新・名も無い馬ですが・・・・・

2013年11月3日に旅立ったマイネルスティング。
その想い出と一緒に、これからも名も無い馬たちの応援をしていきます。

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今度こそ終の棲家に・・・     (とり残された3頭)追記訂正あります

2017-12-07 | 日記

今回はちょっと長くなるのでエドリンのつぶやきは省きます(いつもそうしろって言わないでね

  イーハトーブオーシャンファームの始まり

日本で初めての養老牧場「イーハトーブオーシャンファーム(以後オーシャンファームと略します)は、最初は生産牧場「オーシャンファーム」として1958年、大井昭子さんが創設しました。
彼女はユートピア牧場の創設者の娘で、ヤシマ牧場場長として“ボストニアン、ハクリョウ、そして日本馬として初めての海外重賞優勝馬(ワシントンバースデーハンデキャップ)ハクチカラなどの名馬を生産し「浦河の女傑」と呼ばれた凄い方でした。
そして、ハイセイコーという国民的人気馬の登場などで競馬人気が沸騰した「第1次競馬ブーム」と言われる1970年代、競走馬の供給過剰によって使い捨て状態になった馬達を案じ「馬の余生があっても良いのではないか」という考えから1984年、生産牧場から引退競走馬、乗馬のための養老牧場へと転換したのでした。
この頃の預託馬にはメジロボサツやメジロサンマンなどがいます。
1988年には登別に移動し「ブレーメンの丘 オーシャンファーム」と改称しましたが、1991年現在の白老に再移転して名前も、宮沢賢治が理想郷として名付けた「イーハトーブ」を加えて「イーハトーブオーシャンファーム」となりました。


と、ここまで調べて来て、今から何十年も前にこんな凄い活動をなさっていた女性がいたと云う事に私は衝撃を受けました。
競走馬の関係者には圧倒的に男性が多く、ましてや牧場のお仕事は女性にはきつ過ぎて無理だろうと勝手に思っていた私なので、ただもう「凄すぎ・・・!!」その言葉ばかりが頭の中でとび跳ねていました。

そんなオーシャンファームに初めて訪問したのは、2008年の引退馬協会のツアーででした。
広い放牧地や人懐っこいお馬さん達に心癒されたのですが、私にとって1番驚いたのは“ウズシオタロー”のお墓が存在した事でした。
以前、拙ブログにも書きましたが、益田競馬に所属していた、牝馬でありながら移動時の手違いでタローと言う牡名がついてしまったアングロアラブの競走馬、ウズシオタロー。
1977年に競走馬デビューしてから1987年、14才で引退するまでの11年間に250回の出走歴は当時1962年以降の地方競馬史上最多記録でした。
引退レースに「ウズシオタロー引退記念競走」という名をつけられた程の人気馬で、レース後の引退式に、プロ野球で鉄人と呼ばれていた広島カープの衣笠祥雄選手からの祝電で「渦潮の如く走りし鉄馬かな」との句が贈られています。
私が何故彼女の名前を記憶していたかというと、テレビのコマーシャルか何かで当時の最強馬(今でも最強と私は思っています)シンボリルドルフと比較される形で名前が使われていたからなんです。
「走ったレース、ルドルフ16戦、ウズシオタロー250戦、(総距離だったかもしれませんが計算できませんでした)
稼いだ賞金、ルドルフ6億8千万円、ウズシオタロー432万円」そんな内容がふくまれていたと思います。
その差に唖然とし、以来ウズシオタローと云う名前がインプットされたというわけです。
タローさんは引退後「湘南動物プロダクション(現いちはら象の国)」に引き取られたと聞いていましたがそれ以上は知りませんでした。
その彼女のお墓が今目の前にありました。
場長さんに詳しい事をお聞きしました。
彼女は湘南プロダクションで牝馬を産み、1991年にファンの女性4人に引き取られオーシャンファームで暮らしていたそうです。
そして2007年に老衰で33年の馬生を閉じたのでした。
きっと穏やかで幸せな日々だったのだろうと思ったものです。
何故なら、この牧場の暖かい空気、そして場長さんの馬達に対する大きな愛情が、今日初めてお伺いした私にも感じられたからです。
その1例として、シロちゃんと呼ばれていた葦毛のお馬さんがいました。
場長さんがそのシロちゃんに何か合図すると(何だったかは忘れてしまいました)シロちゃんはグゥーンと首を高く長く伸ばしました。
「こうやって時々遊ぶんですよ」と、その首を撫でながら本当に愛おしそうにおっしゃった場長さんの嬉しそうな表情を今でも覚えています。

