新・名も無い馬ですが・・・・・

2013年11月3日に旅立ったマイネルスティング。
その想い出と一緒に、これからも名も無い馬たちの応援をしていきます。

Happy(Birthday)がいっぱい!! (その3)

2017-05-08 | 日記
終わりましたですよ。
何がって?  ゴールデンウイークがです。
ほんと、いつもにも増してテンヤワンヤの忙しさ。
嵐の後に残ったものは、体中が石になったような重た~い我がご老体。
この立て直しに何日かかるかによって老化度がわかる・・・気がします。
せめて今週中には復活するぞ!と灰色ならぬ錆ついて色が分からなくなった脳細胞に言い聞かせているエドリンです、こんばんは。

    

苦労してたどりついたのは荒木牧場さんです。
私が以前行ったことがあって、そして今は無くなってしまった民宿さんというのはカツラギエースの産まれた牧場さんでした。
屋根に大きく書かれていた屋号を目印にしていたので見逃してしまったわけです。
にしても、カツラギエースのお墓はまだあるのでしょうか?
ちょっと心配です。

    
               
             
                              

かつて、マイネルスティングがお世話になり、最近では行き場をなくしてしまった、メイショウカイドウやタマモストロングの父スキャンさんがここで暮らしていました。
残念な事に、スキャンさんは2016年12月31日に28才の馬生を閉じました。
でも、スタリオン閉鎖の後、たくさんの方達がスキャンさんのこれからを案じ、引退馬協会の後押しで無事荒木牧場さんに移動し、多くの協力者さん達によって「スキャン基金」が設立され、何の不安も無く天寿を全うできたことはスキャンさんにとっても最高のエンディングだったのではないでしょうか。

競走馬という宿命を背負って産まれてきた彼らですが、その生を全うできるのはほんの一握りしかいません。
どんなに一生懸命走って勲章を獲得しても、それが必ず報われるわけではありません。
その辛い現実を胸に収めて、だからこそ、こうやって寿命を終えて旅立って行くお馬を見ると、寂しいけれども心から「お疲れ様」と褒めてあげたくなるのです。
幸せな最期を迎えられるお馬達が1頭でも多く増えて欲しい、その思いで一杯です。

      
 スキャンさん、お疲れ様、そしてありがとう。ゆっくり休んで下さいね。


私たちが迷ってウロウロしている間に、もう集牧の時間になっていました。
みんなそれぞれの馬房に入り、これから楽しい楽しいディナータイムです。
なので、ちょっとだけお邪魔させて貰い、速やかにおいとま致しました。


    
 ネーハイシーザーさん、ちょっとお邪魔しますね。


    
   顔はあげないまでも少しずらして見えるようにしてくれました。ありがとうです。



    
   こちらはニューフェイスのキクノスパンカー君、26才です。イケメンさんです。



    
   「ご飯食べるからあっち行って!!」 byキクノスパンカー
   「はいはい、失礼しました」


           



早ければ2月から遅くても6月いっぱいくらいまで、仔馬が誕生します。
そしてその2年後には競走馬として巣立っていくのです。
なのでこの間は、サポートホース達の誕生日が一杯です。
薄いお財布がますますやせ細ってしまうわけでして・・・・トホホ
でも、誕生日を毎年迎える事の出来る仔達は数少ない恵まれた仔達です。
私のお財布が骨と皮になっても、出来るだけのお祝いをしてあげたいと思うのです。
指で数えられるだけの誕生日しか迎えられなかったお馬達の分も・・・・・。

4月27日にはFHのキョウエイボーガンが28才のバースディを迎えました。
一緒にあの菊花賞を走った、ライスシャワーもミホノブルボンも、セキテイリュウオーも、グラールストーンも、もうこの空の下にはいません。
ボーガンには彼らの分も、これからまだ何度も誕生日を迎えて欲しいと願います。


    
    28才のボーガン君、まだまだ「可愛い」が似合います。


    
     Happy Birthday!ボーガン君    

    

荒木牧場さんは「功労馬サポーターズ」という会を設立し、行き場のなくなった馬達の駆け込み寺的活動をめざしていらっしゃいます。
この活動に賛同されたり関心をもたれた方は、こちらを覗いてみて下さい。
  
