介護・福祉きまぐれ通信

介護・福祉出版編集人のきまぐれ編集後記

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栄養ケア・マネジメントの目的

2007-02-22 15:59:24 | 記事
栄養ケア・マネジメントということで栄養改善が行われる中では、血清アルブミン値やBMIなどの身体的指標の改善だけが目的ではない。栄養状態の改善を通じて利用者の自己実現やその人の意欲の維持・向上を目指すための支援でなければならない。
実際、施設などでは利用者一人ひとりのADL状況や健康状態、リハビリの必要性、心理、生活習慣、家族関係など全体を捉えて包括的なケアが提供されているなかで、栄養ケア・マネジメントはサービス提供の1つとして導入されるべきである。
全粥・軟菜食から刻み食へ変更になった利用者は、言語聴覚士の介助で1時間以上もかかっての食事となったが、「おいしい、おしいしい」と泣きながら食事をされていたとか。食事の時間が長くなると疲労度が増して誤嚥のリスクが高まるため注意が必要ではあるが、これまであまり発語がなかったその利用者は、食べる意欲がますます高まって「味噌汁ないの?」「梅干ないの?」など、食べたいものの要求も高まってきたのだとか。
栄養ケア・マネジメントの実施によって、施設で提供されるトータルなサービスの質が高められていくことを期待したい。
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介護者の先入観と盲点

2007-02-14 17:39:23 | 記事
訪問介護を利用する利用者のAさんのケア計画には、おむつ交換が含まれていた。しかしAさんは就寝時間が早く、さらに翌朝までおむつ交換をすることを拒んだため、朝の尿漏れはホームヘルパーにとって悩みの種であった。そこでホームヘルパーらはAさんが尿漏れをしないようにおむつの当て方を試行錯誤するも、どうしてもうまくいかず、結局、おむつを外し、一部介助によるポータブルトイレでの排泄を目標に取り組むことにした。
しかし、Aさんはどうしてもおむつを外したくないと頑なにそれを拒否した。Aさんにとっておむつを外せない理由として、意外な盲点があった。つまり、ホームヘルパーらは「おむつは苦痛なもので早く外したい」と利用者の誰もが思っているという先入観によりおむつを外すことができない原因を解明できないようにしていたのだった。冬場だったこともあり、Aさんにとっておむつは温かく、もれない限り快適なものだったのである。普通、われわれには考えられない理由であり、おむつを外す手立てにたどり着くはずも無かった。
いかに先入観が正しいアセスメントを邪魔しているかを実証したかのようなケースといえる。
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施設入居者は3度死ぬ?

2007-02-06 16:17:19 | 記事
「特養などの施設に入居した高齢者は3度死ぬ。1度目は長年住み慣れた家を離れ、社会から隔絶された施設に『死ぬ』思いで決断して入居するとき。2度目は施設に入居したその日から施設の決まり事や職員の都合に『必死』の思いで合わせていくとき。3度目は本当に亡くなるとき」と、ある施設の管理者は昔、上司に聞かされたのだとか…。
そして今、その管理者が運営する特養の歩みは、入居された高齢者にそのような「死ぬ思い」をさせまいとする取り組みであったと振り返る。
しかし、ユニットケアに取り組むその施設で入居者の尊厳を守り、自己決定を尊重する取り組みをしていても、入居者が本当に亡くなるときは、なかなか本人の「思うように最期のときを過ごさせてあげることができなかった」という。
だからといって入居者の「死に対する思い」を聞くこと、伝えることをあきらめてはいない。むしろ、その思いを入居者が伝えようとしなかった、あるいは施設の職員が知ろうとしなかったために、その人らしい最期を迎えてしまうことこそ避けるべきだと考えている。そのために施設の職員が、入居者一人ひとりの思いに寄り添い、何ができるかを考えることが責務なのであろう。
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グループホームのケアマネ

