ワンマン親爺の独り言byDNA村上

中小企業の社長の悩み、憤り、人生感をオールラウンドでウィットを交えて紹介。

高知能シャワートイレ

2016年08月17日 | Weblog

当家の主は昔からのジ主だったので女の子が生まれたから衛生上これはどうしてもシャワー式トイレが必要と理由づけして当時としてはえらい高額の装置を購入した。その後も山へ行くときは簡易シャワー器持参と注意しているうちにこちらのジ病はほぼ快癒してしまった。昔はいつも愛用のボラギノールが冷蔵庫に入っていたのに。

といいながらシャワー式トイレと温風乾燥機の至福の時は簡単な書庫を作ってしまうほど安息の時で良く長時間占領するため当家はトイレが二か所ある。しかるに長年お世話にになっている近々導入したシャワー式トイレに人工頭脳が搭載されているのではという現象が起きている。

なんとこいつが機嫌が悪いと洗浄後STOPのボタンを押してもダラダラと水が止まらない。立ち上がって見ると放水用のパイプが出たままになっている。ちょうどいいと普段掃除できない部分を掃除して蓋を閉めて事なきを得た。が、数日後また同様の現象が立ち上がって覗くとウォッシューと顔面めがけて放水。あわてて蓋を閉めたのはいいが水が飛び散ったのか便座のフチが湿っぽい。
それにこいつは人を見るのか私の時にはこういう現象が起きるのに女房の時は発生しない。そこでこの現象がみられるときはまずペーパーで尻をクリーニングして片手で蓋をつかみ立ち上がると同時に蓋を閉めるという至極運動能力がないと対応できないアクションを取るようになった。

数日後なりふり変わらず放水したかったのか女房の顔面に放射し影の主はとうとうメーカーへ報告との運びとなった。後日修理に来られて本来の機能を取り戻すと思われるが何事も「及ばざるは過ぎたるよりまされり 家康」であろう。

追記 写真に写る縦向きのトイレットペーパーは依然Facebookに登場したコストコ購入品、ソフトで肉厚、エンボス付き、やはりアメリカンにはかなわない巻が太くて最初は横にならない優れもの。

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記念すべき誕生日に際して

2016年06月06日 | Weblog

皆さん誕生日の祝辞ありがとうございます。私にとっては今回の誕生日は意味のある一日でした。

それはちょうど親父の亡くなった日まで生きることができたということであります。そして次はお袋の記録です。
下記ブログで記載した通り、昨年訳ありのカンボジア旅行も済ませ、あと一回次は「私の遺骨を持ってアンコールワットに行ってくれ」と女房に託しておりますのでこの点に関しては思い残すことはありません。

http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=14233213dd62a76cce008afc36552310&p=1&disp=30

しかしながらブログにありますように村上家にとっては三人の息子の内、親父と同い年まで生きられたのは私一人で弟のためにも親父に対抗するまではその早世分弘君分18年茂君分4年分計22年分はこの後生き続けなければならないということです。

残念ながら彼らは孫の顔を見られなかったが私には外孫はいえ4人の孫に恵まれました。
仕事に関しては中小企業の経営者として会社ある限り現役で行かなければならないだろうと思っていますが、ありがたいことに素晴らしい人材に恵まれそれも可能だと確信しています。
継続する上で何より私には包装業界人として今までにない商品開発の夢があります。この夢が実現するまでは肝臓病だろうが痛風だろうが必ず克服する強い思いがあります。

友人の皆さん私は従業員や家族だけでなく死ぬその日まで友達が増えていくタイプだと思っています。某氏が言うにはこの個性のため半分は敵らしいですがそれでもますますのお付き合いをお願いいたします。

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「知られざる激戦地ペリリュー島」~天皇陛下のパラオ慰霊に寄せて

2016年02月17日 | Weblog

「知られざる激戦地ペリリュー島」~天皇陛下のパラオ慰霊に寄せて

前回ダイビングの時はペルリュー島の日本軍玉砕の話や、ペリュリューの強い海流に流されて亡くなった日本人ダイバーの件を聞いていたのでダイビングはもとより近づくことさえためらった島であったが、今回はすでにその玉砕戦を本で読んでいるとはいえ、我が目で見てみたいと線香持参の慰霊の旅になった。

 

