“58”feat ~perform a feat “58”~

永遠の目標はギネス記録の“58”を達成すること!
遼クンに負けじとオジさんゴルファーの無謀な挑戦ブログ!

石川遼“20歳のマスターズ” vol.3 〜2011年 未知の決勝ラウンド〜

2012年03月31日 | Ryo log
            



杉並学院高校を卒業し、学生プロゴルファーという立場ではなくなった石川には、2010年もその勢いにかげりは見られない。衝撃を与えたのはマスターズから帰ってわずか数週間後のこと。「中日クラウンズ」で最終日に「58」を叩きだし、世界6大ツアーの18ホール最少ストローク記録を打ちたてた。同大会のほか、「フジサンケイクラシック」、「三井住友VISA太平洋マスターズ」を制覇。2年連続の賞金王は、キム・キョンテ(韓国)に阻まれたが、年末の世界ランキングは36位。しっかりと3年連続のオーガスタでのプレーを確約したのだった。

この11年に、日本勢で夢舞台に足を踏み入れたのは、石川のほか池田勇太、藤田寛之といった賞金ランク上位のプロたち。そして東北福祉大の松山英樹が「アジアアマチュア選手権」を制してアマとして日本人史上初の出場を果たす。石川と同学年の新たなライバルの出現、それもひとつのトピックスだった。

ところが同年3月11日、日本国内は東日本大震災に見舞われた。石川は当時フロリダ州で米国男子ツアーに参戦中。そして数週間後、同年のメジャー4試合、国内ツアーで獲得した賞金全額、および獲得バーディ数に応じた金額を義援金とすることを発表した。そのニュースは世界のゴルフシーンを駆け巡り、もちろんマスターズでも大きな関心を呼んだ。

そんな中、石川は初日4バーディ、3ボギーの「71」とオーガスタで初めてアンダーパーをマーク。1アンダーの24位タイと上々のスタートを切った。「今年は皆と一緒に、横に並んでプレーしている感じがする」と過去2年の自分に比べ、精神的にも優位に立っていた。そして“3度目の正直”を誓って出た2日目も、培ってきた自信は揺るがない。迎えた16番(パー3)。ティショットは、ピン手前2メートルにつけた。バーディこそ逃したものの、2年間、眠りを妨げてきた悪夢を振り払った。2日連続の「71」。通算2アンダーの20位タイで決勝ラウンドに進出を果たした。

             



ついに最初の目標をクリアした石川だったが「これで終わりではないし、これからが勝負」とその喜びに全身が浸ることは無かった。初の決勝ラウンドも3日目「73」、そして最終日は「70」と安定したスコアで4日間を通算3アンダー20位タイ。出場した日本人選手の最高位の成績だった。

だが3日目のプレーには自らに課題を突きつける。予選を通過したプレーヤー全員が目の色を変えてチャージにかかったムービングデー。その波に加われず「アグレッシブに攻め切れなかった」と唇をかんだ。やっとつかんだ成果、そこから生まれた新たな反省。抱えきれないほどの収穫を手にして10代のマスターズを戦い終えたのだった。

そして充実感に満ちたその最終日、日本ゴルフ界はもうひとつの喜ぶべきニュースに湧いた。松山が日本人初のローアマチュア賞を獲得。首位を走っていたロリー・マキロイ(北アイルランド)が失速した直後の、サンデーバックナインの混戦を制したチャール・シュワルツェル(南アフリカ)とともに、感動の表彰式に出席した。
(GDO)
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2012年 石川遼着用ウエア(No.25)

2012年03月31日 | 2012 着用ウエア
【 プエルトリコオープン  練習日】


   


   


   
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石川遼が米ツアーで勝つために必要な『2つの決別』

2012年03月31日 | Ryo log
■米ツアー本格参戦で飛距離の“亡霊”から解放される

 まもなく来季の米ツアーのシード権を獲得しそうな石川遼。本格参戦すれば、彼が得るメリットは計り知れない。ゴルフ以外のことで煩(わずら)わされる時間が減って、ゴルフに没頭できる環境が作れるだろう。練習も、マットの上からではなく、常に芝生の上からボールを打てる。外に買い物に出かけても、日本のように騒がれることなく、プライベートな時間も充実するだろう。そして、親とも必然的に距離を置くようになり、立派にひとり立ちしていくきっかけになるだろう。