そして2004年、「浦河の女傑」は神の下へと旅立って行きました。
彼女亡きあと、その意思を継いだ有志の方達によって牧場は運営されてきましたが、2017年4月、遂にその幕を下ろさざるを得なくなりました。
預託されていたオーナーさんのいる馬達はそれぞれ新天地へと移動していきましたが、3頭の高齢馬が行き場を失くしてしまったのです。
もうそれほど残ってはいないであろう馬生を、穏やかに静かに過ごさせてあげたいと関係者さん達が悩み考えた結果、かつてここで働き自らも養老牧場を立ち上げた浦野さんが、大井初代場長の思いを引き継ぎご自分の牧場に引き取られました。
ただ、いつも言う事ですが、馬をみると云う事は人手もお金も本当にかかります。
ご自分の牧場の馬達の面倒だけでも大変なのに新たに3頭増えるのはどれ程のことか想像に難くありません。
そこで、引退馬協会の対外支援事業である引退馬ネットのサポートを受け「オーシャン愛馬の会」が設立されました。
残された3頭のこれからを一緒に応援して下さる会員さんを募集致します。
この会の主旨、また入会などの細かい事はホームページをご覧になって下さいませ。
また、会員には無理でも何かお手伝いしたいと云う方には、クラウドファンディングに支援するという方法もあります。
これもホームページの方に詳しく載っています。
高齢の彼らの為に無理のないご協力をお願いできたら幸いです。
実はこの3頭の中の葦毛さんはシロちゃんです。
どうぞ宜しくお願い致します。

   守り続ける命 オーシャン愛馬の会

                  


この大きな空の下にオーシャンファームはあります。



 中に入るとみんなの写真が。



 お馬だけではありません。 ワンコさんやニャンコさんもいます。



 シロちゃんの芸です。



 場長さん、同じ顔してる(爆)



 自由人ポニー(笑)



 わらわら・・・集合


 ここで余生を過ごしたお馬さん達の名前があります。この他にもノースガスト、タケノベルベットなどが余生を過ごしました。



 ウズシオタローさんもいました。


      以上2008年10月です。


新天地で頑張る3頭



 メリーさん(牝)28才



 イブキダイハーン(セン)26才



 ホクトヴィーナス(牝)22才 この仔がシロちゃんです。メリーさんにくっつき虫してます(笑)
   
     以上、引退馬協会さんから勝手にお借りしました。すみませ~~ん。

もう一つのお知らせです。

新たにフォスターホースとしてタイキシャトルが入りました。 
最近、エイシンバーリンさんやウラカワミユキさんの旅立ちで寂しかった引退馬協会ですが、メイショウドトウ、タイキシャトルと新しい仲間が増えて賑やかになりました。
どちらも絶賛会員さん募集中です。
詳しくは引退馬協会ホームページまで。 


 まだまだ若いイケメンシャトル君です。宜しくね。 (こちらも引退馬協会さんから借りちゃいました) 

どのお馬さんもみんなみんな幸せな馬生を全うしてほしい・・・。
馬達の引退後に関心を持ってくれる人がもっともっと増えてほしい・・・願いは一つです。



訂正

ユートピア牧場は栗林さんと云う方が設立し、大井さんは馬を任されていた方で、後にご友人と一緒にヤシマ牧場を立ち上げたそうです。
事実と違った事を書いてしまった事をお詫びして訂正させていただきます。
すみませんでした
  
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お知らせ&パルサーのこと・・・・。

2017-11-23 | 日記
遂にきました~~~!
何がって、冬がですよ。
雪が一週間前あたりからドッチャリコと降りまして、これはもう根雪になる気配です。
毎年のことなのに、雪が積もる度に毎回「あ~~あ」と思ってしまいます。
暑ければ暑いで「暑いのやだなぁ、ブツブツ・・・」、寒ければ寒いで「寒いのやだなぁ、ブチブチ・・・」わがままおばさんのエドリンです、こんばんは。

   