 これは日本軍の軽戦車だが米軍と比べるとまるでスバル360ccとキャデラック。あまり小さいので中に入って戦った兵士は20歳そこそこの少年兵であったようだ。

中川州男大佐終焉の地にお線香をあげてきたが、彼がどんな思いで玉砕の電報「サクラサクラ」を打たせたかその万感の思いに涙が滲む。

彼らの使命は本土上陸を引き延ばすための持久戦。所謂「捨石」となることであったがこの戦いの凄惨さが米国民にとって厭戦感を持たせたことも事実である。残念ながらより悲惨な原爆投下と繋がるのであるが。

現在の日本の発展と幸せがあるのは、彼らのような国とその日本人の将来を憂う人たちのお蔭と日々感謝しながら生きると、小さな不幸や不運などなんてことないと思いながら日々暮らせるのである。

適応障害なんていって国事をおろそかにする一部の天皇家の皆さん!彼らは天皇陛下万歳と叫んで死んで行っているのである。

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パラオツアーダイビング編

2016年02月10日 | Weblog

 

恐れ多いので天皇陛下のご訪問より以前にはペルリュー島にはいけないと思っていたが、今回ダイビングを兼ねて慰霊の旅に行ってきた。ペリュリューは後日慰霊編に記載するがまずは、4年ほど前に何が何だかわからないうちにカレントフックを使わないと流されかねないというドキドキのポイントを抱えるコロール沖のブルーコーナーへ再びトライ!

 今回は前回と違って最初から大量の魚群とマンタの舞い。ギンガメアジ、カマスなどはまさにトルネードとなっていたがマンタは一匹が周回していた模様でヤップより小さいし感激も今一つ。贅沢になったもんだ。

ゴープロのビデオです。

GOPR2082

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訳ありカンボジアはアンコールワット訪問

2015年12月22日 | Weblog

そもそもこのブログの創刊は消せないフォルダーという49歳で亡くなった末弟、弘君のメールを入れたフォルダーが消せずの残っている。という記事からのスタートであったが、コンピューターも更新されてしまい一度は消えてしまったフォルダーをイオスの天才?従業員にお願いし一部を復活してもらった。彼が亡くなって早や12年となるが、彼の遺骨をカンボジアアンコールワットの線香鉢に思いつきで入れたのが始まりであった。

その後母親の遺骨も弘君がさみしかろうと同じくアンコールワットに持参したが、このときは観光者の立ち入り制限があり、弘君と同じ第三回廊の鉢には入れられなかったがその一段下の第二回廊の鉢に混ぜて貰った。

本来アンコールワットは王の墓なのでカンボジア人ガイドに話をするとややこしいので喜捨をお行い線香を立てて入れてしまったのです。

〓お早うございます。お陰さまで大分体調が良くなってきたと思います。体重も順調に減ってます。ところで巨人は相手が阪神じゃないと強いんですね。阪神は横浜に弱いし。また次回の阪神戦が楽しみですね。〓

〓(^_-)by hiro☆mu    ℡ 090-8005-6318

末っ子はやはり甘えん坊で病気に対する考え方も甘かったように思え、兄弟最後に発病しながら最初に逝ってしまった。

そして今回すぐ下の弟が亡くなり一周忌を過ぎたため女房と3度目の訪問になった。

茂君は自分の骨は散骨してくれというのが当人の希望だったらしいので、家族と共に過ごす時間の多かった下田沖の太平洋に散骨されているらしい。従って釣りに行くたび会えるじゃないかともいえるが形見もなく私の家族は一緒にお参りすることすらできない。定年を過ぎてこれからまた兄弟で遊ぶことが出来たのにと思うと残念だった。やはり彼も仕事に生きたのであろうか。
 弘君においてはスズメの涙ほどの財産をめぐって嫁と裁判沙汰になり遺族が墓のあり場所さえ教えてくれない。思えば親父の財産分けの時は財産のほとんどを会社を継ぐ者が負債とともに引き受けるとの申し合わせで私が長男として引継ぎ、弟はゴルフ会員権やらマンションやらでどちらが得というわけでもなく兄弟だけで話し合い、嫁の出る幕はなかった。しかしながら結婚すると血縁の無い人が前面に出当人たちだけで決められないので争いが起きるのは仕方ないが残念である。

----- Original Message -----
今日も暑そうですね。神谷バーの食事美味そうだなぁ。バターケーキも懐かしい。
そろそろダイビングですね。何処でしたっけ?行けなく残念ですが次回は是非!