 そして、そういったさまざまなメリットの中でも最大のものは、飛距離の“亡霊”と決別できることだ。

 石川はこれまで、アメリカのトーナメントに出場する度に、自分より何十ヤードも先まで飛ばす選手を何人も目の当たりにし、飛距離に対する憧れをずっと持ってきた。プロであれば、それは当然のことで、これまでも日本の選手は誰もが、世界レベルの飛距離を求めてきた。ゆえに、石川もいまだに100%以上の力で、体を目一杯使ったスイングを繰り返している。

 だが、シーズンを通して米ツアーで戦うようになれば、そんな石川の意識も変わってくるに違いない。というのも、一緒に戦う面々の体の作りや肉体の本質を知ることで、自分が求めているものが、非現実的なことだったと痛感させられるからだ。なおかつ、全力でクラブを振り回していたら、いつまで経ってもボールは曲がる。ドライバーの方向性が安定しなければ、結果を出せない状況も続く。そうなったときに、勝つためには何が大事なのか、ということに気づかされるはずだ。自らの武器、取り得の重要性を知り、その技術を磨いて出し切ることが、勝利への近道であることを認識するだろう。

 ただそこまでの過程は、一朝一夕のことではない。アメリカでも、ツアーに初めて参加する選手が先輩からこんなことを教わるという。「1年目でホテルを覚えろ。2年目でレストランを覚えろ。3年目にコースを覚えろ」と。つまり、アメリカの選手でさえツアーに慣れるまでに3年はかかるという話だ。日本の選手であればなおさら。アメリカの舞台で戦い続け、いろんな壁にぶち当たり、苦労を重ね、何年かのたうち回ってこそわかることだろう。

 いい例が、宮里藍である。彼女自身も最初は飛距離を求めてボロボロになった。けれども、苦しみながらプレイを続ける中で、アメリカで戦う術をつかんだ。それは、自分は何を磨けばこの場所で結果を出せるのか、ということに気づいた瞬間だった。彼女にとって、それはショートゲームだった。その精度を高め、きちんとゲームマネジメントができていれば、飛距離がなくても、結果を出せることを知った。だから今、彼女はアメリカでもトッププレイヤーのひとりとして活躍している。

 女子の世界に限ったことではない。男子で飛距離がなくても、世界の頂点に君臨している選手がいる。世界ランキングトップのルーク・ドナルドだ。昨季、彼の平均飛距離は284.1ヤード。米ツアーに参加する選手の中で147位だった。それでも結果を出せるのは、449ホール連続3パットなしという、驚異的な安定感を誇るパッティングの技術を持っているからだ。

 石川も同様に、自分の武器を見つけて、飛距離で勝負しなくなれば、間違いなくチャンスは巡ってくる。世界で輝かしい実績を作る日本人プレイヤーの誕生も、現実味を帯びてくるだろう。石川にはその素質がある。過去に米ツアーに挑戦した選手たちと比較して、格段に若いのも強みだ。青木功が海外で活躍しだしたのは36歳、丸山茂樹が本格参戦したのは31歳だった。彼らより10年〜15年も早くなるわけで、3勝した丸山以上の勝利を挙げる可能性は高く、ビッグタイトルを手にする期待さえ膨らむ。

■ティーチングプロという名のパートナーが必要不可欠

 その第一歩を刻むうえで、石川が気をつけることは、準備を怠らないことだろう。

 まずは自分に合った拠点を築くこと。米ツアーに参加する選手は、ほとんどフル参戦しない。3勤1休とか4勤1休というスタンスで、オンとオフのメリハリを大切にし、オフの間は十分にリラックスして英気を養い、その1週間、2週間という時間の中で次の戦いに向けての調整をする。その大事な時間を過ごす拠点選びは最重要項目だ。一番いいと思うのは、ゴルフ場が多く、雨の少ないフロリダ。多くの選手がセキュリティーもしっかりしているオーランドに拠点を置いている。とはいえ、宮里はロサンゼルスで、丸山もそうだった。何より大切なのは、自分が最も過ごしやすい場所を選ぶことだ。