まず、お知らせです。
引退馬協会のフォスターホースに、あのメイショウドトウが仲間入りしました。
1999年にデビューし、外国産馬ながら天皇賞に挑戦するなど、テイエムオペラオーのライバルとして2000年代初めの重賞戦線で活躍したメイショウドトウです。
1999年の宝塚記念から始まって、2000年の天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念、そして2001年の春の天皇賞までG15戦すべてオペラオーの2着と惜敗していたドトウでした。
そして、テイエムオペラーのG18連勝という大きな記録がかかった2001年宝塚記念、初めてドトウはオペラオーより先にゴール板を駆け抜けたのでした。
この2頭の引退レースと決まったこの年の有馬記念で、初めてオペラオーと同枠に入り、メイショウドトウ4着、テイエムオペラオー5着とここでもオペラオーより前でゴールしました。
翌年2002年1月、この2頭は一緒に引退式を行いました。
オペラオーといえばドトウ、ドトウといえばオペラオーと思い浮かぶほどこの2頭は素晴らしい好敵手でした。
もっとも、お馬さん達にその意識があったかどうかは定かではありませんが・・・いえ、きっと何か感じる物があったと思います。
オペラオーはまだ現役として頑張っていますが、ドトウは一足先に種牡馬引退となりました。
引退後はオーナー様が引き取って余生を過ごさせる予定でしたが、引退馬協会代表の要請により“引退馬の支援活動に役に立つなら”とフォスターホースとして受け入れる事を快諾して下さいました。
11月1日からメイショウドトウは、フォスターホースとしての余生をスタートさせました。
彼のこれからを支えて下さるフォスターペアレントを募集しています。
詳しい事は引退馬協会のホームページをご覧になって下さい。

   NPO法人 引退馬協会

     


    

(画像は引退馬協会さんよりお借りしました)

どうぞ宜しくお願い致しま~~~~~す

   

2016年11月21日は、2002年度愛知杯(G3)勝馬トウカイパルサーの命日でした。
歴史的名馬トウカイテイオーの初年度産駒として産まれたパルサー。
きっと父テイオーもそうだったように、パルサーもテイオーの仔として大きな期待をかけられていた事でしょう。
でも、新馬戦こそ勝ったもののその後はなかなか勝利の神様はほほ笑んでくれず、準オープンに上がったのは5才になってからでした。
それからも勝てそうで勝てない状況が続き、重賞初勝利は6才になってからでした。
その頃、同期のテイオー産駒の1頭トウカイポイントも6才になってから中山記念(G2)を勝って晴れてオープン馬になったのでした。
トウカイポイントはその年の11月、マイルチャンピオンシップ(G1)を勝ち、アドマイヤコジーンと共に遠征した香港マイル(G1)でも3着と気を吐きましたが、翌年の3月に故障し引退となりました。
一方のパルサーは北海道競馬に移籍しましたが、2005年1度も走ることなく引退となったのですが、その時に終の棲家となったコバン牧場・e の場長さんに引き取られ馬生を全うしたのでした。
私が会いに行った時、まず父テイオーにそっくりと云う事に驚き、人懐っこいその性格に感動したものでした。
生ある物必ず来る別れ、わかってはいますが、やはりその現実を突き付けられると悲しみに崩れそうになります。
パルサーの訃報を聞いた時にも心が真っ二つになったような思いをしましたが、悲しみの中から、「あそこで暮らせて最高に幸せだったんだよ」と云うパルサーの声が聞こえたような気がして涙がひいていきました。
パルサーの幸せぶりは、以前このブログでもご紹介しました。
宜しかったら覗いてみて下さい。

「パルサー君のスローライフな日々」(私の錆びた脳細胞ではリンクできないのでバックナンバーから検索してみて下さいませ。2013年6月です。すびばせ~ん

パルサーは天の国へ旅立ってしまいましたが、父に良く似た面ざしと、穏やかに澄んだ瞳はいつまでも私の心に焼き付いています。
また来年、雪がちらつく頃、彼を偲びます。


        


       



パルサー君の同期産駒、トウカイポイントさんの最新画像を頂きました。
何だか若返ってます(笑)。


  
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マイネルスティング命日ツアー

2017-11-11 | 日記
10月だと云うのにもう雪が降ったり、寒くなったり、暑くなったり、大型台風が続けてやってきたり、自然界に一体何が起こっているのでしょうか?
難しい事はわかりませんが、地球が何か人間に怒っているような気がします。
これ以上大きな被害が出ない事を願うだけです。