 

親父には悪いが男の子はやはり母親か?親父の時にはアンコールワットなど頭になかった為今墓を開けるのは墓荒らしとなるためお袋とだけで我慢してもらうしかないか。娘たちは夫婦同姓を選んだため私の世代の村上家ももう終わろうとしている。来年は親父の亡くなった年になろうとしているが果たして二人の弟たちが余してくれた人生を享受できるか最後の最後まで頑張ってみたい。

女房にはもう一度お参りしたら終わりだから娘に案内させても私の遺骨はアンコールワットに分骨してくれとお願いしている。

 

 

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20年ぶりの沖縄旅行

2015年07月15日 | Weblog
久しぶりの沖縄!友人に誘われてのダイビングツアーであったが今一つ気が乗らないのを察知されたのか台風9号の直撃。ホテルから出られない日まであった。
 
実は今一つと言ったのは8年前ダイビングのライセンスを取りにフィリピンに行ったとき桟橋にたたずむ老人を見つけて話しかけた話。彼は目の前の海に友人がゼロ戦に乗って眠っている。 それを慰霊に来たが年々メンバーも少なくなってしまい今回は私一人となってしまったと説明してくれた。思えばレイテ沖海戦においてゼロ戦による特攻攻撃が行われたのが最初で、このことがきっかけとなって知覧や鹿屋にその歴史を勉強しに行っている。その時私はこのような人たちがいるフィリピンにレジャーダイビングのライセンスなど取りに来るのは如何なものかと感じたものであった。
 
そしてその後は戦争の傷跡の少ない方面を選んでダイブ旅行を行っている。
 
そしてどうせ沖縄に来るのなら今回自民党の強引な安保法案改定に沖縄の人たちの強固な反対の意思はどこから湧いてくるのか実感してみたかったからである。
 
今回のダイブツアーに際してそのポイントが本島と慶良間諸島との話を聞き謝花直美女史の著書「証言 沖縄集団自決」を読んでみた。これはアメリカ軍が本島上陸に前にして掃討戦を行った慶良間の住民や韓国人が内地より送られた陸軍第32軍により有無を言わせず軍属とされ「軍官民共生共死」のスローガンのもと家族、親族の自らの手による集団自決に追い込まれた史実であり、高校歴史教科書問題において主語が書き換わるような改訂、すなわち「軍が住民を集団自決に追い込んだ」「住民が絶望して・・・」のように表現されたため長いことこの悲惨な事実に口を閉ざしてきた当事者たちが歴史修正学者の間違った歴史を残してはいけないと啓蒙活動を始めたことによる。
 
前記のように今回は慶良間も行けず本島ですらホテルに缶詰めと夜の食事会がやっとであったが最終日には沖縄平和祈念館に連れて行ってもらった。
そして悲惨な資料を目の当たりにし少しは沖縄の人たちの気持ちを共有できたように思えた。
 
しかし前夜紹介してもらった現在の起業家の若者と飲んで騒いで一晩過ごすことになって感じたことは沖縄返還より50年近くなり歴史は歴史と受け止め新しい時代の実現を夢見る若き起業家がいるのはちょうどベトナム戦争が終わったあとのホーチミンの起業家と同じにおいがし誠に頼もしくうれしい思いだった。
 
最後に市場にヤクーブタの肉を孫に送ってやりこれはこれで楽しい旅行であった。
 
最後に一言!今日与党は安保関連法案を強行採決するようであり、若者、学者、文化人、マスコミがこぞって反対声をあげているが、まず若者よ!自分たちにリスクが及びそうだから急遽反対と言っていないか?選挙権は行使したのか?今更ながらの学者たちよ君たちは中国が尖閣列島を実効支配しても国際法違反というだけか。政権におもねるマスコミしかり、なにを今更、自民党を選んだのは我々国民なのだから民主主義は最後は数こうすればこうなるの洞察力はないのかお聞きしたい。
 
因みに私の意見は20万人の戦没者を数えた沖縄戦をあげるまでもなく戦争には絶対反対である。しかし現在の国際情勢に鑑みても自国は自国で守るのが当たり前。しかしこれは憲法改正の国民投票にかけ決することで一内閣が決めることではないという方法論の反対意見である。    
元自民党、一時民主党、現在は共産党支持の日和見親爺より
 
おまけです。市場で見つけました。まだこんな時代が沖縄には
 
 
 
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これ以上はクジラぐらいか?

