カメレオンの独り言

当分は漫ろ言の漫ろ歩き、頭に浮かんだ事柄を挿絵と写真と下手な文で綴ります。色々と間違い多いですがご容赦を。

カメレオンの独り言-1799 『大西部の男 ジョン・ウェイン』 映画の彼らは、まさに永遠だね。

2017年04月23日 | 日記





 『ラスト・シューティスト』 2017年4月23日








かつての名うてのガンマン・ブックス(ジョン・ウェイン)がネバダ州カーソンシティに戻って来る。時代は1901年。

末期ガンで余命宣告を受けた彼は、未亡人のロジャース夫人(ローレン・バコール)が経営する下宿屋に終の住処を求める。

だが間もなくして、ブックスがカーソンシティに滞在していることが知れ渡り、かつての仇敵たちやひと儲けを目論む者たちが集まって来る。





ある夜、ブックスは寝込みを襲ってきた2人のならず者を射殺してしまう。やがて自らの死期を悟ったブックスは葬儀屋と話をつけた後、

自分を弟の敵と狙うスイーニー(リチャード・ブーン)、賭博を生業とするプルフォード(ヒュー・オブライエン)、

そして町のならず者コッブに宣戦布告。早朝、4人と、バーテンダーしかいない酒場で、男の最期の意地を賭けた銃撃戦が始まる。









Shootist - Shootout










『ラスト・シューティスト』 1976年製作の、ジョン・ウェイン主演の西部劇映画。

アメリカ大西部の大地に根を生やしたような男だね。此の人を除けて西部劇は語れないってぐらいにイメージ其のものになる男らしい男だったね。

枯れ往く男の哀愁を漂わせつつ最後の闘いに赴くガンマンを演じてた。此の歳になって前作だったかね? 