 さらに、アメリカのコースでプレイするわけだから、その特性を知り尽くした現地のコーチをつけるべきだ。優秀なコーチであれば、選手を第三者的な目で見て、あらゆる情報の中から大事なものだけを選択し、的確なアドバイスを与えてくれる。石川にとって、アメリカでも着実にステップアップしていくためには、絶対に欠かすことのできないパートナーになるだろう。いろんなティーチングプロの指導を受けながら、相性のいいコーチを見つけてほしいと思う。

 そうした準備をしたうえで、自らの立ち位置というものも、グローバル化していかなくてはいけない。そのために、例えばナイキなどとフル契約してもいい。そうすれば、クラブフィッティングにしろ、何にしろ、すべてが現地でこなせる。移動の際にはナイキの専用機で専属のトッププレイヤーたちとも交流ができ、いろいろな人間関係が築ける。あわせて結果がともなってくれば、自然と存在感を示せるだろう。メジャーリーガーのイチローしかり、テニスプレイヤーの錦織圭しかり、そういうポジションを日本ではなく、世界でしっかり確立している。同じように石川も、アメリカで確固たる地位を築いていってほしい。

 さて、最後にひとつ加えておきたい。石川が米ツアーに本格参戦するとなれば、心配されるのは日本の男子ツアーだが、石川のいないトーナメントというものを、ゴルフ界は味わうべきだと思っている。それが、日本のトーナメントのあり方について、改めて考え直すきっかけになるだろうし、選手の意識を含めて、日本男子ツアーに大きな変革をもたらすに違いないからだ。そして近い将来、石川遼のような新たなスターが生まれることを心から願っている。
(webスポルティーバ)
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石川遼、マスターズに向け“新ドライバー”をテスト

2012年03月30日 | Ryo log
4月5日(木)からジョージア州のオーガスタナショナルGCで行われる今季の海外メジャー初戦「マスターズ」に出場する石川遼が、マイナーチェンジしたドライバーを試している。

前週、フロリダ州ベイヒルクラブ&ロッジで行われた「アーノルド・パーマーインビテーショナル」まで石川はグラファイトデザイン社製の45インチのシャフトを挿したドライバーを使用していた。しかし同大会の練習中に、グリップを短く握ってスイングを続け好感触。担当者に新たに44.5インチのものをリクエストしていた。

石川は今週、オーガスタナショナルGC近隣のコースで調整を続けているが、その中で、試作品のクラブをさっそくテスト。「タイミングが合う。いままではドライバー以外、スプーンからサンドウェッジまでが“別物”のようだったが、同じようなリズムで打ちたいと思った」と納得した様子を浮かべた。

4年連続の夢舞台を一週間後に控え、重視しているのがパターも含め14本のクラブによるスイングの一貫性。もちろん、シャフトが短くなった分の飛距離のロスが懸念材料となるが、「ミートする確率は良くなったんじゃないかと思う。10球打ったときの平均飛距離で言えば、(45インチのものよりも)伸びていると思う」。本戦でどちらを使用するかは未定だが、最終調整期間でベストな選択をする。
(ゴルフダイジェスト・オンライン)
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2010年 2年連続予選落ち「息もしにくい状態だった」

2012年03月30日 | Ryo log
          


プロ転向後2年目の2009年、米国ツアーデビューを果たし、マスターズのほか全英オープン、全米プロゴルフ選手権にも出場を果たした石川は、またしても輝かしい戦績を残した。その全米プロでメジャー初の決勝ラウンド進出を果たす一方で、国内では「ミズノオープンよみうりクラシック」、「サン・クロレラクラシック」、「フジサンケイクラシック」、「コカ・コーラ東海クラシック」と年間4勝をマーク。国内ツアー史上最年少で賞金王を戴冠した。

