ブログ随筆「ちょっと、散歩へ」

              日々の趣味など・・・

「獺 祭」

2016年10月17日 08時00分00秒 | 日記
当ブログの「プロフィール」は坊主頭でパソコンに向かっている私だが、恥かしながらパソコン周りは手の置場? もない。文具から国語、漢和、古語の辞書類一式、爪切り、耳かき、手鏡、飲み水、猫の手、ガム、飴、おまけに痒み止めまである。さながら〈獺祭(だっさい)〉(カワウソが捕まえた魚を食べる前に並べて置く習性から転じて、詩文を作る時に多くの参考書を広げ散らかすこと)のよう、と云えば恰好が良すぎ、云わばガラクタの山である。

要は動きを少なくして生活の利便を図ろうと云うのが狙いである。「獺祭」は正岡子規が根岸の住いを「獺祭書屋」と云って、身辺に雑多なものを置いたことで知られているが、彼は脊椎カリエスが悪化して動けず、文字通り『病牀六尺』を自分の世界としていた。それから見れば同じように手の届く範囲に集めている私などの振舞いは、物ぐさの以外の何物でもないが、秋雨で小寒い日などはノド飴でもしゃぶりながらのパソコン弄りはちょっとした至福の時でもある。

「ネトウヨ」と云う言葉がある。「ネット右翼」の略で、ブログ等で過激な右翼的発言をする連中のこと、と云うのが一般的な意味である。ブログの匿名性を良いことに、人種差別(韓、鮮、中)など云いたい放題を重ねることを指す。私なども気を付けないと、つい気軽に他を批判して溜飲を下げることがあるから、心したい。特に役人への文句は、その不特定多数性に感けて、キーボードのタッチが弾み過ぎる嫌いがある。厳に慎まなければなるまい。

パソコンに齧り付いて、夜郎自大の論を展開していることは、それこそ形を変えた〈ネトウヨ〉と大差ない。些細なことを殊更に特別視して、牽強付会の説を展開しているのでは、何の役にも立たない。思えば我が駄文らはその傾向が無きにしも非ずである。幸いにして他人様のクリック度が少ないことがせめてもの救いではあるが。そして、せいぜいが我が脳軟化症防止への細やかな足しと割り切れば、少しは気が収まるようである。単なる〈モノローグ〉(自問自答)なのであるから。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 「トイレ」 | トップ | 「太っ腹」 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。