Ruby の会

シニアライフ~能楽・ボランティア・旅行・食べ歩き・演劇などを綴っています

アニメーション映画「この世界の片隅で」

2017-01-30 21:34:18 | 映画・テレビ・演劇・芸能

 「初春古城の杜茶会」の続きを後に回して、今人気上昇中のアニメーション映画「この世界の片隅で」の紹介をさせてください。何度か新聞広告を見たのですが、なはさんが早々と12/7日にファボーレで見て来られ、ブログで紹介されました。が、寒い、遠い、一緒に行く人がいない…で延び延びになり、そのうち夜の上映しかなくなりほぼ諦めていました。

 神戸のYOちゃんの年賀状に、「私の甥っ子がキャラクターデザインと作画監督をしているので見てやってください」と書いてあり、びっくりしました。YOちゃんは城端別院の真ん前にあった下駄屋さんの娘さんで、小中の大の仲良しです。別院の鐘を聞いて育ったと懐かしがられ、還暦も過ぎた頃の夏、一緒に別院の宿所に泊まったことがあります。このアニメ映画の作画監督をされた松原秀典さんは彼女のお兄さんの息子さん、高岡に住んでおられたこともあり、高岡市のイメージキャラクター「あみたん娘」のデザインも手掛けられたそうです。  

  1/21(土)、お茶教室の午前中YAさんとファボーレへ出かけました。映画館は行列、前から3番めの席で見たので、 首とお尻が痛くなりました。
 👇 主人公のすずさん。絵が好きで得意です。声はのんさん。監督が「あまちゃん」の頃から目をつけていたとか、それは柔らかい優しい声で全編を包みます。音楽・歌のコトリンゴさんも優しいふんわかとした声。   

  👇 すずの家の近くの海苔の養殖をする浜辺。鷺が餌をついばむ、こんな風景の中ですずさんは生まれ育ちます。

  👇 すずが嫁いだ軍港のある町、呉。新しい家族には、夫・周作、周作の両親、後から姉とその娘の晴美が来ます。畑のある丘に登ると、戦艦「大和」や「武蔵」、駆逐艦…が見え、周作は一つ一つ指差し説明してくれます。すずが、仕事の合間に一人でスケッチをしていると、憲兵が飛んできてスパイ容疑で捕まえられることもありました。     

 配給物資がだんだん減って行く中、すずは草を摘んでおかずにしたり、お米を増やすために「楠公飯」を炊いたりして食卓をにぎわせ、衣服をモンペに作り直したりします。
 👇は、朝食。電灯には黒い布、アルミの鍋、目覚まし時計、箪笥など当時を知る人には懐かしい。他にも、夏の簀戸(下部や真ん中に彫りこみのある板戸がはまった)や、ちびた鉛筆を削る小刀など懐かしい小物がいっぱい描かれています。 
 呉の空襲はすごいものだったのですね。すずは晴美の手を引いて歩いていて焼夷弾に当たり、晴美は即死、すずは右手を失います。そして原爆が落ち、終戦…。こうの史代さんの漫画を元に、片渕監督が6年半かけて作られたそうです。クラウドファンディングで3374名のサポーターが集まり、39,121,920円の資金が集まったそうで、映画のエンドロールに全員の名前が出ました。
 👇は、チケットを買うときもらった絵葉書。1番下に”illustration by Hidenori Matsubara"とあります。大事にします。           

 👇 映画館を出たとたん、珍しい方とお会いしました。

  城端の方で私の同級生のお義姉さん、謡を習っておられ伸謡会や芙蓉会で顔を合わせます。この映画のことを「クローズアップ現代」で知り、河北の映画館で見たのだけど、この日は2度目とか。リピーターが多いって本当なのですね。

 👇は、昼食を食べた「ごはんdeカフェ」。       

  👇 店内。「プレートごはん」、「手作り和食」などの文字がアルファベットで。        

         

  👇 こじんまりした「豚生姜焼き定食」。 
 👇 マッシュドパンプキンと和え物。 

 

 翌日、YOちゃんに「見て来たよ」と電話をしました。日曜日だったので教会のお仕事だったらしく、夜かかって来ました。Oさんのお義姉さんに会ったこと、asaちゃんも娘さんと見て来られたこと、asaちゃんのお姉さんもさっそく見に行かれるなど、いろいろ話が弾みました。

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6 コメント

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Unknown (なは)
2017-01-31 17:31:48
清姫様
私も何回でも見に行きたいと思う映画です。
戦争中の生活など全く私たちが経験した通りです。
淡々と物語が進んでいきますが、当時の人たちの心を思って泣けてきました。
誰もが見て「戦争ってこんな恐ろしいものか」と分かってほしいと思います。
今,世の中が次第にあのころのような統制がじわじわと押し寄せて来ているようで知らぬ間に「平和」が失われていくように感じています。
思いがけない人に会われたにですね!偶然というには不思議なほどです。
良い写真をありがとう!
Unknown (清姫)
2017-01-31 17:55:27
なはさん
今日、佐〇さんが寄られたので宣伝しましたよ。もちろん知っておられましたが、高岡へ来ないかね~と言っておられました。
また、今朝asaちゃんからがあり、6歳上のお姉さんが即新宿へ見に行かれたので感想を聞いたそうです。「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」や「欲しがりません勝つまでは」など昭和17年の標語で、花森安治さんなど選考委員だったそうですよ。
Oさんは同級生のお義姉さんだから年上かと思っていたけど、年下の方でした。道理で河北まで…。
昨夜のローカル線の旅のことでゲタ姫さんにメールを入れたら、今朝がありました。だいぶ元気になったとのことでした。
Unknown (姫)
2017-02-01 02:44:28
念願の映画を見に行かれたのですね。
ジブリとはまた違ったタッチで、きれいな絵ですね。
そんなにリピーターの人がおられるのですか。
戦争の映画、アニメにするとふんわりとした感じになっているのではないでしょうか。
でも、若人に見てもらうには、このような映画が必要かもしれませんね。
違ったイオンモールへ行くと、お店も変わりますね
こじんまりしたという表現いいですね。
あった友達との食事?
それは楽しいひと時でしたね
Unknown (清姫)
2017-02-01 20:36:23
姫ちゃん
後日談が延々と続いておりました、電話やらメールやら行き交っております…。
戦争映画と言っても戦場が出てくるわけではなく、銃後の守りの家族の話ですね。戦中から戦後まで。広島弁を聞きながら、「父と暮らせば」のりえさんを思い出しました。食事は山〇さんとです。伸謡会の時、尾〇さんを紹介しますね。
Unknown (みきこ)
2017-02-11 15:52:01
清姫さん、こんにちは。コメント久しぶりです。なかなか書けずすみません。
記事を拝読して映画の思い出に浸ってします。
戦争で日常がかき消されたようで、実はちびた鉛筆など、なごみの小物はちゃんと存在したのですね。
作画監督の松原さんともご縁があったなんて、「この世界」は広いようで狭い?のかな?
Unknown (清姫)
2017-02-11 19:54:00
みきこさん
コメントをありがとうございます。いつも珍しい情報を早くにキャッチされ、驚きます。
このパネル展のことも、「市民と市政」12月号に載っていたのに、全く気付かず見損ねました。その松原さんが、年賀状に「見てね」と書いてあった旧姓松原さんの甥っ子とは全く知らず…。
東京の同級生が、映画館へ行けない次女さんのために紀伊国屋書店で漫画本を買ったそうです。上中下の3冊だそうですが、それに周作さんがすずさんと会った人買いの場面などが詳しく描いてあるそうですよ。

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