   荒木牧場ーJimdo

またフェイスブックもやってらっしゃいますのでそちらも宜しくです。

   

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Happy(Birthday)がいっぱい!!(その2)

2017-05-01 | 日記
 いよいよ始まっちゃいましたね、ゴールデンウィーク。
私的には恐怖以外の何物でもないのですが・・・。
まず、職種的に土日、祭日は肉親の不幸以外は休めません。
なので、大型連休は仕事一色。
おまけに、いつもに増して押し寄せるお客さんの波。
忙しい事はありがたい事とわかっちゃいるのですが、疲れが度を超すとだんだん笑顔もこわばるのですよ()。
「連休なんて早く終わっちまえ!」心の中で悪態ついてるエドリンです、こんばんは。

    

静内の街を出て浦河へ向かった私たち。
その前に一か所寄って、という予定でした。
ところが、この辺の名物の昆布羊かんをお土産に買おうという話に盛り上がり、お爺ちゃん、お婆ちゃんが手作りしている小さな羊かん屋さんがこの通りにあるからとみんなで目をこらして探しているうちに、第1目的だった牧場さんを見逃してしまったわけです。
羊かんはゲットしたのですが、その牧場さんは見つからない。
慌てて探しているうちに絵笛の標識が。
しょうがないので、予定変更で3番目の訪問先へ先にお伺いしてしまいました。
ここのところ、私の休みの関係でここまで足を伸ばせなかったので、本当に久しぶりの訪問です。
初めて私がフォスターホースという存在を知り、フォスターペアレントに加えて頂いたナイスネイチャの暮らす牧場。
渡辺牧場さんです。
昨日の4月16日に29才になったナイス。
フォスターペアレントになって初めてナイスに会いに来てからもう14年。
あの頃のナイスは種牡馬を引退してまだそれほどたっていず、集牧するにも場長さんしかできないくらいヤンチャでした。
馬友さんも「初めて会った時は怖かった」と言ったほど、その頃のナイスにはオープン馬のオーラがムンムンでした。
今ではすっかり丸くなって、会員さんでも引けるくらい穏やかで優しいナイスなんですが。
1頭では寂しがって、セントミサイルとメテオシャワーの仲間になったと聞いた時、ナイスもお爺ちゃんになったんだなぁと思ったものです。
それでもここには、そのナイスのお母さんが元気でいるのですから、何となくまだ仔供のような気がしてしまうのです。
牧場さんの細やかな気配りと心使いで、高齢でも、元気でピカピカの馬体を維持しています。
好々爺ナイスですが、その誇り高きオレ様DNAはしっかり息子のセイントネイチャが受け継いでいました。

                
             
       
       
 まず真っ先に渡辺牧場のゴッドマザー、ウラカワミユキさんへご挨拶です。



       
 ミユキさん、おん年36才。 最近ちょっと体調を崩し心配しましたが、今は復活してこのとおり、人参パクパク食べています。



      
 そのミユキさんを守る春風ヒューマ君。でも、人参が絡むと別なようで「寄るな!来るな!近寄るな!」と人参独り占め。
ただし、人参の時だけで、普段はしっかりボディガードを勤めております。(多分・・


     
 新しく仲間に加わったマザートウショウさん。 控えめで人参もゆっくり品良く食べます。 マザーの世界は静かな優しい空気が流れている様な気がしました。


     
 穏やかな瞳には安心しきった光が宿っていました。幸せなんだね、きっと。

     
                            

お待たせ~ナイス!!
    
