしが喬さまだったら、立ち去るふりをして、あの部屋のまえで、ふたりの話を立ち聞きします。そのほうが、安心して眠れるでしょうから」
「立ち聞きなんて、士大夫のすることではないよ」
喬は怒りと嫌悪感を同時におぼえたが、それはかれが発したとおり、士大夫の真似ではないとおもったからではなく、そうしようかなとちらっと考えたことをまるで女に言い当てられてしまったことによる。
同時に、このうつくしい女が憎たらしくなってきた。
「お行儀がよいのですわね。でも、格好をつけていると、あとで後悔することになりやしませんか」
「後悔するより、立ち聞きして恥ずかしくおもうほうがつらい。わたしが父上と玉琴の仲をうたがっているなんて知られるほうが」
「そうでしょうか。わたしは格好をつけていたおかげで、いろいろ後悔がありましたから、喬さまもそうならないといいなとおもってご忠告して差し上げたのですけれど」
「それだ。なんだって、わたしの心のなかを読んでいるようなことを言うのだい。読心術でも使えるの」
「べつにわたしに読心術の心得があるわけではありませんわ。ただ、見ていればすぐそれとわかります。喬さまが、玉琴さんにどれだけ心を寄せているか。そして、玉琴さんがほんとうはだれが好きかということも、喬さまはよく知っていなさる」

喬は赤くなったり蒼くなったりした。
そんなに自分は玉琴への想いをおもてに出していただろうか。
この今日、はじめて口をきいたような仕女にまで知られているとなると、もしかして屋敷中の人間が、自分の気持ちを知っている? 
だとしたら、それこそ恥ずかしいことだ。
思春期のまだはじめにある喬にとっては、そんなふうにだれかに自分の気持ちを知られることが恥ずかしくてたまらなかった。

喬の様子を見て、女はちょっと気の毒におもったのか、からかいの笑みから、やさしげな笑みに表情をかえて、言った。
「ご心配なさらずに。喬さまのお気持ちを知っているのは、たぶんわたしだけですわ。ほかのひとたちは、自分の人生を生きるのに精いっぱい。喬さまの気持ちに気づいたのはわたしくらいなものでしょうね」
「どうしてわたしを見ていたのだい」
「だって、可愛らしいんですもの」
そう言って、女は照れもなく、ころころと笑い声をあげた。
喬としては、こんなふうにからかわれるのはたまらない。
乱暴者であったなら、この仕女をぶってだまらせるくらいのことはしたかもしれないが、喬はあくまで温厚で、おとなしい性質であった。
ぐっと拳をにぎって、女が笑うのをやめるのを待つ。
喬の顔がこわばっているのを見て、女は悲しそうな顔をした。
「あら、ご機嫌を損ねられたのですね。わたしはほんとうのことを言いましたのに」
「うそだ。からかっているのだろう」
「うそじゃありませんよ。ところで喬さま、おいくつにおなり?」
突然の質問にうろたえつつ、喬は答えた。
「十三」
「それでは、わたしのこともよくわからぬでしょうね。でもこれだけはわかってくださいな、わたしは喬さまと仲良くしたいのですわ。同じ一つ屋根の下で暮らしているうえに、たがいに気持ちが分かり合っているのですから、仲良くいたしましょうよ」
「仲良くって、どういうふうに」
すると、女は、また袖で口元をかくしながら、ほほほ、と笑った。
「なにも男女の仲になりましょうと誘っているのではありませんわ。見ての通り、わたくしは喬さまよりもずっと年上ですし、なにより、身分がちがいすぎます。でも、お友達になることはできるのではありませぬか」
「友達? きみと?」
「ええ、そうですわ。玉琴さまのことも、お父さまのことも、わたしはいっさい、だれにも口外いたしませぬゆえ、ご安心あそばせ。
ところで耳にしたのですけれど、今度の宮城でひらかれる射的大会で、優勝して見せると大見得きったのですって? 好敵手がおおぜいいるなかで、喬さま、自信はありまして」
どこまでこの女は自分のことを知っているのだろう、そして、どこまでそのことばを信じていいのだろうと混乱しつつ、喬は素直に答えた。
「自信は、そこそこあるよ」
「そこそこじゃいけませんわね。わたしが喬さまを勝たせてさしあげます」

つづく…
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蜀魂伝(ほととぎすでん) 第一話 その9

2012年04月25日 | 創作小説
「上邪 上邪
我欲與君相知 我君と相知り
長命無絶衰 長命絶え衰ふること無からんと欲す
山無陵 山に陵無くして
江水為竭 江水為に竭き
冬雷震震 冬雷震震として
夏雨雪 夏に雪雨り
天地合 天地合して
乃敢與君絶 乃ち敢えて君と絶たん
(天よ! 私はこのひとと愛し合い、命ある限り別れないと誓います。
山に丘陵がなくなり、川に水がなくなり、
冬に雷が鳴り、夏に雪が降り、
天地が一つに合わさるという天変地異でも起きないかぎり)

女が歌い終わると、ほかの女たちから感嘆の、ほうっというため息がもれた。
それほどに、女の歌声は張りが合って澄んでおり、うつくしいものだった。
喬がおどろいていると、女のほうが喬の目線に気づいたのか、背中を向けていたものがふりかえる。

そして、喬はおどろいた。
奴婢や仕女が諸葛家にずいぶんいるが、そのなかでもこんなきれいな女が混ざっているとは、いまの今まで知らなかった。
すこしいたずらっぽく輝いている切れ長の瞳、すっと通った鼻梁、妖しげな赤い唇。
なにより、その女は、女たちがこなす退屈な家事によって、みずみずしさと若々しさをまったく損なっていない様子なのが印象的であった。
垢抜けていて、まさに都会の女といった感じの気風のよさも感じる。
年頃はよくわからない。
二十歳をちょっとすぎたくらいにも見えるし、三十路にも見える。
そんな女が、なぜ水場で砧を打っているのか、そのほうがふしぎだった。

喬と女の目線が合う。

とたん、女はふっと笑って、仕事もそのままに、どこかへ行ってしまおうとする。
喬はあわてて本を投げ捨てて、そのあとを追った。

諸葛家は孔明の地味に暮らしたいという願望とはうらはらに、ずいぶん大きくて豪奢なものであった。
これは劉備が、腹心中の腹心に、いちばんいい屋敷をやりたいといって、成都のなかでも、もっとも立派なものを孔明に与えたことによる。
そして、そもそもの孔明の地味に暮らしたいという願いが、贅沢の部類にはいることも、喬は知っていた。
孔明の屋敷には、左将軍府の人間のほか、偉度の仲間たちも多く出入りする。
かれら、かのじょたちは、この家こそを実家として利用しており、諸国を漫遊してきたのち、羽根をやすめるためにこの屋敷に帰ってくるのだ。
だから、孔明も、かれらに応えるために、相応の屋敷を持たないといけない。

華奢な背中を追いかけながら、喬は、この女も偉度の兄弟分だろうかと考えていた。
なにより、身のこなしが軽い。
足取りに無駄がまったくなく、すいすいと泳ぐように歩いていく。

彼女はだれもいない庭院までやってくると、ようやく立ち止まり、それからくるりと振り返って、嫣然と言った。

つづく…
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