と、ここまで書いてず~~~~~~っと放置したままでした。
その間に何故か11月にカレンダーが変わっていました。(当たり前ですよね
言い訳ですが、パソコンの前に座ると自然と瞼が落ちてくるのですよ。
キーボードにおでこをぶつける事数回。
10月紅葉シーズンの、天地がひっくり返ったような忙しさの後遺症がいつまでも残っています。
「お金は残らないけど疲れはしっかり残る」そんな言葉がピッタリのエドリンです、こんばんは。



11月3日

4年前の11月4日、朝一番のバスの中で私は、目から今にも落っこちてきそうなシズクをおさえる事に必死でした。
前日の夜遅くにかかってきた「スティングが倒れて今病院です。これから手術です」と云う全く予想もしていなかった電話。
眠気も吹っ飛び、じっと待っていた「無事終わりました。大丈夫です」という報告。
日付が4日に変わる直前になった電話は「もう手の施しようがなく、今そのまま安楽死になりました」でした。
何が何だかわからないまま「とにかく朝一のバスでそちらに行きます」そう答えるのがやっとでした。

静内に着いて、スティングの亡きがらを見た時「夢じゃなかったんだ。本当にスティングは死んじゃったんだ・・」そんな言葉が頭の中で渦巻きました。
わかっていたのですが、どこかに現実を否定する気持ちがあったのだと思います。
あの時にふれたスティングの、冷たく固くなった額の感触は未だにしっかり残っています。

あれから4年。
あの日、まだどこかに魂が残っていた(私がそう信じている)スティングと約束した2頭のチビ達は、一人前の競走馬となり、現役を勤めあげ(成績はおいといて、笑)、怪我無く無事に引退となり、産まれた牧場に戻ってきています。
いろいろあったけれど、とりあえず彼との約束は果たせたかな?と思っています。
そのスティングの命日11月3日に合わせてあるツアーを計画しました。
それは、オキテの里親となった4人の顔合わせツアーです。
それぞれ個別には会ったことはあるのですが、みんなが一緒に顔を合わせるのは初めてでした。
想定外とはいえ、私の見通しの甘さによって不安定状態になってしまったオキテのこれからを、共に支えたいと言って下さった方たちです。
それぞれ、他にもサポートしているお馬さんがいながら、オキテにも優しさを分けて下さった方たちです。
オキテの場合は個人的引き取りという形なので、負担も大きいです。
私的には感謝してもしきれない思いです。
その分楽しみも大きくて前日はほとんど眠れませんでした。

前の日の雨は朝には止み、時々青空が顔をだす、そんな穏やかな空の下4人が集まりました。
スティングのお墓参り、そして恒例のニンジン配りと、時間の許す限りたっぷりと馬達とふれ合いました。
あまりに楽しくて予定の時間より大幅にオーバーし、慌ててホテルへと向かったのでした。


「スティング、会いに来たよ。」


     
「いらっしゃ~い。 ニンジンさん」 BYセブン


     
「ボクたんもいるでちよ。 3等身じゃないでちよ。」 BYモッヒー


     
「遅いですよ。 待ってたですよ」 BYオキテ


     
「やっぱり男はバケツ食いですよ。」ってあなた、セン馬でしょ、笑


     
    
 みんなで記念写真です。



    
 オキテ、また明日来るからね。 
かつて、帰る時にはスティングもこうやってじーっと見送ってくれました。     


                 
            


次の日は今にも泣き出しそうな空の下、朝早めに今度は浦河の渡辺牧場さんに向かいました。
途中から大粒の雨が降り出し、みんなで、何とかお墓参りだけはしたいと空に願いました。
そうしたら何と何と、お墓のある場所に向かった頃から雨が小降りになり始め、到着した時にはすっかり止んでいたのです。
ミユキが歓迎してくれて雨を止ませてくれた、そんな気がしました。
何故なら、お墓から帰る頃からまた雨になり、牧場に着いた時には本降りになってきたからです。
馬達は既に馬房に帰っていました。
そこからはニンジン配りのおじさんおばさんが右往左往。
みんなで配っていてもあちこちから「早く、早く」の催促が・・・・。
おかげで写真が全く撮れませんでした。すみませ~~ん。
お墓の画像は7月にお参りした時のものでお許しくださいませませ。


      
ミユキちゃんのお墓の前には今でもお花が一杯でした。


      
 間にリンドショウグンのお墓をはさんで、コーセイがいます。



      
 そしてここには2009年に旅立ったメリーナイスも眠っています。
        

         


顔合わせツアーは無事終了し、これからは年に1度このツアーを行う事を約束し、それぞれの帰途に着いたのでした。


命日ツアーの記事はここで終了ですが、お知らせが幾つかありますので、近日中にまたアップする予定でいます。
頑張りまっす!!