  ミユキ母さんにますます似てきました。


    
  いまだに人気者のナイス。 引退馬協会の、今はお空に引っ越した広報部長グラールストーンの後を継ぎ、2代目広報部長に任命されました。
その第1弾のお仕事として「ナイスネイチャ・バースディドネーション」を企画しました。(詳しくは引退馬協会のホームページを見てね)



    
  今、脚の状態があまり良くないセントミサイル、ナイス達のお向かいの丸馬場で治療に頑張っています。




   
父ナイスの後を継いで、只今、牧場一強い男(セン馬だけど)になろうと頑張っているセイントネイチャ。 とりあえず、威張れる相手はヒカルだけだと云う事は内緒です(笑)。




その威張られているヒカル。「威張らせてやってるだけだよ」だそうです(爆)。



   
  キャプテンベガさんも元気元気でした。



         


さて、この次はいよいよたどり着くのにチョウ~苦労した牧場さんの話です。
行くのに大変な思いをしたのに、わかってみたら、どこよりも一番わかりやすい道筋だったこと、もう笑うしかありませ~ん。


追伸

日高から帰ってきた2日後の4月19日、フォースターホースのエイシンバーリンが旅立ちました。
ずっとメラノーマやクッシング病と闘ってきましたが、蹄葉炎の悪化によりもう限界と云う事で闘いに終止符が打たれました。
1990年代の短距離路線で活躍し、日本レコードもうちたて、母のお仕事にも頑張ってきたバーリンさん。
牧場さんの手厚い看護をうけ、みんなに愛され、バーリンさんらしく堂々と生きたその馬生、立派でした。
お疲れ様、そしてありがとう。
ご冥福を祈ります。

  
 (引退馬協会よりお借りしました)


コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Happy(Birthday)がいっぱい!!(その1)

2017-04-25 | 日記

17日、本当にひっさしぶりに日高地方へ行って来ました。(そういえばブログ書くのもひっさしぶりなような・・・)
明日から大荒れお天気になると云う前日、素晴らしい青空の下、爽やかな日高路を行きました。
静内で2カ所、そして浦河へ行く途中に1カ所寄ると云うスケジュールで早朝出発したのですが、その途中の牧場さんを見逃してしまい気が付いたら浦河に到着。
伝えていた時間より早かったのですが、仕方ないので先にそこに行きました。
で、帰りに寄ろうと云う事で、今度はしっかり目印を聞いて、その目印のお家なら私も知ってる民宿さんなので安心してスタートした分けです。
が・・その目印が見つからない。
確か以前に行った事のあるとこで、屋根に大きく名前が書いてあったのですよ。
でも、ないんですよね。
かなり静内寄りまで行って、馬友さんが「黄色い色の家って聞いたよ。さっき見た家が気になる」というのでもう1度戻ってみました。
「でも、屋根に何も書いてない」それが心配だったのですが、その黄色い家の先を曲がってみるとすぐそこに見覚えのある牧場さんが・・・・あった!
予定よりかなり遅くなってやっと到着です。
場長さんに聞くと、そこは今は民宿をやめて借家になっていて、屋根の名前は消されているとのこと。

そんなこと聞いてないよ~~!
だからぁ私に道案内させたら駄目なんだってぇ!!

未だに右左、急に言われると「お箸持つ方がぁ・・・」と確認してしまう、エドリンです、こんにちは。

    

本当は帰ってきてからすぐアップする予定だったのですが、ちょっとド・ショックな事があってなかなかその気になれなかったのです。
まだ、心の整理がしっかりついている分けではないのですが、折角久しぶりに会ったお馬さん達の記憶が薄れない内にと、楽しい事のみ思い出しながら書いています。

まず最初に行ったのはオキテのとこで~す。
今や繁殖さんやら種馬さんやらたくさん抱えているクラックさん、育成も始まっていて大賑わいです。
お客さんがたくさん見えていて、代表さんともご挨拶するのがやっとと云う事で、オキテに会うだけで早々に引きあげました。


  オキテ、るろうに剣心みたいだよ(笑)


  ポッケちゃんともすっかり仲良し・・・・のはず 
 

    

そこから坂本牧場さんはすぐです。
生きていれば12日に25才になったマイネルスティングのお墓にまずはご挨拶です。
フナバシボンバー君とブリダーばぁちゃん、そして、去年8月に旅立ったタケノハーモニーに囲まれてスティングは眠っています。
何年たっても、あの日の、突然やってきた別れの悲しみ、寂しさは薄れる事はありません。
でも、こうやってゆっくり眠れる場所があって、会いに来てくれる人達がいてスティングはとっても幸せな仔だと思います。
殆どの仔達は、誰に知られること無く、泣いて貰う事などあるはずもなく、ひっそりと散っていくのですから。
だから、元気にお誕生日を迎えられた仔達にはたっくさんのお祝いをしてあげたいと思ってしまうのです。

      
実は、墓碑の画像取り忘れてしまったので去年のものなんです、すびばせ~~ん!



