カメレオンの独り言

当分は漫ろ言の漫ろ歩き、頭に浮かんだ事柄を挿絵と写真と下手な文で綴ります。色々と間違い多いですがご容赦を。

カメレオンの独り言-1710 『映画 敵中横断三百里』 遠い昔の武勇伝、記憶に薄っすら。

2016年10月21日 | 日記





 『敵中横断三百里』 2016年10月21日






ロッテの冬季限定のバッカスチョコが冷蔵庫に入ってるよ。去年からパッケージが変わったんだけど変えなくてもいいんだよ。

有ろうことか、味も変わってるっ。なんてことだよ、細やかな楽しみが消えちゃった。

人の口は正直だから包みを変えても味まで変えてはいかん。裏切りだよ。顧客がガッカリするではないか。





でも、封を切って試しに一粒口に含む。チョコは、変わらぬ味なんだけどね、カリッと噛んでチョコのドームを壊すと、

中からトロ~ンと流れ出たコニャックが昔のままに「こんにちは」、あれま、昔の味に戻ってるよ。復活したね。

さては苦情が殺到したんじゃないか? こういうのにマメな人が居るらしいからね。元に戻って良かったよ。





疲れたなあって時に冷蔵庫に冷えてるバッカス、もしくはラミーを口に含むと、なんかホッとするんだね。


















彼女の友達の娘さんが、最近、ずっと、行きも帰りも顔を覗かせて何やら他愛無い話で時間を潰してる。車の教習所に通ってるんだね。

机に向かって仕事してると、ふっと人の気配で気が付く。窓から見下ろして笑ってる。彼女も似たような現れかたをするし、

どちらも似たような背丈で長い髪してるから、おうって振り返って、一瞬、確かめてる。教習所に持ちゆくファイルケースをカウンターに置いてる。





行くのか? 「うん」 何処までいってる? 「もう路上に出てるねん」 そうか、じゃあ、もう、すぐだね。

此の娘(こ)は、いつもニコニコと屈託のない笑顔を絶やさないね。「あっ、★★ちゃん、来たわ」 迎えの送迎車が道路に停まってる。

そうか、じゃ、頑張って来い。「うん」って笑って敬礼してる。段々と板についてきたね。なら、オレは、英国式の敬礼を返そう。





面白いもんだよ、オレは挨拶終えたら敬礼で迎えたり送ったりする癖があるから、日頃、よく顔会わせる方らが感化されて敬礼返すんだね。

「駐屯地かよ?」 其処らの奥さん方にはね、軽く人差し指と中指合わせてね、

身体の前で手首をクルッと回して一文字に斬るような仕草で挨拶するの。そうして笑うと、皆さん、嬉しそうに喜ぶんだよ。





「役者してんか?」 そんないいもんじゃないけどウケてるよ。此れはね、どうも、映画『ジャイアンツ』のジェームス・ディーンが、

ロック・ハドスンらが居る部屋のドアを出る際、振り返って手のひらクルリと回転して横に流す仕草をアレンジしてんだね。

なんでもない仕草もね、心を伴って自然とするのがコツだよ。意識したら駄目だよ。「教えてんか?」 一時、子供たちが真似してたよ。












『敵中横断三百里』 挿絵 樺島勝一






足元の土掘り返して話のネタを探しても同じようなものばかりだね。自分の記憶の悪さを呪うよ。なんかないんかえ?