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♪ オキテのまったり生活 その2 ♪

2017-09-18 | 日記
大型台風が日本全国で暴れまわっています。
北海道も今日は朝から雨、そして雨は止みましたが今度は風、それもかなり強烈に吹いています。
日高地方も台風進路に入っていて警報が出ていたので、心配でメールをしてみました。
とりあえず被害はなく、みんな馬房に入って落ち着いているとのことで一安心です。
大雨警報は解除されたようですが、少しでも早く台風が過ぎ去って欲しいと願います。
どうかこれ以上台風被害が広がりませんように。
そして、被害に遭われた方達に心からお見舞い申し上げます。
今日は真面目バージョンのエドリンです、こんにちは。

    
さて、先日の画像アップの続きです。
つい最近、夏場の夜間放牧が終了し、これからは明るい太陽の下、草を食む事ができます。
と云った矢先からこの台風で、馬房に閉じ込められてるオキテ達です。
きっと、お向かいのゴーちゃんと(オ)「早く外で走りたいよぅ」(ゴ)「僕はたまにのんびり休みたいから、いいんだよ、これで」とか話しているかも知れませんね。(ホントか?)
こんな日に馬房訪問したら、ニンジン配りで走りまわされます。
お馬達のニンジン愛は強烈ですから。(苦笑)


オキテのニンジンクレクレポーズです。
    
    からの~~~

   
   「ニンジン、ニンジン!!」

   
   「こっちで駄目なら今度はこっちだ。」

   
   「早くくだちゃいよ~~~!」


ここにはオキテよりもっと強くクレクレアピールをするお馬がいます。
新しく仲間入りしたエーロドリゲス君です。
私たちが馬房に入った瞬間から騒ぎ出すロド君。
もう17歳の渋い中年さんですが、ことニンジンに関してはまだまだ熱い情熱を持っています。
お父さんがサンデーサイレンスさんという事も関係ありかな・・・?

   
  「待ってたよ、ニンジンさーん・・・!」 


   
   「はよおくれ~~!!」

にんじんガン見なので、画像がぶれること、ぶれること。頼むから落ち着いて!
そんな2頭を見ていたゴーちゃんは

   
   「もう、サラブレッドのプライドはどこに行ったんだ? 僕は情けないぜ」

あらゴーちゃん、ブヒン、ブヒン鳴いて催促したの誰だっけ?(笑) 

   
   「・・・・・・僕は知らないね」(何故か気配を消してます、笑)


   
   「ニンジンおいちいもんね。」 
ムーミン君、ニンジンは齧っても人を齧るのはやめてね。


里親会営業部長のセブン君は、以外にもクールです。
順番が来るまでじ~っと待っています。
そんなセブン君ですが、お客さんがくると本領発揮。
積極的に近寄っていっては「可愛いネ」とか言われながらニンジンを貰っています。
この営業力ってスティングからの教えかな?(スティングも、お客さんが来るとどんどん寄っていきました。特に初めての方には顔を触られても嫌がらず我慢していました、笑)

   
   「いらっしゃい。よく来てくれたね」

   
   「ニンジン持ってきてくれたんだ。ありがとう」

   
   「わざわざ来てくれるお客さんには親切にしろとスティングおじちゃんに言われたんだ」

セブンは里親会員さんを募集しています。
宜しくお願い致します。


この前の画像で、モッヒー君は何頭身か?という質問がありました。
頭の少し大きな3頭身くらいだと思います。
画像を見てご自由に判断して下さいませ(爆)

   

   
   「失礼な! 僕ちんは立派な道産子だ。怒っちゃうぞ、ぷんぷん!」

モッヒー君ごめんね。
またニンジンたくさん持って行くから許されてぇ!!