墓碑のすぐそばで草を食んでいたこの牧場のアイドル1号モッヒー君(ちなみにアイドル2号はジロー君です)にも人参プレゼントです。
モッヒー君の誕生日はわかっていないのだとか。
年齢も推測でしかありません。
アイドル2号のジロー君もそうです。
なので、私は勝手にスティングのお誕生日を、この1頭と1匹のお誕生日にしちゃっています。
この道産子モッヒー君は不思議なお馬で、今は体が黒ですが、熱くなるにつれ白っぽく変わって行くのです。
UV対策なのかな~・・・・???
雷鳥は冬に白く夏には黒っぽくなりますが、モッヒー君は反対です。
もうじき葦毛のモッヒーが見られま~す(笑)。

     
 「ぼくタンの年は内緒なんでし。イヒヒ」 byモッヒー


     
「僕ちんも内緒だよ~」 byジロー

     
 もうじきこんな白いモッヒーに変わります。(カメレオンか!!)      



そして大事なお方を忘れるとこでした。
スティング亡きあと坂本牧場を守り、やんちゃ坊主たちの教育係を引き継いでくれているビッグゴールドさん、ゴーちゃんも3月に19才のお誕生日を迎えました。
遅くなったけれどお祝い人参です。

      
「僕を忘れるとはとんでもないよ!!プンプン!!」 byゴー様


      
「でも、そのニンジン全部くれたら許す・・」 by買収に弱いゴー様



これから浦河に向かい、その途中でもう1か所寄っていく予定でした。
それが・・冒頭に書いたように見逃してしまう分けです(三石の昆布羊かん屋さんを探すのに夢中だった事も見逃した理由の一つです)。
早々とお土産の羊かんをゲットして喜んでいる呑気な私たちは、これからの苦労を全くわかっていませんでしたとさ。



          to be continued
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

人と馬の絆が演じるドレッサージュ

2017-02-14 | 日記
話は遡るのですが、群馬から帰ってきて職場で「もうすっごい雪だったよ」と騒いでいたら、仲間に窓の外を指さされました。
そこには見慣れた雪景色が・・・。

        

そうでした。
ここは大雪の本家本元、北海道でした。
積雪が当たり前すぎて、初めて雪を見た気分になっていました。
目の前しか見えていないエドリンです、こんにちは。

    

2010年12月31日大井競馬1レースを12着で終えた時、ツルマルヨシカゼの競走馬生命は終止符を打たれました。
6月にデビューして半年、まだ2才でわずか4戦だけの競走馬暮らしでした。
そしてそのまま家畜商へと送られました。
新馬デビューしてもこんな風に短い競走馬生活しか送れず、人知れず消えていくたくさんの馬達。
ヨシカゼもそんな中の1頭でした。
ただ、彼には何かがついていました。
その家畜商は、ある乗馬クラブの直ぐ近くで、偶然ヨシカゼを目にしたクラブのオーナーが彼を買い取ってくれたのです。

その乗馬クラブとは、群馬県にあるアリサ乗馬クラブ。
そうです、今は引退馬協会のフォスターホースとなったキョウエイボーガンが暮らすクラブです。
私達がお伺いした時、そのクラブのオーナー、中山先生はちょうどボーガンから2つ隣の馬房のお掃除をしていました。
中にいた栗毛の馬は、先生がその仔の首の下をくぐったり、片脚を持ち上げたりして掃除しても嫌がって暴れたり、齧ろうとしたりもせず、ただじっとなすがままで、ただ眼だけは先生の動きを追っていました。
「この仔はね気難しいとこがあって、今まで僕しか扱えなかったんですよ」
先生が私たちの方を見ながらおっしゃいました。
「そうなんですか。おとなしそうに見えるのに」
「今は大分穏やかになりましたけど、こんな風に出来るのはやっぱり僕だけなんですよ」
あまりの寒さに話しの続きはハウスの中で、と先生もお掃除を終了なさいました。

