ブログ随筆「ちょっと、散歩へ」

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「老 い」

2017年12月07日 12時02分00秒 | 日記
老人が老いを語っても面白くも何ともないと思うが、これが現実のこととなると少し慌ててしまう。最近のことだが気に入りの「ハーフコート」が一枚、行方不明なのである。連れ合いに聞いても「クリーニングには出していない」と云う。冬物なのに夏物の中に入っている筈もない。現に10月に田舎に行った時に着て行った。まさかその時、ホテルに忘れて来た訳でもあるまい。それなら連絡があるだろう。思い出せない。実に不思議なことである。

このコートは14年前、スイス旅行の時に着て行ったもので、あの雄大なマッターホルンの地続き? の空気を吸って来た貴重なものである(笑い)。この種のコートによくある、ごちゃごちゃした装飾がなく、すっきりしているのも好みだった。私にしては結構高い買い物だったので、まだまだ充分に着られる筈だったのだが…。連れ合いは「新しく買えば…」と簡単に云うが、似たような古いコートがあるので、もうそれで間に合わせてもいいかと思っている。

どうも何処かに忘れて来た線が濃厚である。これは危ない脳の老化である。つい先日も川柳仲間が句会に松葉杖を付いて来た。何でも自転車で角を曲り切れずに、転んで足を折ったらしい。見舞を云いながらも(失礼ながら)少し笑ってしまったが、私なども自転車に乗るのはしょっちゅうなので、他人事ではない。これまでは何のこともなかった動きに支障が出て来るのが〈老化〉である。特に節々が硬直しているから、左右の確認が危ない。首が曲がらない。

元来、躰が固い方だったので、首を回すのではなく、躰全体を対象物に向けるようにしなければならない。ぎごちなく大袈裟な動きになるのが年寄りの証拠である。歩く歩幅は狭くなり、まるで今はやりのロボットの歩行である。その内、それすらもあちらは改良されようし、第一、知能は既にずば抜けている。早晩、あれら〈現代のアトム〉に面倒をみて貰うことになろうとは。あの手塚治虫は天国でその先見性に鼻を高くしているかどうか。
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