巷には、ゴロゴロ転がってんだろうねえ。しかし、今はどうにも動けない。

昔の話でもするか、「間に合わせか?」 何かしら話してるとね、ズルズルと引きずられて出てくるもんなんだよ。





「映画は?」 映画ね、映画と云えば、昔ね、道頓堀筋の中ほどに映画館が在ったように記憶するんだね、浪速座じゃないんだよ。

相生通り脇の東映会館でもない、其れら映画館の真ん中辺りなんだね? 60年近く前の話だから覚えてないのは無理ないか。

でも、封切り映画の 『日露戦争勝利の秘史 敵中横断三百里』の看板はハッキリと覚えてる。1957年封切りの大映映画だった。











『日露戦争勝利の秘史 敵中横断三百里』 1957年(昭和32年)大映映画   菅原謙二 高松英郎 根上淳 品川隆二 出演







オレは、此の道頓堀の映画館で観た覚えがあるんだけど、同じく封切館だった千日前のアシベ劇場のスチール写真を睨むように見てたのを覚えてる。

当時は、実際の斥候隊の雄姿を捉えた写真が貼り出されてたよ。ホンマにあった話なんだなあって感動してたね。

この映画の前後に原作本を難波高島屋の本売り場でおふくろに買って貰って読んでいた。





当時は、高島屋の地下だったかなあ? 一階だったかね、奥の方に大きな本売り場が在った。映画のシーンは残念ながら何も覚えてないんだけど、

本の挿絵と相まってオレの想像するシーンのほうが鮮明に残ってる。












『敵中横断三百里』 挿絵 樺島勝一









『敵中横断三百里』 挿絵 樺島勝一









『敵中横断三百里』 挿絵 樺島勝一






日露戦争、沙河(さか)の会戦が舞台。1905年(明治38年)満州軍総司令官大山巌元帥陸軍大将の命により、

建川騎兵中尉を斥候長とする6名の騎兵斥候が、敵状を探る使命を帯び、ロシア帝国軍勢力地の奥深くまで挺進し1,200kmを走破、

多くの危険に遭遇しながら役目を果たし奇跡の生還、日露戦争の決戦である奉天会戦の勝利に貢献したという実話なんだね。





あと僅かの行程を残して敵陣を出る頃になって騎兵の馬が撃たれて倒れる。彼らを追う敵兵が雪の中を登り来たりて時間がない。

苦労を共にした愛馬を捨て置けず自分も残って此の地で果てると騎兵が泣いて云う。そんな場面がある。

オレも泣いたよ、可哀想な馬、やたらと馬が可哀想だったよ。 「騎兵は?」 悲壮感を盛り上げる脇役程度だったのを覚えてる。





「人間の方が重いだろ?」 馬の方がはるかに重いよ。 「体重じゃないぞ」 ああそうか。 「馬鹿か」

人間はことの事情を解ってるじゃないか。覚悟もできてる。馬ちゃんには解らない、ただただ従順なんだよ。だから、可哀想なんだよ。

みんなで担いで逃げろって思ったね。 「担げるかっ」 どれだけ励んでも物言わぬ生きものの命の軽さに憤怒の涙が溢れたよ。





苦しませず命を絶えてやるのが、せめてもの情、「愛馬よ、許せっ」 騎兵隊員は、その覚悟を背負って闘う身の辛さだろうね。

原作は、作家の山中峯太郎が、建川中尉と隊員の豊吉軍曹から直接聞いた話を書いたもので、

樺島勝一の精緻なペン画の挿絵が添えられ雰囲気を盛り上げていたとある。その通りだね。













『建川斥候隊長 (菅原謙二)』









『向かって左、二人目は、大竹斥候隊員(高松英郎)、建川斥候隊長 (菅原謙二)』









『日本軍服をコートと頭巾で隠し、ロシア軍支配下の中国内陸部に偵察斥候する将校斥候隊』












何も浮かばなくても無理でも絞り出して書かねばならん。 「なんでや?」 最近というか、ずっと、ここ暫く、おかしいでえ~?

長く見てくださってる方が 「もう、ええやろ」って背中向ける前に、新たなる人たちが押し寄せて水が引かないの。

「ええやないのお~」 ちょっと、おかしいでえ。本来なら、もう、とっくに津波は引いて静かな水辺になってるでえ。





寄り来るわ、読み漁るわ、どうなってんのん? だから、書かねばならんのだよ。 「仕事の合間に考えておけよ」 

其れができるなら苦労はせんよ。何故か、仕事終わってパソコンの前に就かんことには、具体的に浮かんでこないんだよ。

時折、仕事中にふっと浮かんだことをメモるんだけど、不思議だよ、其れを見ながら書き出すと、話が続いた例(ためし)がないんだね。





脳味噌悪いけど即効仕上げでないとあかんみたい。昔、商売やってるとき、お客さんの顔を見てから料理を作る、出来立てだよ。
































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