ストーブの暖かさにホッとしながら、私たちは雪がおさまるまでDVDを見せて頂きました。
それは、先生と1頭の馬がまるでダンスをしているような映像でした。
「これがドレッサージュです」
そうなんだ。
これがオリンピック競技にもある馬場馬術なんだ。
馬と云えば競馬しか思い浮かばないような情けない私でも、馬場馬術という名前くらいは知っています。
「いいですか、良く見ていて下さい。 だんだんと馬の尻尾の根元が上がってきます。これは馬が乗ってきたと云う事なんです。」
そう説明されてじっと見ていると、確かに少しずつ音楽に合わせるように尻尾の付け根が持ち上がってリズムをとっているように見えてきました。
「馬が楽しんでいるでしょう」
確かに、馬の踏むステップがノリノリの感じがします。
ふと疑問に思った事を聞いてみました。
「先生は何の指示も出していないのですか?」
お馬は軽やかにステップしているのですが、上にいる先生の体はピクとも動いていないのです。
「いや、ちゃんと指示していますよ。ただ外からはわからないでしょう」
「どうやっているんですか?」
「臀部の筋肉を動かしています」
って、お尻の筋肉を動かすだけで馬には何をすべきかわかるの・・・?
「ただし、それが出来るのは彼だからなんです」
そんな微妙な動きにしっかり反応できる凄いお馬、それがあの栗毛のヨシカゼ君だとその時知りました。
「彼って凄いんですね」
「いや、本来どんな仔でも出来るんですよ。 教える技術と時間、根気と愛情さえあれば。現にこのヨシカゼはみんなからこんな駄目馬とか、馬鹿馬とかさんざん言われていたんですよ。」
「そうですよねぇ」
今までニコニコと見ていらした奥様が、先生の話を引き継ぐように話しだしました。
「あれだけヨシカゼの事を馬鹿馬、馬鹿馬って言ってた人が、ヨシカゼの演技を見て“是非売ってくれないか。金なら幾らでも出すから”って。どんな顔して言ってるんだろうと先生と思わず顔を見合わせましたよ」
「本当にあの時は目が点になったね。どれだけ札束を積まれても売る分けがないですよ」
先生がヨシカゼ君を手放すはずがないのには、実はもう一つの理由がありました。
「ヨシカゼは私の命の恩人いや恩馬なんですよ」

ネット競馬のコラムでも書かれていましたが今から4年ほど前、先生は心筋梗塞で倒れドクターヘリで運ばれたそうです。
意識のない状態で先生は夢を見ていたとか。
「大きな河があってね、その向こう岸でアリサをはじめここで亡くなった馬達が僕を呼んでいるんですよ。早くおいでおいでってね。で、僕は河に飛び込んで泳ぎ始めたんですよ。そしたら突然ロープの束が飛んできて僕の体に巻き付いたんです。誰だ?と思って振り返ったらヨシカゼがロープを掴んで引っ張っているんですよ。そっちいっちゃ駄目だよ~って。それで僕の意識が戻ったんです。あのままだったらヤバかった(笑)」
「あの時はもう駄目かと思いました。あとでその話を聞いて、ヨシカゼに感謝しました」
そう言う奥様の声は、その頃を思い出すかのように心なしか震えているように聞こえました。
「だから僕はヨシカゼを手離す事は絶対にないんです。」

テレビ画面のヨシカゼ君はますますノリノリで、音楽に合わせて軽やかにステップを踏んでいました。
それは競技と云うより、人と馬があ・うんの呼吸で一緒にダンスを楽しんでいる姿でした。
それを見ている私たちも思わず体でリズムを取ってしまう、そんな楽しさのオーラが溢れていました。

産まれて2年しか生きていないのに、しかもたった4戦で競走馬を首になり死を宣告されたヨシカゼ君。
人を信じられなくなってても当たり前でしょう。
その彼の心をゆっくり溶かし、素晴らしいドレッサージュの競技馬に成長させてくれた中山先生。
その先生への思いがきっと、あの命のギリギリの所で先生を引き戻させたのだと私は思います。
人と馬の心の絆が、見る者の心に透き通った感動を与えるのではないでしょうか。