2015年06月12日 | Weblog

去る6月6日のぞろ目の日、女房と昨年亡くなった弟の慰霊ダイビングにフィリピンはセブ島リオアンにジンベエザメを見に行った。

おととし突然の申し入れ「兄貴、還暦になってなんだけどダイビングをやってみたい」「それなら俺がついて行ってやるから殿様ダイブで年寄り向けにセブに行こう!」と不安がる弟に同行ししてやった。ちょうどその時の厳しいいインストラクターのお仲間が今回ガイドについてくれたのも何かの縁だっただろうか。弟にはぜひ連れてやってやりたいと思う場所が何か所かあったが結局ヤップ一か所で昨年6月に他界してしまった。 これはその時の写真でマンタの前は一緒に潜った女房です。

6月19日が命日となるので思い出のセブであったが今回は女房の50回記念となった。ダイブショップの粋な計らいで記念写真、メモリアルフルーツととても感激良い記念となった。 エメラルドグリーンのマミさんありがとうございました。

リロアンのジンベイは観光の為餌付けしているのでいつ行っても朝のうちは見れる。しかしながら頭の上はシュノーケリングの人たちでいっぱい。海底と彼らの足の間を泳ぐジンベイを下から撮っていると突然真横を通り過ぎるといった具合に驚かされる。兎に角は楽しいツアーであった。

フィリピンの他に潜ってみたいところはまだまだあるが健康に留意し100回記念は弟を思い出してまたここに来たいものである。

 

 
 
 
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二年ぶりの旅行で感じました。バリの繁華街はこんなに変わってしまったのか!

2015年02月18日 | Weblog

直前のオーストラリア鮫襲撃事件、イスラム国の日本人殺害予告にも関わらず今更キャンセルできるか、バリはヒンズー教徒が殆どだし大丈夫と余生短い身が二年ぶりのバリ旅行にダイビングをプラスして旅行してきた。

場所はムンジャンガンとウブド。目的はスキューバダイビングにバリ芸能と二階建てのよくばり企画である。
ムンジャンガンは数年前事故のあったヌサベニダと違って海流は弱く湾の中で波も少なかったが見れるものはマクロと言って小さい生物とソフトコーラルが殆ど。

ヤップのようなマンタや鮫は出てこなかったがダイナマイト漁気絶したグルクンを大量に拾ってきてから揚げで食べれたのには驚いた。宿泊先のミンピリゾートはダイブセンター付きで便利なことはこの上なかった。

三日目にはウブドに移動。宮殿やマーケットに歩いて行ける絶好のロケーションのホテルに泊まってお気に入りのレゴンダンス、竹の楽器演奏のジュゴクと何度も行った芸能を見に行ったがダンサーは確実に世代交代していきNHKで紹介されたユリアティ姉妹の絶頂期の踊りを見るようなことは出来なかった。しかしながら昼間はワルンという安食堂で現地の人とスペアリブに舌鼓をうち一時間1000以下のマッサージに通ったりで10回目のバリをまったりと過ごした。

 

それにしても最終日のクタという2002年爆弾騒ぎがあった地区はちょうど春節ということもあったのかどこを見てもチャイナライズされた装飾でいっぱい。まるで上海の海鮮店の並びのようでガイドの話だと旅行者の85%を占めるとかでそのパワーには圧倒される。それも家族連れが多い。古き時代の日本人団体旅行のようで、コリアン時代も終わり将にチャイナマネーの時代であるが、欧米人は相変わらずのバックパッカー中心。彼らのアイデンティティーは尊敬に値するが、世は将に中華思想が幅を利かしている。近々は一人っ子政策も緩められているとのことだがそれも2013年よりのことで子供の年齢を考えるとどうも理解に苦しむ。

日本も本日から春節のセールで秋葉原や銀座は盛り上がっているとか。まさかこんなバリになるとは私も年を取ったものだ。

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夫婦旅行考

2015年01月19日 | Weblog

最近ブログやFacebookに旅行の記事が多いがこれは私たちに金が余ってしょうがないわけでもなく時間が余ったわけでもない。残された時間の短さが感じられる年齢になったからである。
そういえば親父は生前酒が飲めなくなる頃漆塗りの衝立やらなにやらお袋孝行をすればいいのに無駄な散財をしているのが私には不思議に思えた。