『11人のカウボーイ』って西部劇で若者たちに華を譲って自分は脇に控え撃ち殺される役を初めて演じてた。

此の人には有り得ない配役だったね。そして、此の 『ラスト・シューティスト』でも銃撃戦の中で弾丸喰らって死ぬ。西部劇の最後だね。

当時、実際に癌に侵されていたらしい。此の映画を撮影中は癌を克服して元気になったけど、其れから3年後、1979年、帰らぬ人となった、














『ラスト・シューティスト  ジョン・ウェイン』








『駅馬車』『アパッチ砦』『リオ・グランデの砦』『黄色いリボン』『騎兵隊』『3人の名付け親』『赤い河』『捜索者』『アラモ』

『リオ・ブラボー』等々挙げれば切りがない。2m近い巨漢ながら人を包容する器の大きな強くて優しい男だったよ。

スクリーンから、此の人の人柄が匂うんだね。大地に聳えて繁る大木のように人々が安心して寄り添うようなイメージだよ。





存在して人の心を潤わすような温かさを感じさせたね。此の人の姿は脳裏に印刷されて消えることはない。実に素晴らしい役者だったね。











John Wayne - The Comancheros










『ラスト・シューティスト』を思い出したら 『コマンチェロ』 1961年アメリカ映画も思い出したよ。

此の映画はね、 『リオ・ブラボー』を観て暫くだったかね。2番館に回って来た頃に南海会館のスカラ座で観たのを覚えてる。

テキサス騎兵隊大尉のジョン・ウェインは、コマンチインディアンに武器を密売する白人商人ら(コマンチェロ)の討伐を命じられる。





或る町でコマンチェロのボスを発見、彼には逃げられるが、かわりに長年追っていたお尋ね者のカッター(スチュアート・ホイットマン)を

捕らえる。ジョン・ウェインは、奇妙な友情を覚える仲になりコマンチェロ討伐に協力するなら釈放を条件にしてもいいと誘う。

コマンチェロと闘う二人の男を描いてんだけど、此の映画の内容は薄ら覚えだね。何が印象に残ってるかと云えばだね、凄い銃声だったね。















『コマンチェロ』 スチュアート・ホイットマン、身のこなしは俊敏にて隙が無い、ショットガンが唸りを上げる








襲って来るコマンチェロどもを身を挺して迎え撃つスチュアート・ホイットマンが、ショット・ガンぶっ放して撃ち倒すシーン、

ドッガアーンってすごい発砲音が迫力あった。『OK牧場の決闘』のバート・ランカスターがショットガン撃って吃驚させて以来だね。

シビレてしまうがなあ~。 暫く、兄弟で其の発砲音を口で表現することに夢中になってたね、「ブオガアーンッ」「ズドオーン」
 




「そんなんじゃないっ、ズドドオ~ンッ、こうやっ」 「違うっ、全然、違うっ、ヴァオオウガアーンやっ」 「ちゃうで」 「そやっ」















『コマンチェロ』 








うちの兄弟は、皆、アホやったね。ただし、アホでも、兄弟極めて情感豊かに育ったことには間違いないと思ってる。「ホンマかいな?」

「擬音にばかり夢中にならず言葉で表現することを覚えなさい」って、おふくろが教えてくれたね。

「聴覚に響き渡る音は、どのように感じたかを言葉で表現することやで」 「ふう~ん、ドガア~ンッボワボワホワホワ~って感じやで」





「それは擬音やろ」 「爆発音が鼓膜をつんざくような、衝撃が辺りの空気をも震わす、みたいにな」 「へえ~?」

でも、オレは、未だに銃撃音に拘って衝撃の余韻の音など微妙に表したい。

ドッガアア~ンッボワボワホワホワァァ~なんてね。 「こだまを意識してんだな?」 そう。此れが映画それぞれに微妙なんだよ。





『コマンチェロ』 の主題曲、サビの辺りなんか身も心も踊るように聴き入ってたね。エルマー・バーンスタィン、デミトリ・ティオムキン

なんてのが洋画の主題曲を一手引き受けてた。此れもだね、音で表現するしか方法が無いんだよ。

オタマジャクシは池の中、網で掬って気持ち悪い。あんなもんで音を出す奴の頭なんか考えられないよ。人間じゃないよ。





でも、そういう人たちの才能のおかげで胸を高鳴らせて心躍らせて夢に酔わせて一生をともに生きれるってことは凄いことだね。













『コマンチェロ』









『コマンチェロ』









『コマンチェロ』









『コマンチェロ』  ジョン・ウェイン  アイナ・パリン  スチュワート・ホイットマン









『コマンチェロ』









『コマンチェロ』










『コマンチェロ』






兄弟子供たちだけで行かせて貰った南街スカラ座での当時の映画のシーンが、こうして写真を眺めてると蘇ってくるね。

『騎兵隊』で初めてジョン・ウェインを見た。なんてことだろうっ、なんて恰好いいんだろうっ、信じられない衝撃だったね。

「日本人の時代劇化粧お化けの変態役者なんか、どいつもこいつも風呂敷被って消えちまえっ」 まさにカルチャーショックだったね。





1946年の『荒野の決闘』 1948年の『アパッチ砦』なんてのはオレ生まれてないよ。どういうことなんだよ?

片岡知恵蔵「あにゃにゃうにゃにゃ」 大友柳太郎「すっはッはっは」 近衛十四郎「なにをいいやがる~い」 市川歌右衛門「あっぱあ~っ」

なんなんだよお~、みんな、おかしな奴等ばかりだよ。こんなの未開の地、アフリカ巡業させとけばいいんだよ。 「アホッ」





日本人はテレビも映画も要らん。ラジオ出演だけでいい。ようも、長い間、騙してくれたな。「それはそれで良かったんだろ?」 知らん。















『1959年(昭和34年)騎兵隊』 撮影合間のジョン・ウェイン  マグナム44を試射してるね。 ウイリアム・ホールデン










『1959年(昭和34年)騎兵隊』 撮影合間のウイリアム・ホールデン  ジョン・ウェイン










『1959年(昭和34年)騎兵隊』 撮影合間のコンスタース・タワーズ  ウイリアム・ホールデン  ジョン・ウェイン







夢を追い、夢を撒き、夢に活き、夢の花を咲かせて、夢の世界で永遠に生き続ける、実に素晴らしい人生だね。
































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