同年末の世界ランクも30位まで浮上し、12月中に招待状を手に。片山晋呉、初出場の池田勇太とともに、押しも押されもせぬ日本、アジアのトッププレーヤーの代表として、2度目の夢舞台に意気揚々と向かった。最初の目標は言うまでも無く、昨年逃した決勝ラウンドのチケット。「去年より単語は覚えた」と、独特の表現で1年間の成長を表現し、リベンジのティオフを待った。

ペアリングでは昨年と同じくアンソニー・キム、そして新たにアーニー・エルス(南アフリカ)と同組に。すると初日、出だしから2連続バーディを奪う最高の立ち上がりを見せる。フェアウェイキープ率は71.42%とティショットが安定し、小気味の良いプレーが続いた。5バーディ、5ボギーの「72」。「(2009年より)今年のほうがコンディションは難しかった。5バーディを奪ってのイーブンパーは、ストローク以上にその差はあります」。イーブンパーの31位タイ、もちろん予選通過圏内でスタートした。

           



そして勝負の2日目。前半でひとつスコアを落とし、アーメンコーナーを通過した直後の14番でボギーをたたくと、通算2オーバー。すると「予選通過」の言葉が石川に重くのしかかった。「体が燃えるように熱くなって、息もしにくい状態でした」。昨年、高い壁を感じた16番(パー3)。ピン左に落としたティショットは、傾斜を下って池に滑り落ちた。またしても、踏ん張りどころで痛すぎるダブルボギー。通算4オーバー、49位タイ。今度は、わずか1打が決勝ラウンドに届かなかった。

ラウンド後のテレビインタビューで、解説者の中嶋常幸から声をかけられると、必死にこらえていた涙があふれだした。

「自分は頑張ってきたつもりだったけど、結果を残して頑張ったと言いたかった。応援してくださった皆さん、常に支えてくれたチームの人たち、日本で朝早くから応援してくれた皆さんに本当に申し訳ない」。届かないあと一歩、その大きさを噛み締めながら、マスターズウィークの週末に再び帰国の途に着いた

また、この年もマスターズの“主役”は例年と同じくタイガー・ウッズ。しかし普段とは少々、趣が違っていた。前年度末のスキャンダル発覚後、同大会がタイガーにとっての復帰初戦。喧騒の中での戦いを強いられる中、ライバルのフィル・ミケルソンが4年ぶり3度目の優勝を飾った。
(GDO)
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石川遼、日本人プロ唯一のマスターズ参戦「頑張る」

2012年03月30日 | Ryo log
 【オーガスタ(米ジョージア州)28日】今季海外メジャー第1戦のマスターズは4月5日から4日間、オーガスタナショナルGCで行われる。4年連続出場の石川遼(20)=パナソニック=は、ようやく手元に届いた招待状を披露。日の丸を背負って戦う決意を表明した。

 特別招待が発表された7日の数日後に自宅に届いた招待状を、今週から合流した母・由紀子さんが持参。26日に“対面”を果たし「引き締まる思いはある。実感が湧いてきた」と気持ちを新たにした。目指してきた世界ランク50位以内での出場はかなわなかったが、「悔しさというより危機感の方が大きい」という。日本からの出場はアマチュアの松山英樹(20)=東北福祉大2年=と2人。「プロとして出るのは僕一人。日本人として重く受け止めている。頑張らなきゃという気持ち」。日本代表として、これまで以上に結果にこだわる。

 この日は父・勝美さん、由紀子さんとオーガスタ近郊のコースをラウンド。久々に一緒に回った由紀子さんにアプローチのレッスンをするなど、リラックスした時間を過ごした。「1年前は、自分のゴルフが明日いいのか悪いのかやってみなくちゃわからなかったけど、今は悪くなる予感はしないし希望の方が大きい」。昨年の20位超えへ、確かな自信を口にした。
(スポーツ報知)
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石川遼、マスターズ招待状を披露「危機感ある」