普段好奇心の塊と言える私が思えば国内外の旅行に行くのがそのあらわれといえよう。外国の文化に触れたい、景色を見たい、友達になりたいしたがって英語を憶えたいと夢は際限なく広がっていく。

子供の頃中小企業経営者として親父が忙しかったため旅行に連れて行ってもたっら記憶は数えるほどであった。修学旅行がせめてもか

学生時代はまじめな交際であった為女房と泊りがけで旅行などという事はどっかの娘と違ってとんでもない話だった。

結婚してもお金がなかったため日帰りで近場の旅行やドライブが主であったのは子供たちが小学生になるまで続いた。小鮒釣りや公営のプール、公園の散歩や海水浴等々。

子供も大きくなると一緒に行ってくれなくなり、彼女達が結婚するまではまた女房との旅行になるが、孫が生まれると何とか孫を連れだしても大挙しての旅行になる。娘どもは当然費用爺ちゃん婆ちゃん持ちの為しばらくは喜んでついてくる。しかしながらだんだん孫も自我に目覚めゲームやらで友人たちと遊び始めるのにそう時間はかからないだろう。

その時はまた二人に戻るか。 二人とも元気うちは出来るだけ遠くの海外へ。 それも時差の少ない。海外に行けなくなったらその時は負担の少ない国内へ。それもできなくなる時はやがて来るだろうがその日までは仲良く旅行したい。

そもそも私たちは初めての旅行先は日程ハードながらも食事から交通やらなんでもついてる阪急交通社のトラッピクス。そこでもう一度行って見たければ専門旅行者でフリープランと決めている。旅行中いろいろミスやトラブルは出るがそれがまた面白い。

いままで旅行者を見ているといろいろなことを感じる。まず多いのが夫婦の参加。ベッドもツインだからか母親と娘。おばさんの最強グループに何が目的かおじさんのグループ。東南アジアなど昔の買春旅行など今は影をひそめて健全になっている。

兎に角私たちは夫婦の旅行が心地いい。調査、予約、通訳、ネゴは私、お金の支払、旅行準備は女房ときっちり役割分担しているし何分にも女房は力持ちである。いつまでこのスタイルで旅行できるかわからないが長く続きことを願っている

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2015年頭にあたって

2015年01月06日 | Weblog

昨年はアベノミクスも成果途上であろうと国民は判断し、結果自民党が大勝し白紙委任状を戴いたかのごとく自信満々の安倍さんの画でしめくくられたが、一方拙者は悪行が祟ったか3G(下痢、痛風Gout、ぎっくり腰)で将に「一生便所一生悔悛」の2か月間となった。

2回に亘りゴルフをキャンセルしたものの楽天でレッドマークをつけられないよう年末のコルセットスキーに続いて二日には初打ちの愚行に走ってしまった。 ここでやはり午後の部は一生悔悛となり、早く風呂に入れてくれと喚き散らした。

さて個人のことはこれくらいにしてお国のことであるが、金融の大幅な緩和により円安が進み、株価は上がり、輸出産業は政府が思ったほどでないにしろ一部企業は収益が最高にアップし賃上げがなされたようであるが一般国民の実質賃金は目減りし、この先の中小零細の賃上げが充分行われるともわからない状況にも関わらずそれでも一割はいるといわれる株主がベンツやBMWに乗っている。この格差はなんだ。 安倍さんは自分の政策が道半ばと引き続き同様な政策を行うであろうからその結果が出るのは次期参議院選挙の時か。

どちらにしろシャンパンタワーのように大手企業にじゃぶじゃぶ注がれた酒が順々に中小零細にまで黙っていても行き渡るなんて思っている経営者がいるとしたらとんでもないノー天気でこぼれたシャンパンはたとえば海外に流れたりさらに大きくなった器の大企業にたっぷりためられて政治家へ還元されたりパラサイト役人にかすめ取られるだけであろう。

結局のところ世の中好況であろうが不況であろうがインフレであろうがデフレであろうが他力本願では何も実現しないのである。
要は世の中にとって必要なもの(会社、商品、個人等)であるかどうかでそのものの存在の可能性が決められるという事。その為には他にない製品を製造販売するなり、他人にないスキルを身に着けることであろう。

「一生勉強一生青春」便器に座るといつも目の前に張ってあるありがたいお言葉である。

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