    
   「僕たちは食べることが生きることだから、たくさん食べて長生きするんだ。それが僕たちを身守ってくれている人達へのお返しだとスティングおじちゃんから教わったんだ。」

そうだね、オキテ。
美味しそうに食べるその表情やしぐさが、人の心をたくさん癒してくれるんだよね。
これからも一杯食べて元気でいてね。
   

    おまけです

引退馬協会代表の沼田恭子さんの半生が、幼馴染で作家の倉橋燿子さんの書き下ろしで、講談社 青い鳥文庫から出版されました。
動物が苦手だった沼田さんが、どうして乗馬クラブの経営をしたり、馬の余生を考える引退馬協会を設立することになったのか。
ここにいきつくまでの苦労や苦難、愛する人との別れなど、児童書ではありますが、大人が読んでも楽しめるように書かれています。
人も動物も命の重さは同じ。
辛い時、悲しい時、人の心に寄り添ってくれる動物達の癒し力。
読み終わった後に、生きている事の素晴らしさを再確認させてくれる、そんな本でした。
一読下さったら幸いです。

             
   
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♪ オキテのまったり生活 その1 ♪

2017-09-13 | 日記
 職場の窓から大きなシオカラトンボが入ってきました。
私は蝶でもトンボでも虫という虫が苦手なので、同僚にこっそりお願いして捕まえてもらい、外へ放してもらいました。
「トンボが怖いの?」
「虫はみんな怖い・・・」
「へ~~~え、人って見かけによらないのね」
って、私はどんなふうに見えてるんじゃ!!!
はいはい、どうせ私は「鬼瓦権造」ですよ!(まだ引きずってる、涙)

見かけはどうでも(ヤケ)本気で虫が怖いエドリンです、こんにちは。


    
8月、9月とオキテに会ってきました。
画像が一杯たまってま~す。(ブログさぼってたからでしゅ、すみませ~ん)
移動してからのオキテの日々は、朝、夜間放牧からお部屋に戻ります。
この時期、昼間は暑いし何よりアブが多くて馬達はイライラ、のんびり草も食んでいられません。
なので、日が沈んで温度が下がり、にっくきアブ達もお休みされる夕方から放牧に出かけます。
そして朝までゆっくり草を食み、お日様とアブさんが出てくる時間には涼しい馬房に戻り、朝ごはんをしっかり食べた後、静かに眠りにつきます。
今、オキテはビッグゴールドさん、ゴーちゃんといつも一緒です。
最初の頃、ゴーちゃんは絡まって来るオキテを煩がっていましたが、今では、オキテが先に出されるとゴーちゃんが騒ぎ、ゴーちゃんが先に出るとオキテが騒ぐで結局2頭一緒に出さなきゃならず、引いていく牧場の奥さんは「もう大変なんですよ」とこぼしてらっしゃいました。
ご面倒かけてすみませんです。
でもそのおかげでオキテも太り始め、ゴーちゃんも筋肉が引き締まってマッチョゴーちゃんになってきています。
一時くすんでいた毛艶も今はピカピカでボディはパツパツ、いたずらも半端なく「あんた本当に7才の古馬なの?」と思わず聞きたくなる程のやんちゃ坊主オキテになっています。
やっと、自分の居場所がここだと理解して安心しているんだと思います。
そんなオキテの幸せそうな画像、2回に分けてアップしちゃいま~す。


   
   「ニンジンだぁ!  早くおくれ~~~!」


   
   「早く、早くゥ!!」


   
   「オキテ、何する気?」


   
「やめなさ~い、それはおもちゃじゃありませんよ~~!」


   
   「ボク何もしてませんよ~だ」


   
「オキテ兄ちゃん、また戸をバタバタやってる。僕たんだってあんなことしないよ。僕たんよりお仔ちゃまなんだから」byムーミン(今年産まれたトネッコちゃん)


   
   「一体いくつなんだ、あいつは?」 byゴーちゃん


   
   「面倒みきれんわ、まったく」 byゴーちゃん 


   
 「おいらは大人だからね、いたずらなんてしないよ。レースもしないしね。」byコスモセブン


   
 「おいらはやりたくない事はしないよ。馬生は1度だからね」byコスモセブン(男まえだねぇ、セブン君)


   
  「ボクチンも男まえでしょ。」byモッヒー 
みんなみんな男前ですよ~。(笑)


        続きますです。      
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