ブログ随筆「ちょっと、散歩へ」

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「屁ひり女房」 

2017年05月16日 10時04分52秒 | 日記
テレビの「まんが日本昔ばなし」で『屁ひり女房』を観たのはいつだったか。物凄い屁をする嫁が離縁されて実家に帰される途中で、その屁の有効利用で金持ちになり、無事、元の鞘に収まると云う話。市原悦子と常田富士男の声が懐かしい。尾籠な話が開けっ広げの笑話になって伝わっている。原典は東北地方の民話らしいが、貧しさの中(とは限らないか)で、奇想天外なことを創造する豊かさには驚く。思えば母も大きな屁をする人だった。大分前に仏になったので、公開を許して貰えば…。

母の元には15歳までしか居なかったので、全てが子どもの頃の記憶である。その大きな音を冷かすと、その都度、大笑いしていた。この症状? の発端は私を産んだことに起因するらしい。出産時の〈いきみ〉で脱肛してしまい、その回復、再発を重ねることにより、奇異な音を発するようになったものらしい。多産系だったとはいえ、40歳を超えては大変だったのだろう。母にしてみれば、我慢に我慢を重ねた末の放屁なのだろうが、そのおおらかさには笑うしかなかった。

「生み生みて七人の子を生みし母の四十を越えて吾をまた生む」「何度かは秘かに処分せむものと相語らひしと聞きしことあり」「癇強く外に出るもままならず往生せしと言はれし吾は」。これは以前、入選した拙歌だが、多産だった母の末子が私である。戦後の貧しさの中で食うや食わずの日々ではあったが、それなりの愛情は与えられていたような気がする(「糅飯(かてめし)」12/02/09)。それは15歳で子離れをする母親のせめてもの愛情表現だったのかも知れない。

ところで、昨今の我が家でも時々、〈異音〉を聞くことがある。男などと云うものは勝手なもので、自分では処かまわず「ブーブー」やっているのに、連れ合いが偶にそれをやると、「?!」と云う反応をする。先頃の胃の切開の関係かもしれない。今では聞き馴らされて? さほど気にならない。恐らく空気のような関係の始まりなのだろう。あるいは互いに元気であると云う〈証し〉のひとつでもあると、許し合っているのである。会話もない静かな茶の間の「異音交響楽」…。平和である(笑い)。

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