2012年03月29日 | Ryo log
4月5日(木)に開幕する今季の海外メジャー初戦「マスターズ」に4年連続で出場する石川遼が28日(水)、同大会委員会から送られた招待状を披露した。


石川は前週の「アーノルド・パーマーインビテーショナル」最終日の翌26日(月)に空路でジョージア州オーガスタに移動。ゴルフの祭典の舞台となるオーガスタナショナルGCの近隣コースで調整を行っている。2月中旬から米国遠征に出ており、特別招待でのマスターズ出場が決まったのが3月上旬。そのため、関係者が石川不在の埼玉県の自宅に届いた招待状を米国に持参し、今週ようやく手元に届けられた。

初出場時の2009年には1月に出場が決定。その後2年は前年度末に世界ランキング50位以内を確保していたため、招待状を手にしたのは4度目の出場の今年が最も遅く、つまり本戦直前に手にしたことになる。

しかし前週の「アーノルド・パーマーインビテーショナル」終了時点の同50位以内の確保を目指していたが、結局52位となり、自らに課していたその“ノルマ”を達成できなかった。それだけに「悔しさというか、逆に危機感を感じる。自分だけの問題ではない。日本人の選手として重く受け止めている」と、純粋な喜びよりも責任を痛感している。

それでもここまでの準備段階には納得した様子。「マスターズにひとつの大きなピークを持って来ようと、やってきた」という中、「ショットの基盤ができてきて、一年前とは全然違う。この1、2か月は同じことを繰り返してやっている。去年は『明日やってみなければわからない』という感じだった」。年明けからの約3か月、奮闘した期間に確かな手応えがある。「良い調整ができているし、ゴルフの体ができてきた」と、今後の練習にも自信を持って臨めそうだ。
(ゴルフダイジェスト・オンライン)
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石川遼“20歳のマスターズ” vol.1 〜2009年 感動の夢舞台〜

2012年03月29日 | Ryo log
         


「20歳でマスターズ優勝」―。8年前、小学校の卒業文集に大志を記したひとりのゴルフ少年は、その後わずか数年のうちに、日本を、アジアゴルフ界を牽引するトッププレーヤーとなった。2007年5月。ほんの2か月前まで中学生だった石川遼は、15歳で日本男子ツアーを制し、瞬く間に時の人となる。翌年には16歳でプロ転向。恐ろしいほどの成長曲線で周囲を驚愕させ続け、2009年4月、17歳でオーガスタナショナルGCに立った。

あれから3年、いよいよその節目である「20歳のマスターズ」を迎えるこの2012年だが、過去3度の出場で味わった喜び、悔しさ、経験は計り知れない。緑のじゅうたんに咲いた笑顔、そしてこぼれ落ちた涙を振り返る。


2009年 初出場「毎ホールで感動の嵐」

プロ転向初年度の2008年、16歳のゴールデンルーキーは周囲の予想をはるかに上回る戦績を残した。国内ツアー開幕戦の「東建ホームメイトカップ」でいきなり5位に入ると、夏場にはあっさりと来季のシード権を決定付ける。そして17歳になった秋、「マイナビABCチャンピオンシップ」でプロとして初優勝をマーク。賞金ランキング5位に入る活躍を見せ、たちまち日本を代表するプレーヤーのひとりとなった。

そして吉報が届いたのは翌年1月22日。まずは自宅の電話にマスターズ委員会から連絡が入った。その3日後の25日、ポストに届いた招待状は家族が見守る中で封を切った。「心の底から感動した」。前年度末の世界ランクは60位だったが、特別招待選手として出場が決定。日本人史上最年少でオーガスタナショナルの芝を踏むことになる。

その後、米国PGAツアーデビューを果たした2月の「ノーザントラストオープン」から3試合に出場し、オーガスタ入り。マグノリアレーンを通り、初めての練習ラウンドを終えると「毎ホールで感動の嵐でした」と夢心地を味わった。大会前には公式会見にも出席。ロリー・マキロイ(北アイルランド)、当時アマチュアのダニー・リー(ニュージーランド)とともに注目の若手として大きな注目を集めた。