先生は何度もおっしゃいました。
「駄目な馬なんていないんですよ。しっかり教えてあげられる技術を持った人間が少ないんです。愛情を持ってその仔にあった教え方をしてあげたらどんな馬でも覚えてくれます。それが出来ない、覚えるまで待てない、そんな人がこいつは駄目だと決めつけて切り捨てるんです。」
競走馬名ツルマルヨシカゼは、2才からここにきて賀風になり7年たちました。
7年間の時間をかけて今の賀風がいます。
この時間は、1人の人間と1頭の馬の、強い強い信頼を作りあげた宝物のような時間だったと私は信じています。


         
 奥の栗毛ちゃんが賀風くんです。 手前は梵天丸くん。



        
 この日の先生風邪引きで、本当はもっとダンディでカッコ良いんです、念の為(笑)

コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

美しき帝王の娘、母になる。

2017-01-30 | 日記
 本来はボーガン君の続きの予定だったのですが、嬉しい話が飛び込んできたので、ちょっと予定変更しちゃいます。
中山先生と賀風君のお話はこの次と云う事で、宜しくお願い致しま~す。
というわけで今日はオチも何もなし、アイソナシのエドリンです、こんばんは。

    

中札内の乗馬クラブでお仕事をしているケイウンコユキとケイウンルビーが5月にお母さんになります。
ケイウンコユキは2007年、ナイスネイチャが暮らす渡辺牧場さんで、父トウカイテイオー、母コユキの間に産まれた牝馬です。
チームテイオー、テイオー産駒の会の会員でもある私的には応援しない筈がありません。

そして2009年、名古屋競馬でデビューしました。
天性のスピードであっという間に3連勝をあげ夢を見させてくれましたが骨折。
そこから長く厳しい日々が続きました。
それでも頑張ったコユキにご褒美が。
周りの人達の暖かい思い遣りで早目の引退が決まり、2011年、生まれた渡辺牧場さんに帰ってきたのでした。
当時のことは以前にこのブログでアップしています。(クリックすると跳びます。)

    帰郷・・・・ケイウンコユキ

    美しき帝王の娘***ケイウンコユキ

それから2年、痛めた脚もすっかり治り牧場でのんびり暮らしていたのですが、乗馬に欲しいと云う方が現れ、仲間のケイウンルビーと一緒に十勝の中札内ライディングクラブに移動して行きました。
コユキもルビーも同じ5才。
養老生活をするにはまだまだ早い、という事で第2のお仕事の始まりです。
本当の余生を送る年齢になったら、また、ここに帰って来ることになっています。
そこで乗馬のお仕事に頑張っていたのですが、もう一つのお仕事が与えられました。
それは、お母さんになると云う事。
そして、2頭とも仲良くというか、無事にオメデタとなり、5月には一緒にチビちゃんが誕生してくるのですよ。
名古屋競馬時代からずっと、ハラハラしたり喜んだり、心配してきたあのコユキがママになる・・・・不思議な気持ちです。
ただ、お相手がウエストファーレン種という乗馬用のお馬さんなので、産まれた仔供は競走馬ではなく乗馬の道を行きます。
おチビさん達の初期馴致や調教は、ここのクラブでするそうなので、産まれてからも当分は親仔一緒にいられるようです。
何よりもまずは2頭の無事安産を願います。


       
    移動した頃のコユキ(赤無口の仔)とルビー(青無口の仔)です。(渡辺牧場ブログさんよりお借りしました)


    
    今のコユキちゃんです。立派なおなかです(笑)


        「何か文句でも?」byコユキ 


        こちらはルビーちゃんです。


        「私じゃないのよ、お腹の赤ちゃんが食いしんぼなの」byルビー



そして、こちらがムコドノ、バウザーピノ君です。何とまだ2才の年下ボーイです。
        若さ一杯で元気ハツラツのイケメン君です。




コユキもルビーも体調に気をつけて、出来るだけ楽に元気な仔を産んでね。
その日まで毎日、安産を祈ってます。   


                              
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加