No Room For Squares !

レンズ越しに見えるもの または 見えざるもの

下町情緒溢れる三ノ輪橋商店街に纏わるディープな思い出

2017-10-04 | 街:東京










西ヶ原四丁目から再び都電荒川線に乗り、三ノ輪橋まで足を延ばした。この展開で予想されることといえば、南千住経由で谷中銀座に向かうことだろう。残念ながら不正解。一時期、僕は都電荒川線で尾久にアルバイトに出かけていた。その際にアルバイト先のF社長から三ノ輪橋でよく食事を御馳走になった。一時期は池袋のビルの複数フロアを占拠していたアルバイト先は、売上低迷で尾久に引っ越したのだ。今にして思えば、そのF社長はわずか30歳。BMWとポルシェとハコスカを所有し、毎晩のようにキャバクラに出陣し、此の世の春を謳歌していた。だが尾久に移ったときは、色々と大変な時期だったのだろう。下町の活気と裏腹にF社長の顔は徐々に生気を失っていった。

僕はアルバイトの責任者みたいなことをしていたのだが、ある時に給料が遅延した。F社長は「申し訳ない」と深々と頭を下げた。5日後には必ず支給する、それまでに当面の金が必要な人にはポケットマネーから仮払いすると僕らに言ってきた。手を挙げたのは僕だけで、少し恥ずかしかった。その後も似たようなことがあったが、アルバイトの給料は何よりも優先して確保してくれた。それから一年と持たず、会社は倒産した。嘘みたいな話だけど、F社長はマグロ漁船に乗せられたという。そんなヤクザ映画みたいな話が本当にあるのか、僕は疑問に思ったが、それを教えてくれた人はそういう嘘をついたり、根拠のない話をする人ではなかった。多分、事実なのだろう。

三ノ輪橋でF社長がよくご馳走してくれたのは、鰻とか蕎麦だった。今回その店を探したが、どの店なのかは分からなかった。当時は、活気こそあるものの、様々な状況から暗いイメージもあった三ノ輪橋。四半世紀ぶりに歩けば、趣のある商店街だった。尾久とか三ノ輪橋と聞くと、「まぐろ漁船」と反射的に浮かんでしまうが、もうその因縁も断ち切った。二度と会うこともできないだろうが、奇跡が起きてF社長が今でもご存命であることを祈る。

追伸:この場所ではないけど、結局昼食は「蕎麦とマグロ丼セット」だった。



X-PRO2 / XF18-55mm F2.8-4 R LM OIS
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我が青春の西ケ原四丁目

2017-10-04 | 街:東京

















お婆ちゃんと女子高生で一杯だった都電荒川線。西ヶ原唯一のカフェ。男女学生の部屋を仕切るのが襖だけだった下宿屋。入り浸った友人のアパート。殆ど値上げされた形跡のないラーメン屋。公園となってしまった場所。今はなき全ての西ヶ原族に捧げる。


X-PRO2 / XF18-55mm F2.8-4 R LM OIS
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