            



迎えた予選ラウンドはマキロイ、アンソニー・キムと同組でプレー。憧れのタイガー・ウッズの直後の組でプレーした。すると初日、「1ラウンド4バーディ」という毎試合の自分ノルマを超える5バーディを奪取。6ボギーをたたいて「73」の1オーバー、51位タイと予選通過(44位タイ以上、もしくはトップと10打差以内)に望みを持った状態で2日目を迎えることになった。

ところが史上最年少予選通過記録の樹立がかかったその第2ラウンド、前半に2つスコアを落として後半インを迎えてしまう。15番(パー5)をバーディとし、終盤の巻き返しを狙ったが、16番(パー3)ではティショットをグリーン右手前のバンカーに入れたのをきっかけに、ダブルボギー。決勝ラウンドが遠のく中、続く17番もダブルボギーをたたいて「77」と崩れ、通算6オーバーの73位タイ。2日間で大会を終えた。

最終18番のバンカーで頭に浮かんだのは「いま、僕はどこにいるんだろう?」という現実味の無い思い。「砂と、ボールと、自分以外何もなかった。ピンもグリーンも見えない。空しか見えなくて悔しくなった」。歓声がこだまするオーガスタの中で、我に返り、成長の糧とすることを誓った。

またこの大会では片山晋呉が通算10アンダーで日本人史上最高位の単独4位に入賞。優勝したのはプレーオフを制したアンヘル・カブレラ(アルゼンチン)だった。
(GDO)
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石川遼、ニクラウス創設「ザ・メモリアルT」出場も…

2012年03月29日 | Ryo log
 【オーガスタ(米ジョージア州)27日】石川遼(20)=パナソニック=がザ・メモリアルトーナメント(5月31日〜6月1日、オハイオ州・ミュアフィールドビレッジCC)に出場する可能性が浮上した。

 同トーナメントはメジャー18勝を誇る帝王、ジャック・ニクラウス(72)がメジャーに並ぶ大会を目指し76年に創設。例年、有力選手が集い、欧州からも有名選手が招待を受ける。石川は09年から招待を受けてきたが、出場には至っていない。「今までは出場試合数に制限がありましたから」と父・勝美氏は説明した。

 プエルトリコ・オープンで2位に入り、今季の米ツアーでの賞金額が58万ドル(約4800万円)を超え、昨季の同ツアー賞金ランクの150位以内の特別一時会員の規定をクリアし、年間12試合の制限がなくなった。昨年の世界選抜と米選抜の対抗戦・プレジデンツカップに選出された石川は出場資格をすでに保持している。

 メジャーの全米オープンの2週前の開催というのも、日程を組むうえで魅力的な要因の一つ。日本ツアーのツアー選手権シティバンク杯宍戸ヒルズと日程が重なることがネックとなるが、前向きに調整に入る。
(スポーツ報知)
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石川遼、オーガスタ近郊で調整

2012年03月29日 | Ryo log
 【オーガスタ(米ジョージア州)27日(日本時間28日)】米男子ゴルフのメジャー今季初戦となる「マスターズ」(4月5−8日、オーガスタナショナルGC)に4年連続で出場する石川遼(20)=パナソニック=は、オーガスタ近郊のゴルフ場でラウンドするなどして調整した。

 石川は前週の「アーノルド・パーマー招待」(ベイヒルクラブ&ロッジ)を53位で終えると、オーランドからオーガスタへ移動。2度目の出場だった2009年から毎年泊まっているオーガスタ周辺の一軒家に荷を下ろした。3年目を迎えた“前線基地”を拠点に、20位に入った昨年大会以上の成績を目指す。

 昨年の大会でローアマ(27位)となり、アジアアマチュア選手権優勝の資格で2年連続出場のアマチュア、松山英樹(20)=東北福祉大2年=は米ロサンゼルスで事前合宿を行っている。
(サンケイスポーツ)
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