2007-02-01 16:12:16 | 記事
グループホームにも介護支援専門員の配置が義務づけられ、ケアプラン作成への専門性がより強く求められるようになった。
グループホームはもともと「居宅」の領域に分類されながら、ケアプラン作成の視点は施設と同様であり、そのため、グループホームの介護支援専門員のスタンスそのものが不確定であった。さらに今回「地域密着型サービス」としての分類がされるようになり、新たな方向性を持ったケアプランの作成が求められるようになっている。
いずれにしても、グループホームの介護支援専門員は、居宅の介護支援専門員における動きや役割とは異なる。グループホームは小規模であるがゆえに、その介護支援専門員はサービス提供そのものを自らが行う立場にある。つまり、自ら立てたケアプランを自らが実施するという立場にいるということである。このことは、提供されるサービスに直接関わるだけでなく、24時間、何らかの形で利用者の生活と共に過ごす存在であるということである。これは居宅でも施設でもない、グループホームに属する介護支援専門員に与えられた環境の特性でもあり、より高度な専門性が問われる部分でもあろう。
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施設の労働環境

2007-01-30 15:40:30 | 記事
「福祉の仕事は世間が考える以上にストレスが多い厳しい仕事であるにもかかわらず5年10年経ってもろくに給料も上がらないのが現実です」と、ある施設の管理者はその労働環境と経営状況を嘆く。
あるデータによると介護保険実施前は1割り未満だった入所施設の非常勤職員が昨年は4人に1人が非常勤となり、通所サービスに至っては5割を超える数字となっている。介護報酬カットの影響により経営的にやむをえない状況も隠し切れないが、一方で志と意欲をもった求職者に対して求人側が応えられないというデータもあり、施設経営の厳しい現実が浮き彫りとなっている。
施設におけるケアのあり方が一人ひとりに寄り添う個別ケアに向かって進んでいるなかで、人員配置の改善がなされないまま、働く側の労働条件は厳しさを増している。
その施設の管理者は語る。「先日、派遣で紹介された20代の男性を面接しましたが、以前のユニットケアの施設で、指定された日にだけ働きに行くなど細切れに働かされてきたようでした。ユニットケアといってもこんな働かせ方でどうしてなじみの関係ができるんでしょうか」と…。
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感染対策の組織的な活動を

2007-01-26 12:03:25 | 記事
昨今、高齢者施設でのノロウイルスなどの集団感染が新聞記事をにぎわしている。施設における感染対策は「日々の業務で忙しいから」「人手が足りないから」という理由でおろそかにされるのは言語道断である。
感染対策については、各施設でマニュアルを整備するなど職員への啓発を実施しているところも多いとは思われるが、それだけでは効果が発揮されるとは思えない。感染対策を十分に機能させるためには施設内においてそれらを評価検討する委員会組織を構築することをはじめ、職員への継続的な教育は欠かせないだろう。とりわけ感染対策委員会などの組織的な活動は「福祉サービス第三者評価基準」などに規定されている基準項目が尊守されていることを確認し、未熟な部分について必要な対策を講じる上で必要不可欠である。
これらの委員会による活動が機能していることで、感染発症時のタイムリーな管理・介入が可能となるほか、その有用性や費用対効果などを検証・評価することができる。また、マニュアルは最新の根拠に基づいて見直しを行い、それらのことを職員に周知徹底させなければ意味がないため、委員会等の組織的な活動は施設にとって必須といえるだろう。
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高齢者虐待防止センター

2007-01-25 09:57:30 | 記事
これまで各地域における高齢者虐待への対応については、その関係者らによる研究会をもつなどの自主活動が発展する形で高齢者虐待防止センターが組織されるなどしてきた。そんななか、昨年の介護保険改正を機に生活圏域ごとに地域包括支援センターが順次設置され、その役割の一つとして虐待の防止と早期発見といった権利擁護事業が位置づけられてた。さらに、高齢者虐待防止法の施行により自治体の責務も明記されるようになった。
このような経緯から高齢者虐待防止センターの役割は過渡的な事業として役割を終えることも予想された。しかし、法整備等により悪徳商法などによる高齢者の被害や認知症高齢者に対する虐待は顕在化してきている、とその関係者は語る。また、それに対応する地域包括支援センターにおいては未だ介護予防プランの作成に忙殺されている状況があり、一部の地域で実施されていたとしても研修や検討会というレベルだとして、その機能は十分ではない。
そのような状況をみれば、高齢者虐待防止センターにおける事業はまだ看板を下ろす時期には来ていないといえるだろう。
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元気な高齢者が生きる道

2006-12-28 12:54:23 | 記事
日本の高齢者人口は増加の一途をたどっているなか、その8割以上が元気で健康な高齢者だとも言われている。しかし、今の日本はこれらの元気な高齢者が健康で生きがいをもって毎日ハツラツとして生活できる環境が充実しているかといわれると、その答えは「NO」であろう。高齢者の社会参加、自立、自己実現、介護を受ける権利、尊厳などがほとんどの高齢者には認知されておらず、心を満たされないまま無為に時間を過ごしているというのが現状ではないだろうか。
一方で、元気な高齢者が生きがいを持って生活する手段の一つとして、ボランティア活動への参加がある。日本においては有償ボランティアというわけの分からないものも存在するが、基本的にボランティアとは、見返りを期待せず無償で行われる活動である。しかし、それらのボランティア活動に対する考え方について日本では定着しているとはいえない。
ボランティア活動の発展は国の成熟度を表すバロメーターであるという意見も聞くなか、日本においても、福祉の充実を目指すなかにおいて対策を考えていかなければならない問題ではないかと思われる。
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入り口を間違わないで

2006-12-21 10:21:42 | 記事
従来より施設での介護は人、物、金が必要となり、効率を考え、施設側の都合を利用者に押し付け、技法やノウハウにこだわり、形を追いかける傾向にあった。それは、多くの施設で今でも変わらなかったりする。
「洗い物やかたづけ、事務作業は後回しでもよいはずなのに、それに逃げてしまっているのではないか…」そう語るのは、民家を改造して小規模ケアを実践する宅老所の施設長。その言葉は、集団ケアを否定するものではないが、それよりも先にコミュニケーションを図ったりや波長合わせをしたりなど、利用者との関係づくりが何よりも大切だということを意味しているのである。
さらにその施設長は言う。「介護を実践する現場では、手段が目的になっており、またそこからはじめてしまっていることが多い。目的はあくまでも利用者の幸せな生活の実現である。私たちは関係づくりという入り口から入り、ケアのあり方を探っていくことが問われていて、それを見直していかなければならない」と。
崇高な理念を掲げている施設は多い。しかし、その目的のための入り口を間違ってはいけない。
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記録の研修

2006-12-18 15:45:06 | 記事
年間を通して介護職の記録についての研修を行ってきた施設がある。その研修の意図として、単に「文章の書き方」を学ぶというものではなく、介護職の「観察」と「判断力」を養うこととした。さらに「傾聴」もテーマに取り入れたという。正しい観察を行うには、利用者に寄り添い、傾聴してこそ可能だからである。
方法として、一人ひとりが「自分がかかわった利用者の見たままのこと」を書く。その上で、グループワークを行うと、他人の見方や自分に足りなかったものなどが明らかになってくる。さまざまな「見方」を聞くなかで、その利用者に対する視点で大切なことが共有できていく。
利用者にとって大切なことの視点が定まることで、自然に「書かなければならないこと」や「表現の仕方」が学習されていく。自分たちの援助実践のなかで観察され判断したことを書くことで、介護の質も高められていった。
これらの研修を通して、他職種や第三者に伝えるための文章の書き方だけでなく、幅広い人間理解と、援助実践の科学的な根拠について考察が得られるようなったという。
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